水
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水(みず)は、化学的には化学式 H2O で表される水素と酸素の化合物。CAS登録番号は、7732-18-5。酸素族元素の水素化物。
常温常圧では無味、無臭、無色透明の液体である。地球表面、特に海洋に豊富に存在する。生物の生存、日常生活をはじめ、工業や医療などに必須であり、人類にとって最も身近な物質の一つである。人間の体の60%から70%程度が水である。この様に身近である水だが、宇宙全体から見ると液体の水として存在しているものは数少ない。
固体は氷、液体は水、気体は水蒸気と呼ばれる。温度の高い液体の水を湯(ゆ)と言い、特に温度の高いものを熱湯(ねっとう)と言う。理・工学的な分野では熱水(ねっすい)という語も用いられる。
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[編集] 物理的性質
常温、大気圧下で無色透明な液体。一気圧の大気圧下での沸点は約100℃(より正確には99.974℃)、融点は0℃(実は99.974℃以下の水蒸気も、0℃以下の水も存在する)。3.98℃で最も比重が大きく、固体は液体より比重が小さい。これは多くの他の分子とは異なる水の特性であり、水分子間での水素結合による。ヒドロキシル基を2つ持ち合わせている。液体の状態では10-7 (mol/l) (25℃)が電離し、水素イオン(正確にはオキソニウムイオン)と水酸化物イオンとなっている。
沸点と融点が100℃と0℃というきりのいい数値なのは、水の性質を基準として摂氏での温度の目盛りが定義されたためである。また、4℃のときの1 cm3あたりの質量を基準に1 g(グラム)を定義したり、1 gの水の温度を1 K(1℃の温度差)上げるのに必要な熱量を1 cal(カロリー)にしたりするなど、単位の基準に使われることが多かったが、不純物の存在による不正確さに加え、たとえば1 gを求める場合には、体積、圧力、温度を規定しないと正しい重量が得られないという本質的な精度の問題(キログラムを参照)があるため、近年では一意に求まる水の三重点を除けば、基準としての役割はほとんどなくなっている。
また、水は比熱容量が非常に大きいことでも知られる。
[編集] 亜臨界水・超臨界水
水は22.1 MPaの圧力をかけると374℃ (647 K) まで液体の状態を保つ。これを亜臨界水という。これ以上の圧力、温度の状態の水を超臨界水という。その性質は通常の状態と異なりイオン積が高く通常の水より水酸化物イオンの濃度が高くなる。また比誘電率が低い。その性質を利用のため研究されている。
[編集] 化学的性質
水素と酸素の電気陰性度の違いから、水分子においては酸素原子側が電気的に負となり、水分子の形から電気双極子を形成している。さらに共有結合に使われていない孤立電子対が2つ存在する。以上から水の比誘電率は79.87 (20℃) と高い。このため塩化ナトリウムなどのイオン結晶の結合を破壊し、すぐれた溶媒として働く。さらに水素-酸素結合は水素結合を形成しやすく、特に電気陰性度の高く結合に利用できる電子軌道が余っている原子とは容易に水素結合を作りやすい。したがって、糖などイオン性ではない分子に対する溶媒ともなる。このため、ベンゼンなどの炭化水素はイオン性でもなく、水素結合を形成しないため、水には溶解せず分離してしまう。
以上、水はほかの物質を溶かしたり、溶けた物質のイオン化を促進する性質をもつことが分かる。このため溶媒としてよく使われる。また、多くの化学反応の触媒としても利用される。 天然の水には、僅かに重水(D2O、多量に摂取すると生物には有害)が含まれている。水素の同位元素である重水素からなるものである。
[編集] 生物と水
すべての既知の生命体にとって、水は不可欠な物質である。
生物体を構成する物質で、最も多くを占めるのが水である。核や細胞質で最も多い物質でもあり、細胞内の物質代謝の媒体としても使用されている。通常、質量にして生物体の70%‒80%が水によって占められている。生きている細胞には(理想的な溶媒である)水が多く含まれており、生命現象を司る化学反応の場を提供し、また水そのものが種々の化学反応の基質となっている。体液として、体内の物質輸送や分泌物、粘膜に用いられ、また高分子鎖とゲル化することで体を支える構造体やレンズにも利用されている。クマムシのように厳しい環境にも耐えられる生物は、体内の水分を放出し、不活性な状態をつくり出すことができる。
なお、生物は太古の海で誕生したと考えられている。生物の化学組成と海水の組成がにていることもその根拠の一つである。従って、水中生活が生物の原始的な姿であると見てよい。
陸上のように、常に水につかっていない環境では、生物にとって最も重要な問題の一つが水の確保である。陸上の無脊椎動物では、周囲が湿っていなければ活動できないものも多い。陸上生物に見られる進化的形態の多くが水の確保や自由水のない環境への適応である。クマムシの場合も、頻繁に乾燥にさらされる環境への適応として、休眠の能力が発達したと考えられている。
[編集] 水素結合による利点
水分子間における水素結合を生物は様々な形で利用し、またその恩恵を受けている。
- 生体に不可欠な構成要素であるタンパク質の立体構造を決定する際(フォールディング)に、各アミノ酸同士の水分子を仲立ちとした水素結合が重要な役割を演ずる。
- 生物環境という立場から見れば、水はその(水素結合に起因する)比熱が大きいことによって温度を安定させる緩衝の意味合いが大きく、恒常性の維持に貢献していると言える。
- 低温の固体が液体より上部にくることは、海や湖沼を完全凍結しにくくし、生物に生存のチャンスを与えている。液体である4℃の状態で最も密度が大きくなるという性質は水素結合に起因している。
- 汗は非常に効率よく体温を下げる機能をもつ。水の蒸発潜熱が大きいのは水素結合が強いことに起因している。
[編集] 人体と水
人体が過剰な水分を投与された場合、細胞外液の浸透圧が異常に下がり、低ナトリウム血症によって悪心、頭痛、間代性痙攣、意識障害等の症状を引き起こす。これを水中毒と言い、輸液ミス、心因性多飲、SIADHなどの結果としてみられる。なお致死量は体重65kgの人で10-30リットル/日である。細胞外液の浸透圧が保たれていても、水分量が過剰な場合には心臓の負荷が大きくなりうっ血性心不全となる。原因は、塩分の過剰摂取であることが多い。
[編集] 太陽系の水
太陽系の惑星および衛星の表面に存在する水のほとんどは氷または水蒸気であり、地球以外で液体の水が存在する場所は少ない。相図からわかるように、液体の水が存在できる温度範囲は高圧ほど広くなる。逆に、火星のように気圧の低い環境では、液体の水は安定に存在することはできない。
火星の表面にはかつて液体の水があったことが判明している。
木星の衛星エウロパは、内部に液体の水からなる海があるのではないかと言われている。
[編集] 水の分布
地球上には多くの水が存在しており、生物の生育や熱の循環に重要な役割を持っている。気象学や海洋学などの地球科学、生態学における大きな要因の一つである。
その97%が海水として存在し、淡水は残り3%にすぎない。そのほとんどが氷河や氷山として存在している。
[編集] 水の用途
- 生体摂取: 生物(細胞)の活動に必須。植物は根などから吸収。動物は直接飲用、または食物より摂取
- 熱交換: エンジン・エアコンの水冷式、ラジエーター、冷却水、打ち水
- 温度の利用: 入浴・温泉、サウナ、床暖房装置、かき氷、かち割り
- 浮力の利用: 船舶、水泳
- 溶媒としての利用: 水割り、点滴、洗濯 - 超純水
- 特異な相転移の利用: スキー、スケート
- 位置エネルギーの利用: 水力発電、水車、波力発電、ししおどし
- 水蒸気(スチーム)の圧力の利用: 蒸気機関、火力発電、原子力発電
- 消火剤: 消火栓、消防用水
水の利用は都市生活の維持にとって重要なため、古代から水道が建設された(上・下水道)。産業利用を目的とした水利は、用水路と呼ばれる(農・工業用水)。
[編集] 水と哲学
古代ギリシアの哲学者タレスは、万物の根源アルケー(現代でいうところの元素のようなものだが、必ずしも物質的なものではない)は水であると考えた。エンペドクレスは、水、空気、土、火の4つのリゾーマタ(四大元素)からすべての物質が構成されるとする、いわゆる四元素説を唱えた。これはアリストテレスに継承された。
東洋においても、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素から成るという五行説が唱えられている。
[編集] 水(氷)の研究史(近代以降の主要なもの)
- 17世紀初頭: ベルギーのファン・ヘルモントは植物成長に関する実験により、水を元素と結論づけた。あらかじめ重量を測定した鉢植えに水だけを与え、4年後に重量を測定すると重量が増加していた。すなわち水元素が木元素に変換したことになる。ヘルモントはガスという用語を作り出している。ビールの発酵、石炭の燃焼、炭酸塩から発生するガスが全て同じものであり、命名もしていたが、彼自身の実験と彼のガスの関係には気づいていなかった。
- 1765年: イギリスのキャベンディッシュ、水を材料に熱の研究を行ない、蒸発熱や潜熱を測定している。
- 1766年: キャベンディッシュ、「人工空気の実験を含む三論文」を発表。第一論文で「可燃性空気」すなわち水素の発見を発表。ただし、水素の燃焼物が何であるかを理解していなかった。
- 1781年: 酸素の発見者の一人イギリスのプリーストリーは水素の燃焼物が水であることを見いだし、キャベンディッシュに確認を求める。
- 1784年: キャベンディッシュが「空気に関する諸実験」を発表。水の組成を確認する実験について記述されている。実験には2年を要した。水素と酸素を電気火花によって反応させると大量の反応熱を出すため、生成物にどうしても窒素の酸化物である硝酸が混入してしまうためであった。彼の論文では水素と酸素を可燃性空気と脱フロギストン空気としているものの、水素2容積と酸素1容積から水が生成することを確認している。フロギストンによらない説明を最初に与えたのは酸素という名を命名したラボアジェであった。
- 1785年: ラボアジェが赤熱した鉄管に水を通すと水素が発見することを示し、水素、酸素こそが元素であって、水は化合物であることを最終的に確認した。
- 1791年: イタリアのボルタが酸素と水素が一定の比率で化合する性質を利用し、逆にこれらの気体の分量を測定するユージオメーターを開発した。
- 1800年: ボルタ、化学反応による電流の発生に成功。ボルタの電堆(電池)と呼ばれる。
- 1801年: イギリスのウィリアム・ニコルソン、ボルタの電堆を用いて、初めて水を電気分解した。陰極に水素が2容積、陽極に酸素が1容積発生することを示した。
- 1920年: この頃までに水素結合の概念が提唱される。
- 1933年: バナールが、水のX線構造解析を行う。
- 1935年: ポーリング、氷の残余エントロピーの理論。
- 1936年: 中谷宇吉郎、雪の結晶を人工的に世界で初めて作成する。
- 1958年: アイゲン、水中のプロトン移動に関するモデルを提唱する。
- 1971年: ラーマンにより、水の分子動力学法によるシミュレーションが行われる。
- 1971年: ペイジが、水の中性子による構造解析を行う。
- 1994年: 三島修が、 2 つのアモルファス氷の間(低密度⇔高密度)の一次相転移を発見。
上記の他、ニュートリノの研究に用いられる。世界最大のニュートリノの研究施設はスーパーカミオカンデと呼ばれ、多くの水が満たされている。
[編集] 水と芸術
水は人類にとって最も身近で重要なものであり、かつ様々な態様を見せることから、水をモチーフとした数々の芸術作品が生み出されている。
[編集] 文学
[編集] 音楽
- エステ荘の噴水(フランツ・リスト)
- 水の戯れ(モーリス・ラヴェル)
- ローマの噴水(オットリノ・レスピーギ)
- 水の反映(クロード・ドビュッシー:映像第一集の中の曲)
- 水上の音楽(ヘンデル)
[編集] 別称
- IUPAC命名法組織名ではオキシダン(Oxidane)であるがほとんど用いられない。(→記事「水素化物」参照)
- 水をネタに感情的な環境保護論を揶揄するジョークとして、DHMO (Dihydrogen Monoxide) がある。
- DHMOの代わりにオキシダン、一酸化二水素、酸化水素、水酸、水酸化水素といった呼び方も使われることがある。
[編集] 代表的な慣用句
- 水掛け論…田に水がほしい双方が水を掛け合ってまで争うところからきているといわれる
- 湯水のごとく…日本ではかつて水は非常に安価または無料の代名詞であり(「水と安全はタダ」など)、躊躇なく使うことを言う
- 水商売…飲食業、あるいは風俗業の別称。一日の客数が安定しない(水物)から付けられたらしい。
他にも、世間や市場に飛び交うもの(貨幣や情報など)を水にたとえて、「洪水のような」とか「氾濫する」とかいう表現がされることがある。
[編集] 関連事項
[編集] 関連書
- ウェスト・マリン 著、戸田裕之 訳 『水の神秘 科学を超えた不思議な世界』 河出書房新社、ISBN 430925201X