日本語
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日本語 [[nʲihoŋgo]] |
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話される国 | 日本など(「#分布」参照) |
地域 | 東アジア、オセアニア |
話者数 | 約1億3000万人(日本の人口をもとにした場合の概数) |
順位 | 8 |
言語系統 | 論争あり |
公的地位 | |
公用語 | 日本国(事実上の公用語)、パラオ共和国アンガウル州 |
統制機関 | 日本国政府 |
言語コード | |
ISO 639-1 | ja |
ISO 639-2 | jpn |
ISO/DIS 639-3 | jpn |
SIL | JPN |
日本語(にほんご)は、主に日本列島で使用される言語で、主に大和民族によって使用されてきた言語である。日本国の事実上の公用語として、学校教育の「国語」で用いられる。使用者は、日本国内を主として約1億3千万人(「分布」参照)。手話として、日本語の文法体系や音韻体系を反映した日本語対応手話がある。
目次 |
[編集] 特徴
日本語の文は、印欧語などの文法用語に即して言えば、「主語・目的語・動詞」の語順で構成されるSOV型構造をなす。修飾語は被修飾語の前に位置する。また、名詞の格を示すためには、語順や語尾を変化させるのでなく、文法的な機能を示す機能語(助詞)を付加することから、言語類型論上は膠着語に分類される。
音韻の面では、日本語のモーラ(「あ・か・さ・た・な」などの音韻的単位)は、「ん」「っ」を除き母音で終わるものが大部分であり、開音節言語の性格が強い。古来の純粋な日本語(大和言葉)では、原則として(1)「ら行」音が語頭に立たない(しりとり遊びで「ら」のつく言葉が見つけにくいのはこのため。「らく(楽)」「らっぱ」「りんご」などは古来の日本語でない)(2)濁音が語頭に立たない(「抱(だ)く」「どれ」「ば(場)」「ばら(薔薇)」などは後世の変化)(3)同一語根内に母音が連続しない(「あお(青)」「かい(貝)」は古くは[awo] [kapi, kaɸi])(4)一種の母音調和がみられるなどの特徴がある。
他の多くの言語と異なる点としては、まず、表記体系の複雑さが挙げられる。漢字(音読みおよび訓読みで用いられる)や平仮名、片仮名のほかアルファベットなど、常に3種類以上の文字を組み合わせて表記する言語は無類と言ってよい。また、人称表現が「わたくし・わたし・ぼく・おれ」「あなた・あんた・きみ・おまえ」と多様であるのも、日本語学習者の注意を集める点である。
[編集] 分布
日本語は、主に日本国内で使用される。話者人口についての調査は国内・国外を問わずいまだないが、日本の人口に基づいて考えられることが一般的である。
日本国外では、主として、中南米(ブラジル・ペルー・ボリビア・ドミニカ共和国・パラグアイなど)やハワイなどの日本人移民の間で使用されるが、3世・4世と世代が下るにしたがって日本語を話さない人が多くなっているのが実情である。また、第二次世界大戦の終結以前に日本が占領していた朝鮮半島・台湾・中国の一部・サハリン・旧南洋諸島(現在の北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦)などの地域では、占領下で日本語教育を受けた人々の中に、現在でも日本語を記憶して話す人がいる。
台湾では、先住民の異なる部族同士の会話に日本語が用いられることがあり、また、パラオのアンガウル州(2000年の時点で人口188人)が公用語の1つに採用しているという (CIA - The World Factbook -- Field Listing - Languages)。
海外の日本語学習者は、韓国の約90万人、中国の約40万人、オーストラリアの約40万人をはじめ、アジア・大洋州地域を中心に約235万人となっている。日本語教育が行われている地域は、120か国と7地域に及んでいる(国際交流基金調査、2003年)。また、日本国内の日本語学習者は、アジア地域の約10万人を中心として約13万人となっている(文化庁、2004年)。
[編集] 系統
日本語の系統は明らかでなく、解明される目途も立っていない。いくつかの理論仮説があるが、いまだ総意に至っていない。
中国語は、古来、日本語の表記・語彙に強い影響を与えている。漢字を使用し、漢語を借用する日本語は、中国を中心とする漢字文化圏に属する。ただし、文法的・音韻的特徴は中国語と全く異なり、系統的関連性は認められない。
北海道のアイヌ民族の言語であるアイヌ語は、母音数(五母音)と語順(SOV語順)において日本語と似るものの、文法・形態は類型論的に全く異なるもの(抱合語)に属し、音韻構造も有声無声の区別が無く閉音節が多いなど類似点は少ない。単語も関連性が認められず、似ているとされる単語も多くは日本語からアイヌ語への借用語である。したがって、系統的関連性は認められない。
朝鮮語は、文法構造が似ている点があるものの、基礎的な語彙や音韻体系において大きく相違する。朝鮮半島の死語である高句麗語と似る語彙もあるといわれるが、系統論上の判断材料にはほとんどならない。
南方系のオーストロネシア語族とは、音韻体系や語彙において類似が見られるが、関連性は不明である。
アルタイ語族に属するとする説もある。その根拠として、(借用語でない)固有語に一種の母音調和がみられること、語頭に流音(「ら行」音)が立たないことなどがある。ただし、いまだ証明には至っていない。
他にドラヴィダ語族との関係を主張する説もあるが、ほとんどの学者は認めない。大野晋は日本語の多くの語彙がタミル語に由来するという説を唱えるが、比較言語学の方法上の問題から批判が多く、否定的な見方が多数を占める(「タミル語」および「日本語の起源」を参照)。
日本語と、系統を同じくする言語と唯一明らかに認められるものは、琉球列島(旧琉球王国領域)の言語である。研究者により、これを琉球語とする論と、日本語の一方言として琉球方言と称する論がある。別言語とする場合でも、文法構造は基本的に日本語と非常に近く、音韻体系や基礎語彙も日本語と対応するため、日本語と琉球語をまとめて、日本語族とも称する。
[編集] 音韻
[編集] 音韻体系
日本語話者は、「いっぽん(一本)」を、仮名文字に即して「い・っ・ぽ・ん」の4単位と捉えている。このような単位を、音声学上の単位である音節とは区別して、音韻論上の単位であるモーラ(拍)と称している。
日本語のモーラは、大体は仮名に即して体系化することができる。「いっぽん」と「がっさく(合作)」は、音声学上は [ippoɴ] [gassakɯ] であって共通点がないが、日本語話者は「っ」という共通のモーラを見出す。また、「ん」は、音声学上は後続の音によって[ɴ] [m] [n] [ŋ]などと変化するが、日本語の話者自らは同一音と認識しているので、音韻論上は1種類のモーラとなる。
日本語では、ほとんどのモーラが母音で終わっている。それゆえに日本語は開音節言語の性格が強いということができる。もっとも、特殊モーラの「ん」および「っ」には母音が含まれない。
モーラの種類は、以下に示すように111程度存在する。ただし、研究者により数え方が少しずつ異なっている。「が行」の音は、語中語尾では鼻音(いわゆる鼻濁音)の「か゜行」音となるが、若年層ではこの区別が失われて来ている。そこで、「か゜行」を除外して数える場合、モーラの数は103程度となる。「ファ・フィ・フェ・フォ」「ティ・トゥ」「ディ・ドゥ」などの外来音を含める場合は、さらにまた数が変わってくる。
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直音(母音) あ い う え お 直音(子音+母音) 拗音 か き く け こ きゃ きゅ きょ (清音) さ し す せ そ しゃ しゅ しょ (清音) た ち つ て と ちゃ ちゅ ちょ (清音) な に ぬ ね の にゃ にゅ にょ は ひ ふ へ ほ ひゃ ひゅ ひょ (清音) ま み む め も みゃ みゅ みょ ら り る れ ろ りゃ りゅ りょ が ぎ ぐ げ ご ぎゃ ぎゅ ぎょ (濁音) (か゜ き゜ く゜ け゜ こ゜) (き゜ゃ き゜ゅ き゜ょ) (鼻濁音) ざ じ ず ぜ ぞ じゃ じゅ じょ (濁音) だ で ど (濁音) ば び ぶ べ ぼ びゃ びゅ びょ (濁音) ぱ ぴ ぷ ぺ ぽ ぴゃ ぴゅ ぴょ (半濁音) 直音(半子音+母音) や ゆ よ わ 特殊モーラ ん(撥音) っ(促音) ー(長音)
五十音図は、音韻体系の説明に使われることがしばしばあるが、上記の日本語モーラ表と比べてみると、少なからず異なる部分がある。五十音図の成立は平安時代にさかのぼるものであり、現代語の音韻体系を反映するものではないことに注意すべきである(「#日本語研究史」の「音韻の研究」を参照)。
[編集] 母音体系
母音は、「あ・い・う・え・お」の文字で表される。音韻論上は、日本語の母音はこの文字で表される5つであり、音素記号では以下のように記される。
- /a/, /i/, /u/, /e/, /o/
一方、音声学上は、基本の5母音は、それぞれ [a] [i] [ɯ] [e] [o] に近い発音となる。「う」は英語などの [u] のようには唇を丸めず、非円唇母音であるが、唇音の後では円唇母音に近づく(発音の詳細はそれぞれの文字の記事を参照)。
「コーヒー」などの長音「ー」(音素記号では /R/)は、音韻論上の概念であって、「直前の母音を1モーラ分引く」という方法で発音される独立した特殊モーラである。しかし、音声学上は長母音 [aː] [iː] [ɯː] [eː] [oː] の後半部分に相当するものである。
音声学上は、短母音と長母音の区別があり、意味の弁別に関わる。たとえば、「井田」([ida])と「飯田」([iːda])は別の語である。ただし、音韻論上は、前者は「い・だ」(/i da/)の2モーラからなる語、後者は「い・い・だ」(/i i da/)または「い・ー・だ」(/i R da/)の3モーラからなる語であって、日本語の音韻として「い」「いー」という異なる2つの母音があるとは意識されていない。
「えい」「おう」と書かれる文字は、発音上は「ええ」「おお」と同じく長母音 [eː] [oː] として発音されることが一般的である。すなわち、「衛星」「応答」は、「エーセー」「オートー」のように発音される。ただし、九州や四国西部、紀伊半島南部などでは「えい」を [ei] と発音する。
文末の「です」「ます」の末尾母音は、無声化して、[des] [mas] のように聞こえる場合がある(方言差および個人差がある)。また、母音「い」「う」が無声子音に挟まれた場合も無声化し、声帯が振動しない。たとえば、「菊池寛(きくちかん)」の「きくち」や、「口利き行為(くちききこうい)」の「くちきき」の部分の母音は無声母音となる。
「ん」の前の母音は鼻音化する傾向がある。また、母音の前の「ん」は鼻母音になる。
[編集] 子音体系
子音は、音韻論上区別されているものとしては、「か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ行」の子音、濁音「が・ざ・だ・ば行」の子音、半濁音「ぱ行」の子音である(このほか、特殊モーラについては本節末尾で言及)。音素記号では以下のように記される。
- /k/, /s/, /t/, /h/(清音)
- /g/, /z/, /d/, /b/(濁音)
- /p/(半濁音)
- /n/, /m/, /r/
- /j/, /w/(半母音と捉えることもできる)
一方、音声学上は、子音体系は、以下のようにいっそう複雑な様相を呈する。
両唇音 | 歯茎音 | そり舌音 | 歯茎硬口蓋音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | 声門音 | |
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破裂音 | p pʲ b bʲ | t tʲ d dʲ | k kʲ ɡ ɡʲ | |||||
鼻音 | m mʲ | n nʲ | ŋ ŋʲ | ɴ | ||||
はじき音 | ɽ ɽʲ | |||||||
摩擦音 | ɸ | s z | ɕ ʑ | ç | h | |||
接近音 | j | ɰ | ||||||
破擦音 | ʦ ʣ | ʨ ʥ | ||||||
側面はじき音 | ɺ ɺʲ | |||||||
側面接近音 | l lʲ |
基本的に「か行」は[k]、「さ行」は[s](まれに無声歯摩擦音[θ]を用いる話者もいる)、「た行」は[t]、「な行」は[n]、「は行」は[h]、「ま行」は[m]、「や行」は[j]、「わ行」は[ɰ]、「だ行」は[d]、「ば行」は[b]、「ぱ行」は[p]を用いる。
「ら行」は語頭では[ɺ]を、語中では[ɽ]を、「ん」の後は[l]を用いる場合が多い。語中では歯茎はじき音[ɾ]を用いる話者もいる。
「わ行」は話者によっては、両唇軟口蓋接近音[w]を用いることがある。「わ」の音以外には、外来音「ウィ」「ウェ」「ウォ」に使われることがある。ただし、「ウィ」は「ウイ」、「ウェ」は「ウエ」、「ウォ」は「ウオ」と発音する話者も多い。
「が行」は語頭では[ɡ]を用いるが、語中では[ŋ](「が行」鼻音、いわゆる鼻濁音)を用いることが一般的だった。今日、この[ŋ]の音は次第に失われつつある。
「ざ行」は語頭や「ん」の後では破擦音([ʣ]等)を用いるが、語中では摩擦音([z]等)を用いる場合が多い。話者によっては、ほとんどの場合破擦音を用いることがあるが、「手術(しゅじゅつ)」などの語では破擦音を用いると発音が難しいため摩擦音にするケースが多い。なお、「だ行」の「ぢ」「づ」は、一部方言を除いて「ざ行」の「じ」「ず」と同音に帰しており、発音方法は同じである。
母音「い」が後続する子音は、独特の音色を呈する。いくつかの子音では口蓋化が起こる。例えば「か行」の子音は[k]を用いるが、「き」は[kʲ]を用いるといった具合である。口蓋化した子音の後ろに母音「あ」「う」「お」が来るときは、表記上は「い段」の仮名の後ろに「ゃ」「ゅ」「ょ」の仮名を用いて「きゃ」「きゅ」「きょ」、「みゃ」「みゅ」「みょ」のように記す。後ろに母音「え」が来るときは「ぇ」の仮名を用いて「きぇ」のように記すが、外来語等にしか使われない。
「さ行」「ざ行」「た行」「は行」の「い段」音の子音も独特の音色であるが、これは単なる口蓋化でなく、調音点が硬口蓋に移動した音である。「し」「ち」の子音には[ɕ] [ʨ]が用いられる。これらの音は、それぞれの行の子音が古くそのように発音された名残りと考えられている。ただし、外来音「スィ」「ティ」の子音には、口蓋化した[sʲ] [tʲ]が用いられる。「ひ」の子音は[h]ではなく硬口蓋音[ç]である。
また、一部の話者は「に」等に硬口蓋鼻音[ɲ]を用いている場合がある。同様に、「り」等に硬口蓋はじき音を用いる話者や、「ち」等に無声硬口蓋破裂音[c]を用いる話者もいる。「じ」および「ぢ」は、語頭および「ん」の後ろで[ʥ]、語中で[ʑ]を用いる。外来音「ディ」「ズィ」には口蓋化した音[dʲ] [ʣʲ]および[zʲ]が用いられる。
「ふ」の子音には[ɸ]を用いるが、これは「は行」が[p]、[ɸ]、[h]と変化してきた名残りである。外来語には無声唇歯摩擦音[f]を用いる話者もいる。「つ」の子音には、[ʦ]が用いられる。これらの子音に母音「あ」「い」「え」「お」が続くのは主として外来語の場合であり、仮名では「ァ」「ィ」「ェ」「ォ」を添えて「ファ」「ツァ」のように記す(「ツァ」は「おとっつぁん」「ごっつぁん」などでも用いられる)。「フィ」「ツィ」は子音に口蓋化が起こる。また「ツィ」は多く「チ」などに言い換えられる。「トゥ」「ドゥ」([tɯ] [dɯ])は、外国語の [t] [tu] [du] などの音に近く発音しようとするときに用いることがある(例、tree, tool, doを「トゥリー」「トゥール」「ドゥー」)。語末の [t] を写すときは「ト」([to])の発音が用いられる。
促音「っ」(音素記号では /Q/)および撥音「ん」(/N/)と呼ばれる音は、音韻論上の概念であって、前節で述べた長音と合わせて特殊モーラと扱う。実際の音声としては、「っ」は [-kk-] [-ss-] [-ɕɕ-] [-tt-] [-tʦ-] [-tʨ-] [-pp-] などの子音連続となる。また、「ん」は、後続の音によって[ɴ] [m] [n] [ŋ] などの子音となる(ただし、母音の前では鼻母音となる)。文末などでは[ɴ]を用いる話者が多い。
[編集] アクセント
日本語のアクセントは、高低アクセントが主流である。アクセントは語ごとに定まっている。同音語をアクセントの違いによって弁別できる場合も少なくない。たとえば、東京方言の場合、「雨」「飴」はそれぞれ「ア\メ」(頭高型)「ア/メ」(平板型)のように、異なったアクセントで発音される(今、ピッチの上がり目を/で、下がり目を\で示す)。「端を」「箸を」「橋を」はそれぞれ「ハ/シオ」「ハ\シオ」「ハ/シ\オ」となる。
アクセントの高低は、歌でいえばメロディ(旋律)に相当する。かつての作曲家の中には、詞に曲をつけるとき、言葉のアクセントを踏まえる人が多かった。たとえば、山田耕筰は「からたちの花が咲いたよ」(北原白秋作詞「からたちの花」)を、「カ/ラタチノ ハ/ナ\ガ サ/イタヨ」というアクセントを生かして作曲している。その結果、「花が」の部分が「鼻が」(ハ/ナガ)に聞こえるようなことが避けられる。
もっとも、このことは、アクセントが違えばただちに別語になることを意味しない。「教育」「財政」は東京アクセントでは「キョ/ーイク」「ザ/イセー(ザ/イセイ)」であるが、専門家によってしばしば「キョ\ーイク」「ザ\イセー」と発音されることがある。また、年代が若くなるに従ってアクセントの平板化が進み、「電車」「映画」が「デ\ンシャ」「エ\ーガ(エ\イガ)」から「デ/ンシャ」「エ/ーガ」になるというように変化してきている。それでも意味が変化しているわけではない。
「花が」を東京で「ハ/ナ\ガ」、京都で「ハ\ナガ」というように、単語のアクセントは地方によって異なる。ただし、それぞれの地方のアクセント体系は互いにまったく無関係に成り立っているのではない。かなりの程度、規則的な対応が見られる。たとえば、「花が」「山が」「池が」を東京では「ハ/ナ\ガ」「ヤ/マ\ガ」「イ/ケ\ガ」のようにいずれも中高型で発音するが、京都へ行くと、「ハ\ナガ」「ヤ\マガ」「イ\ケガ」といずれも頭高型で発音する。このように、ある地方で同じアクセント類に属する語は、他の地方でも、同じアクセント類に属することが一般的に観察される。この事実は、日本の方言アクセントが過去に同一のアクセントを持った言語体系から分かれたものであることを意味する。服部四郎はこれを原始日本語のアクセントと称したが、それが具体的にどのようなものであったかについては諸説がある。たとえば金田一春彦や奥村三雄は、院政期の京阪式アクセント(名義抄式アクセント)を日本語アクセントの祖体系として想定し、現在の諸方言アクセントのほとんどは南北朝時代以降に順次アクセント変化を起こした結果生じたと推定している。
アクセント体系は、関東と関西で大きく異なることが一般の常識であるが、細かく見れば、分布はもう少し複雑である。すなわち、およそ愛知・岐阜・長野・新潟以東は東京式アクセントであり、それ以西の近畿・四国などの地方は京阪式アクセントと分かれるが、さらに中国地方・九州地方まで行くと、再び東京式アクセントが現れる。すなわち、近畿地方を中心とした京阪式アクセントを東京式アクセントが挟む形になっている。また、九州地方の一部や北関東から南東北地方にかけての一帯などでは、すべての語が同じアクセントで発音される一型式アクセントや、特にどこを高く発音するという決まりのない無アクセントが見られる。さらに、それぞれの体系の中間型や別派などが多数存在する。
詳細は、以下を参照。
[編集] 文法
[編集] 文構造
[編集] 基本文型
日本語では「私は本を読む。」という語順で文を作る。英語で「I read a book.」という語順をSVO型(主語・動詞・目的語)と称する説明にならっていえば、日本語の文はSOV型ということになる。もっとも、厳密に言えば、英語の文に動詞が必須であるのに対して、日本語文は動詞で終わることもあれば、形容詞や名詞+助動詞で終わることもある。そこで、日本語文の基本的な構造は、「S(主語 subject)―V(動詞 verb)」ではなく、「S(主語)―P(述語 predicate)」という「主述構造」であると考えるのが適当である。
- (1) 私は(が) 学生だ。
- (2) 私は(が) 行く。
- (3) 私は(が) うれしい。
上記の文は、いずれも「S―P」構造、すなわち主述構造をなす同一の文型である。英語などでは、それぞれ「SVC」「SV」「SVC」の文型になるところであるから、それにならって、(1)を名詞文、(2)を動詞文、(3)を形容詞文と分けることもある。しかし、日本語ではこれらの文型に根本的な違いはない。そのため、英語を学び初めた中学生は、「I am happy.」と同じ調子で「I am go.」と誤った作文をすることがある。
また、日本語文では、主述構造とは別に、「題目―述部」からなる「題述構造」をとることがきわめて多い。題目とは、話のテーマ(主題)を明示するものである。よく主語と混同されるが、別概念である。主語は「が」(「は」)によって表され、動作や作用の主体を表すものであるが、題目は「は」によって表され、その文が「これから何について述べるのか」を明らかにするものである。たとえば、
- (4) 象は 大きい。
- (5) 象は 船で運んだ。
- (6) 象は 干し草を与えておいた。
- (7) 象は 鼻が長い。
などの文では、「象は」はいずれも題目を示している。(4)の「象は」は「象が」に言い換えられるもので、事実上は文の主語を兼ねる。しかし、(5)以下は「象が」には言い換えられない。(5)は「象を」のことであり、(6)は「象に」のことである。さらに、(7)の「象は」は何とも言い換えられないものである(「象の」「象が」に言い換えられると考える研究者もある)。これらの「象は」という題目は、「が」「に」「を」などの特定の格を表すものではなく、「私は象について述べる」ということだけをまず明示する役目を持つものである。
日本語と同様に、題述構造の文をもつ言語(主題優勢言語 en:Topic-prominent language)は東アジアなどに分布する。たとえば、中国語・朝鮮語・ベトナム語・マレー語・タガログ語にもこの構造の文が見られる。
なお、「題目」の用語は、三上章が『象は鼻が長い』(くろしお出版 1960)で提唱したものである。
[編集] 名詞の格
日本語では、名詞と述語の関係(格関係)は、名詞に「が」「を」「に」などの格助詞を後置することによって示される。このため、英語のように語順によって格関係を示す言語とは異なり、日本語は語順が比較的自由である。すなわち、
- 桃太郎が 犬に きびだんごを やりました。
- 犬に 桃太郎が きびだんごを やりました。
- きびだんごを 桃太郎が 犬に やりました。
などは、強調される語は異なるが、いずれも同一の内容を表す文で、しかも正しい文である。
主な格助詞とその典型的な機能は次の通りである。
-
「が」…… 動作・作用の主体を表す。例、「空が青い」「犬がいる」 「の」…… 連体修飾を表す。例、「私の本」「理想の家庭」 「を」…… 動作・作用の対象を表す。例、「本を読む」「人を教える」 「に」…… 動作・作用の到達点を表す。例、「駅に着く」「人に教える」 「へ」…… 動作・作用の及ぶ方向を表す。例、「駅へ向かう」「学校へ出かける」 「と」…… 動作・作用をともに行う相手を表す。例、「友人と帰る」「車とぶつかる」 「から」…… 動作・作用の起点を表す。例、「旅先から戻る」「6時から始める」 「より」…… 動作・作用の起点や、比較の対象を表す。例、「旅先より戻る」「花より美しい」 「で」…… 動作・作用の行われる場所を表す。例、「川で洗濯する」「風呂で寝る」
このように、格助詞は、述語を連用修飾する名詞が、述語とどのような関係にあるかを示す(ただし、「の」だけは連体修飾に使われ、名詞同士の関係を示す)。なお、上記はあくまでも典型的な機能であり、主体を表さない「が」(例、「水が飲みたい」)、対象を表さない「を」(例、「日本を発った」)、到達点を表さない「に」(例、「先生にほめられた」)など、上記に収まらない機能を担う場合も多い。
格助詞のうち、「が」「を」「に」は、話し言葉においては脱落することが多い。その場合、文脈の助けがなければ、最初に来る部分は「が」格に相当するとみなされる。「七面鳥をお父さんが食べてしまった。」を「七面鳥、お父さん食べちゃった。」と助詞を抜かして言った場合は、「七面鳥」が「が」格相当ととらえられるため、誤解の元になる。「チョコレートを私が食べてしまった。」を、「チョコレート、私食べちゃった。」と言った場合は、文脈の助けによって、誤解は避けられる。なお、「の」「と」「から」「より」「で」などの格助詞は、話し言葉においても脱落しない。
題述構造(前節「#基本文型」参照)の文では、特定の格助詞が「は」に置き換わる。たとえば、「空が 青い。」という無題で主述関係のみを表す文は、「空」を題目化すると「空は 青い。」となる。題目化の際の「は」の付き方は、以下のように、それぞれの格助詞によって異なる。
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無題の文 題述構造の文 空が青い。 空は青い。 本を読む。 本は読む。 学校に行く。 学校は行く。(学校には行く。) 駅へ向かう。 駅へは向かう。 友人と帰る。 友人とは帰る。 旅先から戻る。 旅先からは戻る。 川で洗濯する。 川では洗濯する。
格助詞は、文末の動詞と密接な関係をもつ。それぞれの動詞によって、必要とする格助詞の種類と数は異なる。たとえば、「走る」という動詞は、「が」格を加えて「馬が走る。」とすれば完全な文になるが、「教える」は、「が」格を加えて「兄が教えています。」としただけでは不完全な文である。「で」格を加えて、「兄が小学校で教えています(=教壇に立っています)。」とすれば完全になる。つまり、「教える」は、「が・で」格が必要である。
ところが、「兄が部屋で教えている。」という文の場合、「が・で」格があるにもかかわらず、なお文が完結した感じがしない。「兄が部屋で弟に算数を教えている。」のように「が・に・を」格が必要である。この場合、「で」格はなくても文は不完全な感じがしない。
すなわち、同じ「教える」でも、「教壇に立つ」という意味の「教える」は「が・で」格が必要であり、「説明して分かるようにさせる」という意味の「教える」では「が・に・を」格が必要である。このように、それぞれの文を成り立たせるのに必要な格を必須格と言う。
[編集] 文の成分
学校教育での日本語文法(学校文法)では、文の成分として「主語」「述語」「修飾語」(連用修飾語・連体修飾語)「接続語」「並立語」「独立語」の6種を立てる。
- 主語・述語は、文を成り立たせる最も基本的な成分である。「私は学生だ。」「雨が降る。」「本が多い。」などは、いずれも「主語」「述語」から成り立っている。
- 連用修飾語は、動詞・形容詞などの用言にかかる修飾語である。「兄が弟に算数を教える。」という文では、「弟に」「算数を」など格を表す部分は、述語の動詞「教える。」にかかる連用修飾語ということになる。また、「算数をみっちり教える。」「算数を熱心に教える。」という文の「みっちり」「熱心に」なども、「教える。」にかかる連用修飾語である。
- 連体修飾語は、名詞(体言)にかかる修飾語である。「私の本」「動く歩道」「赤い髪飾り」「大きな瞳」の「私の」「動く」「赤い」「大きな」は連体修飾語である。
- 接続語は、「行きたいが、行けない。」「疲れたから、休む。」の「行きたいが、」「疲れたから、」のように、あとの部分との論理関係を示すものである。また、「今日は晴れた。だから、ピクニックに行こう。」「君は若い。なのに、なぜ絶望するのか。」における「だから、」「なのに、」のように、文と文をつなぐ成分も接続語である。
- 並立語は、「ミカンとリンゴを買う。」「琵琶湖の冬は冷たく厳しい。」の「ミカンとリンゴを」や、「冷たく厳しい。」のように、並立関係でまとまっている成分である。全体としての働きは、「ミカンとリンゴを」の場合は連用修飾語に相当し、「冷たく厳しい。」は述語に相当する。
- 独立語は、「ああ、疲れた。」「君、どこへ行くの。」の「ああ、」「君、」のように、他の部分にかかったり、他の部分を受けたりすることがないものである。
学校文法では、英語にあるような「目的語」「補語」などの成分はない。英語文法では、「I read a book.」の「a book」はSVO文型の一部をなす目的語であり、また、「I go to the library.」の「the library」は前置詞とともに付け加えられた修飾語であると考えられる。一方、日本語では、
- 私は本を読む。
- 私は図書館へ行く。
のように、「本を」「図書館へ」はどちらも「名詞+格助詞」で表現されるのであって、その限りでは区別がない。これらは、文の成分としてはいずれも「連用修飾語」とされる。ここから、学校文法においては、「私は本を読む。」は、SOV文型というより、「主語―修飾語―述語」の文型であると解釈される。
[編集] 修飾語の特徴
日本語の修飾語は、つねに被修飾語の前に位置する。「ぐんぐん進む」「白い雲」の「ぐんぐん」「白い」のような短い語句のみならず、長大な修飾語であっても被修飾語の前に来る。たとえば、
- ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲(佐佐木信綱)
という短歌は、冒頭から「ひとひらの」までが「雲」にかかる長い修飾語であり、詩的効果を生んでいる。
慣れない書き手は、修飾語を長々とつらねて、肝心の被修飾語がなかなか表れない悪文を書くことがある。また、法律文や翻訳文などでも、長い修飾語を主語・述語の間に挟み、文意を取りにくくしていることがしばしばある。憲法前文の一節に、
- われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
とあるが、主語(題目)の「われら」、述語の「信ずる」の間に「いずれの国家も……であると」という長い修飾語が介在している。この種の文を読み慣れた人でなければ分かりにくい。英訳で「We hold...(われらは信ずる)」と主語・述語が隣り合うのとは対照的である。
もっとも、修飾関係の分かりにくい文は、日本語だけに現れるわけではない。修飾語が後置される英語では、逆に、「袋小路文」(en:Wikipedia:garden path sentence)と呼ばれる曖昧文を生ずることがある。
- The horse raced past the barn fell.
- (納屋を抜けて走らされた馬が倒れた。)
この場合、日本語の文では、「馬」にかかる連体修飾語「納屋を抜けて走らされた」が前に来ているために誤解がないが、英語では、「The horse」を修飾する「raced past the barn」があとに来ているために、誤解の元になっている。
[編集] 品詞体系
日本語にどれだけの品詞を認めるべきか、また、どのような観点により分類するかは、文法研究者の間で必ずしも意見の一致を見ていない。学校文法においては、このうち橋本進吉の説を元に、文の成分としての役割や、活用の有無に着目して、品詞分類を行っている。学校文法の品詞体系は、もっぱら形式的な特徴を分類指標としている点が特徴的である。意味などの捉えにくい要素を分類指標としていないため、初学者にも分かりやすい長所がある。
学校文法では、語のうち、それだけで文節を作り得るものを自立語(詞)とする。単独で文節を作り得ず、自立語に付属して用いられるものを付属語(辞)とする。
[編集] 自立語
自立語は、活用のないものと、活用のあるものとに分けられる。
自立語で活用のないもののうち、主語になるものを名詞とする。名詞のうち、代名詞・数詞を独立させる考え方もある。一方、主語にならず、連用修飾語になるものを副詞、連体修飾語になるものを連体詞(副体詞)、接続語になるものを接続詞、独立語としてのみ用いられるものを感動詞とする。連体詞については、一品詞として認めるべきかどうかについては議論があり、他の品詞に吸収させてもよいとする意見もある。
自立語で活用のあるもののうち、命令形のあるものを動詞、命令形がなく終止・連体形が「い」で終わるものを形容詞(日本語教育では「イ形容詞」)、連体形が「な」で終わるものを形容動詞(日本語教育では「ナ形容詞」)とする。形容動詞を一品詞として認めることについては、時枝誠記ら否定的な見方をする研究者もいる。
古来の文法用語では、活用のない自立語を「体言」、活用のある自立語を「用言」と称した。現在の学校文法では、「用言」は昔と同じ意味で用いられるが(動詞・形容詞・形容動詞を指す)、「体言」は、活用しない自立語の中でも特に名詞(および代名詞・数詞)のみを指すようになった。すなわち、現在では、「体言」と「名詞」とはほぼ同一物とみて差し支えないが、活用しない語という点に着目していう場合は「体言」、文の成分のうち主語になりうるという点に着目していう場合は「名詞」と称する。
[編集] 付属語
付属語も、活用のないものと、活用のあるものとに分けられる。
付属語で活用のないものを助詞と称する。「春が来た」「買ってくる」「やるしかない」「分かったか」などの太字部分はすべて助詞である。助詞は、名詞について述語との関係(格関係)を表す格助詞(「#名詞の格」参照)、活用する語について後続部分との接続関係を表す接続助詞、種々の語について副詞のように後続の用言などを修飾する副助詞、文節の終わりに来て疑問や詠嘆・感動・禁止といった気分や意図を表す終助詞に分けられる。
付属語で活用のあるものを助動詞と称する。「気を引かれる」「私は泣かない」「花が笑った」「さあ、出かけよう」「今日は来ないそうだ」「もうすぐ春です」などの太字部分はすべて助動詞である。助動詞の最も主要な役割は、動詞(および助動詞)に付属して、以下のような情報を加えることである。すなわち、動詞の態(特に受け身・使役・可能など。ヴォイス)・極性(肯定・否定の決定。ポラリティ)・時制(テンス)・相(アスペクト)・法(推量・断定・意志など。ムード)などを示す役割を持つ。
[編集] 活用体系
日本語の用言および助動詞は、中止や終止・命令などを表したり、他の語を接続させたりするために、語尾を変化させる。これを活用といい、活用する語を総称して活用語という。
学校文法では、口語の活用語について、以下の6つの活用形(太字部分)を認めている。
-
活用形 動詞 形容詞 形容動詞 未然形 打たない
打とう強かろう 勇敢だろう 連用形 打ちます
打った強かった
強くなる
強うございます勇敢だった
勇敢である
勇敢になる終止形 打つ。 強い。 勇敢だ。 連体形 打つこと 強いこと 勇敢なこと 仮定形 打てば 強ければ 勇敢ならば 命令形 打て。 ○ ○
仮定形は、文語では已然形と称する。口語の「打てば」は仮定を表すが、文語の「打てば」は「已(すで)に打ったので」の意味を表すからである。また、形容詞・形容動詞は、口語では命令形がないが、文語では「稽古は強かれ。」(風姿花伝)のごとく命令形が存在する。
動詞の活用は種類が分かれている。口語の場合は、五段活用・上一段活用・下一段活用・カ行変格活用(カ変)・サ行変格活用(サ変)の5種類である。
- 五段動詞は、未然形活用語尾が「あ段音」で終わるもの。例、「買う」。
- 上一段動詞は、未然形活用語尾が「い段音」で終わるもの。例、「見る」。
- 下一段動詞は、未然形活用語尾が「え段音」で終わるもの。例、「受ける」。
- カ変動詞は「来る」および「来る」を語末要素とするもの。
- サ変動詞は「する」および「する」を語末要素とするもの。
詳細は「活用」を参照。
[編集] 語彙
[編集] 分野ごとの語彙量
ある言語の語彙体系を見渡して、特定の分野の語彙が豊富であるとか、別の分野の語彙が貧弱であるとかを決めつけることは、一概にはできない。日本語でも、たとえば「自然を表わす語彙が多いというのが定評」(金田一春彦『日本語 新版(上)』岩波新書 1988)といわれるが、これは人々の直感から来る評判という意味以上のものではない。
実際に、国立国語研究所『分類語彙表』(旧版、1964)によって分野ごとの語彙量の多寡を比べた結果では、名詞(体の類)のうち「人間活動―精神および行為」に属するものが27.0%、「抽象的関係」が18.3%、「自然物および自然現象」が10.0%などとなっていて、このかぎりでは「自然」よりも「精神」や「行為」を表す語彙のほうが多いということになる(中野洋「『分類語彙表』の語数」『計量国語学』12-8 1981年)。ただし、これも、外国語と比較して多いということではなく、この結果がただちに日本語の特徴を示すことにはならない。
[編集] 人称語彙
こうした中で、日本語では、人称を表す語彙が多いことは注意を引く。たとえば、『類語大辞典』(講談社 2002)の「わたし」の項には、「わたし・わたくし・あたし・あたくし・あたい・わし・わい・わて・我が輩・僕・おれ・おれ様・おいら・わっし・こちとら・自分・てまえ・小生・それがし・拙者・おら」などが並び、「あなた」の項には「あなた・あんた・きみ・おまえ・おめえ・おまえさん・てめえ・貴様・おのれ・われ・お宅・なんじ・おぬし・その方・貴君・貴兄・貴下・足下・貴公・貴女・貴殿・貴方(きほう)」などが並ぶ。
上の事実は、現代英語の一人称・二人称がほぼ「I」と「you」のみであり、フランス語の一人称が「je」、二人称が「tu」「vous」のみであることなどと比較すれば、特徴的ということができる。しかし、人称語彙の豊富さを、たとえば「日本人の個性の多様さ」、「日本語の表現の豊かさ」などに短絡的に結びつけて説明することはできない。すなわち、これは、英語やフランス語などの人称語彙が指示詞的である(指示詞は、本来、「これ」「それ」「あれ」「どれ」など、1概念のために1つの語があれば足りる)のに対し、日本語の人称語彙が一般名詞的であるという文法的な性質の違いが、語彙量の差に表れているものと考えられる。本来一人称の指示詞である「ぼく」を二人称に用いること(「ぼく、何歳?」)が可能であるのも、日本語の人称語彙が一般名詞的であることの表れである。
日本語では、赤の他人を「お父さん」と呼ぶことがある。たとえば、店員が中年の男性客に「お父さん、さあ買ってください」のように言う(虚構的用法 fictive use)。これと似た表現は朝鮮語(아버님 お父様)・モンゴル語などにもあり、尊敬の気持ちを含意する。一方、英語・フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語・中国語などでは、他人である男性をこのように呼ぶことは普通ではなく、ヨーロッパでは失礼にさえなるという。ただし、中国語で見知らぬ若い男性・女性に「哥哥(お兄さん)」「姐姐(お姉さん)」と呼びかけるのをはじめ、虚構的用法そのものは多くの言語に存在する。
父親が自分自身を指して「お父さん」と言う用法(「お父さんがやってあげよう」)は、中国語・朝鮮語・モンゴル語・英語・フランス語・イタリア語・デンマーク語・チェコ語などを含め、諸言語にある。ただし、ヨーロッパなどでは幼稚な響きを伴うという。
[編集] 音象徴語彙
また、音象徴語、いわゆるオノマトペ(onomatopee)の語彙量も、日本語には豊富である(オノマトペの定義は一定しないが、ここでは擬声語・擬音語のように耳に聞こえるものを写した語と、擬態語のように耳に聞こえない状態・様子などを写した語の総称として用いる)。
擬声語の例は、「おぎゃあ・がおう・げらげら・にゃあにゃあ・ひんひん・ぶうぶう・わんわん」など。擬音語の例は、「がたがた・がんがん・ちんちん・どんどん・ばたばた・びゅうびゅう・みしみし」など。擬態語の例は、「いらいら・そわそわ・にやにや・ふらふら・ぶるぶる・ぽかぽか(の日射し)・わくわく」など。擬態語の中で、心理を表す語を特に擬情語と称することもある。
動物の鳴き声、自然現象の音などを感覚的に描写する語(擬声語・擬音語)は、多くの言語に存在する。たとえば、ネコの鳴き声は、朝鮮語で「야옹」(yaong)、中国語で「喵喵」(miao miao)「咪咪」(mi mi)、英語で「mew mew」、フランス語で「miaule」(mjole)、ロシア語で「мяу」(myau)、ウイグル語で「myao myao」のごとくである。
しかしながら、心の動きなど、音がしないものをあたかも音のように描写する擬態語は、どの言語にも多くあるとはいえない。中国語・朝鮮語・日本語などには存在する。なかでも、日本語は、まったく無音の状態を「しいん(とした教室)」と表現するなど、独特の擬態語を持つ。
新たなオノマトペが作られることもある。「(心臓が)ばくばく」「がっつり(食べる)」などは、近年に作られた(広まった)オノマトペの例である。漫画などの媒体では、とりわけ自由にオノマトペが作られる。漫画家の手塚治虫は、漫画を英訳してもらったところ、「ドギューン」「シーン」などの語に翻訳者が「お手あげになってしまった」と記している(『マンガの描き方』光文社 1977)。また、漫画出版社社長の堀淵清治も、アメリカで日本漫画を売るに当たり、独特の擬音を訳すのにスタッフが悩んだことを述べている(『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』日経BP社 2006)。
[編集] 語種
日本語の語彙を出自から分類すれば、大きく和語・漢語・外来語、および、それらが混ざった混種語に分けられる。このように、出自によって分けた言葉の種類を「語種」と言う。和語は日本古来の大和言葉、漢語は中国渡来の漢字の音を用いた言葉、外来語は中国以外の海外から取り入れた言葉である。
語種の構成比率は、対象とする資料の種類や時代によって異なる。国立国語研究所『現代雑誌九十種の用語用字』(1964年)では、1956年の雑誌の語彙について大規模調査を行っている。そのうち、語種ごとの異なり語数(同じ語が複数回出現しても1と数える)を見ると、和語が36.7%、漢語が47.5%、外来語が9.8%、混種語が6.0%で、語の多彩さの点では、漢語が和語を圧倒している。一方、延べ語数を見ると、和語が53.9%、漢語が41.3%、外来語が2.9%、混種語が1.9%で、繰り返し使われる語には和語が多い。
ところが、それから約40年後の1994年の雑誌語彙を調べた同研究所『現代雑誌200万字言語調査語彙表』(2006年)になると、和語の使用は退潮している。異なり語数では和語が25.7%、漢語が34.2%、外来語が33.8%、混種語が6.3%で、外来語が著しく増加している。一方、延べ語数では和語が35.7%、漢語が49.9%、外来語が12.3%、混種語が2.1%で、繰り返し使われるという点では、なお漢語・和語が外来語に勝っている。
和語は日本語の中心的な部分を占める。「これ」「それ」「きょう」「あす」「わたし」「あなた」「行く」「来る」「良い」「悪い」などのいわゆる基礎語彙はほとんど和語である。また、「て」「に」「を」「は」などの助詞や、助動詞の大部分など、文を組み立てるために必要な付属語も和語である。
一方、抽象的な概念や、社会の発展に伴って新たに発生した概念を表すためには、漢語や外来語が多く用いられる。漢語には、「学問」「世界」「博士」などのように、古く中国から入ってきた語彙が多いことは無論であるが、日本人が作った漢語も、歴史上非常に数が多い。現代語としても、「国立」「改札」「着席」「挙式」「即答」「熱演」など多くの日本製漢語が用いられている(現代語の例は、陳力衛「和製漢語と語構成」『日本語学』〔2001年8月号〕の例示による)。
外来語は、外国語の単語をそのままの意味で用いるもの以外に、日本語に取り入れてから独自の意味変化を遂げるものが少なくない。英語の「claim」は「当然の権利として要求する」の意であるが、日本語の「クレーム」は「文句」の意である。英語の「lunch」は昼食の意であるが、日本の食堂で「ランチ」といえば料理の種類を指す(以上、石綿敏雄『外来語の総合的研究』〔2001〕の例示による)。「eve」は英語では「前夜」の意であるが、日本語の「イブ」は「前日」の意で使われることがある。
外来語を用いて、日本語独自の語結合を行うことがある。「イブ」を重ねた「イブイブ」という俗語は、「前々夜」または「前々日」を指すが、英語にはない語である。「アイスキャンデー」「サイドミラー」「テーブルスピーチ」のような複合語も日本製である。さらに、そもそもその語形が外国語にない「ナイター」「パネラー」(パネリストの意)「プレゼンテーター」(プレゼンテーションをする人)などの語が作られることもある。「アイスキャンデー」「ナイター」の類を総称して「和製洋語」、英語系の語を特に「和製英語」と言う。
[編集] 単純語と複合語
日本語の語彙は、語構成の面からは単純語と複合語に分けることができる。単純語は、「あたま」「かお」「うえ」「した」「いぬ」「ねこ」のように、語源にさかのぼらないかぎりそれ以上分けられない語である。複合語は、「あたまかず」「かおなじみ」「うわくちびる」「いぬずき」のように、いくつかの単純語が合わさってできていると意識される語である。「#語種」の節で触れた混種語、すなわち、「プロ野球」「草野球」「日本シリーズ」のように複数の語種が合わさった語は、語構成の面からはすべて複合語ということになる。
日本語では、限りなく長い複合語を作ることが可能である。「平成十六年新潟県中越地震非常災害対策本部」といった類も、1つの長い複合語である。国際協定のGATTは、英語名は「General Agreement on Tariffs and Trade」(関税と貿易に関する一般協定)であり、1つの句であるが、日本の新聞では「関税貿易一般協定」と複合語で表現することがある。これは漢字の結合力によるところが大きく、中国語・朝鮮語などでも同様の長い複合語を作る。
接辞は、複合語を作るために威力を発揮する。たとえば、「感」は、「音感」「語感」「距離感」「不安感」など漢字2字・3字からなる複合語のみならず、「透け感」「懐かし感」「しゃきっと感」「きちんと感」など動詞・形容詞・副詞との複合語を作り、さらには「塗った感」(乳液の広告)のように文であったものに下接して複合語を作ることもある。
[編集] 表記
[編集] 字種
現代日本語を表記するためには、主に、表音文字である平仮名・片仮名と、表意文字である漢字が用いられる。アラビア数字やローマ字(ラテン文字)なども必要に応じて併用される。漢字の読み方には中国式の読み方である音読みと、大和言葉の読み方を充てた訓読みが存在し、習慣によって使い分けている。
表記における多様性は世界的にみてもまれなものである。近隣諸国の表記法を見ると、中国語では、表意文字の漢字を主に、まれにピンインや注音符号を併用する。朝鮮語では表音文字のハングルを主に漢字を併用していたが、北朝鮮ではもっぱらハングルを用い、韓国でもおおむねハングルを使用するようになった。日本語の表記は、これらよりもなお複雑なものである。
このような表記法は学習にも多大な労力と時間がかかるという理由で、漢字を廃止しようという動きが歴史上に何度もあったが、実現しなかった。仮名だけでは文字数がかさばることや、漢字なしでは同音異義語を区別しがたいことなどの理由が大きいと考えられる。多様な文字を使用することによって、速読性に優れるなどの利点も指摘される。
詳細は「日本語の表記体系」を参照。
[編集] 方言の表記
日本語の方言には固有の表記体系がなく、共通語の表記体系が準用される。方言によって別の表記体系を持つ中国語などとは異なる。たとえば、盛岡市では [ɛ] [e] の2音を区別し、「青い」を [aɛ]、「声」を [koe] と発音するが、あえて表記しようとすれば、両方とも「え」を用いて「あえ」「こえ」のように書かざるをえない。ただし、岩手県気仙方言(ケセン語)について、山浦玄嗣により、文法形式を踏まえた正書法が試みられているというような例もある。また、漢字には地域文字というべきものが各地に存在する。たとえば、名古屋市の地名「杁中(いりなか)」などに使われる「杁」は、中部地方の地域文字である(笹原宏之『日本の漢字』2006)。
琉球語(「#系統」参照)の表記体系も日本語のそれを準用している。たとえば、琉歌「てんさごの花」(てぃんさぐぬ花)は、伝統的な表記法では次のように記す。
- てんさごの花や 爪先に染めて 親の寄せごとや 肝に染めれ
この表記法では、たとえば、琉球語の2種の母音(['u] と [ʔu]など)は書き分けられない(表音的に記せば「tiɴsagu-nu hana-ya chimisachi-ni sumiti 'uya-nu yushigutu-ya chimu-ni sumiri」のようになる)。ただし、琉球語の発音と乖離の少ない表記法も模索されている(参考:[1])。
[編集] 文体
[編集] 普通体・丁寧体
日本語の文章は、文体の面から、大きく普通体(常体)および丁寧体(敬体)の2種類に分かれる。前者は相手を意識しないかのような文体であるため独語体と称し、後者は相手を意識する文体であるため対話体と称することもある。普通体と丁寧体の違いは次のように現れる。
-
普通体 丁寧体 もうすぐ春だ(春である)。 もうすぐ春です。 (名詞文) 今日は暖かだ(暖かである)。 今日は暖かです。 (形容動詞文) 野山の花が美しい。 (野山の花が美しいです。) (形容詞文) 鳥が空を飛ぶ。 鳥が空を飛びます。 (動詞文)
普通体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、「だ」または「である」をつけた形で結ぶ。前者を特に「だ体」、後者を特に「である体」と呼ぶこともある。
丁寧体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、助動詞「です」をつけた形で結ぶ。また、形容詞が来る場合にも「です」をつけることができるが、そのような文型は避けられる傾向がある(「花が美しいです」を避けて「花が美しく咲いています」と動詞で結ぶなど)。一方、動詞が来る場合には「ます」をつけた形で結ぶ。ここから、丁寧体を「ですます体」と呼ぶこともある。丁寧の度合いをより強め、「です」の代わりに「でございます」を用いた文体を、特に「でございます体」と呼ぶこともある。丁寧体は、敬語の面から言えば丁寧語を用いた文体ということになる。
[編集] 位相による文体差
日本語は、話し手の性別・年齢・職業など(位相)によって、使用語彙・文法が異なる。この差異の総体は、文体(話し言葉の場合は、特に「話体」ともいう)の差として意識される。たとえば、「私は食事をしてきました」という標準的な文体は、位相により、およそ次のような変容がある。
- ぼく、ごはん食べてきたよ。(男性のくだけた文体)
- おれ、めし食ってきたぜ。(男性のやや乱暴な文体)
- あたし、ごはん食べてきたの。(女性のくだけた文体)
- わたくし、食事をしてまいりました。(成人の改まった文体)
このように異なる言葉遣い(文体)のそれぞれを位相語と言い、それぞれの差を位相差という。
物語の書き手などが、仮想的(バーチャル)な位相を意図的に作り出す場合もある。このような言葉遣いを「役割語」と称することがある(金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店 2003)。たとえば、以下の「博士ふう」「お嬢様ふう」「田舎者ふう」は、必ずしも、実際の博士や令嬢、田舎者などが用いている文体ではないが、仮想的にそれらしい感じを与える文体である。
- わしは、食事をしてきたのじゃ。(博士ふう)
- あたくし、お食事をいただいてまいりましたの。(お嬢様ふう)
- おら、めし食ってきただよ。(田舎者ふう)
このような役割語は、小説・漫画・アニメ・テレビドラマなどに広く観察される。近代の文献にも、仮想的な文体と考えられる例が観察される(仮名垣魯文『西洋道中膝栗毛』に現れる外国人らしい言葉遣いなど)。
[編集] 待遇表現
[編集] 敬語
日本語では、待遇表現が文法的・語彙的な体系を形作っている。とりわけ、相手に敬意を示す言葉(敬語)において顕著である。
「敬語は日本にしかない」と言われることがあるが、敬意を示す表現自体は、さまざまな言語に広く観察される。敬語が文法的・語彙的な体系をもつ例は、朝鮮語などに見られる。
[編集] 尊敬語
尊敬語は、動作をする人物を高める言い方である。動詞に「お(ご)~になる」をつけた形、また、助動詞「(ら)れる」をつけた形などが用いられる。たとえば、動詞「取る」の尊敬形として、「(先生が)お取りになる」「(先生が)取られる」などが用いられる。
語によっては、特定の尊敬語が対応するものもある。たとえば、「言う」の尊敬語は「おっしゃる」、「食べる」の尊敬語は「召し上がる」、「行く・来る・いる」の尊敬語は「いらっしゃる」である。
[編集] 謙譲語
謙譲語は、動作をする人物を低め、結果的に動作を受ける人物を高める言い方である。動詞に「お~する」をつけた形などが用いられる。たとえば、「取る」の謙譲形として、「お取りする」などが用いられる。
語によっては、特定の謙譲語が対応するものもある。たとえば、「言う」の謙譲語は「申し上げる」、「食べる」の謙譲語は「いただく」、「(相手の所に)行く」の謙譲語は「参る」「参上する」である。
なお、「暮れも押しつまってまいりました」の「まいる」など、謙譲表現のようでありながら、誰かを低めているわけではない表現がある。このような表現に使われている語を、特に「丁重語」と称する考え方もある(宮地裕)。
[編集] 丁寧語
丁寧語は、話を聞く相手に対して丁寧に言うものである。名詞・形容動詞語幹などに「です」をつけた形(「学生です」「きれいです」)や、動詞に「ます」をつけた形(「行きます」「分かりました」)が用いられる。丁寧語を用いた文体を、丁寧体(敬体)という。
一般に、目上の人には丁寧語を用い、同等・目下の人には丁寧語を用いないと言われる。しかし、実際の言語生活に照らして考えれば、これは事実ではない。母が子に対して、「お母さんはもう知りませんよ」と丁寧語を用いることもある。丁寧語が現れるのは、敬意・謝意・嫌悪感などを示すため、相手との間に心理的な距離をとろうとする場合であると考えるのが妥当である。
「お弁当」「ご飯」などの「お」「ご」も丁寧語に含まれる。これらについては、ものを美化していう言い方であるとして、特に「美化語」と称する場合もある。
[編集] 敬意表現
日本語で敬意を表現するためには、文法・語彙の敬語要素を知っているだけではなお不十分であり、時や場合など種々の要素を踏まえた適切な表現が必要である。これを敬意表現(敬語表現)ということがある(蒲谷宏・坂本恵・川口義一『敬語表現』大修館書店 1998)。
たとえば、「課長もコーヒーをお飲みになりたいですか」は、尊敬語を用いているが、敬意表現としては適切でない。英語では「Would you like to have coffee?」のような言い方があるが、日本語では、相手の意向を直接的に聞くことは失礼に当たるからである。「コーヒーはいかがですか」のように言うのが適切である。第22期国語審議会(2000年)は、敬語の習得だけでは敬意表現に十分でないという点を踏まえて、「現代社会における敬意表現」を答申した。
婉曲表現の一部は、敬意表現としても用いられる。たとえば、相手に窓を開けてほしい場合は、命令表現によらずに、「窓を開けてくれる?」などと問いかけ表現を用いる。あるいは、「今日は暑いねえ」とだけ言って、窓を開けてほしい気持ちを含意することもある。
日本人が商取引で「考えさせてもらいます」という場合は拒絶の意味であると言われる。また、京都では、帰りがけの客に、その気がないのに「ぶぶづけ(お茶漬け)でもあがっておいきやす」と愛想を言うとされる(出典は落語「京のぶぶづけ」「京の茶漬け」よるという。入江敦彦『イケズの構造』新潮社 2005)。これらは、相手の気分を害さないように工夫した表現という意味では、広義の敬意表現と呼ぶべきものであるが、その呼吸が分からない人との間に誤解を招くおそれもある。
[編集] 歴史
[編集] 音韻史
[編集] 母音・子音
母音は、奈良時代以前には8母音であったとする説が有力である。このことは、橋本進吉によって再発見された上代特殊仮名遣の実態から推測される。記紀や『万葉集』などの万葉仮名の表記を調べると、「き・ひ・み・け・へ・め・こ・そ・と・の・も・よ・ろ」の表記に2種類の仮名(甲類・乙類)が存在する(「も」は古事記のみで区別される)。橋本は、これが音韻の区別を表すものであることを指摘した。8母音は平安時代には消失し、現在のように5母音になったとみられる。なお、上代日本語の語彙では、母音の出現の仕方が、ウラル語族やアルタイ語族の母音調和の法則に類似しているとされる。
「は行」の子音は、奈良時代(もしくはそれ以前)には[p]であったとみられる。すなわち、「はな(花)」は[pana](パナ)のように発音されたであろう。[p]は後に両唇音[ɸ]に変化した。すなわち、「はな」は[ɸana](ファナ)となった。戦国時代に、当時の日本語の発音をそのままローマ字化したキリシタン資料が多く残っているが、これらを見ると、「は行」の文字が「fa, fi, fu, fe, fo」で転写されており、当時の「は行」は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」に近い発音であったことが分かる。江戸時代になると、「は行」の子音は「ふ」を除いて[ɸ]から[h]へと代わった。
「や行」の「え」([je])の音がかつて存在したことは、古くあ行の「え」の仮名と別の文字で書き分けられていたことから明らかである。古い手習歌の「天地の歌」にも「あ行」「や行」の区別がある。この区別は10世紀頃にはなくなったとみられ、970年の『口遊』に残る「大為爾の歌」では両者の区別はない。この頃には「あ行」「や行」の「え」の発音はともに[je]になっていた。
平安時代以降、語中・語尾の「は行」が「わ行」に変化するハ行転呼が起こった。たとえば、「かは(川)」「かひ(貝)」「かふ(買)」「かへ(替)」「かほ(顔)」は、[kaɸa] [kaɸi] [kaɸu] [kaɸe] [kaɸo] のようであったものが、[kawa] [kawi] [kau] [kawe] [kawo]のようになった。「はは(母)」も、キリシタン資料では「haua」(ハワ)と記された例があるなど、他の語と同様にハ行転呼が起こっていたことが知られる。
平安時代末頃には、(1)「い」と「ゐ」(および語中・語尾の「ひ」)、(2)「え」と「ゑ」(および語中・語尾の「へ」)、(3)「お」と「を」(および語中・語尾の「ほ」)が同一に帰した。藤原定家の『下官集』(13世紀)では、「お」・「を」、「い」・「ゐ」・「ひ」、「え」・「ゑ」・「へ」の仮名の書き分けが問題になっている。
当時の発音は、(1)は[i]、(2)は[je]すなわち「イェ」、(3)は[wo]すなわち「ウォ」のようであった。(3)が現在のように[o]になったのは江戸時代で、18世紀の『音曲玉淵集』では「お」「を」を[wo]と発音しないように説いている。(2)が現在のように[e]になったのは、近代に差しかかるころであったものと考えられる。
「じ・ぢ」「ず・づ」の四つ仮名は、キリシタン資料ではそれぞれ「ji, gi」「zu, zzu」など異なるローマ字で表されており、古くは別々の音価をもっていたことが分かる。「せ・ぜ」は「xe, je」で表記されており、現在の「シェ・ジェ」であったことも分かっている。江戸時代には、四つ仮名の区別が失われ(方言としては今に残る)、「せ・ぜ」は関東音であった[se][ze]が標準音となった。
「が行」の子音は、語中・語尾ではいわゆる鼻濁音(ガ行鼻音)の[ŋ]であった。鼻濁音を表記する時は、「か行」の文字に半濁点を付して「カカ゜ミ(鏡)」のように書かれることもある。鼻濁音は、近代に入って急速に勢力を失い、語頭と同じ破裂音の[ɡ]か摩擦音の[ɣ]に取って代わられつつある。
[編集] 特殊音
鎌倉時代・室町時代には連声の傾向が盛んになった。連声とは音節末子音と次音節の母音または半母音が結びつくもので、例えば銀杏は「ギン」+「アン」で「ギンナン」、雪隠は「セッ」+「イン」で「セッチン」となる。助詞「は」(wa)と前の部分とが連声を起こすと、「人間は」→「ニンゲンナ」、「今日は」→「コンニッタ」となった。
また、この時代には拗音および長音が生じた。現在の「オー」にあたるオ段長音には「あう」などで表記された開口音[ɔː]と「おう」などで表記された合口音[oː]の区別があった。開合の区別は江戸時代には失われた(一部の方言には今も残る)。
古来の日本になかった合拗音「クヮ・グヮ」は、漢字音の影響で使われるようになった。「キクヮイ(奇怪)」「ホングヮン(本願)」のごとくである。これらは、一部方言を除き、江戸時代には直音「カ・ガ」に統合された。
[編集] 新しい音韻
近代以降には、外国語(特に英語)の音の影響で、「キェ・ギェ・シェ・スィ・チェ・ジェ・ティ・ディ・デュ・トゥ・ドゥ・ヒェ・ファ・フィ・フェ・フォ・ツァ・ツィ・ツェ・ツォ・ウィ・ウェ・ウォ」といった音が使われだした。これらは、子音・母音のそれぞれをとってみれば、従来の日本語にあったものである。「ヴァイオリン」の「ヴ」のように、これまでなかった音は、書き言葉では書き分けても、実際に発音されることは少ない。
[編集] 文法史
[編集] 活用の変化
文法上の史的変化として顕著なものには、まず、用言の活用の変化がある。
動詞は、平安時代には四段活用・上一段活用・上二段活用・下一段活用・下二段活用・カ行変格活用・サ行変格活用・ナ行変格活用・ラ行変格活用の9種類があった。これが、時代とともに統合され、現代では、五段活用(実質的には四段活用と同じ)・上一段活用・下一段活用・カ行変格活用・サ行変格活用の5種類となった。すなわち、「起き(ず)」「起く」「起くる(時)」のように「い段」「う段」の2段に活用する動詞や、「明け(ず)」「明く」「明くる(時)」のように「え段」「う段」の2段に活用する動詞が、「起き(ず)」「起きる」「起きる(時)」または「明け(ず)」「明ける」「明ける(時)」のように1段にのみに活用するようになった(二段活用動詞の一段化)。また、ナ行・ラ行の変格活用が四段型に統合された。これらの変化は古代にすでに萌芽が見られるが、変化がほぼ完了したのは近世に入ってからである。
形容詞は、平安時代には「く・く・し・き・けれ(から・かり・かる・かれ)」のように活用したク活用と、「しく・しく・し・しき・しけれ(しから・しかり・しかる・しかれ)」のシク活用が存在した。この区別は、終止形・連体形の区別が失われる(次節参照)とともに消滅し、現在では形容詞の活用種類は1つになった。
[編集] 終止・連体形の合一
用言(動詞・形容詞・形容動詞)は、平安時代には、そこで言い終わる形(終止形)と、後に体言が続く形(連体形)とでは形態が異なっていた。たとえば、動詞は「読書す。」(終止形)と「読書する(時)」(連体形)のようであった。ところが、次第に、文末を連体形止めにする例が多くみられるようになった。すでに紫式部の時代に、このような例は少なからず観察され、中世には一般化した。動詞・形容詞およびそれと同様の活用をする助動詞では、形態上、連体形と終止形との区別がなくなった。
ただし、形容動詞はこの限りでなかった。京都では、終止形活用語尾「なり」は連体形活用語尾と同じ「なる」になり、さらに語形変化を起こして「な」となった。たとえば、「気の毒なり」は、「はて気の毒な。」のような形で言い終わるようになった。ところが、東国では中世には終止形に「だ」を用い(「迷惑だぞ」「臆病だぞ」)、連体形に「な」を用いていた(「まつすぐな棒」「頑丈な馬」)。今日の共通語にも、東国語の系統を引いてこの区別があり、終止形語尾は「だ」、連体形語尾は「な」となっている。このことは、用言の活用に連体形・終止形の両形を区別すべき根拠の1つとなっている。
[編集] 可能動詞
江戸時代には、五段活用の動詞から作られる可能動詞が発達した。たとえば、「読む」から「読める」(=読むことができる)が、「買う」から「買える」(=買うことができる)が作られた。この語法は、古来の日本語で「(ものを)取る」に対して「(ものが自然に)取れる」、「(ひもを)解く」に対して「(ひもが自然に)解ける」のように、自然生起(自発)を表す動詞があることから類推したものと考えられる。
近代以降、とりわけ大正時代以降には、可能動詞の語法を一段にも及ぼす、いわゆる「ら抜き言葉」が広がり始めた。「見られる」を「見れる」、「食べられる」を「食べれる」、「来られる」を「来れる」、「居(い)られる」を「居れる」という類であり、第二次世界大戦後に特に顕著になっている。
[編集] 受け身表現
受け身の表現において、人物以外が主語になる例は、近代以前には乏しい。もともと、日本語の受け身表現は、自分の意志ではどうにもならない「自然生起」の用法の一種であった(小松英雄『日本語はなぜ変化するか』笠間書院 1999)。したがって、物が主語になることはほとんどなかった。『枕草子』の「にくきもの」に
- すずりに髪の入りてすられたる。(すずりに髪が入ってすられている)
とある例などは、受け身表現と解することもできるが、ここでの「らる」はむしろ自然の状態を観察して述べたものである。状態を表さない受け身、たとえば、「この橋は多くの人々によって造られた」「源氏物語が紫式部によって書かれた」のような例(人などから働き掛けを受ける事物を主語とした受け身)は、古くは存在しなかったとみられる。
「この橋は多くの人々によって造られた」式の受け身は、おそらくは欧文脈を取り入れる中で広く用いられるようになったと見られるが、詳細はなお不明である。明治時代には、
- 民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられた。(伊藤左千夫『野菊の墓』1906)
のような、欧文風の受け身の例が用いられている。
[編集] 語彙史
1世紀頃から、漢字と共に古典中国語からの借用語が大量に流入した。現在、語数の上では漢語が和語を上回る。古典中国語は語彙の面で日本語に大きな影響を与えた言語である。梅(ウメ)や馬(ウマ)といった一部の和語ももともとは古典中国語からの借用語であったと考えられる。
中世には、キリシタン宣教師らの来日などともに、ポルトガル語(「カステラ」「カッパ(合羽)」「カルタ」など)・スペイン語(「メリヤス」など)の語彙が伝えられた。江戸時代には、蘭学などの興隆とともにオランダ語(「ガラス」「コーヒー」など)が伝えられた。
維新後、外国から文物とともに大量の外来語が流入した。中でも多かったのは英語からの外来語であった。一方では、新しい概念を表すために、「哲学」「演説」「野球」など、多くの漢語(新漢語)が作られた。
第二次世界大戦後は、アメリカ発の外来語が爆発的に多くなった。報道・交通機関・通信技術の発達により、新語は以前より早く広まるようになっている。
[編集] 表記史
[編集] 仮名の誕生
元来、日本に文字と呼べるものはなく、言葉を表記するためには中国渡来の漢字を用いた。いわゆる神代文字は後世の偽作とされている。漢字の記された遺物の例としては、1世紀のものとされる福岡市出土の「漢委奴国王印」などもあるが、本格的に使用されたのはより後年とみられる。『古事記』によれば、応神天皇の時代に百済の学者王仁が「論語十巻、千字文一巻」を携えて来日したとある。稲荷山古墳出土の鉄剣銘(5世紀)には、雄略天皇と目される人名を含む漢字が刻まれている。「隅田八幡神社鏡銘」(6世紀)は純漢文で記されている。このような史料から、大和政権の勢力伸長とともに漢字使用も拡大されたことが推測される。
和歌などの大和言葉を記す際には、日本語の一音一音を、漢字の音(または訓)を借りて写すことがあった。この表記方式を用いた資料の代表が『万葉集』(8世紀)であるため、この表記のことを「万葉仮名」という(すでに7世紀中頃の木簡に例が見られる)。
9世紀には万葉仮名をより崩した「草仮名」が生まれ(『讃岐国戸籍帳』の「藤原有年申文」など)、さらに、草仮名をより崩した平仮名の誕生を見るに至った。これによって、初めて日本語を自由に記すことが可能になった。平仮名を自在に操った王朝文学は、10世紀初頭の『古今和歌集』などに始まり、11世紀の『源氏物語』などの物語作品群で頂点を迎えた。
僧侶らが漢文を訓読する際には、漢字の隅に点を打ち、その位置によって「て・に・を・は」などの助詞その他を表すことがあった(ヲコト点)。しかし、次第に万葉仮名を添えて助詞などを示すことが一般化した。やがて、それらは、字画の省かれた簡略な片仮名になった。
平仮名も、片仮名も、発生当初から、一つの音価に対して複数の文字が使われていた。たとえば、「ha」(当時の発音は [ɸa]。以下、近似的に記す)にあたる平仮名としては、「波」「者」「八」などを字源とするものがあった。1900年(明治33年)に「小学校令施行規則」が出され、これらの仮名は整理された。これ以降使われなくなった仮名を、今日では変体仮名と呼んでいる。変体仮名は、現在でも、料理屋の名などに使われることがある。
現在では、語種ごとに文字の系統を使い分けるのが普通である。基本的には、漢語には漢字を、和語には漢字または平仮名を、外来語(通常漢語を含めない)には片仮名を用いる。ただし、これは絶対的ではなく、花の名を「さくら」「サクラ」「桜」のいずれで書くこともある。このほかに、ローマ字(ラテン文字)・アラビア数字などを適宜合わせ用いる。表記体系がこのように多様であることは、日本語の特色の一つということができる。
[編集] 仮名遣い問題の発生
平安時代には、発音と仮名はほぼ一致していた。ところが、その後、発音の変化に伴って、発音と仮名とが1対1の対応をしなくなった。たとえば、平安時代末には、「はな(花)」の「は」は「ha」と発音したが、「かは(川)」の「は」は「wa」と発音した。ところが、「wa」と読む字には別に「わ」もあるから、「kawa」を表記するときに「かわ」とすべきか、「かは」とすべきか分からなくなった。ここに、仮名をどう使うかという仮名遣いの問題が発生した。
時々の知識人は、仮名遣いについての規範を示すこともあったが、従う者は歌人、国学者など、ある種のグループに限られていた。万人に用いられる絶対的な仮名遣い規範は、明治に学校教育が始まるまで待たなければならなかった。
[編集] 漢字・仮名遣いの整理
漢字の字数および仮名遣いについては、近代以降整理がたびたび検討された。たとえば、小学校令施行規則では、「にんぎゃう(人形)」を「にんぎょー」とするなど、漢字音を発音通りにする、いわゆる「棒引き仮名遣い」が採用された。しかし、これは評判が悪く、すぐに元に戻った。
第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)に「当用漢字表」「現代かなづかい」が内閣告示された。これに伴い、一部の漢字の字体に略字体が採用され、それまでの歴史的仮名遣いは廃止された。1981年(昭和56年)には、より制限色の薄い「常用漢字表」および改訂「現代仮名遣い」が内閣告示された。また、送り仮名に関しては、数次にわたる議論を経て、1973年に「送り仮名の付け方」が内閣告示された。戦後の国語政策は、必ずしも定見に支えられていたとはいえず、今に至るまで議論の絶えることがない(「国語国字問題」参照)。
[編集] 文体史
[編集] 和漢混淆文の誕生
平安時代までは、朝廷で用いる公の書き言葉は中国語文(漢文)であった。これはベトナム・朝鮮半島などと同様である。当初漢文は中国語音で読まれたとみられるが、日本語と中国語の音韻体系の乖離は激しいため、この方法はやがて廃れ、日本語の文法・語彙を当てはめて訓読されるようになった。いわば、漢文を日本語に翻訳しながら読むものであった。
漢文訓読の習慣に伴い、漢文に日本語特有の「賜」(…たまふ)や「坐」(…ます)のような語句を混ぜたり、一部を日本語の語順で記したりした「和化漢文」というべきものが生じた(6世紀の法隆寺薬師仏光背銘などに見られる)。
漢文の読み添えに用いられていた片仮名は、やがて本文中に進出し、漢字片仮名交じり文を形成した(最古の例は『東大寺諷誦文稿』(9世紀)とされる)。一方、平安時代の宮廷文学の文体は、平仮名にところどころ漢字の交じる「平仮名漢字交じり文」であった。この両者がやがて合わさり、『平家物語』に見られるような和漢混交文が完成した。
和漢混淆文は、文法機能を担う付属語などは和語であるが、名詞・動詞などの部分には和語のほかに漢語が多く用いられる文体である。今日の日本語で、最も一般的な文体はこの和漢混淆文である。
[編集] 文語文と口語文
話し言葉は、時代と共にきわめて大きな変化を遂げるが、それに比べて、書き言葉は変化の度合いが少ない。そのため、何百年という間には、話し言葉と書き言葉の差が生まれる。
日本語の場合は、平安時代には、書き言葉・話し言葉の差は大きくなかったと考えられる。しかしながら、江戸時代にはすでに両者の差が甚だしくなっていた。このことは、江戸時代の洒落本・滑稽本のたぐいを見れば明らかである。会話部分は当時の話し言葉が強く反映されているが、書き言葉は古来の文法に従おうとした文体である。
明治になってからも、書き言葉は依然、古来の文法に従おうとしていた。しかし、実際には、古文と異なる点も多かった。新しい語法を一部取り入れた書き言葉を普通文と称した。
明治20年代頃から、文学者を中心に、書き言葉を話し言葉に近づけようとする努力が重ねられた(言文一致運動)。このような試みが広まる中で、小説・新聞などが話し言葉に近い言葉で書かれるようになった。伝統的文法に従った文章を文語文、話し言葉を反映した文章を口語文という。第二次世界大戦後は、法律文なども口語文で書かれるようになり、文語文は日常生活の場から遠のいた。
[編集] 方言史
日本語には古くから方言が存在した。『万葉集』の「東歌」「防人歌」には、当時の東国方言が記録されている。
820年頃成立の『東大寺諷誦文稿』には、国内文献における「方言」の最古例である「此当国方言、毛人方言、飛騨方言、東国方言」という記述が見える。平安初期の中央の人々の方言観が窺える貴重な記録である。
平安時代から鎌倉時代にかけては、中央の文化的影響力が圧倒的であったため、方言に関する記述は断片的なものにとどまったが、室町時代、とりわけ戦国時代には中央の支配力が弱まり地方の力が強まった結果、地方文献に方言を反映したものがしばしば現われるようになった。洞門抄物と呼ばれる東国系の文献が有名であるが、古文書類にもしばしば方言が登場するようになる。
安土桃山時代から江戸時代極初期にかけては、ポルトガル人の宣教師が数多くのキリシタン資料を残しているが、その中に各地の方言を記録したものがある。京都のことばを中心に据えながらも九州方言を多数採録した『日葡辞書』(1603年~1604年刊)や、筑前や備前など各地の方言の言語的特徴を記した『ロドリゲス日本大文典』(1604年~1608年刊)はその右代表である。
この時期には琉球方言の資料も登場する。最古に属するものとしては、中国資料の『琉球館訳語』(16世紀前半成立)があり、琉球方言の語彙を音訳表記によって多数記録している。また、1609年の島津侵攻事件で琉球王国を支配下に置いた薩摩藩も、記録類に琉球方言の語彙を断片的に記録しているが、琉球方言史の資料として見た場合、沖縄・奄美地方に伝わる古代歌謡・ウムイを集めた『おもろさうし』(1531年~1623年)が、質・量ともに他を圧倒している。
上代以来、江戸幕府が成立するまで、近畿方言が中央語の地位にあった。朝廷から徳川家へ征夷大将軍の宣下がなされて以降、江戸文化が開花するとともに、江戸語の地位が高まり、明治時代には日本語の標準語とみなされるようになった。
近代に入ると、富国強兵」政策が推進される中で、他のヨーロッパ諸国と同じように方言を廃止し、国語を統一しようという運動が高まった。学校教育では東京の山の手の言葉に基づいた言葉が採用され、放送でも同様の言葉が「共通用語」(共通語)とされた。方言は悪いもの、矯正すべきものとされるようになった。学校教育では方言を話した者に方言札をつけさせることもあった。戦後に高度成長を迎えた頃でも、方言の地位はなお極端に低かった。「方言を大切にしよう」という意見が多くなったのは、比較的最近のことである。
方言研究は、これまで、日本語研究の一分野とみなされていた。ところが、近年では、独自性の強い方言を日本語とは敢えて切り離した研究もある(「ケセン語」参照)。
とはいえ、方言が、日本語を研究する上で貴重な資料であることはいうまでもない。とりわけ、歴史的問題の解決に資する部分が大きい。柳田国男が『蝸牛考』などで指摘するように、古い中央語が地方に残ることもしばしばある(周圏分布)。方言と古文献を調べることによって、古い時代の日本語を再現することも可能である(「比較言語学」および「内的再構」を参照)。
[編集] 日本語研究史
[編集] 音韻の研究
日本語の音韻をまとめたものは、「五十音」に代表される悉曇学に基づくものと、「いろは歌」に代表される手習い歌の大きく二つに分類される。
悉曇学とはサンスクリットにおける文字の研究から発展した、音韻に関する学問であり、音韻を分析的にまとめているのに対し、手習い歌は、仮名文字を漏らさず並び替えた一種のパングラムであり、体系的な理解の助けにはならない。
現在、最も一般的に用いられているものは、五十音であるが、この成立は意外にも古く、平安時代の僧である明覚が1093年に『反音作法』という著作で早期の五十音図を唱えたことまで遡り、これは中国音韻学における反切と呼ばれる方法も参考にされている。当初、その配列についてはかなり自由であり、現在のような配列が慣習になったのは室町時代以後のことである。
一方、手習い歌の代表であるいろは歌の成立は、1079年のことである。いろは歌が普及するまでは、同じく手習い歌である「天地の歌」が一般的であった。前述の通り、手習い歌は配列が音韻学的に全く無意味で、体系的な理解の助けにはならないが、その歌唱の面白さから、近世から近代にかけて、日本人の識字率を高めたといわれている。学問的で無機質な五十音は、庶民にはあまり普及しなかった。
五十音が再び脚光を浴びたのは、言文一致がほぼ完了した、昭和以降のことである。配列が合理的な五十音の方が文語でかかれた手習い歌より、かえって分かりやすかったからである。濁音、拗音、促音や外来語の表記が固定されてきたのもこの時期である。戦中、戦後にかけて、表記が現代仮名遣いに改まると、学校教育でも仮名を五十音で教えるようになった。
現在でも、辞書などの配列をみると五十音順が一般的であるが、モールス符号など一部でいろは順も用いられている。
[編集] 文法の研究
文法研究も、近代以前からすでに盛んであった。江戸時代を概観しても、本居宣長・富士谷成章・義門らが、水準の高い研究を残している。
近代以降には、西洋言語学の考え方を取り入れた研究が行われるようになる。大槻文彦は、伝統的な研究と西洋言語学を折衷した文法書『広日本文典』をまとめた。
現在、小中高校で教えられる、いわゆる学校文法は、橋本進吉の考え方に拠るところが大きい。橋本のほか、山田孝雄(よしお)・松下大三郎・時枝誠記らは、斬新な発想に基づいて文法体系を構築し、今日の研究に大きな影響を与えている。
詳細は「現代日本語文法」を参照。
[編集] 海外の日本語
近代以降、台湾や朝鮮半島などを併合した日本は、皇国化政策を推進するため、学校教育で日本語を国語として採用した。満州国にも日本人が数多く移住した結果、これらの地域では日本語が有力な言語になった。そのため、日本語を解さない主に漢民族や満州族向けに簡易的な日本語である協和語が用いられていたこともあった。台湾や朝鮮半島などでは、現在でも高齢者の中には日本語を解する人も居る。
一方、明治から戦前にかけて、日本人がアメリカ・メキシコ・ブラジル・ペルーなどに移住しており、これらの地域では移住者やその子孫が日本語を継承している場合もある。
近年ではこれが逆転し、海外から日本への渡航者が増え、日本企業との商取引も飛躍的に増大したため、国内外に日本語教育が普及し、国によっては第2外国語などとして外国語の選択教科の1つとしている国もある。このため、海外で日本語を学ぶことが出来る機会は増えつつある(世界の日本語教育、および、本名信行ほか『アジアにおける日本語教育』三修社 2000)。
[編集] 日本語の難易度
「日本語は難しい」という声がしばしば聞かれる。しかしながら、言語の難易度を客観的に測る尺度があるわけではない。
アメリカ国務省は、日本語を中国語・アラビア語などとともに世界で一番、習得に時間のかかる言語としているが(千野栄一『ことばの樹海』1999)、これは英語からみて日本語が大きく異なっているというに過ぎず、あくまでも相対的な見方を示すものである。むしろ、明治時代に日本語を研究したお雇い外国人たちは、日本語は表記面(漢字など)を除けば、文法的にも音声的にも、なんら変哲のない言語であるとみなしていた。このことは、現代の言語研究でも前提になっている(「語学」参照)。
日本語の音韻・アクセントはごく単純である。母音が5つしかなく、母音と子音の組み合わせが規則的で覚えやすく、アクセントを間違えてもほぼ誤解がない。日本語学習者の多い韓国、中国、オーストラリアなどの国では、日本語の発音はそれぞれの国の言語と比べ非常にやさしいと考えられている。
日本人自らが日本語を難解と考える原因としては、身近な他言語がほぼ英語のみであることが与って大きい。英語の文構造や時制・法などの法則に合わないことを根拠に日本語を難解、非文法的とする説がしばしば見られる。幼稚なものになると、「日本語は語順がSOVだから、特殊だ」というものまである(世界の言語はSOV語順のものが最も多い(角田1991))。 対照言語学(言語類型論)の趨勢は、世界中の言語を統合的に理解しようとする方向に向かっている。英語と比べて特異とされる日本語の特徴の多くも、諸言語の観察から導かれる普遍文法の法則に外れていない。「日本語は特殊であり、特別難解な言語である」という主張は、他言語についての不勉強からなされていると考えられる。
もっとも、日本語が印欧語との相違点を多く持つことは事実である。そのため、対照言語学の上で、印欧語とのよい比較対象とみなされることもある。
詳細は「日本語論」を参照。
[編集] 辞典
日本最古の辞典は、平安時代中期に編纂された『和名類聚抄』とされている。室町時代には、読み書きが広い階層へ普及し始めたことを背景に、『下学集』・『聚分韻略』・『節用集』などの辞典が編まれた。安土桃山時代最末期には、イエズス会のキリスト教宣教師により日葡辞書が作成された。江戸時代には、室町期の節用集や往来物を元にして非常に多数の辞典が編集・発行された。
近代的な文法理論に則った最初の日本語辞典は、大槻文彦の『言海』(のちに『大言海』)とされる。『言海』は、その後の日本語辞典の模範的存在となったが、そこで採用された発音表記は、その後の辞書にはほとんど継承されなかった。この原因は、辞書の使用者として日本人を想定したこと、仮名が表音文字であるため「仮名表記=発音表記」という誤った観念が浸透したこと、などが挙げられる。
戦後は、国民的辞典として名高い『広辞苑』(ただし定義に問題が少なくないと言われる)や、ユニーク性の高い『新明解国語辞典』、古語から現代語まで最大規模の語彙を収録している『日本国語大辞典』などを代表として、様々な辞典が発行されている。
詳細は「国語辞典」を参照。
[編集] 関連項目
- 五十音
- 協和語
- 和製漢語
- 日本における漢字
- 国語国字問題
- 外来語
- 標準語
- 共通語
- 方言
- 日本語の方言
- 日本語の乱れ
- 日本語の起源
- アイヌ語
- 琉球語(方言であるか、言語であるかは未だ論争中である)
- 縦書きと横書き
- 日本語対応手話
- 国語学者
- 日本語能力試験
- 中国語
- 朝鮮語
- 在日朝鮮語(日本語化した朝鮮語)
- 在日語(朝鮮語の要素を持つ日本語の変種)
[編集] 外部リンク
- Yahoo! Japan 日本語
- Ethnologue report for language codejpn
- 現代日本語文法概説
- 日本語音声の概要
- 日本語の起源
- 社団法人日本語教育学会
- 日本語能力試験について
[編集] 関連書籍
[編集] 日本語学(国語学)
- 庵 功雄 (2001)、『新しい日本語学入門』、スリーエーネットワーク。(ISBN 4883191788)
- 斎藤 純男 (1997)、『日本語音声学入門』、三省堂。(ISBN 4385345864)
- 森山 卓郎 (2000)、『ここからはじまる日本語文法』、ひつじ書房。(ISBN 4894761742)
- 清水 義昭 (2000)、『概説 日本語学・日本語教育』、おうふう。(ISBN 4273031426)
- 町田 健
- (2000)、『日本語のしくみがわかる本』、研究社。(ISBN 4327384429)
- [編] (2001-4)、『シリーズ 日本語のしくみを探る』、全6巻、研究社。(ISBN 4327383015; ISBN 4327383023; ISBN 4327383031; ISBN 432738304X; ISBN 4327383058; ISBN 4327383066)
- 西垣内 泰介、石居 康男 (2003)、『英語から日本語を見る』、研究社。(ISBN 4327257133)
- 角田 太作(1991)、『世界の言語と日本語』、くろしお出版。(ISBN 4874240542)
- 小嶋 栄子(2005)、『手話通訳者のための国語』、クリエイツかもがわ。(ISBN 4902244454)
- 鈴木丹士郎、『江戸の声 話されていた言葉を聴く』、教育出版。(ISBN 4316359401)
[編集] 日本語一般
- 井上 史雄
- (2000)、『日本語の値段』、大修館書店。(ISBN 4469212598)
- (2001)、『日本語は生き残れるか』、PHP研究所。(ISBN 4569617271)
- 大野 晋、鈴木 孝夫、森本 哲郎 (2001)、『日本・日本語・日本人』、新潮社。(ISBN 4106035049)
- 鈴木 孝夫 (1995)、『日本語は国際語になりうるか』、講談社。 (ISBN 4061591886)
- 西垣 通、Jonathan Robert Lewis (2001)、『インターネットで日本語はどうなるか』、岩波書店。(ISBN 4000221078)
[編集] 日本語の起源
- 大野 晋 (2000)、『日本語の形成』、岩波書店。(ISBN 4000017586)
- 田中 孝顕 (2004)、『日本語の起源』、きこ書房。(ISBN 4877716130)
- 田中 孝顕 (2006)、『日本語の真実―タミル語で記紀、万葉集を読み解く』、幻冬舎。(ISBN 4344011996)
[編集] 日本語教育
- 姫野 昌子、金子 比呂子、村田 年、小林 幸江、小宮 千鶴子 (1998)、『ここからはじまる日本語教育』、ひつじ書房。(ISBN 4894761041)
- 寺田 和子、山形 美保子、三上 京子、和栗 雅子 (1998)、『日本語の教え方ABC』、アルク。(ISBN 4872349156)
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- 浅倉 美波、春原 憲一郎、山本 京子、遠藤 藍子、松本 隆 (2000)、『日本語教師必携ハート&テクニック』、アルク。(ISBN 4757403895)
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- 遠藤 織枝 [編] (2000)、『概説 日本語教育』、改訂版、三修社。(ISBN 4384011091)
- 鎌田 修、川口 義一、鈴木 睦 [編] (1996)、『日本語教授法ワークショップ』、凡人社。(ISBN 4893583514)
- 高見澤 孟 (2004)、『新 はじめての日本語教育』、全3巻、アスク。(ISBN 487217514X; ISBN 4872175158; ISBN 4872175166)