モータリゼーション
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モータリゼーション (motorization) とは、自動車が大衆に広く普及し、生活必需品化することを言う。英語で「動力化」「自動車化」を意味する言葉である。
狭い意味では自家用乗用車の普及という意味で言われることが多い。
国立国語研究所では、その「外来語」言い換え提案の中で「車社会化」という代替表現を提示している。
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[編集] 原因
日本では1964年の東京オリンピックの直後からモータリゼーションが進んでいった。高速道路の拡張、鋪装道路の増加、一般大衆にも購入可能な価格の大衆車の出現などによって、自動車が利用しやすい環境になったことが原因であろう。
一方で鉄道の側においても、その時期特に国鉄においてストライキや重大事故が続発した事、度々運賃が値上げされた事、鉄道車輌などにおけるサービスの向上が軽視された事などによって、鉄道離れを加速させてしまった。
アメリカ合衆国ではより早く、1920年代には既にモータリゼーションが始まっていたとされる。原因としては、T型フォードの成功によって自家用車が急激に普及した事、広大なアメリカでは早くから幹線道路の整備など郊外型の都市開発が進んだ事、などが挙げられる。
[編集] 社会整備
モータリゼーションによって自動車利用が増える事で、社会整備に大きな変革の圧力が発生する。例えば道路交通網はモータリゼーションの発生により急速な進歩が求められ、都市部は急激に拡大、周辺の衛星都市の発達も加速する(下記参照)。
又、大衆車の発達は、モータリゼーション推進の上で大きな影響を及ぼす。近年の例としては、東ドイツにおいて、ベルリンの壁崩壊前は一般大衆向けの乗用車(トラバント)が極めて入手し難い物であったため、隣の西ドイツほど交通網が大衆の自動車利用に対応していなかったところへ、東西ドイツ統合後は自動車利用が一気に拡大したことにより大規模な渋滞が発生するようになり、市民生活にも支障をきたしているとされている。
モータリゼーションは都市部だけでなく地方の生活も変化させる。流通コストが大幅に変動する事で、産業形態も大きな変化を見せる他、人口の流入・流出も加速し、更には自動車産業の発達に伴う景気の上昇といった経済上の変化も発生させる。
他方では、これら自動車を使った広域犯罪も発生するが、これに対抗して警察組織の拡充・広域化も見られるなど、治安に対する社会整備の変革も招く。個人の生活から行政のあり方までもを変革させるモータリゼーションは、しばしば文明の発達具合の指標とされる。
[編集] 日本の実情
自動車検査登録協力会の資料によると、2005年3月末の都道府県別の自家用乗用車1世帯あたり保有台数のランキングは、福井県がトップとなった。以下、富山県、群馬県、岐阜県と続き、最下位は東京都、次いで大阪府、神奈川県の順である。上位にある県は鉄道や路線バスといった公共交通機関の利便性が悪い地域が多く、このため自宅や勤務先企業、小売店舗などに付設駐車場が完備されていることもあって、通勤や買い物などの日常生活に自家用車が欠かせないためである。一方で東京など下位の地区は、公共交通機関の利便性が高いこと、駐車(場)料金が高いこと、慢性的な道路混雑などが理由として挙げられる。
- 上位5位
- 下位5位
[編集] モータリゼーションの例(両毛デルタ地帯)
関越道・新4号国道・北関東道・国道50号で囲まれるほぼデルタ形の地域(両毛デルタ地帯)は、日本でモータリゼーションが最も発達した経済圏を形成しており、現在の日本の郊外型ライフスタイルをリードしている。
但し、常磐道・国道6号沿いの地域や、国道51号沿いの地域は、両毛デルタ地帯との関係は浅い。しかし、筑波研究学園都市のように、モータリゼーションを前提とした都市計画が敷かれている地域も存在する。
そして、土地利用を見ると、扇の骨や工業ベルト地帯以外の地域は、概して農地となっている。
このために、近年では、周辺地域に本社(又は本部、本店)を置く郊外型家電量販店の発展が著しくなっている。両毛デルタ地帯でモータリゼーションが発達し、郊外ロードサイドショップが林立する要因としては、次のような点が挙げられる。
- 他の地方と比べて平野が広く、自然障壁も少ない(→可住地面積)。このため、県庁所在地や既存の都市の人口増に対して、それを涵養する住宅地は地価の安い郊外に際限なく広がって行った。そのため、人口密度の低い広い郊外が形成されて、バスなどの公共交通サービスが衰退した。それまで東武バスが主に運行していた路線バスは1時間に2本、7時~20時の運行だったが(地方都市では比較的高頻度運行になる)、1994年頃までに全廃されている。代替輸送はあっても、1日数本のコミュニティバスが殆どで、代替輸送すらない路線も多い。
- 一般に、バスなどの公共交通機関は、中心市街地や鉄道駅などから郊外に向かって放射状に路線が伸びているが、工場はバス路線と無関係な郊外に立地するため、バスによる通勤は難しい。首都圏のように駅と工場を結ぶバスも、ここでは住宅が分散しており、運行しても利用者が皆無となる。工場が多く進出して北関東工業地域が形成されて行く過程で、工場労働者たちは、「郊外⇔都心」というバス路線や電車を利用できず、自家用車での通勤を余儀なくされた。
- 両毛デルタ工業地域は、「地域一貫生産」ではなく、いわゆる「組み立て工場」(部品を他の地方から持って来て工場で組み立てて、製品を他の地方に売る)が多かったため、トラック輸送のための道路整備が必要とされた。そのため、政治的には自民党道路族の地盤となり、国道を中心にして道路整備が他の地方よりも進んだ。道路網が整備されると、公共交通機関よりも自家用車の方が通勤に便利となり、工場労働者に限らず、中心市街地に勤める者たちにもモータリゼーションが浸透した。
- 以上のような地形要因や産業の進展、道路の整備などにより、商圏として見ると人口は多いのに、中心市街地の集積度はさほど大きくなく、郊外が広いアメリカ型の都市を形成する結果となり、アメリカ型のショッピングスタイルが広がった。両毛デルタ地帯と同様の低密度都市圏は、北陸地方や岡山平野などにも見られている。
最近では、中心市街地の沈没を制えるための改正まちづくり三法(都市計画法、中心市街地活性化法、大規模小売店舗立地法)が成立するなど、無秩序な郊外型モータリゼーション社会とは逆方向に進む機運が高まっている(コンパクトシティ化)。郊外まで延び切った下水道未整備の住宅地や生活道路の補修予算などは、今後の人口減少社会において桎梏になる事が懸念されている。
- 郊外型ショッピングセンター
- イオン太田ショッピングセンター(太田)
- ニコモール新田(太田。ジョイフル本田が中心)
- コロナワールド太田(太田)
- 佐野プレミアム・アウトレット(佐野)
- イオン佐野新都市ショッピングセンター(佐野)
[編集] 影響
モータリゼーションの進展によって、以下のような現象が発生している。
- スプロール現象
- 公共交通機関を使わずに移動する事が容易になったため、住宅地がそれまでの市街地を離れて設けられるようになった。又、自家用車での来店を前提としたロードサイドショップや大型ショッピングセンターが、バイパス道路沿いに進出するようになっている。これらは逆に、中心市街地の空洞化、特に小型店鋪の衰退(いわゆるドーナツ化現象)を促しているとされる。
- 生活様式の変化
- 様々な事柄が挙げられるが、個人の移動の自由を拡大したという点が大きい。
- 他人と乗り合わせる公共交通機関と違って、自家用車は「走る個室」として受け容れられたという点もある。
- 宅配便の発達
- それまで郵便小包や鉄道小荷物(チッキ)によるしかなかった個人の荷物の運送が、宅配便の登場により容易に行えるようになった。この発達には高速道路の拡大が大きく寄与している。通信販売にも大きく役立っている。
- 公共交通機関の衰退
- 都市部では路面電車が利用者の減少と自動車の邪魔であるという理由とで次々と廃止されていった。端的な例として、名鉄岐阜市内線に対する地元自治体の「路面電車全廃決議」が、1967年の議決から2005年の同線廃止に至るまで全く見直されなかった事が挙げられる。
- 特に地方では、ローカル線や路線バスがやはり、利用者の減少によって経営状況が悪化し、廃止される路線も続出している。但し、この問題については少子化と過疎化の問題についても考慮する必要がある。
- 公共交通機関の衰退によって「交通弱者」の問題が拡大している。
- 自動車・道路偏重の行政
- 歩行者・自転車などの軽車輌、バイク、ミニカーを軽んじた政策が時に見られる。
- 自動車の利用者の数は多いため、マスメディアも高速道路の建設批判には及び腰になる。結果的に、未開通の高速道路は原則全線開通という土壌作りに加担したともいえる。また、特に新規の道路建設は「渋滞が嫌だから道路が欲しい」という感情論が先行することが多い。
- 自治体によっては、自転車など交通弱者を、一方的に「自動車の邪魔」扱いするなど、交通弱者の疎外に至る政策が実施され、問題視されている。自転車の立場は自動車から見れば交通弱者、歩行者から見れば交通強者であり、自治体ごとの政策は区々で、中途半端となりがちで、結果的に「どちらからも邪魔」となってしまう例が多い。
- 道路交通を原因とする公害
- 大気汚染・騒音などが、特に幹線道路の周辺において深刻である。特に日本では、ディーゼルエンジンの排気ガスに対する規制が軽視されて来た事もあり、大型トラックが公害の大きな原因となっている。
- 又、地球温暖化の要因と言われている二酸化炭素の排出源として、自動車の存在は無視できない。工場での排出は規制のために改善が進んだが、自動車排気ガス対策は進んでいるとはいえない。それまで光化学スモッグは大都市のみの公害と思われているが、今は関東平野にまで及んでいる。
- 交通渋滞
- 自動車の量が増えた事で、渋滞が頻発するようになった。その解消のために各地で道路の新設・改良が進められているが、かえって自動車の需要を増加させるという意見が見られる。
- 車間距離を含めて大きな空間を必要とする自動車が、一人乗りの移動手段として利用されることが多く、無駄が大きい。
- 国家、地方財政の悪化
- 道路は、有料道路以外は無料で通行(フリーライド)出来るものの、アスファルトの補修や清掃等の維持費はかかる。この費用は国道なら国が、県道や市道は地方自治体の負担であるが、道路の総距離数は年々伸長しており、それに伴い維持費も膨張している。
- 新規の高速道路の建設方式の一環として「新直轄方式」が具体化されているが、無料開放されて収支が計上されない分だけ、自治体の負担が増える。
- このように、道路の維持管理に非常にコストがかかり、その結果財政の悪化にも繋がっている。
- 交通事故
- 交通量の増加は事故の増加をもたらした。1990年代後半からは交通事故による死亡者数は減少傾向にあるが、事故件数自体は増加している(詳しくは交通事故#日本の交通事故死亡者の項を参照)。
[編集] 見直し
以上で挙げたような弊害に対して、最近では以下のようにモータリゼーションを見直す動きが起こっている。
- 公共交通機関の見直し
- 路線バスの高度道路交通システム(ITS)を用いた高機能化・円滑化
- 次世代路面電車であるライトレールへの車両更新・地上設備改良
- バリアフリー化など交通弱者への対応
- 鉄道車輌(内装・外装など)の質の改善
- 鉄道サービス全般の質の向上
- パークアンドライドなどによる、自家用車と公共交通機関の併用・機能分担
- 貨物輸送のモーダルシフト
- 都心部への自動車の乗り入れ制限
モータリゼーションそのものに強く反発する論者は、自動車総量規制によって自動車そのものの数を減らすべきであると主張している。しかし、日本では自動車産業のみならずトラック業界や消費者の反発が極めて強い。