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金丸信 - Wikipedia

金丸信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金丸 信かねまる しん大正3年(1914年9月17日平成8年(1996年3月28日)は、日本政治家、元衆議院議員(12期)。

目次

[編集] 概要

[編集] 生い立ちから政治家への道

  • 1914年9月17日、山梨県中巨摩郡今諏訪村(現・南アルプス市)に、父・金丸康三と母・とくの長男として生まれる。金丸家は、「里見八犬伝」から、子どもの名前をつけており、3番目に生まれた長男は、「信」と名づけられた。(なお、兄弟は、上から、れい・てい・信・仁・忠・智義と付けられている。)当時の金丸家は、酒造屋であり、多くの使用人を抱えている裕福な家であった。
  • 西野小学校を卒業の後、父の友人が校長をしていた、旧制身延中学校(現・山梨県立身延高等学校)に入学をした。旧制身延中では、父の友人が剣道の師範をしていたことから、剣道を学校でしていたが、試合で頭を叩かれたことが原因で、剣道嫌いとなり、柔道に精進した。
  • 1933年東京農業大学農学部に入学。中学から始めた柔道で金丸は有名となり、「農大に金丸信あり」として知られていたという。(実際、金丸は、日本代表の「柔道使節団」として2度、満州に渡っている。)
  • 農大での卒業論文は、「桜桃栽培の進化」と題し、故郷・山梨県の名産である桜桃に関する論文であった。なお、この卒業論文は、大東亜戦争による空襲で農大が焼失した際、焼けてしまった。
  • 農大卒業後、旧制身延中学の時に、お世話になった教諭が、校長をしていた旧制韮崎中学校(現・山梨県立韮崎高等学校)で博物(今でいう生物)の教諭として働く。また、柔道の先生と野球部の監督もした。
  • 1938年徴兵となり入営した。柔道をしていたことから、体格がよく、自分のサイズに合う軍服がなかったという。 その後、関東軍電信三連隊第二中隊に配属され、満州に渡る。だが、スグに風邪をこじらせ、新京(現・長春)の病院に入院し、内地送還となり、兵役免除となる。
  • 内地に戻った後、茨城県久慈郡(現・茨城県常陸太田市)にいる姉夫婦のもとで、静養をした。その後、実家に戻り、家業である造酒屋を継ぐ。後に山梨県酒造組合常務理事にも就任している。
  • 大東亜戦争の悪化に伴い、酒造屋の企業整理命令(70軒ある酒造屋を半分に減らせとする内容)が下された際、自分の酒造屋を潰し、他の酒造屋に、命令に従うよう促した。
  • 酒造屋を廃業した後、溶接に使う酸素を作る「日東工業」を設立した。だが、大東亜戦争の終結に伴い、廃業となる。
  • その後、焼酎を造る「中央発酵化学工業」を設立し、事業を成功させる。その際、山梨中央銀行の名取忠彦頭取が、地場産業振興のために進められ、撤退予定だった会社のワイン工場を買収する。(このワイン工場は、現在のサントネージュワインの工場となっている。)なお、ワイン事業でも金丸は成功を収め、昭和天皇香淳皇后が、同工場を視察する程となった。
  • 酒造業をしていた際、税務署が「酒造屋は、酒を密造し、税をごまかしている。」という態度で来ることに怒りを覚え、政治の道を志した。

[編集] 角栄、竹下との出会い

  • それがきっかけで、広瀬と天野久山梨県知事らが、金丸信を衆議院議員選挙に担ぎ出すことになる。その際、広瀬の命令で、保守本流である佐藤派に入るようにすすめられ、佐藤栄作のもとを尋ねる。だが、1回目では、「君には資格がない。」と追い返されるが、2回目で無事、佐藤派に入る。
  • 1958年5月衆議院議員選挙に、自由民主党公認で、山梨全県区から出馬。トラックの荷台を舞台とする選挙カーで選挙活動をする。(これ以後も、金丸は、選挙の際、トラックの荷台を舞台とする選挙カーを利用した。)なお、この選挙活動中、佐藤栄作は、1回だけ、応援に来て、北巨摩・韮崎・長坂・白根・櫛形・鰍沢・市川大門・身延にて、応援の選挙運動をした。また、学校での友人や教師時代の教え子、自分の会社の者などによる選挙運動も行われた。そして、5月22日、69354票を得て、トップ当選を果たす。だが、選挙後、妻・玲子を狭心症で亡くす。
  • 同期当選には、竹下登安倍晋太郎がおり、彼らと親交を深めた。(特に、竹下とは、自分の長男・康信と竹下の長女・一子を結婚させ親戚関係を結ぶまでになった。)
  • 1960年日米安保に関する一連の騒動の際、混乱する国会の中、清瀬衆議院議長(当時)をかついで、衆議院の議長席まで運び、会期延長と新安保条約可決へと繋げる。なお、この際、撮影された写真が、米国のライフ誌に掲載され、後の米国との交渉の際、役に立ったと、金丸は後に自伝で記している。
  • 佐藤派幹部の保利茂を「政治の師匠」とした。(なお、しばしば、「金丸は、髪型まで保利にならっている。」といわれたが、本人は「そんなことはない。」としている。)
  • 1972年1月は、保利の推薦から、国会対策委員長の職に就く。(当時、国対委員長は、閣僚経験者がなる職であり、入閣のしたことのない、金丸の就任は、保利の大抜擢であった。)
  • だが、その後に行われた自由民主党総裁選挙の際、、福田赳夫を支持していた保利の意向に反し、同じ党人派の田中角栄を支持し、田中派結成に奔走した。これは、金丸が、田中角栄を大変評価していたことに由来する。なお、保利には、その旨を伝えており、師弟関係が崩れることはなかった。
  • 続く、三木内閣では、国土庁長官に就任。また、いわゆる、三木おろしの気風が高まった際、金丸は三木に衆議院解散を勧めたというが、三木は解散を決断せず、金丸は三木への不信感を募らせたという。
  • その後、福田内閣改造内閣では、防衛庁長官に就任。長官時代、「自衛隊が外国に脅威を与えてはいけないという人がいるが、敵に脅威を与えずして何の防衛か」と発言する。また、当時の栗栖弘臣統幕議長が、文民統制に反する発言をし、金丸が激怒、結果、栗栖は自ら辞職した。
  • 1980年5月、憲政史上初の衆参同日選挙が行われた際、「世代交代論」を唱える。これは、四十日抗争を見て、「政治を若返らせねばならない。七十歳・八十歳の派閥の長が指導する時代ではない」と思ったことに由来する。しかし、これがきっかけで、田中と金丸の仲は悪化していき、一方、竹下との仲は近づいていった。

[編集] 政界のドン

  • 中曽根が総裁になるまでは日本一の中曽根嫌いを自認し田中が擁立するつもりであることを知って尚おんぼろ神輿とまでいっていた金丸だったが中曽根内閣では自民党総務会長-幹事長-副総理と重用された。
  • 1984年、側近の小沢辰男を推す田中の意向に反して中曽根総理は金丸を幹事長に指名した。翌85年田中派内に勉強会「創政会」を結成する。結成前、田中は派内の勉強会と考えて容認していた。しかし、結成の狙いが金丸の親戚である竹下を後継領袖とする(クーデター)であったため激怒。切り崩しに遭うも立ち上げに成功した。田中は直後に脳梗塞で倒れた。1987年7月、「創政会」は「経世会」(竹下派)として正式に独立。竹下の総理就任後は経世会会長に就任した。
  • 同年に初当選してから文字どおり二人三脚で歩んできた金竹関係だったが頂点を極めた頃から隙間風が吹くようになった。総理についた頃から竹下は独自の行動をとるようになり竹下が連絡を取らないことをなじった金丸に配慮してその後は度々極秘裏に金丸邸を訪れることになる。
  • 1989年消費税導入による不人気とリクルート事件が発覚し竹下内閣は総辞職、竹下は謹慎し後継総裁には宇野宗佑が就いたのだが話を聞かされてなかった金丸は福田赳夫後継に動いていたため面目を失った。最初に宇野ありきの状態だったことを自虐して自らを雇われマダムと評した。とはいえ宇野総裁は2ヶ月あまりで倒れると最大派閥の会長である金丸は「キングメーカー」として大きな力を持つようになり、1991年10月の自民党総裁選では派内の異論を押し切って宮澤喜一を支持。
  • なお、金丸本人は渡辺美智雄支持に最後まで拘った。本来、金丸は大の宮沢嫌いであった。しかし、当初、竹下らが早大人脈の一である三塚博を推す姿勢であったことで派内に対立が生じたことや、経世会の幹部達が、経世会と宏池会との長年の蜜月から、今回がラストチャンスと宏池会が必死で推す宮沢を今度ばかりは支持せざるを得ず、金丸を説得したものである。派内の渡辺支持派は金丸が渡辺支持を断念したことにより、一気に派として宮沢支持に移行した。宮澤政権誕生の論功で1992年1月、自由民主党副総裁に就任し、宮沢政権の支柱となった。また、竹下派七奉行の中でも特に小沢一郎に目をかけ、1989年8月、竹下の反対を押し切って47歳の若さで自民党幹事長に就任させるなど、小沢の強力な後ろ盾となったが、七奉行の中で最年少の小沢重用は派内のベテラン議員の反発を招くことになり、後の竹下派分裂の引き金となった。
  • 長く国会対策委員長をつとめて社会党議員と交流し、社会党との連携で党内対立を制する手法を身に付けた。1980年代末から、自民党と社会党を解体・再編成して政権交代する二大政党を作るという政界再編構想を抱くようになった。
  • 金丸と金日成が、日本語でサシ(一対一)で対談を行う。しかし、記録係を挟んでいなかったため、この時のやり取りが公式文書として残っていないため、一体何を話したのかが謎となっている。この空白の数時間の間に取り決められたといわれる約束が、日朝の交渉においてしばしば「金丸さんが金日成主席と約束した」という形で北朝鮮側から持ち出されることがある。
  • このとき自民党の代表として国交正常化や統治時代の補償とともに『南北朝鮮分断後45年間についての補償』という約束を自民党、社会党、朝鮮労働党の3党で交した(後の金丸の脱税捜査の際に発見された無刻印の金の延べ棒数億円分はこの時北朝鮮から貰ったのではないかとする疑惑もある)。
  • この約束は帰国後批判を浴び、自民党の承認を得られず反故とされる。このとき1983年に北朝鮮兵士閔洪九の亡命事件に関連して北朝鮮にスパイとして拿捕され7年間服役していた「第十八富士山丸」の日本人紅粉勇船長と栗浦好雄機関長の2名の釈放・帰国についても合意し、こちらは実行された。
  • 1992年1月、自民党副総裁に就任。3月に足利市で演説中に銃撃を受けるが、弾丸は全て外れる。

[編集] 失脚

  • 平成3年(1992年東京佐川急便から5億円のヤミ献金が発覚し党副総裁を辞任、事態の収拾を図った。しかし世論の反発が強く10月に衆議院議員を辞職。竹下派会長も辞任した。裁判で徹底的に戦う事を主張した小沢一郎に対し、梶山静六は略式起訴での決着を主張した。小沢戦略なら論理は一貫しているが長期的な体力が必要で党のイメージダウンも長く続くことになり、梶山戦略は短期で決着がつくように見えた。

しかし、結果的に両者とも世論の動きを読みきれていなかった。浜田幸一の著書によると、梶山が短期決着で入れ知恵をしたかのごとく記述されているが客観的ではない。結局、党内対立を招き派閥は分裂に進んでゆく。

  • 東京地検政治資金規正法違反で略式起訴され、東京簡易裁判所から罰金20万円の略式命令を受けた。東京地検はこれにより、世間からすさまじい批判を受ける。また異例ともいえる身内の検察からも批判的な意見が公にでた。刑罰の軽さに批判が大きいが、前科一犯が確定したため、叙勲を受ける資格を失った。
  • 一方、東京国税局は、金丸信の妻が死亡した際に受け取った遺産に着目、当時の日本債券信用銀行(日債銀)のワリシン(割引金融債)の一部が申告されていない(日債銀内では、金丸のことを”蟷螂紳士”との符号で呼び、申告漏れに協力していた)事実を突き止めた。平成5年1993年3月6日、東京地検は金丸本人と秘書を任意に呼び出して聴取を行い、同日脱税の容疑で逮捕。後に、自宅へ家宅捜索を行ったところ、数十億の不正蓄財が発覚する。これによって同情論は消え権威は地に堕ちた。金丸は、来るべき政界再編の軍資金であると述べたというが、真相は不明である。
  • 逮捕後の自民党の会報などによると、党員の中では、金丸の蓄財動機は来たるべき新党結成の資金であるという概ねの共通了解が出来ていた。少なくとも、小沢一郎及び党大会などでは、金丸の行動が個人の私欲ではない事は共通の認識であった。
  • 捜索の中、無印の金塊が発見されたが、無印のものは北朝鮮産のものであり、何らかの形で提供されていたのと思われる。

[編集] 人物

  • 地元、山梨県の支持者からは「かねまるの信ちゃん」や「信ちゃん」と呼ばれていた。
  • 文字どおりキングメーカーにまで登りつめたが思想信条はあまりなく自らの意見に固執することがなかった。
  • また、長年、党道路調査会の会長(建設族のドン)として、全国の道路整備に精通し、地元の「中部横断道路」の建設など、地元への利益誘導し、自身も闇で財を成すという、古い型の政治家だった。
  • 特に、「中部横断道路」には、「山梨県には海がない。山梨県民は太平洋の海を見たい。」ということで、金丸は大変、力をいれていた。現に、「中部横断道路」の双葉ジャンクション~白根インターチェンジ間は「金丸道路」と、旧日本道路公団社内では言われていた。(2002年11月12日讀賣新聞による情報)
  • ちなみに、金丸信の山梨県の自宅の前には、「信ちゃん道路」と言われる、片道2車線の道路があり、「地元への利益誘導と自身も財をなす」という例で、報道番組等でも放映されたことがある。(2004年11月23日テレビ朝日にて)このほか、先に述べた「中部横断道路」の「白根インターチェンジ」の所在地は、金丸信のおひざもとである。
  • 上記のように、金丸は、地元への利益誘導をし、地元・山梨県の発展に努めたということをたたえて、山梨県南アルプス市に、2006年4月2日、顕彰碑が作られた。
  • 金丸氏は武田氏の庶流で、全盛期にはマスコミから武田信玄に譬えられることが多かった。

[編集] 略歴

[編集] 経歴

[編集] 政歴

[編集] 関連文献

[編集] 著書

  • 『わが体験的防衛論 : 思いやりの日米安保新時代』エール出版社、1979年7月、
  • 『人は城・人は石垣・人は堀 : ありのままの政界25年』エール出版社、1983年4月
  • 『行き過ぎれば刺し違える : 金丸信語録 27年間の足あと』(末木幸一郎編)、ユニバース出版社、1985年3月
  • 『立ち技寝技 : 私の履歴書』日本経済新聞社、1988年8月、ISBN 4532094666

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

自由民主党副総裁
1992
先代:
二階堂進
次代:
小渕恵三
国務大臣(副総理)
1986 - 1987
先代:
伊東正義
次代:
宮澤喜一
自由民主党幹事長
1984 - 1986
先代:
田中六助
次代:
竹下登
自由民主党総務会長
1983 - 1984
先代:
細田吉蔵
次代:
宮澤喜一
防衛庁長官
1977 - 1978
先代:
三原朝雄
次代:
山下元利
国土庁長官
1974 - 1976
先代:
丹羽兵助
次代:
天野光晴
建設大臣
1972 - 1973
先代:
木村武雄
次代:
亀岡高夫
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