インフルエンザ
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インフルエンザ(Influenza)はインフルエンザウイルスによる急性感染症の一種で、流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)、略称・流感(りゅうかん)とも言う。発病すると、高熱、筋肉痛などを伴う風邪様の症状があらわれる(詳細は症状の節を参照)。ごくまれに急性脳症や二次感染により死亡することもある。
インフルエンザとヒトとの関わりは古く、古代エジプトにはすでにインフルエンザと見られる病気の記録が残っている。しかし、その最も重大な転機は1918年から1919年にかけて発生したスペインかぜの世界的な大流行(パンデミック)である。これは規模、死亡率の点で強力で、感染者数6億人、死亡者数 4000万 - 5000万人(さらに多いという説もある)にのぼり、第一次世界大戦終結の遠因ともいわれる。このスペインかぜ以降、インフルエンザは毎年継続してパンデミックを起こしている状態にある。また、さらに数年から数十年ごとに、新型のヒトインフルエンザの出現とその新型ウイルスのパンデミックが起こっており、毒性の強い場合は多数の死者がでる。
近年は新型ヒトインフルエンザのパンデミックが数十年起こっていないこと、死亡率の減少などから、「インフルエンザは風邪の一種、恐れる病気にあらず」と捉える人が多くなったが、これは誤解である。インフルエンザは風邪とは別の疾病であり、またパンデミック化したインフルエンザは人類にとって危険なウイルスである。
日本などの温帯では、冬期に毎年のように流行する。通常、11月下旬~12月上旬頃に最初の発生、12月下旬に小ピーク。学校が冬休みの間は小康状態で、翌年の1-3月頃にその数が増加しピークを迎えて、4-5月には流行は収まるパターンである。
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[編集] 語源
「インフルエンザ」の語は、16世紀のイタリアで名付けられた。当時はまだ感染症が伝染性の病原体によって起きるという概念が確立しておらず、何らかの原因で汚れた空気(瘴気、ミアズマ)によって発生するという考え方が主流であった。冬季になると毎年のように流行が発生し、春を迎える頃になると終息することから、当時の占星術師らは天体の運行や寒気などの影響によって発生するものと考え、「影響」を意味するラテン語(英語でいうinfluence)にちなんで、この流行性の感冒をインフルエンザと名付けた。この語が、18世紀にイギリスで流行した際に英語に持ち込まれ、世界的に使用されるようになった。
[編集] 病原体
インフルエンザの病原体は、RNAウイルスのインフルエンザウイルスである。ウイルスが分離されたのは1933年。ヒトインフルエンザウイルスの多くはマウスやウサギに対して病原性を持たなかったが、このときフェレットを用いた感染実験によって初めてコッホの原則に基づいた病原性の証明がなされた。なお、ウイルスが知られていなかった頃は病原体は細菌としか考えられていなかったため、患者から分離されたインフルエンザ菌が原因だと思われていた。
[編集] インフルエンザウイルス
インフルエンザウイルスにはA・B・Cの3型があり、このうちA型とB型がヒトのインフルエンザの原因になる。C型は小児期に感染して呼吸器感染症の原因になりC型インフルエンザと呼ばれるが、毎年世界的な大流行を起こす「いわゆるインフルエンザ」とは症状や原因ウイルスの性状の点でも差異が大きい。
A型とB型のウイルス粒子表面にあるヘマグルチニン(赤血球凝集素、HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白は変異が大きく、インフルエンザの種類が多い要因となっている。
A型インフルエンザウイルスにはHAとNAの変異が特に多く、これまでHAに16種類、NAに9種類の大きな変異が見つかっており、その組み合わせの数の亜型が存在しうる。これらの亜型の違いはH1N1 - H15N9 といった略称で表現されている。ただし、このうちヒトのインフルエンザの原因になることが明らかになっているのは、2005年現在でH1N1、H1N2、H2N2、H3N2の4種類である。この他に、H5N1、H9N1などいくつかの種類がヒトに感染した例が報告されているが、これらの型ではヒトからヒトへの伝染性が低かったため、大流行には至っていない。ただし、いずれ新型インフルエンザが定期的に大流行を起こすことは予言されつづけている。ヒトに感染しない亜型のウイルスは、鳥類や他の哺乳動物を宿主にしていると考えられている。特に水鳥ではHAとNAの組み合わせがすべて見つかっており、自然宿主として重要な地位を占めていると考えられている。
また同じH1N1であっても、さらに細かな変異によって抗原性や宿主が異なり、年によって流行するウイルスの型は異なる。このうち、B型は遺伝子がかなり安定しており、免疫が長期間続く。また、C型は遺伝子がほとんど変化しないので免疫が一生続く。これに対して、A型は時々遺伝子が大きく変わるので、時折パンデミックを起こす。
[編集] 症状
風邪(普通感冒)とは異なり、比較的急速に出現する悪寒、発熱、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛を特徴とし、咽頭痛、鼻汁、鼻閉、咳、痰などの気道炎症症状を伴う。感染経路は咳・くしゃみなどによる飛沫核感染であり、経口・経鼻で呼吸器系に感染する。潜伏期間は1日から2日。
A型インフルエンザはとりわけ感染力が強く、症状も重篤になる傾向がある。 又、まれにA型、B型の両方を併発する事もある。
[編集] 予防手段
一般的な方法としては、加湿・手洗い・マスク。医療的な予防法では、ワクチンの接種があげられるが、現行の皮下接種ワクチンは感染予防より重症化の防止に重点が置かれたものであり、健康な成人でも感染防御レベルの免疫を獲得できる割合は70-80%程度にとどまること、100万接種あたり1件程度は重篤な副作用の危険性があることなども認識しなければならない。ワクチンは身体の免疫機構を利用し、ウイルスを分解・精製したHA蛋白などの成分を体内に入れることで抗体を作らせ、本物のウイルスが入ってきても感染させないようにする。また、ワクチンの接種により、仮にインフルエンザにかかったとしても軽症で済む、とされる。しかし、免疫が未発達な乳幼児では発症を予防できる程度の免疫を獲得できる割合は20-30%とされ、接種にかかる費用対効果の問題や、数百万接種に1回程度は重篤な後遺症を残す場合があることを認識した上で接種をうける必要がある。乳幼児の予防のためには、本人がワクチンの接種を受けるよりも、家族がまず接種を受け、家族内でうつさない、流行させない体制を作る方が有効であろう。年齢とともに効果があがり、青年期にはもっとも効果が高いが、高齢者は免疫力が低下するので効果も低くなる。また過労、ストレス、睡眠不足や不摂生な生活をすれば身体の免疫力そのものが低下するのでワクチンを接種したから大丈夫と過信してはいけない。ワクチンの接種料金は3~6千円程度。料金は医療機関によって異なり、保険の対象外である。65歳以上の高齢者に対しては接種の経費が助成されており、その金額は市町村によって異なるが、概ね自己負担は1000円程度となっている。
インフルエンザワクチンの接種不適当者(添付文書には「予防接種を受けることが適当でないもの」とされるが、通常の薬剤における「禁忌」に相当する)は、1.明らかな発熱を呈する者、2.重篤な急性疾患にかかっている者、3.本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことがあるのが明らかな者、4.上記に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者、である(以上、インフルエンザHAワクチン「生研」の添付文書より引用)。
循環器、肝臓、腎疾患などの基礎疾患を有するものや、痙攣を起こしたことのある者、気管支喘息患者、免疫不全患者などは接種に注意が必要な「要注意者」とされる。かつてはこれらのような患者には予防接種を「してはならない」という考え方が多かったが、現在ではこれらの患者こそ、インフルエンザ罹患時に重症化するリスクの大きい患者であり、予防接種のメリットがリスクよりも大きいと考える医師が多くなっている。インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであるため、免疫不全患者に接種してもワクチンに対して感染を起こす心配はない。しかし、効果が落ちる可能性はある。
また、インフルエンザワクチンは鶏卵アレルギーの患者にも接種の際に注意が必要であるとされ、一部の施設では接種自体行っていない。この点についても、施設によっては皮内テストなどを行った上で接種する、2回に分割して接種する、エピネフリンおよび副腎皮質ステロイド製剤を準備した上で、慎重な観察の下に接種するなどの工夫をして接種を行っている。
予防効果としてのうがいは、うがい薬やお茶を使用することで、ある程度有効ではあるが、感染は20分程度で成立するので、感染の可能性が考えられる場所に長時間いては手遅れになるし、その場から離れたら出来るだけ早くうがいをする必要がある。また、治療用の薬であるオセルタミビル(商品名タミフル)は、予防用としても認められているので、オセルタミビルを服用するのも一つの手段である(但し、予防目的の場合、健康保険の適用外となる)。
日本では年末になるとインフルエンザワクチンの品不足が毎年のように起きていた。これは一部の医療機関による買い占めが原因で、返品制度に問題があると言われてきたが、販売元がワクチンをワクチンメーカーから買取り制にしたり、一部流通分を、不足した場合に融通するため確保しておくなどの努力の結果、かつてのようなワクチンの品不足は解消されてきている。
[編集] 治療
解熱に使用できる薬剤は、小児ではアセトアミノフェン(商品名カロナール®やナパ®等)に限られる。「ジクロフェナクナトリウム」(商品名ボルタレン®等)や「メフェナム酸」(商品名ポンタール®等)、「アスピリン」などの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を15歳未満の小児に使用すると、ライ症候群の併発を引き起こす可能性が指摘されているため、原則使用が禁止されている。そのため小児のインフルエンザ治療においてはNSAIDsは使用せず、よほど高熱の時のみアセトアミノフェンを少量使用するのが現在では一般的である。 市販の総合感冒薬は効果がない。むしろ前述のNSAIDsを含むこともあり避けるべきである。
治療にはA・B型双方に有効な吸入薬ザナミビル(商品名リレンザ®)、A・B型双方に有効な内服薬オセルタミビル(商品名タミフル®)、A型のみ有効なもともと抗パーキンソン病薬であったアマンタジン(商品名シンメトレル®など)が使用される。リマンタジンは日本では市販されていない。日本では2002年冬にインフルエンザ流行のためこれらの治療薬が枯渇するという事態が発生した。前二者はノイラミニダーゼ阻害薬、後一者はM2蛋白阻害薬であり作用機序が異なる。療養は安静にして、水分を十分に摂り、うつす/うつされる機会をなるべく減らすことが大切である。
最近は簡単な検査法で診断がつけられるが、発症した直後ではウイルス量が少ないため陽性と判定されないことがある。発症後2日目が最も陽性率が高いとされ、発症後4-5日たつと陽性率は減少する。抗ウイルス薬による治療は発症後48時間以内でないと効果が期待できないため、検査で陰性と判定されても症状などから医師の判断で抗ウイルス薬を処方する場合もある。ハイリスクの患者や、受験生・自営業者など長く休めない患者は、出来るだけ早く医師の診断と治療を受けるべきである。
なお、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、2005-2006年のインフルエンザについてアメリカではアマンタジンとリマンタジンを使用しないように勧告を行った。このシーズンに流行のインフルエンザウイルスの90%以上が、これらの薬剤に耐性を得ていることが判明したからである。
[編集] 警報・注意報
日本では、国立感染症研究所が、全国の内科・小児科のある病院・診療所で定点調査を行っている。保健所ごとに基準値を設け患者数が一定数を超えると、大流行が発生又は継続しているとみなし「警報レベルに達している」と発表される。また、流行の発生前で今後4週間以内に大きな流行が発生する可能性がある場合や、流行発生後であるがまだ流行がまだ終わっていない可能性がある場合は「注意報レベルに達している」と発表される。
[編集] 関連の感染症
[編集] トリインフルエンザ
原因となるインフルエンザウイルスは人畜共通感染症 (zoonosis) であり、豚と鳥類に感染することが知られている。ヒトインフルエンザは、元はトリ(鳥)インフルエンザウイルスが遺伝子変異して人間に感染するようになったと考えられている。
これらの動物と人間が密接な生活をしている中国南部の山村などでウイルス遺伝子の混合が起こり次々と変種が登場するものと推測されている。
なおトリインフルエンザウイルスには20種ほどのタイプがあり、中でもH1/H2/H3/H5/H7/H9型が知られる。H1/H3型は人間に感染し、Aソ連型/A香港型として知られる。H5/H7/H9型は毒性が強いことで知られる。鳥から人への感染力は弱いと見られ、人への感染例は少ない。しかし感染者の死亡率は30%と、SARSの10%を上回る。
2003年末から2004年初めにかけ韓国・香港・ベトナムと東アジアで大きな被害を出しつつある鳥インフルエンザはH5N1型である。日本でも、2004年1月に山口県で感染ニワトリが見つかったのを皮切りに、各地で鳥類への感染が報告されている。
過去、日本で大正14年(1925年)に同様の被害を出したものはH7型と言われている。
(詳細はトリインフルエンザの項を参照のこと)
[編集] SARS
2002年から国際的に問題となった重症急性呼吸器症候群 (SARS) と流行時期・初期症状が類似しているため2003年冬以降はSARSとの鑑別診断が大きな問題となる。初期に確実な診断をするためにも、接種を受けることでインフルエンザを除外しやすくすることが強く求められている。
[編集] インフルエンザ菌
インフルエンザというと、「インフルエンザ菌」という名称が用いられることがあるが、これはインフルエンザウイルスによる感染を細菌の感染と混同し、間違われる場合が多いためである。
一方で、北里柴三郎らが、1892年に重症のインフルエンザ患者から分離したヘモフィルス・インフルエンザエ(Haemophillus influenzae)という細菌を「インフルエンザ菌」と呼ぶ。(グラム陰性桿菌であり「インフルエンザ桿菌」とも呼ばれている。)院内感染でない市中肺炎の原因菌は、黄色ブドウ球菌に次いでインフルエンザ菌であることが多い。
当時は、まだウイルスというものの存在は広く認知されておらず、このヘモフィルス・インフルエンザエという細菌がインフルエンザ感染症を引き起こしている病原体の候補であると考えられ、コッホの原則に基づく証明ができなかった。1933年にインフルエンザウイルスこそが真の病原体であると証明されたことで、この細菌が病原体であるという仮説が否定された。ヘモフィルス・インフルエンザエは、インフルエンザウイルスに感染し免疫力が低下した人に二次感染して症状を悪化させていたことが原因であったと考えられる。
インフルエンザ桿菌B型(HIB)の乳幼児感染症は致死率や後遺症発生率が高いが予防接種(HIBワクチン)で感染を防ぐ事が出来る。世界100ヶ国以上でHIBワクチンは定期接種プログラムに組み入れられ、公費負担による接種が行われている。しかし、日本では、薬が厚生労働省の承認を取得していないため予防接種が受けられない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集
- 国立感染症研究所感染症情報センター・インフルエンザ
- インフルエンザ総合対策(H.17) 日本医師会
- インフルエンザウイルス情報 東京都感染症情報センター