灰
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古来より有用な化学物質として広く用いられてきた。また、象徴としても世界の様々な文化・伝承に登場する。
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[編集] 成分
生物は、骨などを除けば、主に有機物から構成されている。ほとんどの有機物は元素として炭素、水素、酸素、窒素(および硫黄、リン)から構成されている。これらの元素は高温でかつ十分に酸素を供給して焼却すると、完全燃焼して二酸化炭素や水蒸気などの気体となって散逸する。一方、体内に微量に含まれている無機質、特に金属元素(カリウム、カルシウムなどの化合物類)は燃焼してもガスにはならず、固体として後に残る。これが灰である。
灰の主成分元素はカリウムやカルシウムであり、微量のアルミニウム・鉄・亜鉛なども含まれる。これらは酸化物や炭酸塩として存在しており、通常は水に溶かすと強いアルカリ性を示す(具体的な性質については炭酸カリウムなどを参照)。
ただし、温度が十分に高くなかったり、酸素供給量が不十分であったりすると、有機物が完全に分解せずに残ることがある。特に塩素が存在する場合は焼却灰の中に微量のダイオキシンが含まれることが判明し、一時期問題となった。
また、以前は食物を燃やしてできる灰の水溶液のpHを測定し、それによって食品を酸性食品とアルカリ性食品に分類するという学説が唱えられたことがあった。これは、食物が体内で「燃やされて」エネルギーになる、という連想から生じた理論であるが、動物のホメオスタシスにおける体液のpH調節は、炭酸イオンや炭酸水素イオンの濃度の操作によるところが大きく、現在では否定されている。
[編集] 用途
灰は手軽に入手できる有用な化学物質として、古来より様々に用いられてきた。灰の中に含まれる炭酸カリウムは助燃触媒であり、消し炭や燃えさしは着火しやすい。このため薪を燃やすときには必ずこれらを保存して焚き付けに用いる。この現象は、薪炭を使う機会の少ない現代の家庭でも、角砂糖に灰をなすりつけたものとそうでないものを用意して着火実験をしてみると、容易に体験できる。
石鹸は、動物の肉をたき火で焼いた後、灰があわ立つようになったのがきっかけで発見されたといわれる。これは灰のアルカリ性によって動物の脂肪が加水分解され、脂肪酸塩が生成したためである。
また、山菜などのあく抜きには灰汁を使用する。アルカリ性があく抜きを促進するためである。灰持酒を醸造する際、雑菌の繁殖を抑えるため灰のアルカリ性の性質が利用されている。小学校理科の過程においては、灰汁は代表的なアルカリ性の液体として顔を出す。
灰中に含まれている金属元素は、媒染においても重要な役割を果たす。灰の原料とする植物によって含有成分が微妙に異なるため、発色に影響するといわれる。
灰の主成分はアルカリ金属塩であるため、ケイ砂のような二酸化ケイ素を多く含む砂と共に高温で加熱するとケイ酸塩を生成し、比較的低温で融解して冷却するとガラス状に固まる。これにより、ガラスの原料や、焼き物の釉薬(うわぐすり)として利用されている。
灰はカリウムを多く含むため、古くから肥料としても利用されてきた。現在でも地域によっては森林を焼き、その灰を肥料として農業を行う焼畑農業が行われている。
[編集] シニフィエ
灰は実用上の役割とは別に、宗教・芸術などの題材としても多方面で登場する。
灰色(グレー)は善とも悪ともわからないうやむやな状態のメタファーとされることが多い。これは善や正義の象徴である白と、悪の象徴である黒の中間的な色であるためであろう。
また、火葬された人間の灰(遺灰)は、遺骨とともに宗教的に重要視されることがある。ガンジス川に遺灰を流す行為は有名であり、また日本においても散骨が行われつつある。また、キリスト教では四旬節のはじめの日を灰の水曜日と称し、灰を用いた儀式を行う。
一方、灰は単に生命の終わったものではなく、新しい生命を生み出すもの、としての意味を持つことがある。これは上記用途の着火しやすいことからきたものと思われる。 不死鳥は自らを炎の中で燃やし、その灰の中から再生するといわれる。また、日本の民話「はなさかじいさん」においては、犬の遺灰をまくことで枯れた木に花が咲くという描写がある。童話シンデレラは世界中に分布する灰かぶり姫の物語の一類型であるが、その中で灰はこの世とあの世を仲介する象徴であると分析されている(『人類最古の哲学』中沢新一ISBN 4-062582-31-7)。現代においても、サティヤ・サイ・ババの出す灰(ビブーティ)を万病を治す「聖なる灰」として信仰をする人達が存在する。