ライオンのごきげんよう
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ライオンのごきげんようは、フジテレビ系列で平日13時から13時30分まで(系列外の山梨放送・四国放送は13時25分から13時55分まで)放送しているトークバラエティ番組である。通称「ごきげんよう」。(ハイビジョン制作・字幕・ステレオ放送)
目次 |
[編集] 番組概要
司会はタレントの小堺一機が務め、毎回3組のゲストが出演し、順番にサイコロを振ってサイコロに書いてあるテーマに沿ったトークをしていく。ゲストは1回に1組ずつ交代していくので、1組につき都合3回出演する。木曜・金曜に登場したゲストは次の週に繰り越して出演する。
なおこの流れとは別に、年に2回ほど「○○トリオフェア」と称して、1週間通して日替わりの特別企画を放送することがある。
提供はタイトルに入っている通りLIONの1社だけであり、「今日の当たり目」が出ると、「当たり目」を出したゲストと視聴者に同社製品(視聴者にはギフトセット)が贈られる。当選者はエンディングでスタッフ手書きのフリップにて発表される(時間が無かった場合はテロップ表示)。かつては、都道府県+名前で当選者を発表していたが、2006年2月23日放送分からは市区町村まで発表している。
1991年1月7日に、番組スポンサーのライオンの会社ロゴ表記がカタカナの「ライオン」から英語の「LION」に変わったことを機にそれまで同時間帯に放送していた小堺司会の番組『ライオンのいただきます』の後継番組としてスタート。また番組もスタジオアルタからの生放送から、浜町スタジオ(1997年3月からは、お台場フジテレビ)での収録(撮って出し)に変更された。小堺によると、当時小堺は『いただきます』で付いてしまった自分のイメージに嫌気が差しており、三宅恵介プロデューサーに番組の降板を申し出ていたのだが、番組内容を変えるという条件で慰留されたのだという。
当初はサイコロはなく、事前取材を基に、あらかじめ決められた3つのテーマにより話をしてもらうコーナーと、一週間同じゲストに出てもらう歌のコーナーなどがあった。スタジオに観客はなく、台本で決められた進行・台詞で収録が行われていた。ちなみに第一回のゲストは八千草薫と、歌のコーナーは美川憲一。
現在のスタイルになったのは開始から9ヶ月後で、番組にハプニング性を採り入れるべく、当時構成作家の一人であった高平哲郎の提案した企画がサイコロトークである。このサイコロトークを1991年に夏休み特別企画として行うと、視聴者から好評であったため、同年9月からレギュラー化、さらに『いただきます』同様、スタジオに観客を入れる形式に戻した。
出たサイコロの目とその略称(例「情けない話」→「なさばな」)を小堺が読み上げ、略称やリアクションだけ客席が復唱するのも番組の特徴である。
毎回ゲストにはスタッフが用意したおやつが出されるが、過去には「おやつボーイズ」、「めしあがレンジャー」という男性3人組が製作を担当・出演していた時期もある。複数人のグループがゲストでもおやつは1つしか出さず、それが番組でネタにもなっていた。しかし視聴者からの批判があった為か、最近は1人1人におやつを出す様になっている。
また、サイコロトーク方式が完全に定着した1991年9月からこの番組の看板オープニングテーマだった曲(パラダイス山元作曲)は2002年4月にリニューアル。
毎年、年末には明石家サンタとしてサンタクロースの格好をした明石家さんま、同じく(年始の場合も有り)北島三郎がゲストとして登場する。
ごきげんよう大賞が7月末と年末に放送される(2003年以降は年末のみ)。半年間(1年間)のうちに一番面白かった話を決める。「下半期(年間)ごきげんよう大賞」は1998年~2004年は12:00~14:00(2000年のみ13:00~15:00)に放送されたが、2003年・2004年はランキングごとに受賞者が登場しプレゼンター(2003年は磯野貴理子、2004年は柳沢慎吾)からトロフィーを渡すスタイルに通常のサイコロトークなどを展開した。2005年は12月26日~12月28日のレギュラー枠でこれまでの受賞者が登場するスタイルから桂三枝・横峯良郎・前田美波里の3人を審査員に迎え月間大賞を選びその中から年間大賞を決めるスタイルに変更された。その為、この年の12月29日(12:00~14:00)に特別編として通常のサイコロトークがなくテーマごとにトークするスタイルをとった。
毎年の慣例で出雲全日本大学選抜駅伝競走と国際千葉駅伝放送時は休止される。
この番組は収録で、毎週水曜日にお台場フジテレビにて一週間分を撮っている(1997年3月のお台場移転前は浜町スタジオで収録していた)。
[編集] COROZO(コロゾー)
サイコロをモチーフとしたロボット人形。2004年に初登場。体と顔が四角く、体には「COROZO」という文字が書かれており、目は渦を巻いていて口は大きい(初登場時から数回は頭にランプみたいなものは付いていなかった)。
声は高く、時々意地悪な喋り方をする。挨拶は「こんにちは、COROZOです。早速質問します。」。1日で2回以上登場すると、2回目以降登場時に「また俺かよ、まぁよろしく頼むよ」と文句を言いながら出てくる。「COROZOクエスチョン」で小堺とトークするゲストの間の後ろのセットから専用BGMと共に出てきて、ゲストや観客から聞いた面と向かって話しにくい質問を単刀直入にトークするゲストにぶつける。ずっと口を開けていたり、頭から煙が出たり(意図的に煙を出す機能がついている)、後ろのセットに戻った際に落ちてしまったりのハプニングがあった。しかし、このハプニングやキャラクターぶりが逆に好評となり、当たり目になると高い確率で登場するようになった。ロングセラーのキャラクターとなっている。
COROZOの噂については
- saku sakuに登場していたキャラクター「増田ジゴロウ」のパクリではないか(ジゴロウ本人はCOROZOをかなり意識していた)
- 声は小堺本人が事前に収録したものを加工したのではないか
- 番組内で名前が出ている(小堺本人が言っている)サイトウという人が声を担当しているのではないか
などという説がある。(真相不明)
なお、小堺が関根勤と共にパーソナリティーを務めているTBSラジオの『コサキンDEワァオ!』では、小堺が構成作家の有川周一に「有川君はCOROZO担当だったので…」と話しかけているので、構成作家が何らかの形で関与しているものと思われる。
[編集] 主なサイコロの目
- 怒りの話
- ありえない話
-
- (2004年から「ありえねー!」へ変わっていたが、2006年8月頃に「ありえない話」へ戻った)
-
- 腹の立つ話
- 信じられない話
- 怒った話
- ア然とした話
- 哀れの話
- 情けない話
- せつない話
- そんな無茶な!
- へこんだ話
- どうでもいい話
- ○○の話
- 初めて○○した話
- 私は○○の達人
- きっかけは○○
- ○○はじめました
- こう見えても○○した話
- 「私」の語がある話
- 私、こってます
- 私を変えたあの人
- 私、変わりました
- 私バカよね
- 私の弱点
- 私のクイズ
- ひょっとして私だけ
- 驚きの話
- アッ、やっちゃった!
- ショックな話
- 危機一髪
- パニくった話
- 鳥肌の立つような話
- シュンとした話
- 他の話
- 恋の話
- 忘れられない話
- ここだけの話
- 小さな悩み
- お世話になりました
- ここだけは譲れない
- のろけ話
- 初体験
- うるうるした話
- 旬な話
- でっかい話ちっちゃい話
- 芸能界の友達の話
- ひとつ勉強になった話
- 恥ずかしい話
- 国際的な話
- おいしい話(旧:おいしかった話)
- 今だからゴメンナサイ話
- 恥も涙も捨てた話
- 笑える話
- 怖い話
- 涙した話
- 最近、どう?
- 痛かった話
- 最近、若い人の話
- 変な夢
- 幸せだと・・・思う話
- まるで夢のような話
- うわさ話
- ピンチ!
- やめられない話
- 今日の当たり目
など
[編集] スタッフ
- アドバイザー・高平哲郎
- 構成・鶴間政行、齋藤貴義 舘川範雄、有川周一ほか
- 音楽・山崎耀
- TD・坂本淳一
- カメラマン・片平哲也
- 音声・藤田
- VE・中井章晴
- 照明・森本勝
- 音響効果・来代直
- VTR編集・二宮嘉郎
- 美術デザイン・山本修身
- 美術プロデューサー・津留啓亮
- AP・高橋味楓
- ディレクター・豊島浩行、笠井雅旭、春日聰、中村秀和、谷口大二
- プログラムディレクター・三宅恵介
- プロデューサー・加茂裕治
- 技術協力・八峯テレビ、FLT、フジアール、IMAGICA
- 制作協力・フジクリエイティブコーポレーション (FCC)
- 制作・フジテレビバラエティ制作センター
[編集] 本番中の出来事
- 2005年8月23日の放送で、ゲストの磯山さやかのサイパンロケの話題のときに小堺が『ロケでパイパンに行ったときに…』と言い間違って場の空気を凍らせてしまい『うまく削っといて…。』と編集でのカットをお願いしたが撮って出し(準生放送)の番組でもあるのでカットされずにそのまま流れた。
- 放送日は不明だが、以前タレントの榎本加奈子が出演した際に榎本が落語家の桂ざこばをバカにした発言をし、ざこばを激怒させ、榎本は謝罪せず小堺が謝罪するという事件があった。その後、小堺は榎本を厳しくしかったという。
- サイコロを頭文字にした都都逸で、「ロ」のところを「ろきげんよう」と言ってしまったことから、ゲストのヒロミに番組タイトルを「「ろきげんよう」にしろ」と言われ、後日それをネタに1日だけ「ライオンのろきげんよう」として放送された回がある。CM前のジングルも「♪ろきげんよう~」と変えるほどの徹底ぶりだった。
- 結婚直後に出演した香田晋はのろけ話が止まらず、その日の放送は他のゲストにサイコロを振らせる事なくエンディングまで話し続けた。
- 節分の日に出演した岡本夏生は、出された豆を本当の年の数だけ食べてカミングアウト。小堺も突然の出来事に言葉を失っていた。
- 2006年5月3日~5月5日に出演したゲストの次長課長が、3回連続で「当たり目」を出した。同年5月29日~5月31日に再びゲスト出演し、ここでも2回連続で当たり目を出して「5投連続当たり目」という前人未到の記録を達成した。ちなみに、当たり目は次課長にちなんだ「マニアックものまね3連発」であり、彼らは合計で15ネタを披露することになった。視聴者からは、「COROZOクエスチョンはやらないの?」と言う声があった。
- 当たり目が続いた理由には、サイコロを投げる河本準一が途中から当たり目を上にし、縦に投げていた事から実質1/6ではなくて1/4以下の確率になっていた為ではないかと見られ、最後の方は「河本の投球方法が悪い」と言う声もある。
[編集] 小堺休養時の対応
- 司会の小堺一機が首の腫瘤(しゅりゅう)の摘出手術のため、2004年8月2日~8月6日の放送分は総集編でつなぎ、8月9日から27日は以下の芸能人が代理を務めた。
[編集] オープニングテーマ
- 初代 1991.01~09
- 2代目 1991.10~2002.03(パラダイス山元作曲)
- 3代目 2002.04~
[編集] セット
- 初代 1991.01~09
- 2代目~?代目 時期不明
- ?代目 時期不明~1997.03
- ?代目 時期不明~2005.09
- ?代目 2005.10~
[編集] ネット局(時差ネット局も含む)
- フジテレビ(番組制作局)
- 北海道文化放送
- 青森放送(1991年9月30日終了)
- 岩手放送(現・IBC岩手放送)→岩手めんこいテレビ(1991年4月1日~)
- 仙台放送
- 秋田テレビ
- 山形テレビ(1993年3月31日終了)→さくらんぼテレビ(1997年4月1日~)
- 福島テレビ
- 新潟総合テレビ
- 長野放送
- 山梨放送(13時25分から13時55分まで,ただし「おもいッきりテレビ」の放送がないときのみ同時ネット 地上デジタル放送は当面の間4:3アップコンバートで放送)
- 富山テレビ
- 石川テレビ
- 福井テレビ
- テレビ静岡
- 東海テレビ
- 関西テレビ
- 山陰中央テレビ
- 岡山放送
- テレビ新広島
- 山口放送(1993年9月30日終了)
- 四国放送(13時25分から13時55分まで)
- テレビ愛媛
- 高知放送→高知さんさんテレビ(1997年4月1日~)
- テレビ西日本
- サガテレビ
- テレビ長崎
- テレビ熊本
- 大分放送→テレビ大分(2000年4月3日~)
- テレビ宮崎
- 鹿児島テレビ
- 沖縄テレビ
[編集] 外部リンク
[編集] 番組の変遷
フジテレビ系列 平日13:00~13:30 | ||
---|---|---|
前番組 | ライオンのごきげんよう (1991年1月7日~) |
次番組 |
ライオンのいただきます | - |
カテゴリ: テレビ番組に関するスタブ | フジテレビ系番組 | トーク番組 | 小堺一機のバラエティ番組