大塚駅 (東京都)
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大塚駅(おおつかえき)は、東京都豊島区南大塚3丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
都電荒川線の大塚駅前停留所(おおつかえきまえていりゅうじょ)が併設されている。
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[編集] 利用可能な鉄道路線
[編集] 駅構造
[編集] 東日本旅客鉄道
- 島式ホーム1面2線の高架駅で、北口、南口の2ヶ所の出口がある。
- 従来、改札口によって北口と南口が分断され、北口と南口を渡るには入場券を購入するか、もしくは都電荒川線大塚駅前駅のホームを通らなければならなかったが、現在、北口と南口を結ぶ自由通路の建設が行われている。
[編集] のりば
なお、ラッシュ時の池袋止まりの電車の場合、当駅で後続の電車への乗り換えを促す放送が入ることがある。池袋止まりの電車は同駅5番線に入線し、通常の(池袋から先、目白・高田馬場以南へ向かう)電車は6番線に入線するため、京浜東北線の南浦和とは違い、階段を渡らずに平面移動ができる。それにも関わらず当駅でこのような放送が行われるのは、池袋の乗降客数が非常に多く、同駅で一斉に乗り換えられたのでは、ただでさえ人が溢れている同駅ホームの混雑に拍車をかける恐れがあるからである。
[編集] 東京都交通局
- 山手線の高架の下に都電荒川線の大塚駅前停留所がある。
[編集] のりば
[編集] 利用状況
2005年度の利用者数は1日平均52,510人(JR東日本)である。
[編集] 駅周辺
[編集] 路線バス
- この「都02」系統は非常に便数の多いバス路線である。
[編集] 歴史
山手線の駅は、同線(品川~新宿~赤羽)から分岐して常磐線を結ぶルートの開業により設置された。当初の計画では目白から分岐し、現在の文京区大塚(現在の東京メトロ丸ノ内線新大塚駅付近)を通るルートであり、大塚の地に駅が置かれるはずであったが、後に池袋からの分岐に変更されたため、計画時の駅名そのまま現在の位置に開業した。本来、当駅周辺は「巣鴨」(巣鴨村)である(大塚駅前に巣鴨警察署があるのもこの理由による)が、当駅の開業後は駅名に合わせ次第に「大塚」と呼ばれるようになり、1969年の住居表示により実態に合わせ現在の「南大塚」「北大塚」の地名となった(駅名から地名が変更された例としては他に「新小岩」などがある)。
東京都電の大塚駅前電停としては、現存する荒川線の他に春日、上野広小路方面への路線の停留所があり、車庫も併設されていた。但し、飛鳥山駅の場合と異なり現・荒川線とは線路はつながっておらず、独立した形になっていた。
戦前は花街もあり賑わっていたため、大塚に地下鉄が乗り入れる予定であったが、戦後の計画変更で地下鉄の乗り入れは実現しなかった。その代わりとして駅の南に東京メトロ丸ノ内線の新大塚駅が開業している。山手線の駅の中では知名度が低く、駅前がのんびりとしたムードであるのは地下鉄の乗り入れを逃したことが一因とされている。
- 1903年(明治36年)4月1日 - 日本鉄道(現在の山手線)の駅が開業。
- 1911年(明治44年)8月20日 - 王子電気軌道大塚駅(現・大塚駅前停留所)が開業。
- 1925年(大正14年)12月12日 - 東京市電大塚駅前電停が開業。
- 1942年(昭和17年)2月1日 - 王子電気軌道が東京市に買収され、東京市電大塚駅前電停に組み込まれる。
- 1971年(昭和41年)3月18日 - 都電16系統、大塚駅前~文京区役所前~上野広小路~本所一丁目間廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄が分割・民営化されJR東日本が発足。