内村プロデュース
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内村プロデュース(うちむら - )は、テレビ朝日系列で放送されるバラエティ番組。メイン司会は内村光良(ウッチャンナンチャン)。略称「内P(うちピー)」。2000年4月8日放送開始。
2005年9月26日にレギュラー放送を終了。以降はスペシャル番組として不定期的に放送されている。
目次 |
[編集] 概要
「プロデューサー・内村光良」が毎週独自の手法とコンセプトで様々な事物をプロデュースする番組。
放送当初はレギュラー出演者が内村とふかわりょうの2人だけで、「溺死体オーディション」「3代目ブルース・リーオーディション」など、毎週マニアックな企画が放送されていた。しかし、三村マサカズ(さまぁ~ず)がレギュラー入りする頃から若手お笑い芸人が多く出演するようになった。それに伴い、番組内容も大喜利やコントなどを主体とした構成へと変遷していった。
大喜利形式で題に対してフリップに文字や絵で回答するコーナーを主体とし、「危機的状況回避バトル」などの即興ネタ見せや、集団で挑戦する「アドリブコント」など、出演者には「即興の笑い」が求められるコーナーが多い。また、普段は身体を鍛えていない芸人たちが小学生を相手に本気で対決を挑む「スポーツシリーズ」などのチャレンジ企画もあった。
この他、レギュラー・準レギュラー陣による「劇団プロデョーヌ」で2度の公演を実施。また内村、さまぁ~ず、TIM、ふかわによる番組内歌手ユニット「NO PLAN」を結成し、アルバム・シングル・DVDをリリース(後述)。2004年5月には中野サンプラザにてライブを開催し成功を収めた。
若年男性の視聴者層を中心に好評を博していたが、テレビ朝日の深夜放送帯の番組改編に伴い、2005年9月26日をもってレギュラー放送を終了した。それ以降は特別番組「内村プロデューススペシャル」として制作され、過去6度に渡って放送されている(後述)。
2006年1月18日には、番組初期の映像を集めたDVD『内村プロデュース ~創世紀~』が発売され、オリコンの売り上げランキングで初登場1位を記録。レギュラー放送が終了した後も根強いファンを持ち、終了直後から番組復活を希望する署名を募集するサイトが複数立ちあがったほか、番組の公式ホームページのBBSにもファンからの投稿が寄せられ続けている。
[編集] 出演者
[編集] レギュラー
内村はこの番組上では「プロデューサー」という肩書きを名乗っているが、実質的には司会。
- プロデューサー/内村光良
- スーツ姿にサングラス、片手にピコピコハンマーがトレードマーク。オープニングの決まり文句は「こんばんは、内村プロデュース、です!」(スロットマシンを模して「(PRODUCER)内・村・光・良」の文字がスクロールする紹介テロップが表示される)。レギュラー陣に対して唐突に「お前たちはダメだ!!」と怒鳴りつけるなど傍若無人な振る舞いも目立つが、実は皆で馴れ合うのが好き。基本的には番組のトップなので様々な企画に都合のいいときだけ途中参加したり、ルールを変えたりといった自由なポジションだが、緊迫した空気の中で芸を披露するよう要求されるなど下剋上に遭うこともある。プロデューサーの名は伊達ではなく、共演者の魅力を巧みに引き出す洞察力に優れる。しかしその一方で警戒心が強く、「リアル性格王」などの場ではドッキリに引っかからない。
- ちなみに、スロットマシンの紹介テロップで回転している文字は、「ドロンズ」「南原清隆」「?マセキ」「ビビる◆」「K2田村」そして「内村光良」である。
- ふかわりょう
- またの名を「かまくら一番!」「りょうぱん」「オエンツりょう」。いつもみんなにイジられる、「溺愛されたいじめられっ子」。第3回から登場した番組最初のレギュラー。立ち位置は当初内村Pの隣だったが、さまぁ~ずやTIMに追いやられ一番遠い端が定位置となってしまう。外見だけでなく芸風もナヨナヨしているため、番組ではすっかりオカマ扱い。内村Pからは「♪みんながしょっちゅうイラつくあなた」などと言われて冷遇されることも多い。「劇団プロデョーヌ」では女形を演じ、芸人らしからぬ一流のピアノの腕前を披露した。なお、内村も含め誰も認めていないが「自分こそがウッチャンの新たな良さを引き出しているのだ」と自負している。芸人としては若干消極的な姿勢が見られ、「DEATH ACT」などの企画では司会に回される。しかし司会ぶりはそつがなく「司会が僕の新境地だ」と自画自賛。非常に涙脆く、事あるごとに号泣する。レギュラー放送最終回では見事30,000ポイントを獲得し、総合優勝を果たした。事ある毎に自宅を番組収録の場として提供させられた上、愛車である通称「黄色いワーゲン」も番組内に頻繁に登場し、いたずらやドッキリの対象にされた。
- 三村マサカズ(さまぁ~ず)
- 「内Pの若頭」として、メンバーの中で唯一内村Pと対等に渡り合える男。番組中のクイズで女性出演者を困らせるような回答が目立つため「下ネタ王」と呼ばれる。長く低迷していたバカルディ(さまぁ~ずの旧名)時代に「ニューバカルディをプロデュース」企画で番組に初登場。その後ゲストとして頭角を現し、2000年末頃に正式レギュラー入り。以降番組に欠かせない存在となった。物覚えが悪い上に稽古嫌いで、劇団プロデョーヌ公演やNO PLANなどの際には他のメンバーに迷惑をかけることもしばしば。三村独特のダンス(通称「三村ダンス」)などの面白い動きで笑いを取りにいくのが得意だが、時々無茶をして怪我を負うことが多く、2004年には遂に両膝の靭帯を断裂してしまった。内村が企画に挑戦する際には司会代理(通称「ミムP」)を担当する。2005年元日スペシャルでは「玉職人」という称号を得た。非常に騙されやすく、「リアル性格王」ではドッキリの格好のターゲットに。成功率は90%を超えている。
[編集] 準レギュラー
- 大竹一樹(さまぁ~ず)
- 女性出演者に対してボディタッチをすることがあるため「セクハラ王」と呼ばれる。「笑いは被せだ」の持論を実践し番組を盛り上げる唯一無二の存在。相方の三村がレギュラーのため毎週出演しているが、表向きにはレギュラーではなく「レギュラーゲスト」(テレ朝で配布される番組紹介カードには内村・三村・ふかわの3名のみが印刷されている)。内村とは他局の番組で音楽ユニットを組んでいたこともあり、三村以上に関わりは深い。大喜利でのフリップ問題では力を発揮し、とぼけた回答とストレートな下ネタでウケを取った。クイズその他のコーナーで独自の存在感を発揮する一方、劇団の公演が終わった後に他の出演者と共に感涙するなど、番組では時折意外な一面を見せる。
- TIM
- ワイルドな芸風の割に神経質。おじさん。顔芸を始めとした多彩なネタを持ち、タイトル戦ではトップバッターを務めることが多い。事前にあれこれ考えるよりも、その場その場の瞬間的なひらめきに長けた「一発ギャグ番長」。その芸風ゆえ内村に「あいつはノープランだ」と言われたところから、「ミスター・ノープラン」の異名も持つ。一時ちょびヒゲを生やし、その顔芸に磨きをかけた。2005年、内村に続くように結婚。
- 「爆笑を取ったことがない」と悩んでいたレッドに爆笑を取らせてやろうとの内村の親心で始まった試練のコーナー「今日のレッド」で脚光を浴びる。「♪追い詰められて花が咲く」の典型例。同コーナーでは、「(父ちゃん母ちゃん)ロドリゲス」「サナダムシ」など独特な英語のような発音で5文字(正確には5音)の言葉を言うだけの「5文字ネタ」でレッドワールドを創り上げた。またレッドの代表的なギャグ「パン パン ここジャパ~ン!」もここから誕生。他のレギュラー陣もその影響を受け、フリップ問題の際にレッドがその独特の言い回しで回答すると、他のレギュラーもそれを真似しだす「レッドゾーン」が始まる。コンビではゴルゴの陰に隠れ地味なキャラクターだったが、この番組で内村に才能を引き出され新たなキャラクターを確立した。
[編集] その他のゆかいな仲間たち
- 出川哲朗
- 内村とは学生時代からの友人で、番組ではふかわに次ぐ最古参。お笑いガマン道場などの企画で時折神懸かり的なハプニングを巻き起こす「奇跡の男」。日本語がしっかり喋れない、「そんなの簡単!」と言って自信満々にチャレンジしながら絶対できない等々、天然系リアクションでその本領を発揮する。一方クイズなどの考えるお題は苦手で、番組内では内村Pからとことん冷遇され厳しい判定を受ける。
- 有吉弘行
- パラシュート部隊
- 初期の「リアクション講座」企画で生徒役として初登場。「♪燃えて散って花火~」のギャグが大ウケし、一時期レギュラーの座を確保していた。得意の「泣き芸」を連発しているうちに内村Pから「もう飽きてきた」という恐ろしい一言が聞かれ、以後登場機会が減ってしまった。
- 出演するたびに内村Pから「お前は誰だ?」と言われる。
- おさる(現・モンキッキー)
- 30分時代を盛り上げた、ゴルゴ松本と並ぶ一発芸の雄(特に顔芸が得意)。過去2度の公演を行った「劇団プロデョーヌ」では、大竹・ふかわと共に2度とも女形を演じた。
- 原口あきまさ
- 番組初期の常連出演者で、メンバーの中では貴重なものまね芸人。「劇団プロデョーヌ」公演にも参加したほか、「家庭訪問すごろく」では自宅内で野球を始められ、大切な私物をめちゃくちゃにされた。
- ずん
- 「劇団プロデョーヌ」などの企画で活躍。さまぁ~ずの大竹一樹と同一人物説あり(「芸人魂チェック隊」大竹編より)。
- 番組内では独特のリズムで「ずんのやすっ!」と呼ばれる。
- さがね正裕(×-GUN・当時)
- 「芸人に歴史あり!をプロデュース」企画で優勝し、一時準レギュラー扱いとなる。有吉・飯尾とともに「劇団プロデョーヌ・セピア」として番組を地味に彩った。なお相方の西尾季隆も番組出演を懇願したが実現しなかった。
- 有田哲平(くりぃむしちゅー)
- 品川庄司
- 「若手芸人下剋上」企画第1回で準レギュラーを獲得したものの、2004年9月放送の同じく「下剋上」企画で品川の肛門を見せるネタを連発して1年間出演停止処分を受ける。それ以降2度出演があったが、2度とも銀行強盗風のマスクを着用させられ「マスクマン」として出演。2005年正月スペシャルの「露天風呂だるまさんがころんだ」の最中にマスクが外れ、見事復帰を果たす。また共に「NO PLANキャンペーンボーイ」に任命され、NO PLAN企画などの際に度々登場。
- 引き締まった体格のため、たるんだ中年体系の多い内Pメンバーの中では一際目立つ体をしている。
- 上島竜兵(ダチョウ倶楽部)
- 「豆しぼり君」「ペロペロちゃん」など意味不明なキャラクターで登場。芸人としてはベテランの域に入っているが、今もなお若手の中に混じって汚れ役を買って出る「永遠の若手」。
- 土田晃之
- 出演する度に「出たくない」等の消極的な発言をし、エンディングでは「のろま」「能無し」「駄馬」と罵声を浴びせられる可哀想なキャラクター。当初は内Pの、芸人としての過酷な企画の数々に「あそこは戦場だぞ!」と悲鳴を上げ、「出演の度に体重が減る」と訴えていたが、いつの間にかすっかり「ゆかいな仲間たち」の一員と化した。自虐的な「貧乏子だくさん」ネタが得意。後に罵声を浴びせられることは恒例となり、本人もいじられることに満更ではない様子。
- よゐこ
- 2003年春頃からよく出演するようになったが、番組初登場は2001年2月放送の「ツッコミ養成所をプロデュース」。
- 他番組で大活躍したテレビ朝日バラエティ部門躍進の功労者であり、自称「ミスターテレ朝」。内Pにおいては、下半身裸になって逆立ちをし「た~すけて~!!」と絶叫する「濱口スタイル」を生み出す。他番組ではいわゆる「バカキャラ」だが、同番組内では大喜利でひとひねりある回答を披露するなど、意外にセンスのある一面も見せた。
- 近年大活躍の濱口に嫉妬気味。地味な立ち位置ながらもコンスタントに仕事をする。
- バナナマン
- 日村とともに家庭訪問すごろく企画で自宅が被害を受けた。自宅はバナナだらけ。番組収録に遅刻し顰蹙を買ったことがある。
- おぎやはぎ
- 2003年の「若手芸人下剋上」で初登場。シュールな芸風のため、ベタや下ネタだらけの内Pでは活躍の場がやや少ない。
- アンタッチャブル
- 兄貴分である有田と共に出演することが多かった。内村がNO PLANを一時脱退した際に行われた新メンバーオーディションにも有田と共に参加した。
- 「レフト、ライト、レフト・ライト・ミー!!」「埼玉福岡千~葉、埼玉福岡千~葉!」などの一発ギャグで「今日のなにがし」で好成績を上げる。
- ツッコミ芸人として皆から一目置かれる存在。手相占いによると「芸の天才」の相が出ているとか。
- カンニング
- 「キレ芸」で有名だが、2005年春のスペシャルで福岡に帰郷した際に実は温厚なお坊ちゃんであることが判明した。「思い出王」では相方・中島忠幸との運命的なコンビ結成秘話を披露。その他の企画にも何度か出演しているが、その度に「俺は内Pと関係ない」とボヤく。「日本一の頑固親父をプロデュース」の回では、そのキレ芸を生かし高得点を連発する活躍を見せた。
- 中島とともに奥さんと子供まで出演。内P公認のサンタクロースに任命される。
- 次長課長
- 「若手芸人下剋上」で初登場。内Pには珍しい叩き上げの関西芸人。
- 「吉本男前ランキング」常連の名に恥じず、女性視聴者獲得企画ではモテモテぶりを発揮。大喜利には強いらしく、修学旅行などでのクイズでは相方以上に活躍する。
- インパルス
- 若手実力派コンビとして「出るクイ打ちまくり隊」の挑戦を受けた。特に堤下は「関東一のツッコミ王」三村の前で見事な連続ツッコミを披露。しかし「ボケ記憶リレー」で2連続失敗。その後参加した「DEATH ACT」では「もう内Pで負けたくない」と発言し、ラスト1秒で内村に勝利した(と言うよりも相方の板倉に勝負を引っ掛け、間接的かつ強引に勝利)。
など
[編集] アシスタント
2003年5月以降は売り出し中の若手女性タレント(グラビアアイドル・女優等)が毎回交替で務めている。番組出演を機に知名度を獲得し人気者になった者も多い。下記は複数回出演している常連出演者だが、ほとんどは1回限りのゲスト出演。
主なアシスタント
- 安めぐみ
- 番組内では、ずんのやすに似せて「めぐのやすっ!」と呼ばれる。「芸人家庭訪問すごろく」の第2回で初登場。とぼけたキャラクターが番組にマッチし、NO PLAN企画などで頻繁に登場するようになった。番組出演を機に世間的にも認知された代表格。当人も「内Pはふるさとですから」と発言し、レギュラー放送の最終回では内Pメンバーに卒業証書を授与する前にフライングで涙を流してしまうなど、番組にはそれなりに愛着を感じている様子。太りやすい体質のようで、出演するたびに皆から「太った?」と言われるのがお約束。「リアル性格王」では、アシスタントながら2度ドッキリのターゲットにされた。番組で「高ポクテン」「10P(ピー)」などの名言を残している。
- 原史奈
- 通称「ハラフミ」。いつもいい匂い(大竹曰く「ストリッパーの匂い」)。「ぴったし内ピー」のゲストとして初登場。女性タレントが担当するようになってからの最初のアシスタントで、後に名物コーナーとなった「家庭訪問すごろく」や、「引き出し王」などのベルトをかけたタイトル戦の第1回も担当している(「引き出し王」は最終戦も担当)。
- 山本梓
- 「あずさちゃん」が呼びにくいのであだ名は「あずちゃん」。ロバート大好き。「今後の人生をプロデュース」企画で初登場。当初は緊張気味に番組に参加していたが、次第に毒舌っぽい発言が出てきたり、ふかわ宅のキッチンの落書きに積極的に参加したりするなど、小悪魔的な一面も見せるようになった。すっぴんは5倍かわいい(三村談)。
この他、杏さゆり、熊田曜子、安田美沙子なども数回出演している。
過去のアシスタント
- 我孫子千香
- 初代アシスタント。番組内のオーディション企画で決定。
- 下平さやか(テレビ朝日アナウンサー)
- 徳永有美(同上)
- 愛称「徳ちゃん」。たどたどしい進行ぶりと滑舌の悪さをよく共演者にいじられ、後期はアシスタントというより半ば「芸人」扱いだった。内村とのスキャンダルの煽りを受け、「劇団プロデョーヌ」第2回公演後に降板(その後2005年に内村と結婚)。
など
なお、第1回放送のアシスタントは当時プロレスラー・大仁田厚とのやり取りで一躍時の人となっていた真鍋由アナウンサーが務めている。
[編集] 番組内容
- 『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』が「ドキュメント」系の笑い、『笑う犬』シリーズがスタジオできっちり作り込んだ「コント」の笑いだったのに対し、『内P』は下準備をあまりしない「即興性(アドリブ)」を重視した笑いをメインとしている。芸人たちには多彩な芸のレパートリーや瞬時の発想力、そして果敢にネタ披露に挑む度胸を求められる。過剰な編集や演出に頼れない、まさに芸人としての真の実力と呼ぶべきものが試される、大きな緊張や試練を伴う番組でもある。
- アシスタントのルール説明を始めとした番組進行、「芸人魂チェック隊」のターゲットの行動、くじボックスの中身等については、当事者の不利(はめられる)であえて笑いを取る予定調和的要素が大いに含まれるが、通常の各企画・コーナーにおいては「抽選による即席コンビ」「コントの披露直前にお題発表」等、即興性にこだわっている。
- お題を出されて即興で面白い解答をする形式や、司会者の独断でポイントが与えられる形式などは『笑点』に似ているが、基本的に加点方式で減点はない(度が過ぎた下ネタなどには減点あり)。ただしポイントが貯まってももらえるものは「○○王」等の称号のみである。また、『笑点』では拍手をもらうような「上手い」解答も内Pでは辛めの採点となる。
- 一方、「劇団プロデョーヌ」公演や「シャッフルコンビ」「NO PLAN」などのライブは、ネタ合わせ・リハーサルを綿密に行いしっかりと作り込んでいる。
- レギュラー・準レギュラー陣及びゲストが即興ネタ見せなどの過酷なチャレンジ企画を経て、新境地を開拓することも少なくない。レッド吉田の「五文字ネタ」やふかわりょうの「リアクション芸」などがその代表格。
- だがそうした過酷な番組内容とは別に、番組の根底の部分で漂っている和気あいあいとした、暖か味のある「空気」も見過ごせない。番組内のドッキリ企画で素の状態のふかわが「こういう(ファミリーのような)関係性があと何年、ずーっと続いたらどんなに素晴らしいだろう」と語っており、内村を中心とした出演者・スタッフたちの「連帯感」が画面から感じ取れる所もまた「内P」の人気の要因のひとつ。
- 多くの若手芸人にも門戸を開いてチャンスを与え、番組内では純粋な持ちネタ披露のほかにも若手芸人たちの「素の面白さ」を数多く引き出しており、2000年代のお笑いブームへの貢献度は大きい。某雑誌で行った、若手芸人に対するアンケートで「出演してみたい番組ランキング」の第2位にランクされた(1位は笑っていいとも!)。若手のお笑い番組について、エンタの神様が独走している中でのこの結果は、業界内からも高い評価を得ていることを示すものである。
[編集] 沿革
[編集] 放送枠の変遷
※時刻表示は日本標準時
- 2000年4月8日 - 2002年3月23日 毎週土曜 25:00-25:30
- 2002年4月4日 - 2002年9月26日 毎週木曜 24:16-24:46
- 2002年9月30日 - 2005年9月26日 毎週月曜 23:15-24:10
- 2005年10月23日 2時間スペシャル『内村プロジェクト』 18:55-20:54
- 2006年1月1日 新春85分スペシャル
- 2006年1月21日 60分特別番組『今夜はピーナッツ』(「ドスペ2」枠)
- 2006年4月2日 2時間スペシャル 18:55-20:54
- 2006年5月8日 2時間スペシャル(『月バラ!』枠) 19:00-20:54
- 2006年8月19日 60分スペシャル(『ドスペ2』枠)
- 2007年1月3日 新春90分スペシャル 23:40~25:10
[編集] スペシャル版
- レギュラー放送枠(30分時代)の拡大スペシャル
- 2001年4月7日「箱根お笑い修学旅行をプロデュース」(番組初の全国ネット放送)
- 2001年9月29日「劇団プロデョーヌ旗揚げ公演 お笑いシェイクスピア激闘1500時間の全記録!!」
- 2001年12月22日「新コンビ結成スペシャル 命懸けの新ネタ合戦!!」
- 2002年3月23日「楽団プロデョーヌ 出来るか!?感動の卒業式で生演奏&古代ヨーロッパ運動会春の陣スペシャル!!」
- レギュラー放送枠(1時間時代)の30分延長版「85ミニッツスペシャル」
- 2002年9月30日 「内村プロデュース85ミニッツ!! これが芸人魂だ!! 決死の完全アドリブ生放送スペシャル!! 内村光良を緊急尾行! 芸人魂チェック隊最初で最後の逆チェック隊スペシャル!!」(月曜23時枠移動後初の放送)
- 2003年9月29日「芸人家庭訪問すごろく85分拡大スペシャル!」
- 2003年12月15日「CD発売直前キャンペーンすごろくをプロデュース!!」
- 2004年3月22日「芸能界無礼講すごろくスペシャルをプロデュース!!」
- 2004年8月30日「芸能界無礼講すごろくスペシャル」
- 2004年12月13日「若手芸人に追い付け追い越せ 出るクイ打ちまくりスペシャル」
- 2005年2月7日「2005年の主役一網打尽 出る杭打ちまくり隊スペシャル」
- 2005年8月29日「芸能界激震! リアル性格王決定戦&史上最強DEATH ACTスペシャル!!」
- 深夜枠(レギュラー枠以外)のスペシャル
- 2004年1月1日「新春温泉で無礼講!!新年会芸人不信(秘)バスツアー」(新春スペシャル)
- 2005年1月1日「内村プロデューススペシャル2005年新春お笑い修学旅行をプロデュース!!」(新春スペシャル)
- ゴールデンタイムのスペシャル
- 2003年4月11日「内村プロデュース 祝・ゴールデン初進出記念 玉砕覚悟のアウェイ大乱入スペシャル!!」
- 2003年11月21日「内村プロデューススペシャル ミュージックステーション出演への道」
- 2004年4月7日「春の内村プロデュース お笑い軍団大集合スペシャル・ウッチャン大笑い祭り!!」
- 2004年10月20日「内村プロデュースvs世界の成功者たち お笑い収穫祭スペシャル!!」(プロ野球日本シリーズ中止に伴うイレギュラー放送)
- 2005年4月16日「ドスペ! 原点回帰だ 春の内村プロデュース若手芸人と真っ向勝負&ふるさと帰郷スペシャル」
- レギュラー放送終了後
- その他の関連番組
- 2006年1月21日「映画ピーナッツ公開記念 今夜はピーナッツ」(ドスペ2枠)
[編集] 主な企画
企画名には、基本的に「~をプロデュース」。
[編集] ○○で勝利するをプロデュース(スポーツシリーズ)
身体を動かす機会の少ない出演者たちが様々なスポーツで真剣勝負に挑む。毎回一流選手をコーチに招くも、大喜利クイズやアフレコなどいつものコーナーを「特訓」とかこつけて行い、結局ほぼ下準備無しのまま3時間後にスポーツ選手(主にエリート小学生チーム)と対決する。コーナー立ち上げから一度も勝った事がなく、通算20連敗。当初から全く勝つ気がない訳ではなく、まれに当人たちも予想外の接戦になることもある。過去チャレンジした種目は水泳、レスリング、ゲートボール、フットサル、アイスホッケー、フェンシングなど。ドッジボールに挑戦した際には、競技中三村が膝を負傷するアクシデントがあった。エンディングはメンバーの誰かひとり(主に土田)が敗戦の責任を擦り付けられ罵倒されるのが恒例。
[編集] 劇団プロデョーヌ
2001年初夏、内村を座長に常連出演者の芸人たちで旗揚げ。命名はジャン・レノが書いた題字に由来する。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲を題材にした作品で2度の公演を実施した。各人のスケジュールの合間を縫って稽古を行い、これらの模様も同番組内で様々なお笑い企画を織り交ぜながら放送された。
作・演出は2作とも内村と飯山直樹ディレクター。
第2回公演は当初、2002年夏に『宮本武蔵』(吉川英治原作)を上演する予定であったが、権利問題でNHK(大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』)と折り合いがつかず、直前に中止となってしまった。『宮本武蔵』に関しては主役争奪戦など様々な関連企画を番組中で展開し、台詞・殺陣といった稽古もかなり進んでいたため、突然の中止を受けて出演者・スタッフもその後の対応に追われた。ちなみにその後行なわれた『お気に召すまま~ん』の劇中には、武蔵と小次郎が対決するシーンが半ば強引に挿入されており、出演者・スタッフの無念を晴らす形となっている。
- 楽団プロデョーヌ
2002年春に行なった発展形。ほぼ楽器未経験のメンバーでオーケストラを結成し、ほんの数時間の練習ののち人前で演奏するという無謀なチャレンジ企画。
[編集] 30分1本勝負
30分時代の人気企画。30分間の収録テープ(通称ベーカム)をノンストップで撮影し、丸々放送する。30分以内に納めなければならないため、全編大急ぎで進行しなければならないが、面白くない部分や失敗した部分もすべて放送されてしまう。
- 完全即興ノーカットアドリブコント
15分間のコントを事前打ち合わせ無しの完全即興で行い、その一部始終をノーカットで放送する。長年のコント経験を持つ内村ですら頭が真っ白になる恐ろしい企画。2002年9月30日には生放送でアドリブコントを決行した。ちなみに、2002年9月に予定されていた劇団プロデョーヌ公演が直前で中止になったことによる穴埋め企画である。
[編集] 芸人魂チェック隊
ひとりの芸人の日常生活を隠し撮りで追跡し、プライベートでも「芸人魂」はあるのかどうかを確かめる(という設定のコント)企画。内Pメンバー(チェック隊)はその芸人がとる行動をクイズ形式で予想する。
2002年9月30日放送のスペシャルでは、内村光良をターゲットにすると見せかけた、内村Pによるモニタリング中の内Pメンバーへの「逆チェック」ドッキリを決行。また2002年11月4日放送分はアシスタント・徳永有美を隠し撮りし、ニセ番組収録など様々なドッキリを仕掛ける「内P魂チェック隊」を行った。
[編集] 最強の助っ人野郎
内Pメンバーが助っ人軍団となり様々な困っている人達を助ける。料理編・ファミリーマート編・TSUTAYA編など。またこれから派生した「開店前野郎」(開店前のお店に潜り込んで遊ぶだけ)という企画もあった。
[編集] 若手芸人下剋上
「フレッシュな若手芸人と対決し、場合によってはレギュラーを総入れ替えする」を名目に、レギュラー・準レギュラーから成る“内Pチーム”と、ゲストの若手芸人らによる“若手チーム”がクイズ・スポーツ・即興コントなどで対決する。若手チームが優勝しても、必ず内村Pの「レギュラー入れ替えは時期を見て…」というオチの一言で、結局入れ替えはしない。だが品川庄司、ダンディ坂野、アンタッチャブルらは、この「下剋上」出演を機に頻繁にゲスト出演するようになった。
[編集] 対決シリーズ
- 三村プロデュース
過去3回放映。いつもの内村Pの独裁ぶりに業を煮やした三村が反旗を翻し、独自の企画で内村Pと対決。
- 2002年11月11日放送の「三村Pvs内村P・5番勝負」では、ラストのスーツ着衣水泳対決で内村が勝利。その後三村の土下座でリベンジ、スーツの内村vs水着の三村でバタフライ対決。三村が勝利したものの、まわりは納得いかない空気に。結果は引き分けという形に落ち着いた。
- 2003年10月13日放送の「若手芸人プロデュースバトル」は「下剋上」の発展形。みむP(三村)とゴルP(ゴルゴ)の対決で、大勢の若手芸人を「どちらの先輩について行きたいか」という判定基準で振り分けさせ、より支持を集めた方が勝利するというもの。最終対決の「芸人不信柔道」では、三村の稚拙な振る舞いからゴルゴがNG行動を見破り、ゴルゴが完勝した。
- 2004年11月29日は有田も加わった「内村Pvs三村Pvs有田P」の三つ巴。三村Pはお色気企画、有田Pはプロレス技クイズと、それぞれ自分の持ち味を生かした企画を持ち込んだ。しかし最後は内村P企画の水泳メドレーリレー対決で、内村の独断(三村とアンカー同士自由形25mの勝負になり、負けたところをそのままもう25m独走。プロデューサー権限で50m勝負にした、と事後に説明)によって内村Pが勝利した。
- 出るクイ打ちまくり隊
「世の中のあらゆる出来事に目を光らせ、そこに出るクイあるならばどこからともなく現れ、笑いと共に打ちまくる、自分の身の安全を第一に考える男達」。つまりは若手芸人を相手にそのフィールドで対戦して楽しむ趣旨の、「下剋上」と「すごろく」をミックスした企画。メンバーはNO PLANと同じ。
[編集] ○○王決定戦
- 他人の性格王決定戦
- くじで挑戦者を1人選び、突然起こるハプニングに対して選ばれた人がどうボケるのかを他の出演者が予想する。どんな結果になろうと必ず内村Pが優勝するように仕組まれている。
- 他人のフィールド王
- ふかわのあるあるネタやゴルゴの人文字ネタなど、他の芸人の得意分野に挑戦する。時には自分の不得手な分野で笑いを取りにいかなければならない過酷な企画で、このコーナーが番組初出演となった土田は疲労困憊し、以降出演に消極的になってしまった。どんな結果になろうと最終的には同点決勝に持ち込まれるように仕組まれている。
- 引き出し王決定戦
- ひとつのお題(シチュエーション)に対し何回ボケられるか、その「引き出し」の多さを見る企画。大竹・ゴルゴ・三村が主なチャレンジャー。どんな結果になろうと最終的に同点決勝になる。
- リアル性格王決定戦
- 番組後期の本格的なドッキリ企画。各出演者に事前に仕掛けられていたドッキリでどんな行動をとるかを予想するコーナー。大抵の芸人たちは、収録当日にVTRを観て初めてドッキリがあったことに気付かされ赤っ恥をかく。三村が非常に騙されやすく、毎回ターゲットにされ所有車の車内に隠しカメラを仕掛けられるのが恒例。
その他、わざとらし王・女性視聴率王など。
[編集] 芸人家庭訪問すごろく
特製のすごろくボードですごろくを行い、出た目の芸能人宅をアポなし(若干予定調和が含まれる)で家庭訪問する。特に若手芸人宅では大声を出したり、家財道具にいたずらをしたり、大切にしているものを壊したり等々、傍若無人にふるまいまくる鬼のような企画。有田哲平宅におけるバーベキュー、原口あきまさ宅における野球などが主なハイライト。有吉弘行の全裸芸(猫男爵)もここから生まれた。稀に丹波哲郎や野村克也などの大物有名人宅を訪問することもある。
[編集] 芸人に歴史あり!思い出王
芸人たちが過去に住んでいたアパートやマンションを訪ね、デビュー当時の思い出に浸る企画。スペシャル版では芸人たちの故郷にまで赴き、出身校など思い出の地を訪ねたり、実家で家庭の味を堪能するなどの企画に発展する。
[編集] NO PLANシリーズ
テレビ朝日の音楽番組『ミュージックステーション』に出演することを目標にスタート。内村をリーダーに、さまぁ~ず、TIM、ふかわりょうの合計6人で結成。特別番組を経て2003年12月にアルバム『NO PLAN』でメジャーデビュー。翌2004年1月にあっさりMステ初出演を果たす。3月には2度目のMステ出演、5月に「内P祭り」と称し初ライブも行われた。
同年6月、ライブDVDの発売準備中にリーダー内村の音痴が発覚。ペナルティとしてNO PLAN脱退を余儀なくされた。その後新メンバーオーディション(という名の出来レース)を経て、10月に内村がメンバー復帰。
2005年6月にシングル『Oh!サマー』、8月3日にはミニアルバム『SUMMER PLAN』を発売し、8月12日に3度目のMステ出演。
2006年1月25日にアルバム『LAST PLAN』を発売し、同月27日には4度目のMステ出演。このアルバムをもって一応の「引退」(Mステにおける内村の発言より。しかし「LAST PLAN」内の音源にまだ最後ではないことを匂わせる内村の発言もある)。同アルバム収録の『君の中の少年』は、2006年1月公開の映画『ピーナッツ』の主題歌。
[編集] その他のコーナー
- ぴったし内ピー
- 毎回招かれた様々な女性ゲストの生い立ちなどからクイズを出し、それに対して内Pメンバーが面白解答をするという大喜利コーナー。合ってなくても面白ければ内村の独断で正解になる。問題に入る前後に「本当の正解」が明かされ、正解を知ったうえで、面白解答をしなければならない。このコーナーが終わった後、ゲストに呼ばれた女性タレントが番組のアシスタントとして出演を続けることもあった。三村は度々下ネタを出し女性ゲストの顰蹙を買う。
- 危機的状況回避バトル
- 危機的状況をどうやって面白おかしく回避するかを競う。たまに回避しなくてもいい場合がある。大竹はエロ芸を連発し、危機を回避しない場合も多い。
- 笑わせ王
- 3人の「笑わないポリシーを持つ芸人」(有吉・バナナマンほか)を相手に、一発芸で1人ずつ笑わせていく。この企画の最中に三村が膝を負傷。レッドが得意とする企画。
- 映像アフレコ/漫画アフレコ
- 既存の映画やドラマ、もしくは漫画などに本来とは全く異なるセリフをつける。漫画の場合は挑戦者が絵を書き足したりすることもしばしばある。司会である内村の得意コーナーであり、毎回と言っていいほど回答に参加している。
- 内P弁論大会
- 演台に3つのカードが裏向きに置いてあり、それを1枚ずつめくってカードに書かれているテーマで即興で論説をする。
- 集団面接
- 大喜利を集団面接試験の形式で行う。席順が答える順番に影響するので入室から着席までは椅子取りゲームの様相を見せるが、実際の回答順は全て面接官である内村の裁量で変わる。
- 露天風呂だるまさんが転んだ
- NO PLANの歌のテーマにもなっている企画で、「裸祭り」とも称される番組の象徴的コーナー。どれだけ独走してもゴールは妨害され必ず団子状態になるのがお約束。この妨害行為から「玉職人」が生まれた。勝者には1,000ポイントと混浴権(実質無意味)が与えられる。テレビ朝日の正月恒例の企画となっている。
- 芸人不信バトルロワイアル
- バトルロワイヤルなだけに多人数同時対決。若手芸人も多数参加する。額にNGワードあるいはNG行動が書かれた札を付け、それを言ったりやったりしてしまったらその時点で失格。最後まで失格せずに残った者が勝者となる。
- 振りにのったり前に出るとNGに引っ掛けられたり引っかかる危険性が高いが、引いたままだとTVに映れないジレンマと、互いにNGをやらせようしそれを疑う陰謀と相互不信の嵐が巻き起こる。NGワード等には持ちネタや他人を落とそうとする行為もあるため、自爆も多い。
- 芸人不信柔道
- 上記バトルロワイヤルの1対1柔道版。柔道のスタイルだが投げても勝敗には無関係。しかし「袖を掴む」「背負い投げで投げられる」「寝技に持ち込まれる」などがNG行動だったりもするため、積極的に行くかどうかがより悩ましい所。
- ベルトコンベアー一発芸
- ベルトコンベアーで次々と運ばれてくるアイテムを使って連続で一発芸を披露する。レッド吉田が得意とするコーナー。
- お笑いガマン道場(ガマン対決)
- ある天然系サンプル芸人の行動をモニタリングし、口に含んだウーロン茶を噴き出してしまったら負け。
- 今日のレッド
- 2001年5月5日放送分より開始。レッド吉田が一発ギャグを3つ連続で披露する。大爆笑を取れたらコーナー終了というルールだったが、レッド本人の希望により継続。3回で納得いかなかった場合にはおまけでもう1回許される。苦闘するレッドを厳しい表情で見守る相方・ゴルゴ松本も見所。
- 今日のなにがし
- 番組の終了時に不定期に行われる「今日のレッド」の発展形のコーナーで、くじで当たった人が3回連続一発ギャグ(おまけの1回もあり)を披露する。出演する芸人の間からは「やりたくない」「罰ゲーム」と口々にこぼす試練の場となっている。これに挑んだ芸人の多くは異常な緊張状態に陥り、自分を見失った結果、駄々滑りすることも決して珍しくない。その一方で、時には出演者全員が爆笑する秀作や、自己の芸人観が変わるようなギャグを生み出すこともある。内村にギャグが面白くないと判断された時に、罰としてなぜかふかわの体に低周波が流される時期(その間のタイトルは「今日の低周波」)もあった。レギュラー最終回にはついに「今日の内村」を行った。
- DEATHシリーズ
- 各人に与えられたお題を全員参加の会話の中でクリアすれば勝ち抜けとなり、最後まで残った人が負け。お題は本人だけしか見ることができない。「DEATH WORD」ではお題となる言葉を他人に言わせることができれば勝ち抜け。「DEATH ACT」では、『あくびをする』などのお題行動を他人に指摘されずに5回行えば勝ち抜けとなる。また他人のお題行動を当てても勝ち抜けとなるが、不正解の場合は自分のお題行動のノルマが5回追加される。人数は少ないがノルマが多い際などはお題がリセットされる。最下位の人には罰ゲームとして今日のなにがし(2005年8月1日放送分以降は自宅でおもしろビデオ作成)が執行される。タイトルロゴはマンガ『DEATH NOTE』をもじったもの。
番組のエンディングで出演者全員が「内村プロデュース!!」の掛け声を発することが恒例となっているが、内村の思いつきで突発的に始まったもので、当初から「番組の恒例」と言っていた。
[編集] 題字を書いた主な著名人
番組の恒例行事のひとつに、有名人による題字の揮毫がある。これは、内Pの前番組『リングの魂』の題字を空手家の大山倍達が書したことに由来し、6年間続いた『リン魂』を超える長寿番組にしたいという気持ちが込められている。歴代の題字は下記の通り。意図的に「ュ」を削除した4代目を除けば番組名が正しく表記できているのは初代のみである。また、それぞれのタイトルバックは映画好きの内村にちなみ、有名映画配給会社のパロディになっている。
- 初代:春一番 (#1:2000年4月8日 - #36:2001年1月13日)
- 「内村プロデュース (春一番)」
- 第1回目の放送で、テレビ朝日の東陽町スタジオの玄関に最初に入ってきた有名人に題字を依頼する企画を実施。当日は「ミュージックステーション」の収録日で大物歌手・タレントを狙える状況であり、実際に一旦はタモリが通りかかったものの、タモリは残念ながら目的地は通らず。その直後にお笑い芸人の春一番が最初にやって来てしまい、内村にとって非常に残念な結果となった。泣く泣く春に依頼したものの、タイトルより署名の方が大きく書かれてしまっている。バックはユニヴァーサル映画のパロディ。
- 「内村プロデュース (春一番)」
- 2代目:ジャン・レノ (#37:2001年1月20日 - #90:2002年4月11日)
- 「内村プロデョーヌ (春ヘ番)Jean Reno」
- 春一番の題字を手本に揮毫。これが後に発足する「劇団プロデョーヌ」の名称にもつながった。バックは20世紀フォックスのパロディ。
- 「内村プロデョーヌ (春ヘ番)Jean Reno」
- 3代目:イアン・ソープ (#91:2002年4月18日 - 85ミニッツスペシャル:同9月30日)
- 「内村プロヂョレマ (春ヘ一米田)Jean Reno Ian Thorpe」
- ジャン・レノの題字が手本。あたかも伝言ゲームのように、だんだんと原型が崩れていった。バックは2代目に引き続き20世紀フォックスのパロディ。
- 「内村プロヂョレマ (春ヘ一米田)Jean Reno Ian Thorpe」
11時台進出後しばらくの間、初回のタイトルロゴが使用される (#114:2002年4月18日 - #124:2003年1月6日)。
- 5代目:クエンティン・タランティーノ (#159:2003年10月27日 - #218:2005年4月18日)
- 「内林プロデユース Quentin Tarantino」(本人の似顔絵入り)
- 「キル・ビル Vol.1」のプロモーションを兼ねた「キル・ビル2」の出演者オーディション企画で特別出演。バックはコロムビア映画のパロディ。
- 「内林プロデユース Quentin Tarantino」(本人の似顔絵入り)
- 6代目:リチャード・ギア (#219:2005年4月25日 - )
- 「内村プロデコーヌ R.G. シナル・ウイダソス?」
- ハリウッド版『Shall We Dance』のプロモーションで来日中に依頼。サングラスをかけていた内村が部屋に入るなり、リチャードにサングラスを外せと怒られる場面も。この日はふかわりょうしか時間が空いていなかった為にふかわを通訳として連れて行くが、緊張の為終始内村の隣で固まってほとんど喋れず。ふかわは一応通訳を試みようとしたものの、あえなくリチャードに「クビ」にされた。バックはMGM(Metro Goldwyn Mayer Inc.)のパロディ。
- 「内村プロデコーヌ R.G. シナル・ウイダソス?」
ちなみに、2005年10月23日に放映された『内村プロジェクト』のタイトルロゴは東映のパロディ。
[編集] グッズ・ノベルティ
- 2003年11月11日から12月1日までの期間限定で、ファミリーマートから「内村プロデュース弁当 ウッチャーハン弁当」(530円/税別)、「三村プロデュース弁当 チキンライス弁当 オムライスでもあるのかよ!!」(530円/税別)が発売された。
- どちらかの弁当ラベルをハガキに貼って応募すると抽選で100名に「番組特製歯磨きセット」が当たるキャンペーンが番組で行われていたが、番組での募集告知は1度きり、弁当やファミリーマート店内でも告知されなかったためあまり知られていない。
- 2004年5月7日に中野サンプラザで開催された「NO PLAN初ライブ&内P祭り」には、2,200名の定員に25,000通の応募があった。当日の模様と舞台裏、練習風景などを収録したDVDが2004年7月7日に発売された。
[編集] 内Pショップ
- 2004年8月1日、原宿・竹下通りに番組オリジナルグッズショップ「内Pショップ」がオープン。開店当日の朝7時には300人の列が出来、11時の開店前に当日分の整理券が配付終了し大盛況となった。
- 毎月『月例企画 数量限定商品』を販売。
- 8月:『名解答Tシャツ』 全20種類(各150枚)、3,000枚限定。
- 9月:『内Pメンバープライベートブロマイド』 全70種(各10枚)、700枚限定。1日100枚を1週間の限定販売。
- 10月:『シルバーアクセサリー』 全6種(各300個)、1,800個限定。
- 11月:『名解答トレーナー』 全10種(各120枚)、1,200枚限定。
- 12月:『内PオリジナルBE@RBRICK』全6種(各1500個)、9,000個限定。
- 毎月『月例企画 数量限定商品』を販売。
- 契約満了に伴い、2005年2月28日をもって閉店。閉店日の2月28日にはふかわりょうが一日店長を務めた。
- レギュラー放送が終了した後も、ふかわ等の回答を模したグッズの在庫がまだ大量に眠っていたため、2005年10月8日にテレビ朝日社屋内にてふかわ自身が手売りイベントを行った。
- ふかわ手売りイベント後も在庫が残っている商品に関しては、テレビ朝日公式の「Tv asahi shopping」で引き続き販売される。
[編集] DVD・CD
[編集] DVD
- 『内村プロデュース 劇団プロデョーヌ旗揚げ公演 お笑い 真夏の夜の夢 完全版』 (2001年12月21日)
- 『内村プロデュース 劇団プロデョーヌ第2回公演 お気に召すまま~ん 完全版』 (2003年7月24日)
- 『NO PLAN&その仲間たち 今日だけ勘違いしていいですか!? LIVE』 (2004年7月7日)
- 『Oh!サマー』 (NO PLAN、2005年6月15日)
- 『内村プロデュース ~創世記~ あの頃キミは若かった!! 伝説の爆笑企画&門外不出の秘蔵映像』 (2006年1月18日)
[編集] CD
以下はすべてNO PLANの作品。
- アルバム 『NO PLAN』 (2003年12月17日)
- シングル 『本望でございます ~芸人魂の詩PartII/○(マル)あげよう』 (2004年4月14日)
- 「○(マル)あげよう」は映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』の主題歌。同作品にはNO PLANがそれぞれ本人役として声の出演をしている。オリコン初登場10位。
- シングル 『Oh!サマー』 (2005年6月15日)
- ミニアルバム 『SUMMER PLAN』 (2005年8月3日)
- 当初はシングル『Oh!サマー』と同時発売の予定だった。「露天風呂だるまさんがころんだ」における三村の活躍を称えた楽曲「玉職人」も収録。
- アルバム 『LAST PLAN』 (2006年1月25日)
- 馬場俊英、真島昌利(THE HIGH-LOWS)の書き下ろし曲を含む。初回限定版には秘蔵映像DVDが特典としてついている。
[編集] 関連本
- キネマ旬報臨時増刊号『kinezo』(『ピーナッツ』&『内村プロデュース』特集) (2006年1月25日)
- スタッフ陣のインタビュー、出演者・企画などのキーワード一覧、放送データを掲載。
[編集] スタッフ
- 監修:おちまさと
- 構成:そーたに、あんちゃん、なーかの、すずきB、たかはC、だーまつ
- カメラ:辻 稔
- 音声:牧野正義(スウィッシュジャパン)
- VE:柳沼 修(スウィッシュジャパン)
- 照明:香川和代(プログレッソ)
- 美術:森つねお(テレビ朝日クリエイト)
- 小道具:塚谷将朗(テレフィット)
- 大道具:神谷直矢(俳優座劇場)
- タイトル:安田達夫
- 編集:照沼千春(IMAGICA)
- MA:大木久雄(IMAGICA)
- 音効:花岡英夫(CUBIC)
- ヘアメイク:大の木ひで(Hidden)
- スタイリスト:中谷東一
- 企画協力:田村正裕(マセキ芸能社)
- ナレーター:あおい洋一郎
- 広報:小出わかな(テレビ朝日)
- AP:志水大介、内久保智子
- AD:関谷 司、田中真之
- ディレクター:藤田賢城、長尾 真、小林 剛、金澤美保、塚田正道
- 演出(チーフディレクター):飯山直樹
- プロデューサー:工藤浩之、平出 聡、金澤美保
- チーフプロデューサー:山本隆司
- 制作協力:K-max
- 制作著作:/tv asahi
[編集] ネット局・放送時間
- 毎週月曜23:15~0:10(テレビ朝日と同時ネット)
- 毎週月曜23:20~0:15(5分遅れ)
- 毎週月曜深夜1:29~(134分遅れ)
- テレビ朝日系列以外での放映時間
- チューリップテレビ(火曜深夜0:50~、29日遅れ)
- 日本海テレビジョン放送(金曜深夜1:10~、30日遅れ、一時期放送休止となった期間がある)
- 宮崎放送(月曜深夜0:30~、14日遅れ、2005年3月打ち切り)
- テレビ高知(主に深夜帯テレビ朝日枠〈1:00前後〉、もしくは土日の昼、2,3ヶ月遅れ、不定期に他番組と差し替えられ未放送回多数)
[編集] 関連項目
- お笑いタレント
- リアクション芸人
- クイズ発見バラエティー イッテQ! (日本テレビ系)
- ピーナッツ (内村光良監督の映画、メインキャストにさまぁ~ずら内Pゆかりのメンバーが多数出演)
- くりぃむナントカ (後番組)
- 内村さまぁ~ず (映像配信サイト・ミランカで配信。K-max制作、内村とさまぁ~ずが出演)