マッカ
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マッカ(مكّة Makka)は、イスラム教最大の聖地とされる。メッカはカアバのあるアラビア半島西部の都市。ムスリム(イスラム教徒)はマッカ・アル=ムカッラマ(مكّة المكرّمة Makka al-Mukarrama、祝福されたマッカ)と呼んでおり、別名をウンム・アル=クラー(ام القرى Umm al-Qurā、町々の母)という。日本では長らくメッカと呼び慣わされてきたが、近年は学術的な分野を中心に標準アラビア語の発音により近いマッカが好まれつつある。なお、聖地であるため、イスラム教徒以外の入場はできず、通じる道路の手前にある検問所より先に行くことができない。
世界中からムスリム(イスラム教徒)が集まるイスラム教の聖地・カアバがある。
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[編集] 地理
アラビア半島の西部、紅海に面したヒジャーズ地方の中心都市で、現在はサウジアラビア領である。乾燥気候で、砂漠に取り囲まれているが、ザムザムの泉の湧き水を頼りに、かろうじて人間が定住生活を行うことができる。
[編集] 宗教的意義
マッカは、イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの生誕地であり、クルアーン(コーラン)において預言者イブラーヒーム(アブラハム)とその子のイスマーイール(イシュマエル)が建立したとされるカアバがある。
マッカへの巡礼が可能なムスリムには、巡礼を行う義務がある。この義務は信徒が守るべき主要な5つの義務の一つであり、巡礼を行ったムスリムは、ハッジと呼ばれ、人々に敬われる。マッカへの巡礼には幾つかの区別があり、大祭ともいわれるイードル・アドハー(犠牲祭)には毎年約3百万人が集まる。 一方でムスリムでない者には、マッカとマディーナへの立ち入りは厳しく制限されている。
またムスリムには、特別な事情がない限り、一日に5回マッカの方角を向いて祈りを捧げることが義務付けられている(ただしシーア派は3回)。
[編集] 歴史
ムハンマドが生まれた570年頃には、マッカはすでにアラビア半島の主要な商業都市であった。イスラム教を唱えだした後、 622年にヤスリブ(現在のマディーナ)へムハンマドは逃れる。これをヘジュラといい、イスラム暦はここから起算される。のち630年にムハンマドはマッカを支配下におさめ、カアバ神殿よりすべての偶像を取り除いた。これ以降マッカは聖地として尊ばれている。
2006年1月12日には、宗教儀式中に訪れた信者が将棋倒しとなる事故が発生し、345人の死亡が確認された。
[編集] 比喩表現
ある事柄における「あこがれの地」や「中心地」を「~のメッカ」と慣用されることがある。例えば「苗場はスキーのメッカ」「高校野球のメッカ、甲子園」、あるいは「競艇のメッカ、住之江」などというように使う。この場合にはメッカの呼び方が使われる。
[編集] マッカ
カテゴリ: サウジアラビアの都市 | イスラム教