モーリタニア
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- モーリタニア・イスラム共和国
- الجمهورية الإسلامية الموريتانية
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(国旗) (国章) - 国の標語 : Honneur, Fraternité, Justice
(フランス語: 名誉、友愛、正義) - 国歌 : モーリタニアの国歌
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公用語 アラビア語、フランス語(事実上) 首都 ヌアクショット 最大の都市 ヌアクショット 大統領 マーウイヤ・ウルド・シディ・アハメド・タヤ 首相 シャイール・ウルド・ムバレク 面積
- 総計
- 水面積率世界第28位
1,030,700km²
極僅か人口
- 総計(2004年)
- 人口密度世界第131位
2,998,563人
3人/km²GDP(自国通貨表示)
- 合計(2005年)
4,316億ウギアGDP(MER)
- 合計(2005年)世界第150位
15億ドルGDP(PPP)
- 合計(2003年)
- 1人当り世界第147位
51億9,500万ドル
1,800ドル独立
- 日付フランスから
1960年11月28日通貨 ウギア (MRO) 時間帯 UTC (0)(DST: なし) ccTLD .MR 国際電話番号 222
モーリタニアは、正式名称モーリタニア・イスラム共和国(Jumhuriya Muritaniya -l-Islamiya)で、アフリカ北西部の国。首都はヌアクショット。
西サハラ、アルジェリア、マリ、セネガルと国境を接し、大西洋に面する。大西洋沖にはカーボヴェルデがある。
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[編集] 国名
正式名称はアラビア語で、الجمهورية الإسلامية الموريتانية(ラテン文字転写は、Al-Jumhuriya al-Islamiya al-Muritaniya)。
フランス語表記は、République islamique de Mauritanie。
公式の英語表記は、Islamic Republic of Mauritania。通称、Mauritania。
日本語の表記は、モーリタニア・イスラム共和国。通称、モーリタニア。
国名はアフリカの地中海岸に位置したベルベル人の古代国家マウレータニアからとられている。
[編集] 歴史
8世紀(一説によると4世紀)ころから、国土の南東部に残されたクンビ=サレーを首都として、ガーナ王国が繁栄した。ガーナ王国は、セネガル川上流のバンブク周辺から産出される金とサハラ砂漠の岩塩から採取される塩、北方からの銅製品や衣服、装身具などの各種手工業製品の交易路を押さえ、その中継貿易の利で繁栄した。このようなサハラ越えの隊商交易の利を押さえようとしたアラブ系のムラービト朝に1077年に滅ぼされるまでその繁栄は続いた。
世界遺産にもなっているシンゲッティ、ウワダン、ウワラタ、ティシットの隊商都市は、ガーナ王国と並行して、そしてガーナが滅亡した11~12世紀にも繁栄を続けた。シンゲッティは、モーリタニア北西部に位置し、古くからシンゲッティ王国の首都であったが、12世紀頃になるとメッカの巡礼地の出発点となり、イスラム学者、学生、修道士などが集まる文化都市となった。シンゲッティ北東約100kmに位置するウワダンは、マリ帝国で産出する金や北西約200kmに位置するイジルの岩塩から採取される塩の取り引きのための中継地にあたるため、その交易の利で12世紀ころから数百年にわたって繁栄した。内陸部のティシットもムラービト朝やムワッヒド朝の外周都市としてやはりイジルの岩塩によって繁栄した。16世紀にオウド=ベラ族に要塞都市に造り替えられた。その後、交易路が変わったために衰退した。
ガーナ王国滅亡後、500年以上にわたってベルベル人の支配が続き、黒人からなる地元勢力が抵抗したが、打倒にはいたらなかった。最後の大規模な抵抗は1644年から1674年にわたって行われた戦争であるが、これも地元勢力の敗北に終わった。
20世紀初めにフランスによって植民地化され、フランス領西アフリカの一部となった。1960年に独立した。
ベルベル人の子孫である、イスラム系のムーア人住民が社会の上層を占める。ムーア人と黒人が対立する構図は、独立後も続いている。奴隷制が続いていたが、1980年に公式には 奴隷制が廃止された(公式には世界奴隷制消滅宣言)。ただし、その後も実態として虐待を伴う奴隷制は続き、若干の賃金が与えられているだけとの指摘もある。2003年には再び人身売買を禁止する法律が公布された。
近年、国土の砂漠化が著しく、首都周辺の住宅地も砂漠に飲み込まれ、放棄されている。
[編集] 政治
1984年にクーデターで政権を掌握したタヤ大統領は、1990年代初頭、1992年及び1997年の大統領選挙で勝利を収めた。しかしその後、クーデター未遂等が発生し、2005年8月にはタヤ大統領不在時に軍部が無血のクーデターにより政権を掌握した。その結果「正義と民主主義のための軍事評議会」が設置され、現在民主化プロセスを進展中。2006年6月25日には憲法改正国民投票が実施され、有効投票の約97%が改正を承認。政権交代の原則が公認される。11月に地方議会、2007年1月に国民議会のそれぞれの議員選挙が予定されており、2007年の3月に大統領選挙が行われる。
外交の面では、非同盟を軸として穏健中立を貫くとともに、仏を始めとする先進諸国との関係強化を進めている。アラブ・マグレブ連盟(AMU)のメンバーとしてイスラム諸国との域内協力に積極姿勢を示す一方で、1999年10月にはイスラエルとの外交関係を樹立した。
モーリタニアはアラブ系(ムーア人)が社会上層部に位置するアラブ系国家として、アラブ連盟加盟国である。アラブ諸国内ではモロッコおよびリビアと外交的に対立し、チュニジアおよびイラクと友好関係を保っている。しかしその一方で、親米姿勢を取り、イスラエルを承認している。
スペインが旧スペイン領サハラを放棄すると、モロッコ同様に領土権を主張し、南部を占領した。しかしのちにポリサリオ戦線の抵抗に遭い、放棄している。
[編集] 地方行政区分
モーリタニアは12の州と首都ヌアクショットに分かれている。
- アドラル州 (Adrar)
- アサバ州 (Assaba)
- ブラクナ州(Brakna)
- ダフレト・ヌアジブ州 (Dakhlet Nouadhibou)
- ゴルゴル州 (Gorgol)
- ギディマカ州 (Guidimaka)
- ボズ・エッシャルギ州 (Hodh Ech Chargui)
- ボズ・エルガルビ州 (Hodh El Gharbi)
- インシリ州 (Inchiri)
- ヌアクショット (Nouakchott)
- タガント州 (Tagant)
- ティリス・ゼムール州 (Tiris Zemmour)
- トラルザ州 (Trarza)
[編集] 地理
アフリカ大陸の西側に位置するモーリタニアは、おおむね平坦で日本の約3倍の国土面積を持つ。そのほぼ4分の3が砂漠であり、中央部にリシャット構造と呼ばれる同心円状の特徴的な地形がある。
[編集] 経済
1960年の独立以降、天然資源(鉱業、農業、漁業、牧畜)の開発と有効利用を中心に経済・社会の発展が図られてきた。80年代に入ると中小規模の産業も生まれ、今日のグローバル化の厳しい競争環境の中で生き延びている。現在、外貨収入は水産物(タコ及びイカ)及び鉄鉱石の輸出に依存。
2006年2月から原油の生産を開始し、モーリタニアの経済・社会発展は強化される模様。 収入源となる新しい経済部門を得たことは、今後、経済の再活性化、多様化につながると見られている。モーリタニアは、2005年9月に「探掘産業の透明性イニシアティヴ(ITIE)」に参加し、「原油収入国家基金」を法により設立し、原油から得た収入を全額基金に振り込むことを決定した。基金は国外の銀行に設けられ、国際監査を受ける。政府は、モーリタニア原油資源管理に大きな特権を有する国営原油会社「モーリタニア炭化水素会社 Société mauritanienne des Hydrocarbures(SMH)」も設立した。
OECD(経済協力開発機構)の最新報告によると、モーリタニアの2006年の成長率は26.9%となると予想されている。
[編集] 国民
住民の多くはムーア人(アラブ人とベルベル人の混血)であり、残りは黒人である。多年のムーア人支配の影響で、社会の上層部はムーア人が占める。
言語は、アラビア語を公用語とする。その他、ウォロフ語、フランス語などが使われている。高等教育を受けた、商業関係者、政府役人、教育関係者の間では多くフランス語が用いられる。
イスラム教を国教とし、1991年の憲法改正でイスラム法が正式に採用された。
[編集] 文化
1960年11月28日 独立記念日
日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
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[編集] 関連項目
- モーリタニア関係記事の一覧
[編集] 外部リンク
- モーリタニア政府公式サイト (フランス語、アラビア語)
- [1] 在日モーリタニア共和国大使館公式サイト
[編集] その他
- 世界の国々 > アフリカ
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