救世軍
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救世軍(きゅうせいぐん、Salvation Army)は、世界111の国と地域で伝道事業、社会福祉事業、教育事業、医療事業を推進するキリスト教(プロテスタント)団体。日本では日本福音同盟に加盟している。
軍隊を模した組織をとる点に特徴がある。
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[編集] 沿革
救世軍は、1865年にイギリスのメソジスト派の牧師、ウィリアム・ブースと妻キャサリンによって、ロンドン東部の貧しい労働者階級に伝道するために設立された。当初は「キリスト教伝道会」(東ロンドン伝道会)と称したが、軍隊組織・制服・軍隊用語の採用に伴い、1878年に「救世軍」と改称した。1880年代に爆発的に教勢が伸張し、ブリテン諸島から海外に拡大した。
1891年にウィリアム・ブースは『最暗黒の英国とその出路』を出版し、都市植民・農業植民・海外植民の三段階からなる社会改良計画を発表。10万ポンドの事業資金を公募し、大規模な社会福祉事業に着手した。
現在、救世軍はイギリスで政府に次ぐ規模の社会福祉団体であり、世界で1万2千ヵ所近くの社会福祉施設、教育機関、医療施設を運営しており、国際連合社会経済理事会(ECOSOC)において1947年以来、特別協議資格を持つ国連NGOである。米国経済専門誌『フォーブス』より「全米で最も効率の高い組織」として評価され、2004年度ノーベル平和賞候補に挙げられている。世界福音同盟の加盟団体であり、世界メソジスト会議及び世界教会協議会と非加盟の提携関係にある。
日本では1895年から山室軍平らにより布教活動が行われ、廃娼運動を皮切りに、現在では医療施設や社会福祉施設の運営、他国の救世軍と連携しての内外の災害発生時の支援活動なども行っている。他に著名な信徒としては、自由民権運動家の村松愛蔵、元組合派牧師金森通倫、ヤマト運輸元社長小倉昌男らがいる。
特に、クリスマスを中心とした年末に行われる「社会鍋」(コインスロットを切った木の蓋をしてある鍋を標識の付いた三脚で吊り、義捐金拠出を呼びかける)と呼ばれる募金活動で有名である。
現在は東京都千代田区神田神保町二丁目に「日本本営」を置いている。
[編集] 組織
救世軍は、万国本営をイギリス・ロンドンに置き、最高会議において士官の中から選出される単独の最高指導者「大将」によって統率される。現在の大将はショウ・クリフトン(18代目)。
救世軍の法的根拠は、「規約証書」「増補規約証書」「1980年救世軍法」に規定され、その変更にはいずれもイギリス国会の承認を必要とする。
救世軍の組織統治は、信仰面においては、十一か条の「救世軍教理」とその公式解説書である「教理便覧」に示される基準に拠り、実行面においては、各種「軍令及び軍律」とそれらを補足する各種「覚書」に示される基準に拠り、監督政治を通じて行われる。信仰上及び実行上の逸脱に対しては、「兵籍調査会」「士官審査会議」「調査委員会」が行う審査に基づいて、公務禁止・停職・除名等の規律が執行される。
「教理便覧」と各種「軍令及び軍律」は、大将の権威によって発行され、随時改定される。
日本の救世軍は、法的には以下の3つの法人格で活動している。現在の代表者は司令官・吉田眞中将(2006年~)。
- 宗教法人格であるところの「救世軍」
- 社会福祉法人格としての「社会福祉法人救世軍社会事業団」
- 以上の所在地は東京都千代田区神田神保町2丁目17番地
- 財団法人格としての「在日本救世軍財団」
- 所在地は東京都千代田区神田神保町2丁目17番地1号
[編集] メンバー
- 兵士─キリストを信じて改心し、加入宣誓書『軍中の約束』に記名調印して入隊した信者。いわゆる一般信徒。
- 下士官─小隊(教会)において特別な任命を与えられ、無給で奉仕する信者。他教団における教会役員にあたる。
- 士官─生涯を奉仕に捧げ、士官学校(神学校)で専門的な訓練を受けた伝道者。教会の牧師に相当。
- 軍属─社会福祉部門、医療部門、教育部門、法人本部などにおいて雇用される職員。クリスチャンに限定されない。
- 軍友─他教団所属で、救世軍と協力関係にあるクリスチャン。現在の救世軍ブース記念病院(杉並区)院長は日本基督教団所属であり、軍友である。
- 同友者─諸事情により軍令軍律から外れ兵士としては入隊できないが、救世軍を所属教会と宣言し認められたクリスチャン。主に酒造・酒販業や飲食業、煙草製造・小売業の人。
- 準兵士─イエス・キリストを救い主として認め、救世軍への入隊希望を表明し認められた人。他教団における洗礼準備者。この期間、入隊式までキリスト教や聖書、教会、救世軍などについて詳しく学び、入隊に備える。
兵士から下士官までが無償のボランティア(最高位は“特務曹長”)。士官以上が専従職員となる。
[編集] 事業
[編集] 伝道事業
- 小隊(教会に相当)
- 連隊(教区に相当)
- 現在は北海道・関東東北・東京東海道・西日本の4連隊。かつては概ね日本の各地方ごとに連隊があったが、信徒減少により縮小傾向にある。教区長は連隊長と呼ばれる。
- 軍国(管区に相当)
- 軍国本部は「本営」と呼ばれる。世界本部である「万国本営」はイギリスのロンドンにある。
[編集] 社会福祉事業
- ホームレス給食施設、宿泊施設
- アルコール依存症薬物依存症者更生施設
- 女性保護施設
- 母子保護施設
- 保育所
- 児童養護施設
- 非行少年教護施設
- 障害者養護施設
- 高齢者介護施設
- 職業安定所
- 職業訓練所
- リサイクル施設
- 農場
- 刑務所教誨
- 行方不明者捜索
[編集] 医療事業
- 総合病院、専門病院
- 診療所、巡回診療所
- 地域保健衛生プログラム
- ホスピス(ターミナルケア)
[編集] 教育事業
- 幼稚園
- 小中高校
- 専門学校、短大、大学
- 教師養成学校
- 看護学校
[編集] その他の事業
- 救世軍総合保険会社(火災保険、自動車保険、損害保険)
- リライアンス銀行(救世軍の資金運用及び一般銀行業務)
- 救世軍住宅協会(救世軍の居住型の社会福祉施設の管理)
- 従軍牧師(イギリス国防軍とオーストラリア国防軍に対する従軍牧師)
- 難民支援事業(戦時難民救済事業等)
- 緊急災害支援事業(都市災害、地震、山火事、洪水、竜巻、噴火、鉄道事故、航空機事故等)
- 海外開発プログラム(発展途上国における飲料水、保健衛生、栄養指導、雇用創出、小額資金貸付制度、HIV/AIDS対策等のプログラム)
- 救世軍出版供給部(機関紙「ときのこえ」などの定期刊行物、書籍、楽譜、制服、バッジ、音楽CD、ビデオ等の製作・販売・供給)
[編集] 国内における事業
[編集] 伝道事業
- 北海道連隊(5個小隊)
- 関東東北連隊(10個小隊)
- 東京東海道連隊(20個小隊)
- 西日本連隊(15個小隊)
- 2005年8月現在、茨城県、千葉県、山梨県、三重県、滋賀県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、山口県、徳島県、愛媛県、沖縄県、東北(宮城福島以外)・北陸・九州(福岡以外)には小隊がない。日本海側は新潟小隊が唯一の小隊となっている。
[編集] 医療事業
- 清瀬病院、ホスピス(東京)
- ブース記念病院、ホスピス(東京)
[編集] 社会福祉事業
[編集] 児童養護施設
- 愛光園(呉)
- 豊浜学寮(呉)
- 希望館(大阪)
- 機恵子寮(東京)
- 世光寮(東京)
[編集] 保育所
- しせいかん保育園(札幌)
- 菊水上町保育園(札幌)
- 桑園保育所(札幌)
- 呉保育所(呉)
- 佐野保育園(佐野)
[編集] 女性保護施設
- 婦人寮(東京)
- 新生寮(東京)
[編集] ホームレス宿泊施設
- 自助館(東京)
- 新光館(東京)
[編集] アルコール依存症更生施設
- 自省館(東京)
[編集] 特別養護老人ホーム
- 恵泉ホーム(東京)
[編集] ケアハウス
- ケアハウスいずみ、ホームヘルパーステーションいずみ(東京)
[編集] 老人保健施設
- ブース記念老人保健施設グレイス、在宅介護支援センター、訪問看護ステーション、訪問介護ステーション(東京)
[編集] リサイクル施設
- 男子社会奉仕センター、バザー場(東京)
[編集] 信仰と実行
救世軍の教理は、穏健なウェスレー派の特色を持つ11か条の信仰告白によって規定されている。礼拝にはピアノやオルガンと共に、ブラスバンドが使用される(ミュージカル「ガイズ&ドールズ」でも取り上げられた)。賛美歌は独自編集の「救世軍歌集」を使用。楽曲は他の教会賛美歌と重なる。
礼拝形式は一般のキリスト教会と同じく讃美歌、祈祷、説教などにより構成。必ず「証言」の時間が設けられることが特徴。洗礼や聖餐式などの聖礼典は行なわない。これは救世軍が元々超教派の伝道団体で会員は原則として全員どこかの教会で既に洗礼を受けたクリスチャンであったことや、アルコールが入っているワインを使う聖餐を忌避したことに起因するが、現在は「形式主義を排するため」と説明されている。
洗礼は会衆の前で信仰告白を行なう「入隊式」で代替する。入隊式を済ませた会員(兵士)は他教会でもクリスチャンと認められ、プロテスタント教会での聖餐式も本人が希望すれば受けられる。
説教は単純であり、神学的理論よりも聖霊体験を重視する。礼拝の中心は「恵の座」と呼ばれる木製ベンチでの祈りに置かれる。伝道方法、管理運営、財務、意志決定については、大将の権限によって発行される各種『軍令及び軍律』によって詳細に規定されている。
神学的にはメソジストやホーリネス運動を土台とする穏健な福音派であり、リベラルとファンダメンタリズムのちょうど中間に位置する。とはいえ特定の神学理論・聖書解釈を個々の信徒に押し付けることはなく、リベラルな信徒もいれば、逐語霊感説や千年王国論を支持する保守派の信徒もいる。一方、生活規律は厳しく、特に飲酒喫煙は厳禁。
士官は士官同士でしか結婚出来ない。活動効率を上げるためと考えられる。既婚者が士官となるためには、夫婦揃って士官学校(神学校)に入る必要がある。
社会福祉活動には極めて熱心であり、キリスト教界随一と言われる。上意下達の軍隊組織により高い活動効率を誇る。現在は医療福祉、老人・障害者・児童福祉、ホームレス支援の炊き出しや施設運営などが中心。災害救援の対応も早く、阪神淡路大震災の際、キリスト教系団体の中では最も早くボランティアを組織し駆けつけたと言われる。海外では医科大学や幼稚園など、教育活動も盛んに行なっている。募金活動の1つで年末に行われる社会鍋は季語になるほど有名。バザーも頻繁に行なっており、東京などでは専用の会場で常時開催されている。収益金は全て寄付に回される。かつては職業紹介や失踪者捜索など、現在行政や警察が主体となっている活動も行なっていた。
同時に政治との関わりを嫌い、政党所属者(党員)は士官学校に入れない。戦争などについては兵士のメンタルケアやカウンセリングには熱心だが、戦争そのものを止めるためには動かない。貧困についても救援物資の調達・配布には熱心だが、行政への働きかけなど貧困脱出への具体的な施策は行なわない。マザー・テレサなどと同じく、「目の前にある問題の救済には熱心だが、根本原因には目をつぶりがち」「平和や人権の問題への関心があまりにも薄すぎる」と批判されやすい。
但し、海外においてはイギリスやカナダの本営がイラク戦争反対や核兵器廃絶を願う信仰告白を発表するなど、若干の軌道修正が見られる。日本では機関紙「ときのこえ」が元号表示だったり、1980年代までは皇族の誕生日のたびに祝いの言葉を「ときのこえ」の1面に載せていたなど、概して保守的。しかし、日本では第二次世界大戦前にイギリス人宣教師がスパイ容疑で逮捕されたり、「皇軍以外で『軍』を名乗る組織が存在することは認められない」という理由で「日本救世団」に強制改称させられ、挙句日本基督教団に吸収され事実上の解散状態に追い込まれたなどの弾圧を体験したことや、それらに対する抵抗が殆ど出来なかった反省から、右翼的潮流に与することは余り無い。
かつてはリベラル派の日本キリスト教協議会(NCC、世界教会教議会系)に加盟していたが、「活動内容が政治的過ぎる」と脱退。しばらく連合組織には所属していなかったが、万国本営の勧めで福音派の日本福音同盟(JEA、世界福音同盟系)に加盟。しかしアジアキリスト教協議会への加盟や「世界祈祷日」(毎年3月第1金曜日)への協力など、NCCとの連携は現在も続いている。
軍服調の制服や軍隊調の用語は特異に映るが、礼拝の形式・内容は一般的なメソジスト教会と同様のものであり、野次馬感覚で覗きに行っても拍子抜けしてしまう。極一部に「カルト宗教ではないのか」という誤解もあるが、キリスト教界において異端・カルト扱いされることは無く、一般社会でも宗教というよりは社会福祉団体・ボランティア団体・NGOと見られることが多い。
制服はイギリス軍の軍服を模したデザインであり、かつては詰襟だったが現在はブレザーに近いものとなっている。士官は原則として常時着用義務がある。下士官・兵士については以前は士官と同じく常時着用義務があったが、現在は大会や伝道集会などを除いては「推奨」にとどめている。
[編集] 作品で取り上げられた救世軍
- サスペンスドラマ「コンドル」(ロバート・レッドフォード主演):終わりの場面で、救世軍の賛美歌の合唱と共に主人公が立ち去る場面が印象的。
- 「オリバー・ツイスト」:始まりの場面に当時のロンドンの下町が写るが、そこに救世軍の給食の様子が出てくる。
- ブレヒトの戯曲「屠殺場の聖ヨアンナ」「ハッピーエンド」など:救世軍は抑圧者・偽善者として極めて批判的に描かれている。ブレヒトに影響を与えたフリードリヒ・エンゲルスは「空想から科学へ」の中で「資本家のデマゴギーを満たすだけのための存在」と手厳しく批判している。
- 映画「吉原炎上」:廃娼運動の一環で吉原遊郭内を練り歩く救世軍の一団が登場する。根津甚八は棄教し性に溺れていく救世軍士官を演じた。
- 映画「過去のない男」(アキ・カウリスマキ):記憶を失った男と彼を助ける救世軍下士官の恋愛を描いた物語。
- ミュージカル「ガイズ&ドールズ」:賭博師と身持ちの硬い救世軍下士官との恋愛を描く。
- 「メリークリスマス・Mr.ビーン」:「社会鍋」を行なっている救世軍ブラスバンドとビーンとの滑稽なやり取りが見られる。