登山
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登山(とざん)とは、山に登ること。
その対象は、簡単に登れる近隣の丘陵からヒマラヤ山脈まで。その触れ方は、現代では、信仰だけでなく、娯楽、スポーツ、職業として、広範な人に親しまれている。
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[編集] 歴史
多くの宗教では、山は崇拝や信仰の対象であり、神そのものであるとされる場合もあった。そのため、様々な聖典や伝説で登山が記録されているが、これらの検証は困難である。121年にローマ帝国のハドリアヌス帝が朝日を見るためにエトナ山を登頂したのが、宗教目的以外で記録されている初めての登山である。
[編集] ヨーロッパ
13世紀になるまでヨーロッパでは、登山は記録されていないが、これは単に文盲率が高く記録を残さなかったためなのか、それとも登山自体が行われなかったのかは議論の余地を残す。1336年4月26日にイタリアの詩人、ペトラルカが弟ジェラルドを連れてフランスのアビニョン近郊ヴァントゥ山の登山に挑み、その頂上まで登った。その後ペトラルカは、このときの旅程を友人に手紙に書き留めて送っている。このことから、ペトラルカは登山の父と呼ばれ、この日を登山の生まれた日としている。これは、文化史家のヤコブ・ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』の中で紹介されている。旅の途中での必然的な山越えではなく、山に登ること自体を目的として試みられた近代最初の出来事である。
ルネッサンスの始まりと共に趣味やスポーツとしての登山が行われるようになった。また、測量目的の登山も行われるようになり、フランス王シャルル8世が1492年にAiguille山の登頂を命じたのは、この範疇に入る。レオナルド・ダ・ヴィンチはヴァル・セシア郊外の雪山に登り、様々な実験や観察を行った。16世紀にはスイスのチューリッヒを中心に登山を賞賛する動きがあり、コンラッド・ゲスナーとジョシアス・シムラーが度々登山を行っていたことが記録されている。2人はロープとピッケルを使ったが、一般には広まらなかった。奇妙な事に17世紀のヨーロッパには登山の記録がまったく残されていない。
19世紀のスイス・アルプスは英国人登山者のメッカとなり、アルプスの主峰39座のうち、31座の初登は英国人によって達成された。
ジョージ・マロリーが「そこにそれがあるから-Because it is there.-」と答えたのはあまりに有名であるが、記者の「なぜ"未踏峰(エベレスト)"に登るのか」という質問への答えであることはあまり知られていない。北極、南極に次ぐ第3の極地エベレストは、征服すべき対象であるとも説明している。
[編集] 日本
日本において、宗教目的以外で記録される著名な登山といえば、安土桃山時代、1584年(天正12年)12月の佐々成政による「さらさら越え」(北アルプス越え)である。しかも、これは比較的容易な無積雪期ではなく、冬季の積雪期に敢行されたという点でも注目されている。ルートは、立山温泉~ザラ(佐良)峠~平の渡し(黒部川)~針ノ木峠~籠川(かごかわ)の経路が有力視されているが、確証はない。立山の一の越~御山谷ルート、別山~内蔵助谷ルートをとったという説もある。
イギリス人で宣教師として来日し、『MOUNTAINEERING AND EXPLORATION IN THE JAPANESE ALPS』を著わしたことで有名なウォルター・ウェストン(1861年-1940年)、ウェストンの著作に感銘を受けて日本アルプスへ登った小島烏水(1873年-1948年)、「日本アルプス」という呼称・発想・概念に抵抗を示し(感じ)、山登りについて違う発想を探した田部重治(1884年-1972年)らがいる。
[編集] 日本における近代登山
日本の近代登山のはじまりをどの時点に置くかは、人によって解釈が様々であるが、1874年に六甲山における、ガウランド、アトキンソン、サトウの三人の外国人パーティによるピッケルとナーゲルを用いた登山が、日本の近代登山の最初とされることが多い。ガウランドは1881年に「日本アルプス」を命名した人物としても知られる。
1889年には、ウエストンによってテント・ザイル等が持ち込こまれ、ウエストンの助言で小島烏水らが1905年に日本で最初の山岳会「山岳会」(後の「日本山岳会」を設立した。この年を近代登山のはじまりとする説もある。
また今西錦司の言うように第一次世界大戦の終戦時(1918年)をもって近代登山の幕開けとされることもある。
いずれにしても日本の登山界は明治時代からの蓄積と研究によって広がってきた。
[編集] 道具
- 登山靴、リュックサック、雨具、地図、方位磁針(コンパス)、懐中電灯などの光源
- 雨具、セーターのような防寒具
- テント、ツェルト、シュラフ(寝袋)
- アイゼン、ピッケル、ワカン、スキー、ストック
- ロープ(ザイル)、カラビナ、ハーケン、ハンマー、下降器 (ディセンダー)
- 地形図
[編集] 登山の種類
[編集] レクリエーションとしての登山
レクリエーションとしての登山の魅力は、ゆっくりと傾斜を歩くことによる有酸素運動や、新陳代謝の活性化、あるいは景観や自然の風景そのものを楽しむことにある。他にも、森林浴(リラクゼーション効果)を楽しんだり、共に登山をする人との交流、冬山を登る際にはスキー滑走を目的とする場合もある。その目的は人により千差万別であり、それぞれの目的に合った登山の方法がある。また日本は山の国であって、散歩の延長で登れるような手ごろな山から、踏破に3~4日かかるものまで様々な山を歩くことが出来る。またひとつの山でも簡単なルートや難所の多いルートなどがあり、各々の力量や体力にに合わせ登山を楽しむことの出来る場所が多い。日本においては、以前は登山というとワンダーフォーゲルや山岳部のイメージが強く、厳しく辛く、特殊な世界と見られがちであった。しかし近年、登山靴や登山用具の発達・軽量化によって、中高年世代においても一種の登山ブームと言える現象が起きた。高齢者でも気軽に登山やトレッキングが出来るように整備がなされ、体力にあった登山ルートで無理なく景色や運動を楽しむことが出来るようになってきている。
一方で登山人口における高齢者の割合が高くなるにつれ、遭難事故件数も増えつつある(登山における諸問題参照)。
[編集] 競技としての登山
高校総体においては、競技の一環として登山を取り入れている。体力や装備、あるいは天気図に関する技能・知識や、高山植物、応急処置の方法等を点数として、審査員がそれらの達成度を計数し、高校ごとに順位を決定する。隊列に遅れず登頂を目指すのも体力点として高得点ではあるが、他にもマナーや態度、知識や服装等にも気を遣う必要がある。4日間をテントで過ごし、食事も寝床もすべて自分達で持ち歩き準備しなければならない登山競技は、インターハイにおいては最も厳しい競技のひとつである。 更に、地方大会では実力の優劣をはっきりとさせるために重量規制があり、現段階では4人で60kgと言う規定がある。 その60kgに、飲料として使用する分の水、怪我の治療などとして使用するために綺麗な水などを要するため、実質70kgにも75kgにも及ぶことなどが多々あるという。
また、国体においても山岳競技があり、縦走競技とクライミング競技の2種目で構成される。縦走競技は、規定の重量を背負い、決められたコース完走する時間を競う。クライミング競技は、人口壁をフリークライミングのスタイルで登り、到達高度を競う。
他にも岩を登る行為の派生競技としてフリークライミング、山道を走ってその順位を争うトレールランニング等の競技がある。いずれも、競技とは言え山や岩場でのスポーツになるため、安全対策や体調管理に十分に注意する必要がある。
[編集] 職業としての登山
純粋に登山そのものを職業として行うのは、主に登山ガイドや登山家などである(登山ガイドは広義の登山家に含まれる)。
登山ガイドは登山の初心者やその山に不慣れな登山者のガイドを請け負い、山を案内して収入を得る。そのためその山に対する深い知識と、不慣れな登山者を安全に案内するための経験や技能が必要となる。なお、日本アルパインガイド協会では、登山ガイドの育成・認定を行っている。
また、著名な登山家の一部は、海外の8000M級の山を、単独で登ったり無酸素登攀したりと言う難しいアタックをする際、テレビ局や大きな企業をスポンサーに持つことが多い。アタックが成功した場合は企業の広告塔としてCMに出演し、利益を得ることもある。
こういった山岳ガイドや登山家の中でも広く名前を知られているものは、講演活動をし、本を出版することも少なくない。
一方、自然資源を得るための登山も存在する。東北地方に存在するマタギと呼ばれる狩猟集団や、山菜を採って販売する地元住民等の入山理由がそれである。山菜採りは自然環境に影響を与えるほどの量を採ることはせず、狩猟をする場合も個体数に影響を与えるだけの乱獲は避けるのが望ましいとされる。
麓から山頂まで荷物を人力で輸送するため登山する職業を歩荷(ボッカ)あるいは強力(ごうりき)という。
[編集] 登山活動における諸問題
[編集] 遭難事故
登山の際にもっとも気をつけるべきことは、遭難である。遭難は一人から数十人規模の大量遭難まで多種多様であり、人数が多いからといって安心できるとは限らない。主な原因としては、
- 地図の誤読によるルート間違い、あるいは地図未携帯によるルート間違いからの遭難
- 登山道から外れた為の遭難(山菜採り・茸採りの登山者に多い)
- ホワイトアウト(冬山での地吹雪や吹雪による視界不良)による遭難
- 雪崩・土砂崩れ等に巻き込まれた場合の遭難
- 天候不良・日没による下山不能状態
- 怪我人が出るなどした場合の、単独行動による遭難
- 遭難者救出のために入山し、自身も遭難するケース(二次遭難)
- 火山ガス(硫化水素など)の吸引
- などがある。これらの回避策としては、
- パーティ全員が地図を携帯し、各々確認を繰り返しながら進む
- 事前に十分天気予報等で気象状況を把握し、天候のもしもの場合は登山そのものを中止する措置を取る
- 天候の急激な悪化に際しては、無理に進まず、引き返す、一旦止まる等の適切な対処をする
- 事前に計画を立てる際は、パーティメンバーの体力を考慮し、決して無理な計画は立てない
- 時間に余裕のある計画を立て、少々のトラブルがあっても日没までには目的地に着けるようにする
- 雪崩や土砂崩れは大概起こる場所が決まっているため、できるだけそのルートを避けるか、事前に申し合わせ注意しつつ素早くその地点を通過する。また地形を良く把握し、雪崩が起こりそうな場所を予めチェックするのも有効である。
- 怪我人や急病人が出た場合、移動が可能な時は速やかに下山し、不可能な場合は直ぐに医療機関か警察に連絡を取る
- 山菜採りなどで登山道以外の場所へ立ち入る際は常に自分の位置を確認し、決して深入りしないようにする
- 安易に遭難者救出に向かわない
- などが挙げられる。また、遭難した際にも本来の到着時間や取るべきルートを救出隊が確認できるように、出発前に入山届を書いておくのも重要である。
[編集] 自然破壊
近年、登山人口が増加したことによる自然に対するダメージが目立ってきている。例としては、ゴミやタバコを持ち帰らずポイ捨てする、むやみに木や枝を折る、遊歩道を歩かず、貴重な植物を踏んでしまう等がある。これらは本来、登山者にとって守るべきマナーであるが、登山を始めたばかりの登山者の中にはそれを知らず結果的に自然や景観に影響を与えてしまうことがままある。以下に具体的な例をあげる。
- ごみの問題
登山の途中に発生するゴミは、原則的に当人が持ち帰らなければいけない。プラスチックやペットボトルなどの化学合成品は分解が遅く、長く自然界にとどまるため生態系に悪い影響を及ぼすとされる。また、生ゴミであれば捨てて良いというわけではなく、過多な栄養はその地に住む動植物の生態系を変え、結果的にはそれまでの生態系を破壊してしまう結果にもなる。
- 植物の盗掘
また、よくあるのが植物の持ち帰りである。高山植物は学術的にも貴重であり、ほとんどの山で持ち帰りが禁止されている。しかし、それを知らないがために野の花を摘むようにもって行ってしまう登山者がある。あるいは、高山植物の生息域にロープ等で立ち入り禁止が示されているにも関わらず、自宅での鑑賞のために持って帰ってしまう者、悪質なものは土を掘り返し根元から大量に持ち去ってしまうこともある。代表的な高山植物であるコマクサは、その美しさに愛好家も多い花だが、山からの盗掘もまた多い。逆に、盗掘した植物を、本来その植物が自生していない別の山に移植してしまうケースも発生している。
- 動物生態系への影響
多くの登山者が山に入ることによる、野生動物が安心と思う住領域の縮小、また人間の持ち込んだごみにより、野生動物の食環境の変化、また人間が出すごみを好む動物が増えてしまうなどの影響が考えられる。また犬を連れての登山を禁止している山もある。これは犬が病原菌を持ち込んだり野犬となったりして、野生動物の生態が乱されるのを恐れての処置である。犬連れ登山禁止に対しては、長年犬は山小屋、猟師等で飼われてきたが、犬から野生動物への病気感染があったか疑問である、人間の方が犬より環境インパクトが大きいなどの反論がある。
- 排泄物の処理
槍ヶ岳や剣岳、八ヶ岳、尾瀬など、人気のある山においては山小屋での排泄物の処理が問題となる。以前はし尿の処理は土に返すだけの処理であったが、登山人口の増加に伴って人間の排泄物が自然に与える影響が無視できない状況になってきた。加えて、排泄物に含まれる大腸菌等によって湧き水が汚染され、飲用できなくなる事態も発生している。そこで、現在ではヘリコプター等で排泄物を運搬、しかるべき施設で処理する方法や微生物で分解するバイオトイレなどへと変化して来ている。運送費や諸経費の調達のため、場所によっては山小屋の利用料を値上げしたり、トイレの使用料を取る山小屋もある。登山における休憩中の排泄も人数が多くなれば悪臭や栄養過多で影響を与えるため、簡易トイレの使用も推奨されている。
- 登山道の荒廃
近年の中高年の登山ブームにおけるオーバーユースによって登山道の荒廃が広がっている。加えて、えぐれた登山道では雨が降るとぬかるみ、それを避けるために登山道脇を歩くことによって植生は失われ、登山道が広がり中には車が通れるほどの広さになっている登山道もある。 また、最近では登山時に腰や膝の負担を軽減する目的でステッキやストック等を使用する人が多くなってきているが、それらで登山道の土が掘り起こされ、柔らかくなった土が雨で流出するなど登山道が荒れる原因になっている。
[編集] 登山国道
国道は、定義の通りであって、道路の規模によって国道になるわけでは無く、車両が通れず、歩行者のみが通れる登山道が国道になっており、酷道の一種になっている。地図上では地図によって登山道部分が通常の道路と同じく線で描かれていたり、破線(点線国道)で描かれていたり、登山道部分が線・破線共に描かれていないなど、様々なパターンがある。そのうち国道289号は登山道に国道標識があり、登山国道として有名である。現在登山国道の多くは将来、車道として開通する予定であるが、自然環境の保護(国道401号の尾瀬部分など)や財政難などの理由により車道として開通する予定が無いものもある。
この他に都道府県道や市町村道が登山道になっているものが全国的に存在する。
- 主な登山国道
- 国道152号
- 国道256号
- 国道257号
- 国道274号
- 国道289号
- 国道291号
- 国道305号
- 国道352号
- 国道353号
- 国道371号
- 国道401号
- 国道405号
- 国道416号
- 国道422号
- 国道452号
- 国道472号
- 国道476号
- 国道482号
[編集] 関連項目
- 山
- 登山家、登山家一覧
- ハイキング、トレッキング、トレールラン、オリエンテーリング
- ワンダーフォーゲル
- 冬山、雪山、積雪期登山
- ロッククライミング、フリークライミング、沢登り、アイスクライミング
- 山小屋(避難小屋)、キャンプ、アウトドア
- アルピニズム
- 日本百名山、8000メートル峰、七大陸最高峰、アルプス三大北壁
- 入山届
- 山座同定
- 遭難
- ビバーク
[編集] 関連著作
- 『日本アルプスの登山と探検』 1896年(明治29年) 著 ウォルター・ウェストン 岩波文庫
- 『日本アルプス』4巻 1910年(明治43年) - 1915年(大正4年) 著 小島烏水
- 『山と渓谷』 1930年(昭和4年) 著 田部重治 岩波文庫
- 『日本百名山』 1959年(昭和34年) - 1963年(昭和38年) 著 深田久弥