アール・エフ・ラジオ日本
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株式会社アール・エフ・ラジオ日本(アール・エフ・ラジオにっぽん)は、神奈川県に本社があるラジオ局である。通称ラジオ日本。現在は日本テレビ放送網の関連会社で、日テレのホームページでは「日本テレビ系ラジオ中波放送」と紹介されている。
種類 | 株式会社 |
略称 | RF |
本社所在地 | 231-8611 神奈川県横浜市中区長者町5丁目85番地 明治安田生命ラジオ日本ビル |
電話番号 | 045-231-1531 |
設立 | 1958年(昭和33年)8月15日 (株式会社ラジオ関東として設立) |
業種 | 情報・通信業 |
事業内容 | 一般放送事業など |
代表者 | 代表取締役社長 新井修一郎 |
資本金 | 1億円(2005年4月1日現在) |
従業員数 | 37人(2005年4月1日現在) |
主要株主 | 日本テレビ放送網、神奈川新聞社、三菱商事、東芝など |
主要子会社 | ラジオ日本クリエイト ラジオ日本音楽出版 |
外部リンク | http://www.jorf.co.jp/ |
特記事項:1981年10月1日に株式会社ラジオ関東から商号変更。 |
目次 |
[編集] 概説
- 神奈川県の県域放送としているが、実際には関東平野一円に電波が届いている。しかし、神奈川県の県域放送として認可されたために、川崎幸送信所は神奈川県内方面に感度(指向性)を高めるようにしてあり、神奈川県外では在京ラジオ局より若干聞きづらい(送信所の老朽化で年々受信環境が悪くなっているとも言われる)。夜間でも聞けなくはないが周波数が近い九州朝日放送(1413kHz)、山陽放送(1494kHz)、西日本放送(1449kHz)、岐阜放送(1431kHz)などの地域では放送終了・停波しない限り普通のラジオで聞くことはほぼ不可能となっている。
- 独立ラジオ局だが、ラジオ関西、岐阜放送と提携して番組供給を行っている。その実態は局にもよるが、スポンサーがつかないながらネットワークに近く、「名前のないネット」といわれることもある。かつては極東放送(現・FM沖縄)ともネットを組んでおり、ネット番組で4地区のみの天気予報を流したこともある。時報音は教会等のパイプオルガン的な音色の電子音で「ソ・シ・ソ――ポーン」(“3, 2, 1”のカウントダウンではない)1989年頃までは「ソ・シ・ソ」の部分が実物の鐘の音になっていた。
- 1981年10月1日に出力を30kwから50kwに増力したことに伴い、公募された現ステーションネームに変更。この際新社名は、一度「ラジオ日本」(ラジオニッポン)と決まったものの、日本放送協会(国際放送の日本語名称が「ラジオ日本」であり、1981年5月に商標登録申請)やニッポン放送から訴訟を提起されるなどしたため、社名としてはコールサインの一部であるRFを頭に付けることとなった。この関係からか、フジサンケイグループ系新聞(産経新聞、サンケイスポーツ、夕刊フジ)の番組欄の名称は「RFラジオ日本」と記載されている(在京他紙は「ラジオ日本」と記載、中日新聞の長野県版と静岡県版は「ラジオ日本RF」と掲載)。なお、同じフジサンケイグループ系のフジサンケイビジネスアイではラジオ日本の番組表自体を掲載していない(ニッポン放送などのほかの在京ラジオ局3社と同じ神奈川県の県域放送局のテレビ神奈川(tvk)などの神奈川・東京・千葉・埼玉の独立UHF放送局の番組表は掲載している)。
- 1958年から1964年まで、東急東横線の乗客向けに鉄道無線を使用して車内でニュースを放送したことがある。
- 1960年6月15日夜、安保反対のデモを実況生中継していた島碩弥(しまひろみ)をデモ規制の機動隊員が殴り、その模様も放送され、多くの人が安保闘争を知るきっかけとなる。
- 1977年に読売新聞社と後楽園球場での巨人戦ラジオ中継独占契約を締結、読売新聞社や同社の系列である日本テレビとの関係が強化された。その結果、ニュース番組は夕方の「京浜ニュース」(神奈川新聞配給)を除き、読売新聞社配給となった(2003年秋、京浜ニュース終了)。最近では日本テレビのアナウンサーがアール・エフ・ラジオ日本に出向して番組に出演しているケースも多い。
- 編成内容から「読売ジャイアンツ、競馬、演歌」という男性向きのステーションイメージが強いが、日本テレビの人気アナウンサーを起用したワイド番組を放送するなど、新しい番組の開発にも取り組んでいる。また、小田原放送局では平日日中に独自ローカルワイド番組を制作・放送している。
- BSデジタル放送「BS日テレ」のBS445chでRFラジオ日本の一部番組の同時放送を行っていた(2005年9月30日放送終了)。
- 1980年代初頭までは毎年夏休みに、京浜急行電鉄と協賛で「夏だ!三浦だ!サマーフェスティバル」を三浦海岸の特設ステージで、アイドルを中心に演歌歌手などをゲストに迎えて開催していた。2週間程の期間中は歌謡ステージが日替わりで催され、その模様を公開放送(昼時に生中継にて)していた。その三浦海岸までの道程を品川駅発の京浜急行の「ミュージックトレイン」と称し臨時列車を運行していた。(その臨時列車にはステージに向かう歌手も同乗した日もあった)
- 2005年と2006年に24時間テレビ 「愛は地球を救う」のチャリティーマラソンの様子を実況生中継した。
[編集] 「社会の木鐸」宣言
「ラジオ関東」時代には、女性アイドルの番組を放送するなどもしていたが、1982年に当時の遠山景久社長(のち会長)が「社会の木鐸」宣言を行い、編成を若者向け番組から、反共色の濃い論説番組や、演歌を中心にサラリーマン・中高齢層を対象にした番組に変えて強化。1989年4月には若者向け番組を完全に排除、若者向け楽曲も一切放送しなくなった。一日中RFを聴くタクシー・トラックの運転手が増えた一方で若年層リスナー離れ・聴取率低下を招いたため、一部のスポンサーが撤退し、経営は悪化していった。
当初は同局で放送されていた『林原めぐみのHeartful Station』が開始間もなく1991年7月に突如打ち切りになったことや、番組中でパーソナリティーが「他の曲もかけたい」旨の発言をしたところ番組が打ち切りになるなど、遠山の経営末期の1993年には打ち切られた番組が21本にも及ぶなど聴取者にも不可解な経営が続いた。
遠山は局内にワンマン体制を敷き、方針に反する社員を追放し、アナウンサーをキーパンチャーに転属させ訴訟となったり、最盛期には150名以上いた社員が50名以下になるほど徹底した人事政策を行ったが、1993年12月21日に長年の遠山体制に不満を募らせていた同局の幹部一派が取締役会において全会一致で遠山を「公共の電波を預かる放送会社の代表としてはふさわしくない」として電撃解任、ワンマン体制に終止符を打った。その後任社長には読売新聞・日本テレビ出身の外山四郎が就いた。1994年2月には、アール・エフ・ラジオ日本から「不当な事業で会社に与えた損害の返済」を要求するなど、遠山経営時代の清算をはかり、遠山一族所有のアール・エフ・ラジオ日本の株式を読売新聞の傘下にある日本テレビ放送網が買取り、経営の混乱に終止符が打たれた。
また、神奈川県の県域放送として認可されているにもかかわらず、関東全域(とくに東京都)で聴取できる放送という実態があり、遠山の時代には東京支社に社員の9割が配置されるなど実質的な本社となっていた。1986年には横浜市土地開発公社が払い下げた横浜市中区の土地(現在の本社所在地)が「地元の放送は防災放送等の公共性がある」ことを考慮して実勢価格の半額以下で払い下げられたにもかかわらず、建築計画には放送設備が無く電波塔も無いなど単なるテナントビルであると指摘され、後に放送設備等が備えられた計画に変更されるなどの問題も生じている。
[編集] 放送局概要
- 横浜本社 〒231-8611 神奈川県横浜市中区長者町5丁目85番地 明治安田生命ラジオ日本ビル
- 東京支社 〒106-8039 東京都港区麻布台二丁目2番1号 麻布台ビル
- スタジオ 東京支社、横浜本社
- 川崎幸放送局 1422kHz 50kW JORF
- 小田原放送局 1485kHz 100W JORL
- 代表取締役社長 新井修一郎
- 放送時間 5:00起点の24時間放送(ただし、放送機器メンテナンスのため、日曜深夜1:30~5:00は休止)
- 主要株主 日本テレビ放送網、三菱商事、東芝、東日本電信電話、横浜倉庫、神奈川新聞社、日本テレビ放送網文化事業団、日本テレビ系列愛の小鳩事業団 他
なお小田原放送局には「RADIO WEST」という通称がつけられているほか、平日昼間の時間帯に本局とは別のローカルワイド番組を長年にわたり放送しており、2006年現在も『ラジカルランド』を放送している。
[編集] 沿革
- 1958年8月15日 - 株式会社ラジオ関東 設立(ラジオ神奈川、湘南放送、神奈川放送の免許申請を一本化)
- 1958年12月24日 - 放送開始(1480kc, 1kW) 全国40番目の開局 ※kc(キロサイクル)は現在のkHz(キロヘルツ)と同義
- 1959年 - 10kWに増力
- 1965年9月18日 - 台風取材のラジオカーが晴海埠頭から東京湾に転落。記者・アナウンサー6人水死
- 1968年 - 周波数を1420kcに変更
- 1971年11月 - 30kWに増力
- 1977年11月 - 読売新聞社と後楽園球場での巨人戦ラジオ中継独占契約を締結
- 1978年1月 - ニュース提供を毎日新聞社より読売新聞社に変更(神奈川新聞社の「京浜ニュース」を除く)
- 1978年11月23日 - ITU(国際電気通信連合)の取り決めで周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時を以って周波数を1422kHzに変更。
- 1981年10月1日 - 50kWに増力、同時に現社名に変更
- 1982年4月 - 「社会の木鐸」宣言(硬派路線への転向、アイドルラジオやポップス番組が減り出す)
- 1989年4月 - 若者向け番組を完全に排除
- 1990年 - 「大人の放送局」を編成の基本方針とし、50歳以上の聴取者をメインターゲットとする
- 1993年12月 - 遠山景久会長を解任(取締役会によるクーデター)
- 1994年 - 遠山一族所有のラジオ日本株式を日本テレビが買い取り、連結会社とする
- 2003年10月 - ターゲットを働き盛りの男性に絞り「男のパワーステーション」をキャッチコピーに展開。
- 2003年12月9日 - 企業ロゴに日テレのマスコットであるなんだろうが加わった。
- コンビニ・スリーエフと共同開発で「男のパワーアップ丼」などオリジナル商品を期間限定販売。
- 2005年10月 - ナイターオフの火曜~金曜の19:30~21:30をラジ関RETURNSとして、ラジオ関東時代に放送された「ポートジョッキー」、「全米トップ40」、「きのうの続き」の3番組を装いも新たに復活させた。
- 2006年4月 - 千葉ロッテマリーンズの放送権を取得し、ジャイアンツナイターに加えラジオ日本マリーンズナイターを開始した。
[編集] 番組
- 杉紀彦のラジオ村(月~金曜 5:30~6:30)
- 立川こしらのガッテン!こしらじお(月~金曜 6:30~8:15)
- 赤坂泰彦のSUPER EVENT EXPESS(月~金曜 8:15~8:25)
- 中本賢のヨコハマガサガサ探検隊(月~木曜 8:25~11:30)
- 松本梨香のヨコハマウィークエンドスタイル!(金曜 9:30~11:00)
- こんにちは!鶴蒔靖夫です(月~金曜 11:30~11:50)
- 健康知りたい話(月~金曜 11:50~12:00)
- ミュージック・パワーステーション(月~木曜 12:00~14:55)
- 夏木ゆたかのホッと歌謡曲(月~木曜 15:00~17:40、金曜 16:00~17:40)
- 柏英樹のG PLUS SPORTS(月曜 18:00~18:30)
- 松尾雄治のマンデーフリーキック(月曜 18:30~19:30)
- まくら@ラクゴ(火曜 27:30~27:55、2006年7月より放送曜日変更)
- いつもおそばに歌謡曲(木曜 25:00~25:30)
- カントリー娘。のHappy Night☆(木曜 25:30~26:00)
- カントリー娘。のHappy Night 2(木曜 27:30~28:00、2006年7月より開始)
- 坂井隆夫のほのぼの歌謡曲(月~木曜 28:00~29:00)
- New port jockey(土曜 22:00~23:00)
- THE BEATLES 10(土曜 25:00~26:00)
- 浅尾慶一郎のさわやかトーク・カフェ(日曜 7:30~8:00)
- ガイジンさん大指摘!爆笑!日本人の急所!(土曜 22:00~23:00)
- 長野すけなりの政界キーパーソンに聞く!!(日曜 8:45~9:15)
- イエスタディポップス・ウィズ・シネマダイヤリー(日曜 23:00~23:30)
- ラジオ日本ジャイアンツナイター
- ラジオ日本マリーンズナイター
- 水野雄仁のサンデージャイアンツプライド(日曜 18:00~19:30)
- ミッキー安川「勝負」シリーズ
- ミッキー安川の毎日が勝負(月曜 23:30~24:00)
- ミッキー安川のずばり勝負(金曜 12:30~16:00、茨城県水戸市のコミュニティFM局FMぱるるんにも火曜 14:00~16:00に、番組の一部が時差ネットされている。2006年3月まではKBS京都でも12:30~14:00に同時ネットされていた。)
- ミッキー安川の朝まで勝負(金曜 24:00~29:00、茨城県水戸市のコミュニティFM局FMぱるるんにも同時ネットされている)
- ミッキー安川のゴルフ放談(日曜 6:15~6:35)
- ミッキー安川の雑オロジー(日曜 23:30~25:30、札幌市のコミュニティFM局ラジオカロスサッポロにも同時ネットされている)
- ラジオ日本 土曜・日曜競馬実況中継(土・日曜 9:30~16:30)
- 中央競馬大作戦(土・日曜 8:30~8:45)
- 1422 V-STATION - ラジオ大阪1314 V-STATION制作
- 岩田光央・鈴村健一 スウィートイグニッション(月曜 25:30~26:00)
- スウィートジャンクション(月曜 26:00~26:30)
- あいまいなオカピ(月曜 26:30~27:00)
- アニプレックス・アワー BLEACH "B" STATION(火曜 22:30~23:00)
- ウハウハ大放送 アニメストリート(火曜 24:30~26:30)
- ラジオ日本 交通安全キャンペーン
- ラジカルランド(小田原局ローカル枠 月~木曜 15:00~17:40、金曜 12:30~17:40)
[編集] 過去に放送された番組
- いってらっしゃ~い!(月~金曜 6:30~9:00、日テレの女子アナウンサー〈出向アナ含む〉出演、ニッポン放送でやっている鈴木杏樹のいってらっしゃいとは無関係)
- 男たちの夜かな
- Port jockey
- 小川哲哉の真昼の歌謡大作戦!
- 若山弦蔵ショー
- 芥川隆行の演歌だヨ!
- ディスクジョッキーパレード
- 電撃わいどウルトラ放送局(かつては往年の演歌歌手である三橋美智也が始めてDJをやり、それも「ミッチー」の愛称を付け、20代からも支持を得るべく珍しく若作りした番組、「フィーバー」などの流行語も多く出た。(同局とは関係ないが、当時三橋のCM出演の「激めん」というカップ麺があり(マルちゃんの東洋水産)「フィーバーフィーバー」と連呼していた。)
- 全米トップ40
- 全英トップ20
- KEIKYUミュージックトレイン
- ゴー!ゴー!ナイアガラ
- ベイ・オブ・トーキョー
- ダイヤル1420
- リズミックダイヤル
- セイントフォーの“みんな起きてる?”
- ビックウエーブアイランド (千葉和臣、水野きみこ)
- 男のラジオToNight
- 酒井法子のストレートライフ 夢色プリズム
- 森高千里ミッドナイト・クイーン
- アイドル・モーニングコール
- ONKAN倶楽部530
- カッ飛び歌謡ランド
- サウンド・プロセッサー
- 恋するスタジオ ザ・ポップ
- TOKYOパニックごっくんNITE
- ど~んとラジオ!!ぼくらの元気は夢現代∞
- ハロー!ヤングラブ(スタジオでの生と後楽園ゆうえんちでの公開録音があった)
- 林原めぐみのHeartful Station(ラジオ関西で引き続き放送中)
- 伊藤政則のRock Today(日本初のヘヴィメタル専門ラジオ番組。番組自体はbayfmの「Power Rock Today」に引き継がれた)
- スポーツ気分で遊ING
- おりも政夫感度良好
- ラフィンノーズのDo it!(日比谷野外音楽堂での将棋倒し死亡事故に伴う謹慎で打ち切り)
~社会の木鐸 絶頂期~
- ラジオ日本現代瓦版
- 正しい日本語
- 松原正の本音で行こう
- 松原正の人生読本
- おはようジャーナル
- さわやかワイドラジオ日本
- ザッツ演歌人間
- 徳光和夫のザッツ!演歌テイメント
- 銀四郎の演歌最前線
- 世相往来
- 八代亜紀の演歌まわり舞台
- 芥川隆行のお昼の名作文庫
- ニュースと論説
- ここに歌あり
- 勢揃い演歌最高峰
- 芥川隆行の懐かしの演歌
- 日本の歌・日本のこころ
- いづみのおじさん大集合
- 青春演歌一直線
- ときめき放送局
-
- ラジオ面白倶楽部
- 朝までラジオ
- 今夜も気ままに
- 深夜音楽大百科
- 日本列島「演歌でおまかせ」
- 土曜論壇
- ジャズ黄金時代
- 週刊ニュース!辛口講談
- 浜田幸一日曜放談
- 艶歌ひとり舞台 パーソナリティ:井口保子
- 日曜格斗談
- 現代世相噺 パーソナリティ:三遊亭圓楽 (5代目)
- わいど小田原1485(小田原局ローカル。現在のラジカルランド枠)
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- 田島喜男の演歌で行こう!
- 小川哲哉の演歌で行こう!
- 前田武彦かしましジャーナル
- 大谷亘の歌ひろば
- 大谷亘の演歌いちばん!
- 港のワイド・みなとのスタジオ
- せんだ光雄世紀末伝説
- 岩國哲人の凛として日本~甘口・辛口・へらず口~
- Jリーグ・ワールド
- 東京ヴェルディ1969Radio Club
- さとう一声の朝はここから
- 土井里美のMy朝Myモーニング
- 小倉淳のモーニング・キックオフ
- うかい浜太郎の朝はヨコハマ
- なぎら健壱のまっかちん仮面
- 夏木ゆたかの演歌いちばん!
- 田島喜男の演歌です。すぺしゃる
- グットタイムミュージック・あの頃君は若大将
- 女子アナ・ミュージックミュージアム
- ミュー・ミューランチBOX
- ラジオ日本ニュースライン
- ダークと歌う仲間たち
- ヒーリングステーション・ときめきフォーエバー
- オトナの情報マガジン
- オトナの競馬マガジンプラス
- ダイ&チャッピーのワールドトップ40
- きのうの続きの続き
- ウラモモーイ
- 藤野洵 おもしろ経済情報
- ドットシティ Presents 中川翔子 しょこたうん
[編集] アナウンサー
- 男性
- 女性
- 坪内千恵子(契約・報道専門)
- 南雲和子(契約・報道専門)
[編集] 元アナウンサー
- 男性
- 窪田康夫(1958年~、文化放送から移籍)
- 島碩弥(1958年~、山陰放送から移籍)
- 木島章夫(1958年~、九州朝日放送から移籍)
- 永井敬二
- 加賀佑治
- 長崎節
- 林洋右(1960年~)
- 樋口忠正(1961年~、競馬中継に出演中)
- 田島喜男(ラジオたんぱから移籍)
- 内藤幸位(1962年~2000年)
- 早川建二(1964年~2002年)
- 浅木勝(1965年~2001年)
- 工藤健策(1965年~)
- 山田透(1975年~1983年、ニッポン放送へ移籍、後フリー)
- 武田肇(1975年~)
- 坂井隆夫(1965年~)
- 染谷恵二(1978年~2005年3月、フリー)
- 山本剛士(ニッポン放送へ移籍)
- 仙田和吉(1992年~2001年、毎日放送へ移籍)
- 浅見源司郎(1993年~、日本テレビより出向)
- 若林健治(1995年~1998年、2002年10月~2006年6月、日本テレビより出向、現在は同局の他部門に転属)
- 小倉淳(1998年~2000年、日本テレビより出向、2006年8月・日本テレビ退職・フリー)
- 女性
- 清水明江
- 安藤八重子(1958年~1990年)
- 森純子
- 青津ナナ子(1959年~1992年)
- 井口保子(1960年~1995年、日本初の競馬実況女性アナウンサー)
- 岡本美紀(1962年~)
- 石倉辰子(1964年~)
- 竹内満佐美(1964年~、大相撲力士・雅山の母、旧姓不明)
- 林紀子(元日本共産党参議院議員)
- 深澤美津子(1969年~1990年)
- 塚本美也子(→東京MXテレビ→フリー)
- 大島典子(1995年~1997年、日本テレビより出向、現在は『午後は○○おもいッきりテレビ』プロデューサー)
- 山下美穂子(2003年~2005年、日本テレビより出向、後に同局に復帰)
- 延友陽子(2005年~2006年、日本テレビより出向、後に同局に復帰)
[編集] その他の神奈川県の放送局
[編集] 関連放送事業者
[編集] 外部リンク
関東地方のラジオ放送局 (NHKの放送局)
(その他民放中波ラジオ局) |