死刑
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死刑(しけい)は、刑罰の一種で、対象者(受刑者)の生命を奪うことによってその罪を償わせる刑罰の総称である。
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[編集] 概説
現在の罪刑法定主義に基づく近代の法体系においては最も重い刑罰で、極刑とも言われ、非常に重いとされる罪に対して科される。また、受刑者の自由のみを奪う懲役などの自由刑に対して生命刑(せいめいけい)とも呼ばれる。
また、殺人罪のことを一般に死罪とも呼んだりして意味が混同されることもあるが、一般には罪状を「殺人罪」、刑罰名を「死刑」として区別する。
[編集] 制度
死刑制度の是非については世界的に多くの議論があり、死刑制度を設けている国と設けていない国がある。また、法律上は死刑制度を設けていても実際には死刑を執行していない国もある。一般犯罪においては死刑を廃止し、国事犯や軍事法廷における敵前逃亡・利敵行為等にのみ死刑を残している国もある。
[編集] 根拠
[編集] 目的
一般予防説に従えば、「死刑は、犯罪者の生を奪うことにより、犯罪を予定する者に対して威嚇をなし、犯罪を予定する者に犯行を思い止まらせるようにするために存在する。」ということになる。
特別予防説に従えば、「死刑は、矯正不能な犯罪者を一般社会に復して再び害悪が生じることがないようにするために、犯罪者の排除を行う。」ということになる。
日本やアメリカなど、死刑対象が主に殺人以上の罪を犯した者の場合、死刑は他人の生命を奪った(他人の人権・生きる権利を剥奪した)罪に対して等しい責任(刑事責任)を取らせることということになる。
一般的な死刑賛成論者は、予防論と応報刑論をあげるが日本においては伝統的に応報論の延長として敵討の説が多く見られる。つまり、殺人犯に対する「報復」という発想で、被害者の心情を反映した発想だと思われる。これは特定少数者の心情的充足のみを目的として行われる行為であるためその実行において客観性が著しく欠ける。近代の死刑制度はこのような個人によるあだ討ちによる社会秩序の弊害を国家が代替することによって応報を中立的な立場によって執行するという側面も存在する。裁判官が個別の犯罪において死刑も含めて罰則を決める場合に、特に凶悪犯罪においては応報は常に根拠とされている。一方で死刑反対派は近代刑法はこのような応報刑を否認する事を基本原理としていると主張するが、懲役の強弱などが実際に応報に基づいておこなれていると言う事実も存在する。日本においては、日本国憲法下で初めて死刑を合憲とした判決(最高裁判所昭和23年3月12日大法廷判決)においては応報論でなく、威嚇効果と無力化効果(隔離効果)による予防説の基づいて合憲とされた。ただし応報論に基づく死刑が違憲であるとの憲法判断はいまだ出ていない。
[編集] 威嚇効果
個別の刑罰の威嚇効果は死刑、終身刑およびほかの懲役刑も含めてその統計的効果が実証されたことはない。死刑反対派は死刑の威嚇効果の統計的証拠の不在を指摘し、死刑賛成派は死刑の代替としての終身刑の威嚇効果の不在を指摘する傾向にある。アメリカでは死刑制度の無い州に比べ死刑制度の有る州の凶悪犯罪発生率は統計的に総じて高い。反対派はこの事実は威嚇効果の不在であると主張し、賛成派はこれは高い犯罪率に対する州政府の対応の結果であると主張する。先進国で死刑を実施している国としては日本、アメリカ、シンガポール、台湾、などがあげられるがアメリカでの犯罪率が高い一方で他は犯罪率が低いという事情もあり国家や州の比較そのものに意味がないとの意見も存在する。
[編集] 方法
現在74カ国の死刑存置国で行われている、処刑方法は以下の通りである。
- 絞首刑 (エジプト、イラン、日本、韓国、ヨルダン、パキスタン、シンガポール他)
- 電気処刑 (米国ネブラスカ州)
- 致死薬注射 (中国、グアテマラ、タイ、米国の上記以外の州)
- 銃殺刑 (ベラルーシ、中国、北朝鮮、ソマリア、台湾、ウズベキスタン、ベトナム他)
- 斬首刑 (サウジアラビア)
- 石打ち刑 (アフガニスタン、イラン)
公開処刑は、中国、イラン、北朝鮮、サウジアラビアで行われる。
- 刑罰の一覧を参照。
[編集] 死刑に関する議論
死刑および死刑制度については、人権や冤罪の可能性、またその有効性、妥当性など多くの観点から、全世界的な議論がなされている。議論には死刑廃止論と死刑賛成論の両論が存在する。人権擁護団体などでは死刑廃止は世界的徴候と主張することが多いので賛成論を一度廃止すれば「復活」はないという意味で在置論と呼ぶ。もちろん死刑の廃止と復活は世界中で史上何度も行われてきたので正確な表現ではない。 地理的にはヨーロッパと南米が総じて廃止。ヨーロッパ諸国においてはベラルーシ以外死刑を行っている国は無く(ロシアにおいては制度は存在するが執行は十年以上停止状態である)。中東とアフリカとアジアにおいては総じて死刑制度が維持されている。冷戦の時代は総じて民主国家が廃止、独裁国家が維持との状態であったが、冷戦崩壊後の民主化により東欧と南米が廃止、アジアおよび中東とアフリカの一部が民主化後も維持との状態である。
[編集] 死刑執行が多い国
人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの報告によると、2004年の中華人民共和国、イラン、ベトナム、米国を合わせた執行数は、世界で確認されている全執行数の97%を占める。ただしアメリカの執行数は1パーセントにも満たないので、この報告はアメリカでの世論を影響を目的としてわざわざアメリカを死刑大国で非民主国家である中国とイランと一くくりにしているとの批判も存在する。2004年に全世界で執行された死刑囚の数の90%以上が中国であり、3400人以上について刑が執行された。中華人民共和国では死刑方法は公開銃殺刑が主だったが近年薬殺も導入されつつある。第2位はイランで159人である。イランや他の回教国家(これは単に回教徒が多数派である国とは別)の場合は、イスラム教の戒律を理由に廃教や同性愛や不倫にも死刑が適用される。またレイプ被害者の女性が性交渉の事実を認めた後、強姦の立証をしそこなったため死刑になるような事例も存在するとされる。(ちなみに加害者は死刑ではなく鞭打ちの刑で済んでいる)。ただし、既婚者の不倫は死罪となっているために、不倫の罪で告訴された場合はその事実にかかわらず女性は強姦を弁護に使うのが常套手段でありイスラム法においてレイプの被害が死罪とされているわけではない。ちなみに前述の男性が鞭打ちの刑で済んだのは未婚であったからである。また実際に強姦があったのかどうかの事実関係ははっきりしていないがイスラム法に批判的立場を取るものの間ではこの事件はレイプであったと仮定したうえで裁判の内容を曲解して宣伝する場合が多い。特にイスラム法に依拠した投石や生き埋めなどの死刑方法は、他国から残虐であると非難されている(イランやサウジアラビアの場合は死刑以外の刑法でも常習の窃盗犯には断手などの身体刑、障害の残る暴行においては手術によって同じ障害を与えるなどの徹底した応服主義に則っているので死刑以外の刑の批難も多い)。米国では59件の執行があり、先進国中最大の執行数を記録している。執行方法は薬殺で、ネブラスカ州のみで電気椅子で死刑が行われる場合がある。人口比率で最大なのは先進国であるシンガポール。この人口が400万あまりの小さい都市国家で、2001年に70件の死刑が執行された。ちなみに日本では2人である。シンガポールでは麻薬に厳しく、2005年12月には麻薬を密輸しようとしたオーストラリア人男性が処刑され、オーストラリアとの外交問題にまで発展した。多くの国では未成年者を処刑することを禁止しているが、犯行当時18歳未満であった者を処刑した国が、1990年以降に8ヶ国存在したことが判明している。このうち、米国は1990年以降、犯行当時に16歳だった者を含む19人を処刑して、世界一の執行数を記録している。ただし最近、これは最高裁で違憲とされた。また、日本でも近年殺人に関して刑罰を厳しくしようとする意見が大勢を占めており、犯罪抑止の観点からもシンガポールの麻薬犯並みの厳罰にすべきという意見もある。
[編集] 中国の状況
[編集] 概況
執行方法は公開銃殺刑が基本であるが薬殺刑も一部で導入されつつある。中国の場合は、賄賂授受・麻薬密売・売春及び性犯罪など被害者が死亡しない犯罪などでも死刑判決が下され、また、中華人民共和国の刑罰体系では一部の犯罪に関して下された死刑には執行猶予が付せられる場合がある。なお、過去に欧米の直接植民地であった香港とマカオには死刑制度が無い。
[編集] 問題点
死刑執行をされた囚人から臓器提供がされていると中国政府高官が認め、これが他国で問題であるとされた。死刑囚の臓器提供の見返りに金を受け取っている事も明らかになっている。なお、正式な死刑ではないが、主にチベットや東トルキスタン、また民主化活動家や法輪功信者に対して行われる拷問による獄死が存在する。日本で起きた福岡一家4人殺害事件の容疑者が中国へ逃亡し裁判にかけられた際には、主犯は死刑になったが従犯が無期懲役となり、これが中国の刑事裁判の量刑の相場から外れるものだったため、政治的判断がなされたとして批難を受けることになった。
[編集] アメリカの状況
アメリカでは州法によって規定が違うため、死刑が続いている州と、死刑を廃止している州に分かれる。なお連邦では死刑制度を存置している。凶悪犯罪の少ない、裕福なニューイングランド諸州や裕福ではないが治安が安定している北部内陸州において死刑が行われず、貧しい南部諸州では死刑執行数が多い傾向にある。また、未成年に対する殺害を伴わない性犯罪の再犯者への死刑が適用される州法がサウスカロライナ州、フロリダ州、ルイジアナ州、モンタナ州、オクラホマ州の5州で最近成立したが、殺人を犯していない性犯罪者に対する死刑適用は過酷であり、憲法違反であると強く批判されている。
[編集] 死刑を廃止している州及び地区
アラスカ州、ハワイ州、アイオワ州、メイン州、マサチューセッツ州、ミシガン州、ロードアイランド州、ミネソタ州、ノースダコタ州、ヴァーモント州、ウェストバージニア州、ウィスコンシン州、コロンビア特別区(ワシントンD.C.)、プエルトリコ、グアム、北マリアナ諸島、米領ヴァージン諸島、米領サモア
[編集] 死刑が執行されていない州
ニューヨーク州、カンザス州の裁判所は2004年に死刑を違憲とした。ニューハンプシャー州、ニュージャージー州、サウスダコタ州では1976年以来死刑が執行されていない。
[編集] 死刑が執行について調整に入った州
イリノイ州においては司法当局により死刑確定後であっても、州の特別委員会の調査の上で改めて死刑が認められない限り、被告人は死刑とならない状況である。
[編集] 死刑が適応される州
テキサス州が死刑制度が最も盛んな州として知られている。 全米の死刑のうち3分の1はテキサス州によって執行されている。
- 死刑囚の例:ケルシー・パターソン
[編集] 参考文献
- 重松一義『死刑制度必要論』(信山社)
- 植松正著・日髙義博補訂『新刑法教室Ⅰ総論』(成文堂)
- 板倉宏『「人権」を問う』(音羽出版)
- 植松正「死刑廃止論の感傷を嫌う」法律のひろば43巻8号〔1990年〕
- 井上薫『死刑の理由』(新潮文庫) 永山事件以、死刑確定した43件の犯罪事実と量刑理由について記されたもの。
- 竹内靖雄『法と正義の経済学』(新潮社)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 死刑廃止と死刑存置の考察
- 死刑執行人もまた死す
- アムネスティ・インターナショナル日本支部
- 死刑廃止info!
- 最高裁判所ホームページ
- 死刑の現状
- 犯罪の世界を漂う
- In Favor of Capital Punishment - Quotes supporting Capital Punishment
- 刑部