ファシズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ファシズム(英: fascism、伊:fascismo)は、狭義にはイタリアにおけるムッソリーニのファシスト党による1922年から1942年までの政治体制を指す。イタリア語のファッショは束(たば)、結束を意味する。ファシストとは結束した同盟者の集まりという意味になる。
目次 |
[編集] 定義
ファシズムが何であるのかの共通見解は未だ確定しているとは言えないが(詳しく調べれば可能である)、定義するに当たって重要なのはその歴史的経緯である。現在の多くの論者は、ファシズムの原因が当時の共産主義の脅威にあったことを挙げる。ファシズムが台頭してきた背景には、第一次世界大戦後における資本主義体制の危機、貧富の格差の増大による社会不安や階級闘争の激化や、国内政治の流動化、ロシア革命の成功などに伴い、伸張してきた共産主義に対し取って代るものが必要だと主張していた一部の社会主義者にあった(ムッソリーニも元社会党員である)。それ故に獲得対象は、共産主義が再組織する可能性が高い労働者階級・貧困層である。その条件として産業の国営化、外国資本を徹底して排除する国家統制(dirigisme)を取った。しかし、共産主義に取って代るものを目指す故に共産主義の模倣が幾つかあった[1]。そこで偏狭な民族主義・人種主義に依拠したのがファシズムである。従って、極端な民族主義だけをファシズムとするのは俗用による語義の拡散である。また、ドイツやイタリアのファシストは幅広い支持を得る為に左派色の強い幹部を粛清した(ナチスのレームなど――「長いナイフの夜」事件)が、一貫してファシズムが社会主義の正統であることを主張しており、「反大企業的社会経済政策」といったスローガンは捨てていない。ファシストの指導を受けることを条件に労働組合は認められ、職能代表制によって優遇された。また、労働争議の際も雇用者側に立っている。
ファシズムは褐色が象徴色である。初期には黒シャツ隊など黒を用いることがあったが、黒は無政府主義が先取りしていた。ベニート・ムッソリーニだけでなく、アドルフ・ヒトラーやヨーゼフ・ゲッベルスらナチ党幹部の正装は褐色である。ナチ党の突撃隊は、褐色の制服を用いた事から「褐色シャツ」とも言われた。
ファシズムが表れた国として有名なのはナチス・ドイツ、イタリア王国、フランコ政権下のスペイン、或いは第二次世界大戦中にドイツの占領、影響下にあった諸地域であり、その他サラザール政権下のポルトガルにおけるエスタド・ノヴォや、ヴィシー政権下のフランスである。
その他の国でも固有のファシズム思想がみられたが、これらはあくまで一部の人々による政治運動にとどまり、実際の国家体制として結実したものはほとんどなかった。ファシズムと似た思想が国家体制として採られた例もある。
例えば、1940年代から1950年代にかけてのアルゼンチンの政治運動は、その代表者フアン・ペロンの名前を冠して「ペロニズム(ペロン主義)」とも呼ばれる。民族主義に基づく外国資本の排除(アルゼンチン国内の英国系鉄道の国有化など)などファシズムに共通するものが見られる一方で、ポピュリズムという意見もあり、ファシズムか否かが論議されている。しかし、当の本人はファシズムの支持者である。
日本の政治体制も、日本ファシズムまたは天皇制ファシズムと呼んでファシズムに位置づける考えもある。しかし、日本の国家体制をファシズムとすることには整合性を疑うものがあり、講座派は天皇制絶対主義の一環としての軍国主義であると定義しているほか、天皇制において独裁は有り得ないという立場からファシズムを否定する意見がある。(『戦犯』として処刑された東条英機元首相もサイパンにおける敗戦の責任を問われ、調印を前に更迭されている。)
また、旧ユーゴスラビア王国のクロアチア人民族主義運動「ウスタシャ」は、ドイツ・イタリアから強烈な影響を受けていた。これは自民族の防衛を訴え、セルビア人(とくに要人――1934年にユーゴスラビア国王アレクサンダル1世をマルセイユで暗殺、など)、ユダヤ人へのテロを繰り返した。この他にも、南アフリカ、シリア、レバノン、イラン、パラグアイでもファシズムに強く影響を受けた民族主義運動が出現した。
ドイツにおいてはナチズムと呼ばれた。アドルフ・ヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)による政治体制であり、党の権力が強く、国家機関と対立することがしばしばあった。これは元々ナチス自体が共産党の組織を模範にしていたからである。
又、左翼思想に於けるスターリニズムと並び、ファシズムは右翼思想の全体主義的な類型として捉えられる事も多い。
ただし、全体主義は必ずしもファシズムであるとは限らず、ファシズムが必ずしも全体主義体制を確立するとは限らない。ソ連のスターリニズムはファシズムと比べて、より完成に近づいた全体主義であるとする議論が有力である。
近年では、制度としてのファシズムとは別に、思想としてのファシズムの「フランス的起源」が提唱されている。
[編集] 語源
「ファシズム」ということば自体は、古代ローマ帝国で執政官の権威の象徴として用いられていた儀式用の束桿(fasces、ファスケス。斧の回りに短杖を束ねたもの)を淵源とする“ファッショ”に由来している。(ここから「ファッシズム」と表記される事もあり)イタリアでムッソリーニが1921年にファシスト党 (Fascisti) を結成したときに名称に使い、人口に膾炙することばとなった。
[編集] その他
1932年版のイタリアの百科事典(著者ジョヴァンニ・ジェンティーレ)には以下のように記述されている。
- 「ファシズムでは、国家が自らの原理や価値観でもって個々人の意思や思想を律し、型にはめるための権威であるだけでなく、積極的に個々人の意思や思想を広く説き伏せていく強制力をもった機構となる。(中略)ファシストはすべての個人及びあらゆる集団を絶対的な存在である国家のもとに統合する。」
1925年10月28日のムッソリーニの演説に登場する以下の言葉はファシストの哲学を端的に示している。
- "Tutto nello Stato, niente al di fuori dello Stato, nulla contro lo Stato" (すべてを国家のもとに。国家の外にいるもの・国家に反するものがいてはならない)
[編集] ファシズムの台頭を舞台とした作品
- 「暗殺の森」(1970年、イタリア・フランス・西ドイツ合作映画):後に「ラストエンペラー」などで有名となった、イタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督の出世作。原作はアルベルト・モラヴィアの小説“Il comformista”(同調者;邦訳「孤独な青年」)。大戦前夜の1938年を舞台に、反ファシズム活動を行う恩師の暗殺を命じられた大学講師の葛藤を描く。優柔不断なインテリ青年がファシズムに傾斜していく姿を通して、ファシズムの根が彼方にではなく、われわれの内部にあることを告発する作品として評価が高い。
- 「Vフォー・ヴェンデッタ」(2006年、アメリカ・ドイツ合作映画):近未来に起こった第3次世界大戦の後に、ファシズム国家になった英国を舞台に、仮面を付けた"V"が独裁政治から国民を解放しようとする。物語の中の体制はファシズムに似ている。
- 「蝶の舌」(1999年、スペイン):スペイン・ファシズムの台頭を描いた作品。1936年のスペインの片田舎で、8歳の少年と民主派の老教師の交流を描く。少年は先生からさまざまなことを学び成長するが、内戦が始まり悲劇的な別れが待っていた。
[編集] 社会ファシズム
スターリン期・コミンテルンの用語。社会民主主義とファシズムとを双生児と規定し、共産主義の党(コミンテルンの指導下にある党)はファシズムに対して戦う際に、社会民主主義勢力と一切協力してはならないと結論づけた。背景として「ドイツ社会民主党が第一次世界大戦への協力姿勢を示した」ことをレーニンが激しく批判していたことが意識され、「社会民主主義は必然的に反動化する」との理論構成によって社会ファシズム論は正当化された。
この理論のもと1930年代前半のドイツ共産党はナチスに対しなんら有効な攻撃を行わなかったばかりか、ドイツ社会民主党を攻撃するうえでナチスと一致することもあった。労働者の戦線は分裂し、ナチスに対抗することはできなかった。結果として、社会ファシズム論はヒトラー政権の成立に有利になったといえる。
人民戦線戦術が広まると、社会ファシズム論は放棄された。
[編集] 関連項目
- ネオファシズム
- ナチズム
- 国家社会主義
- 保守革命
- 天皇制ファシズム
- 自由主義
- 国家社会主義日本労働者党
- フランス人民党
- フランス・ファシズム
- コンコルダート
- カール・シュミット
- ファシスト党
- マルティン・ハイデガー
- エルンスト・ユンガー
- ジャック・ドリオ
- ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル
- ロベール・ブラジャック
- リュシアン・ルバテ
- ガブリエーレ・ダヌンツィオ
- フィリッポ・マリネッティ
- ウィンダム・ルイス
- 北一輝
- 中野正剛
- 牛嶋徳太朗
- イスラムファシズム
- オズワルド・モズリー
- チャールズ・カフリン
- ウィリアム・ペリー
[編集] 参考文献
- 山口定『ファシズム その比較研究のために』有斐閣 有斐閣選書 1979年11月 ISBN 4-641-08231-6
- 山口定『ファシズム』岩波書店 岩波現代文庫 2006年3月 ISBN 4-00-600156-8
[編集] 外部リンク
- Fascism, by Sheldon Richman
- Fascism and Zionism - From The Hagshama Department - World Zionist Organization
- Fascism Part I - Understanding Fascism and Anti-Semitism
- The Functions of Fascism a radio lecture by Michael Parenti
- Manifest of the Scientific Racists (in Italian)
[編集] 反ファシズム
- British anti-fascist website
- The Political Economy of Fascism - From Dave Renton's anti-fascist website
- Antifašistická Akcia Bratislava-Antifascism Action Brataslava. Slovak anti-facism website
- BUSHFLASH