性 (文法)
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文法カテゴリー |
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性 gens / 名詞クラス |
数 numero |
格 casus |
定性 definitas |
法/ 法性 |
態 vox |
時制 tempus |
人称 persona |
相(体)aspectus |
文法における性(せい)は、名詞などの変化の形態によって区別されるグループのことである。印欧語やセム語派にみられるものが代表的。おもに、男性、女性、中性などに分けられる。
しかし同様な文法的概念には生物の性に関係ないものもあるので、まとめて「名詞クラス」と呼ばれることも多い。たとえばコーカサス諸語の一部には4~8種の名詞クラスがあり、バントゥー諸語には10~20種にも及ぶものがある。
広い意味では日本語の活動体・不活動体の区別(「いる」と「ある」の違い)や助数詞、中国語の類別詞(一个人「一人の人」、那个人「あの人」の「个」)なども名詞クラスと見ることもできるが、普通は、形容詞や動詞も呼応して変化するような厳格な文法規則を伴う現象を指す。
目次 |
[編集] 印欧語
印欧語の名詞には元来は男性・女性・中性の区別があり、形容詞の変化もそれに呼応する。ラテン語にはこの3種があるが、それから発展したフランス語、スペイン語などは中性を失っている(フランス語の代名詞celaなどは中性扱いである)。デンマーク語、スウェーデン語、オランダ語のように、女性と男性が融合して「通性」になっている言語もある。
英語では文法性は失われている(3人称単数代名詞、船など名詞の一部に区別が残るのみである)。
スラヴ語派(ロシア語、チェコ語など)には変わった特徴がある。すなわち男性をさらに活動体と不活動体に分ける。また動詞の過去時制だけが主語の男性・女性・中性によって変化する(分詞に由来するため)。
名詞の文法的性と本当の性は必ずしも一致しない。たとえばドイツ語では、-lein と -chen(指小辞)で終わる単語は中性で、したがってMädchen(少女)は中性となる。ラテン語では日は男性、月は女性と考えた(フランス語なども同じ)が、ゲルマン語派では逆である。
名詞の曲用が保存されている言語では、性は大体名詞の形態と語形変化に対応する。たとえばラテン語、ギリシア語、スラヴ語派などがそうである。
しかしフランス語などのように名詞の曲用を失った言語では、名詞だけでは性が判別できず、冠詞や形容詞があって初めてわかることもある。ドイツ語も(格変化は残っているが)これに近い。
非常に変わった例としてウェールズ語がある。全体としては性の指標(名詞、また形容詞の多く)は失われているが、ある場所で最初の子音が他の子音に変わるという特徴がある。たとえば merch という単語は girl を意味するが、定冠詞を付けた 'the girl' は y ferch である。これは女性名詞にのみ起こる現象で、男性名詞は定冠詞の後でも変化しない(例:mab - 'son'、y mab - 'the son')。性は名詞の後に続く形容詞にも同様に影響する。たとえば、'the large girl' は y ferch fawr だが、 'the large son' は y mab mawrである。
[編集] コーカサス諸語
コーカサス諸語には、名詞クラスがない言語、2クラスだけある言語もあるが、バツ語には8クラスある。しかし一番多いのは4クラス(男性、女性、活動体やある種の物体、その他)のものである。アンディ語には虫のクラスというのがある。コーカサス諸語ではクラスは名詞そのものには明示されないが、動詞、形容詞、代名詞によって示される。
[編集] アルゴンキン語族
北米のアルゴンキン語族では活動体・不活動体の2クラスを区別するが、この区別はむしろ力のある・なしの区別だとする人もいる。すべての生物、また神聖なものや大地につながりのあるものは力のあるものと考えられ「活動体」に分類される。しかし分類はかなり恣意的で、たとえば「キイチゴ」が活動体、「イチゴ」が不活動体となる。
[編集] バントゥー諸語
バントゥー諸語にはのべ22種の名詞クラスがある。1言語でそのすべてを持っているものはないが、少なくとも10種は持っている。たとえばスワヒリ語には15種、ソト語には18種ある。人間に関して数種ある場合が多い。
[編集] ザンデ語
アフリカ中部(コンゴ民共、スーダン)のザンデ語は次のように4種の名詞クラスを区別する。
基準 | 例 | 意味 |
---|---|---|
男 | kumba | 男 |
女 | dia | 妻 |
活動体 | nya | 獣 |
その他 | bambu | 家 |
活動体クラスの中にも不活動体と思われるようなものを示す名詞が約80ある。これらには天の物体(月、虹)、金属の物体(ハンマー、指輪)、食用植物(サツマイモ、豆)、非金属の物体(笛、ボール)などがある―これらの多くは丸い物体で、ザンデ神話における役割で説明できるものもある。
[編集] 人の性別に関する表現
文法性のある言語では、3人称はもちろん、1人称・2人称に関しても形容詞の形の違いなどで対象の性別がわかる。しかし文法的な性のない言語でも、語彙の指示対象や話者などの現実の性別を表す決まりがある。
[編集] 人称代名詞
日本語(共通語)では、1人称単数の代名詞(ぼく・おれ・あたしなど)が話者の性別によって異なる(ただし日本語の方言にもこのような区別がほとんどないものもあり、たとえば「おれ」などを男女問わず用いる方言も多い)。同様の例は他の言語にもあり、東南アジア諸言語(文法的性はない)などが代表的である。インド・ヨーロッパ語ではトカラ語(死語)で1人称男女の区別があった。
2人称単数の代名詞に関しては、セム語派(アラビア語など)で性による区別がある。また東南アジア諸言語などで3人称に由来する単語を用いる場合には性別を区別することが多く、ヨーロッパ言語でもVIPに敬意を払う場合にはこのような言い方が現れる(英語では2人称で用いる場合にはYour highness[殿下]と性別が現れなくても、3人称ではHer highnessというふうに区別される)。日本語でも3人称を2人称的に用いる「おじさん」「ねえさん」などの言い方、また書き言葉のみではあるが「貴女」などと性別が現れることがある。
文法性がある言語では3人称単数の人称代名詞にも性別があるのが普通である(現実の性だけでなく、非人間に対しても名詞の性に対応して使い分けることが多い)。複数形でも性別がある言語が多いが、男女が混じっている(または特定しない)場合には男性複数形で代表させることが多い。一方文法上の性がない言語では3人称代名詞にも性別がないものが多い。日本語の「彼」はもともと男女を限定しない代名詞であり(「彼女」はSheの訳語として明治時代に作られた)、人間以外にも「あれ」の意味で用いた。ヨーロッパの言語でも、インド・ヨーロッパ語でないハンガリー語やフィンランド語では「彼」と「彼女」を区別しない(人間と非人間は区別する)。英語は、文法的性はほとんど失ったが、依然として3人称単数の人称代名詞HeとSheを区別する。また人間以外の生物や無生物を表すItも区別し、Itに当たるものをHeまたはSheと呼ぶのは(例外的に国や船をSheと呼ぶのを別として)擬人法である。ただし複数にはTheyを使い、性別も、人間かどうかも区別されない。
[編集] 人名
人名のうち名は男女の区別があるのが普通である。日本やヨーロッパでは語尾などで性別がわかる例が多い。しかし日本では「かおる」など男女とも用いる名もいくつかある。ヨーロッパでは男女で区別のない名は非常に少ないが、フランス人のカミーユCamille(これは語尾が退化したため)などの例がある。また男性名に強さ、女性名に美しさなどを表現する傾向は世界的に見られるが、例外も多い(男性名に「美」を使うなど)。ロシアの人名では父称と姓(形容詞に由来する)が男女で変化する。そのほか姓がなく父称に当る名称を用いる文化でも男女を区別する場合がある(アイスランドなど)。
[編集] 敬称・職業名など
ヨーロッパ言語では敬称が男女別になっている。特に女性は未婚と既婚で区別があることが多く(既婚者は夫に属するという古い考えによる)、ジェンダーフリーの観点から問題にされている。そのため英語では未婚・既婚を問わない敬称Ms.(ミズ)が作られ、現在ではかなり普通に用いられている。また例えばChairman(議長)などの単語が暗黙に男性に限定されていることを問題とされ、これもChairpersonの語が普及している。日本語でも近年「看護婦」の名が廃止され「看護師」に統一された、また「スチュワーデス」の名が使われなくなったなどの例がある。
[編集] 文における(話者の)性別
日本語(共通語)では、1人称代名詞のほか文末の形(ぞ・ぜ・わ)などで、話者の性別がわかることが多い。これは言語として意義があるわけではなく、むしろ社会通念として「そうあるべきだ」と考える人が現在でも多いためだが、一方でジェンダーフリーの観点から問題にする人もいる。また特にこの種の区別のない言語でも、男女で言葉遣いにやや違いが見られることもある。例えば英語でVeryのかわりにSoを用いるのは女性のほうが多い。