師団
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師団(しだん)は軍隊の部隊単位の一。旅団より大きく、軍団より小さい。師団は、地域的または期間的に独立して、一正面の作戦を遂行する能力を保有する最小の戦略単位とされることが多い。
多くの陸軍では、いくつかの旅団または連隊を含み、いくつかの師団が集まって軍団等を構成する。
師団の編成については、国や時期、兵科によって変動が大きいが、2~4個連隊又は旅団を基幹として、歩兵、砲兵、工兵等の戦闘兵科及び輜重兵等の後方支援部隊などの諸兵科を連合した6千人から2万人程度の兵員規模である。多くの国において師団長には陸軍少将が補せられる。
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[編集] 沿革
従来、陸軍は雑多な兵科混成集団であったが、それを師団に分割(division)して、一定の規則性を持った部隊に編成することによって、部隊の管理を適正に行えるようにした。師団を意味する英語またはフランス語のdivisionは「分割」に由来しており、そもそも軍を分割して師団の編成を採ったことに由来する。divisionという語は陸海空軍いずれでも用いられており、陸軍及び海兵隊では師団、海軍では隊又は分艦隊、空軍では航空師団等と訳されることがある。
また、このことは外征型陸軍の成立を意味しており、それぞれ兵站を持ち自己完結性を有する各師団は独立して外地で作戦を遂行することができる。 そのため、西欧ではナポレオン時代のフランスで編成されるようになる。 日本でも鎮台は戦時には師団に編成されることとなっていた。
日本語における師団という単語は、英語またはフランス語のdivisionの和訳として、明治維新後の近代陸軍の創設に当たって作られたものである。「師団」(師)の語は古代中国の軍隊の単位である師に由来し、これは2,500人からなる部隊を意味していた。
第一次世界大戦頃までは歩兵師団(山岳師団などを含む)と騎兵師団位しか存在しなかったが、陸軍の近代化とともに、機甲師団、空挺師団などのさまざまな兵科師団が置かれるようになった。山岳師団は山岳戦闘を専門とする師団で、登山に必要な装備や訓練を受けている場合が多い。山岳では運搬が困難な重砲は装備していないが、分解して人力で運搬可能な山砲を装備している場合がある。空挺師団はエアボーンによって歩兵が展開される師団で、パラシュート操作の訓練を受けている。山岳師団同様重砲の装備はない。機械化歩兵師団は歩兵を装甲車などによって運送する師団のことであるが、現在においては普通の歩兵師団という用語との区別はあまりない。海兵師団は陸軍の部隊ではないが上陸戦用の歩兵師団であり、揚陸艇や揚陸艦によって展開される歩兵師団である。
当初は、多くの陸軍で、2個歩兵連隊から1個旅団を編成し、2個旅団から1個師団を構成していた(4単位編成師団)。後に、師団を構成する歩兵連隊数を4個から3個に減少させても、戦闘の影響力の差が少なくなり、3単位編成師団が主流となる。
[編集] 大日本帝国陸軍
[編集] 概論
大日本帝国陸軍では、1888年(明治21年)5月12日に6個鎮台を廃し、それに代って6個師団が置かれた。これが常設師団の始まりである。帝国陸軍では師団という単位を重視し、陸軍中将を以て補し、更に特に親補職としていた。また、日本陸軍では、戦時には出征した師団の代わりに、内地に留守師団(るすしだん)が置かれた。日本陸軍初の3単位編成師団は第26師団(昭和12年9月30日編成)である。
[編集] 師団長の権限等
「師団司令部条例」(明治21年5月12日勅令第27号)によると、師団長の権限等としては次のものがあった[1]。
- 中将を以て補し、直に天皇に隷し、師管内にある軍隊を統率し、軍事に係る諸件を総理する。
- 師管内軍隊の出師準備を整理しまた徴兵のことを統括する。
- 部下軍隊の練成についてその責に任ずる。但し、特科兵専門のことは、当該兵監の責任に属する。
- 不慮の侵襲に際し、師管内の防御及び陸軍諸官庁、諸建築物の保護に任ずる。
- 府県知事が、地方の静謐を維持するため、兵力を請求するときは、事が急ならば、師団長は直ちに応じて、後に陸軍大臣及び参軍(後の参謀総長に相当する。)に報告しなければならない。府県知事が請求できない例外の場合にあっては、師団長は兵力を以て便宜事に従うことができる(自衛隊における治安出動に相当する。)。
- 師管内にある軍隊及び陸軍官庁における風紀、軍紀を統監し、軍法会議を管轄する。
- 師団長が赴任する節には、師団司令部所在地の府県知事、警視総監、大審院長、控訴院長、検事長、始審裁判所長及び検事上席の者とは3日以内に互いに訪問し、その師管内の府県知事、控訴院長、検事長、始審裁判所長及び検事上席の者とは30日以内に互いに移文訪問しなければならない。但し、共に官等卑しい者より先んじなければならない。
[編集] 師団司令部の構成
「師団司令部条例」(明治21年5月12日勅令第27号)によると、師団司令部は原則として次の構成とされていた[2]。
- 本部
- 支部
以上、監督部を除いて、中将1名、佐官同相当官4名、尉官同相当官12名、准士官・下士18名の、合計35名とされた。
[編集] 陸上自衛隊
陸上自衛隊では、師団の上位に方面隊(英訳では軍(Army)と訳されている。)が常置されている。師団長は陸将(中将相当)。陸上自衛隊の師団(第7師団除く)は、3個又は4個普通科連隊(歩兵連隊に相当する)が基幹である。
[編集] 沿革
1950年(昭和25年)発足の警察予備隊は管区隊編成(管区総監部及び連隊その他の直轄部隊から成る。)を採用し、4個管区隊(第1管区隊は東北南部から名古屋・新潟まで、第2管区隊は東北北部以北、第3管区隊は中部・四国・中国の大部分、第4管区隊は山口及び九州を管轄する。)を置いていた。昭和27年当時の管区隊の編成は、3個普通科連隊、特科連隊、偵察中隊、施設大隊、補給中隊、通信中隊、武器中隊及び衛生大隊からなる約1万5千人の部隊であった[3]。
保安隊時代(1952年(昭和27年)10月15日-1954年(昭和29年))には管区隊の数は変更はなかった。自衛隊発足後、順次管区隊の増加及び混成団の編成が進み、第1次防衛力整備計画中の昭和33年度までに6個管区隊4個混成団体制となる。なお、昭和36年当時の管区隊の編成の単位は1万2700名であった[4]。
そして、昭和36年法律第126号による自衛隊法改正により、管区隊が廃止されて師団制が採用される。これにより、1962年(昭和37年)に師団編成に改編される。この際に、甲師団(4個普通科連隊を主力とする定員9千名)、乙師団(3個普通科連隊を主力とする定員7千名)、丙師団(乙師団に準じた部分的機械化師団)の3タイプに分かれることとなり、また普通科連隊の大隊が廃止された。
当時は後方支援職種部隊は師団直轄部隊であったが、後に「後方支援連隊」が新設されて、そちらへ移った。また、師団司令部付隊の化学防護小隊が独立して化学防護隊とされた。また、武器大隊が廃止されて新たに整備大隊が置かれるなど、陸上自衛隊の師団の編成も、時代の趨勢により編成を改めていった。
「中期防衛力整備計画(平成17年度~平成21年度)について」によって示された陸上自衛隊の師団のあり方は次の通りである。北海道に配備されている師団は総合近代化師団とされ、本州以南に配備されている師団は即応近代化師団とされ、即応近代化師団の中でも東京・大阪に配備されているものは政経中枢タイプ師団とされる。なお、第5師団は旅団化のため欠番である。
現在置かれている陸上自衛隊の師団は次の通り(陸上自衛隊の師団等一覧も参照。)。
師団 | 方面隊 | 司令部所在地 | 隷下主要戦闘部隊 | 特色 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
普通科 | 特科 | 高射特科 | 戦車 | ||||
第1師団 | 東部 | 東京都練馬区 | 4連隊 | 1隊 | 1大隊 | 1大隊 | 政経中枢タイプ |
第2師団 | 北部 | 北海道旭川市 | 3連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1連隊 | 戦車部隊重視 |
第3師団 | 中部 | 兵庫県伊丹市 | 3連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | 政経中枢タイプ |
第4師団 | 西部 | 福岡県春日市 | 4連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | 対馬警備隊付置 |
第6師団 | 東北 | 山形県東根市 | 3連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | |
第7師団 | 北部 | 北海道千歳市 | 1連隊 | 1連隊 | 1連隊 | 3連隊 | 機甲師団 |
第8師団 | 西部 | 熊本県熊本市 | 4連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | |
第9師団 | 東北 | 青森県青森市 | 3連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | |
第10師団 | 中部 | 愛知県名古屋市 | 4連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 | |
第11師団 | 北部 | 北海道札幌市 | 3連隊 | 1連隊 | 1大隊 | 1大隊 |
[編集] 陸上自衛隊の師団の編制
陸上自衛隊の師団(第2、第7師団等を除く。)の標準的な編制は次の通りである。
- 師団長(陸将。方面総監の指揮監督を受け、師団の隊務を統括する。)
- 師団司令部(詳細は司令部参照)
- 普通科連隊3~4個(普通科部隊。)
- 特科連隊(野戦特科部隊。)
- 戦車大隊(機甲科部隊。)
- 高射特科大隊(高射特科部隊。)
- 後方支援連隊
- 施設大隊(施設科部隊。)
- 通信大隊(通信科部隊。)
- 偵察隊(機甲科部隊)
- 飛行隊(航空科部隊)
- 化学防護隊(化学科部隊)
- 音楽隊(音楽科部隊)
「自衛隊法施行令」(昭和29年政令第179号)及び「陸上自衛隊の部隊の組織及び編成に関する訓令」(平成12年陸上自衛隊訓令第25号)等により、師団長は陸将、副師団長は陸将補、幕僚長及び連隊長は1等陸佐、副連隊長及び大隊長は2等陸佐が原則として当てられる。
なお、駐屯地司令を兼ねる大隊長には1級上の1等陸佐が充てられることが多い。また、音楽隊を除く各隊長には2等陸佐が充てられることが多い。音楽隊長は1等陸尉又は2等陸尉が充てられる。
[編集] 各師団の項目
- 近衛師団
- 歩兵師団
- 騎兵師団
- 空挺師団
- 機甲師団
- 陸上自衛隊の師団等一覧
- 第1師団 (日本軍)
- 第4師団 (日本軍)
- 第12師団 (日本軍)
- 第122師団 (日本軍)
- 第1騎兵師団 (アメリカ軍)
- 第2歩兵師団 (アメリカ軍)
- 第82空挺師団 (アメリカ軍)
- 第101空挺師団 (アメリカ軍)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ↑ 明治21年5月12日制定時のもの。
- ↑ 明治21年5月12日制定時のもの。
- ↑ 昭和27年5月14日の衆議院内閣委員会における大橋武夫国務相の答弁。
- ↑ 昭和36年4月25日の衆議院内閣委員会における西村直己防衛庁長官の答弁。
この「師団」は、軍事に関連した書きかけ項目です。この項目を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(関連: ウィキポータル 軍事 - ウィキプロジェクト 軍事) |