天竜川
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天竜川 | |
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天竜浜名湖鉄道が渡る(浜松市二俣町鹿島) |
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延長 | 213 km |
水源の標高 | -- m |
平均流量 | 135 m³/s |
流域面積 | 5,050 km² |
水源 | 諏訪湖(長野県) |
河口 | 遠州灘(静岡県) |
流域 | 長野県、愛知県、静岡県 |
天竜川(てんりゅうがわ)は長野県から愛知県、静岡県を経て太平洋へ注ぐ天竜川水系の本流で、一級河川。
- 流路延長213km(全国9位)
- 流域面積5,090km²(全国12位)
目次 |
[編集] 地理
諏訪湖の唯一の出口である長野県岡谷市の釜口水門を源流とする。長野県上伊那郡辰野町から始まる伊那谷を形成し、一部愛知県をかすめ、静岡県へ抜ける。浜松市二俣町鹿島で平野部に出、浜松市と磐田市との境を成しつつ遠州灘に注ぐ。 流域は急峻な地形のため、古くから「暴れ川」「暴れ天竜」として知られ、多数のダムが存在する。 江戸時代、江戸の建築用木材が流域の山林で伐採され、天竜川を筏で下って届けられた。
[編集] 流域の市町村
- 長野県
- 岡谷市、上伊那郡辰野町、同郡箕輪町、同郡南箕輪村、伊那市、上伊那郡宮田村、駒ヶ根市、上伊那郡飯島町、同郡中川村、下伊那郡松川町、同郡高森町、同郡豊丘村、同郡喬木村、飯田市、下伊那郡下條村、同郡泰阜村、同郡阿南町、同郡天龍村
- 愛知県
- 静岡県
[編集] 天竜川開発史
天竜川を語る上で、「暴れ天竜」という語を抜きにする事は出来ない。赤石山脈・木曽山脈という日本の屋根に挟まれながら流れる天竜川水系は、その急峻な地形故に古来より水害に悩まされた。
[編集] 先人達の治水事業
古くは701年に天竜川最古の水害記録が残される。特に伊那谷の出口に当たる天竜峡付近は川幅が急激に狭隘となる事から、伊那谷は特に洪水の被害が顕著であった。天竜川最大の洪水は1715年の「未(ひつじ)満水」と呼ばれる洪水で、伊那谷はあたかも湖水の様な有様だったと記録に残されている。これに対し、流域の住民は様々な方法で水害に対処していた。
1746年、信濃国飯田藩主・堀親長は重臣の黒須楠右衛門を普請奉行、惣兵衛を作事奉行として現在の下伊那郡高森町の天竜川に堤防を建設。更に「天竜井」という用水路を開削し灌漑を図ろうとした。この「惣兵衛川除」は1752年に完成し、飯田藩内の水害を軽減した。
上流の上伊那郡片桐(現在の中川村片桐)では1772年より「理兵衛堤防」の建設が始まった。これはこの地の名主である松村理兵衛忠欣が天竜川の治水を目的に護岸工事を始めたものである。この事業はやがて高遠藩の事業に昇格、忠欣の跡を継いだ子の常邑、孫の忠良にも遺志は引き継がれ、松村家3代に亘るこの事業は1808年の完成まで実に58年間、57万6千人の人員を費やし近世天竜川治水史における最大の河川工事となった。
1832年には美濃国高須藩の飛び地である座光寺(現飯田市座光寺)に「石川除」が建設された。利水においては「天竜井」の他1832年に伊東伝兵衛武敬によって天竜川流域一帯に農業用水を供給する為、天竜川各所に固定堰を建設、取水した。これらは「伝兵衛井筋」と呼ばれ、流域の新田開発に大いに役立ったのである。
明治時代に入り、天竜川の治水は1885年(明治17年)に従来の囲堤を連結堤防に修築する事から始まった。1927年(昭和2年)には引堤や川幅の拡幅は行われたが水害の根本的解決には至らなかった。この後、諏訪湖の洪水調節を図り諏訪盆地を水害から守る為釜口水門が天竜川の流出部に1937年(昭和12年)に建設され、下流部においては流路修正を行う為に1944年(昭和19年)に天竜川東派川を締め切り、河道の一本化を図った。
[編集] 天竜川電源開発事業
一方、水量が豊富で急峻な地形の天竜川は水力発電の絶好の適地であって、福澤桃介率いる天竜川電力(後に矢作水力電気となり、日本発送電株式会社に吸収)による水力発電計画が進められた。1935年(昭和10年)、天竜川本川筋に泰阜ダムが建設され、本格的なダム式発電所の建設が始まった。その後1936年(昭和11年)に支流の岩倉川に岩倉ダムが、天竜川にも平岡ダムの建設が開始された。だが、戦争の激化に伴い治水事業も利水事業も中止となった。
戦後水力発電開発は再開され、日本発送電株式会社分割・民営化に伴って長野県側の天竜川水系は中部電力株式会社によって平岡ダムが1951年(昭和26年)に完成している。一方静岡県側は電源開発株式会社によって大規模に進められ、天竜川のダム開発はそのまま日本土木史の歩みともなった。そのクライマックスとなるのが1956年(昭和31年)に天竜川中流部に建設された佐久間ダムである。約3年の工程で完成した佐久間ダムは高さ155mと当時世界で10番目に高いダムであった。佐久間発電所から発電される電力は天竜川の包蔵水力の3分の1を賄い、天竜川における水力発電の中核施設となった。
この後1958年(昭和33年)には秋葉ダム(天竜川)、1969年(昭和44年)には水窪ダム(水窪川)が建設される等電源開発は進められるが、1972年(昭和47年)の新豊根ダム(大入川。国土交通省中部地方整備局)完成に伴う新豊根発電所は、佐久間ダムとの間で揚水発電を行う事によって最大出力100万kWの発電を行う中部有数の水力発電所となった。1976年(昭和51年)の船明ダム建設で水力発電施設の建設は一段落付いたが、天竜川は日本有数の水力発電地帯となった。
[編集] 三遠南信への治水・利水
天竜川は電源開発だけではなく、浜松市を中心とする静岡県西部(遠州)地域・豊橋市を中心とする愛知県東部(東三河)地域・飯田市を中心とする長野県南部(南信)の「三遠南信」地域への治水と利水に欠かせない河川である。天竜川水系の総合開発計画は戦後頻発した水害が契機であったが、特に1961年(昭和36年)6月の「昭和36年6月梅雨前線豪雨」、通称「三六水害」は伊那谷に壊滅的な被害を齎した。この時も天竜峡狭隘部で水が堰き止められ、飯田盆地は一面湖水の様に成っている。各地で土石流や崖崩れ、家屋流失が起こり死者130人、負傷者1,555人、被害総額1,200億円というものであった。この災害では小渋川からの洪水被害が特に甚大であった。
この様な水害から流域住民を守る為には根本的に治水計画が必要となり、建設省(現・国土交通省中部地方整備局)は天竜川水系を1970年(昭和45年)に一級水系に指定したが、それ以前より第1次三峰川総合開発事業や小渋川総合開発事業に着手。天竜川水系に多目的ダムを建設し治水・利水を図ろうとした。1959年(昭和34年)に美和ダム(三峰川)、1969年に小渋ダム(小渋川)を建設し天竜川ダム統合管理事務所によって総合的に運用した。
天竜川下流部の治水においては、1950年(昭和25年)に天竜川西派川を締め切り天竜川の河道を一本化。更に大入川に新豊根ダムを建設した。長野県も補助多目的ダムを天竜川支流に建設する計画を進め、高遠ダム・松川ダム・片桐ダム・横川ダム・箕輪ダムが建設された。利水に関しては、東海地方の水需要の増加に伴い豊川用水の建設が水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)によって進められた。この中で水源を佐久間ダムに求める事となり、佐久間湖から大入川頭首工を経て宇連ダム(豊川水系宇連川)へ運ばれ豊川用水に供給される。ここにおいて佐久間ダムは発電のみならず、浜松市等の静岡県遠州地域・愛知県東三河地域の水がめとしても重要な役割を持つようになった。
この様に治水・利水に関しても開発は進むが、1982年(昭和57年)の水害で天竜川は又も大きな被害を受けた。このため建設省は第2次三峰川総合開発事業を計画し、美和ダム上流部に戸草ダムの建設を計画。佐久間ダムに関しても2003年(平成15年)の天竜川ダム再編事業計画で洪水調節機能を付加した多目的ダムとして再開発し、下流の治水を図ろうとしている。釜口水門についても、治水機能を強化する為に1988年(昭和63年)に全面改築され、旧水門の3倍の洪水調節能力を有するようになった。
[編集] 「脱ダム宣言」とその影響
だが、1990年代以降の公共事業見直し論議の波は天竜川にも及び、当時長野県知事であった田中康夫は「脱ダム宣言」を発表、長野県内で計画中の全てのダム建設を強制的に中止した。天竜川水系でも下諏訪ダムを始め郷士沢ダム・駒沢ダム・蓼科ダムが建設中止となった。この宣言に対しては「環境保護」・「利権行政脱却」の観点で評価する声が多い一方、具体的な代替案を示さず建設中止を強行したことで流域住民の安全が担保されていないという批判もある。県による天竜川水系の整備代替案が現在も余り見えて来ていない現状、水害が発生した際に知事がどの様な対応を取るのか、注目されていた。
2006年(平成18年)7月、天竜川上流域を活発な梅雨前線による集中豪雨が襲った。岡谷市では土石流が発生し死者を出す惨事となり、天竜川も堤防が決壊するなど甚大な被害を受けた。この豪雨は気象庁によって「平成18年7月豪雨」と命名された。田中は直ちに現地に赴き陣頭指揮を執り、陸上自衛隊に災害派遣要請を迅速に実施するなど行政責任者として迅速な対策を講じた。被害地域は「宣言」で中止したダムこそなかったが、宣言以降の治水整備の遅滞に対する批判が反対派のみならずかつて田中を支持していた層からも噴出。折から長野県知事選挙が行われ、災害対策に忙殺され批判に反論するだけの選挙活動が出来なかったこともあって選挙に落選した。後任の村井仁は「宣言」の見直しと各河川に合致した河川整備の早急な実施を掲げている。
[編集] 堆砂との格闘
こうして天竜川水系には治水・利水・発電を目的に多数のダムが建設された。だが、これに伴う新たな問題が発生した。堆砂と海岸侵食である。天竜川は静岡-糸魚川中央構造線付近を流れている。この為流域の山腹は古来より崩落が激しく、大量の土砂が天竜川を経て遠州灘に注がれる。こうして形成されたのが中田島砂丘であり、ウミガメ産卵の場所になっている。然し、天竜川流域に多数のダムが建設されるに及んで、ダムの堆砂と砂丘の後退が次第に問題となった。この為土砂流入防止の為の砂防事業や海岸整備事業は行われていたが、堆砂除去と流砂促進については有効な対策を打てずに居た。
1990年代に入り土木技術の進歩に伴い対策が本格化。1989年(平成元年)の第2次三峰川総合開発事業において美和ダムの恒久堆砂対策が行われ、貯砂ダムと分流堰をダム湖上流に建設し、排砂トンネルを通して流砂促進を図る設備を建設し2001年(平成13年)に完成した。そして天竜川最大規模の佐久間ダムにおいても2004年(平成16年)より国土交通省中部地方整備局によって「佐久間ダム再開発事業」が着手された。洪水調節機能付加に加えて流砂促進の為のバイパス施設を整備して天竜川下流部へ堆砂を流し、中田島砂丘の復元を図るのが目的である。今後は黒部川水系の宇奈月ダム・出し平ダム連携排砂等を参考に環境への影響などをアセスメントしながら、ダム機能の維持と海岸侵食防止を図る必要性がある。
[編集] 天竜川水系の河川施設
天竜川水系においては、泰阜ダムを皮切りに水力発電事業が進められた。治水・利水に関しては三峰川総合開発事業・小渋川総合開発事業・大入川総合開発事業等に基づき国土交通省中部地方整備局や長野県によって、多数の多目的ダムが建設された。また、豊川用水の水源としても天竜川は重要で、浜松市・豊橋市等の水がめになっている。これら治水・利水・発電の何れにおいても重要になるのが佐久間ダムであり、天竜川総合開発の扇の要となっている。
[編集] 主な河川施設
一次 支川名 (本川) |
二次 支川名 |
三次 支川名 |
ダム名 | 堤高 (m) |
総貯水 容量 (千m³) |
型式 | 事業者 | 備考 |
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天竜川 | (諏訪湖) | - | 釜口水門 | - | 62,987 | 水門 | 長野県 | |
天竜川 | - | - | 大久保ダム | - | - | 重力式 | 中部電力 | 小堰堤 |
天竜川 | - | - | 南向ダム | - | - | 重力式 | 中部電力 | 小堰堤 |
天竜川 | - | - | 泰阜ダム | 50.0 | 10,761 | 重力式 | 中部電力 | |
天竜川 | - | - | 平岡ダム | 62.5 | 42,435 | 重力式 | 中部電力 | |
天竜川 | - | - | 佐久間ダム | 155.5 | 326,848 | 重力式 | 電源開発 (国土交通省) |
再開発中 |
天竜川 | - | - | 秋葉ダム | 89.0 | 34,703 | 重力式 | 電源開発 | |
天竜川 | - | - | 船明ダム | 24.5 | 10,900 | 重力式 | 電源開発 | |
横川川 | - | - | 横川ダム | 41.0 | 1,860 | 重力式 | 長野県 | |
沢川 | - | - | 箕輪ダム | 72.0 | 8,300 | 重力式 | 長野県 | |
三峰川 | - | - | 戸草ダム | 140.0 | 61,000 | 重力式 | 国土交通省 | 計画中 |
三峰川 | - | - | 三峰堰 | - | - | 固定堰 | 国土交通省 | |
三峰川 | - | - | 美和ダム | 69.1 | 34,751 | 重力式 | 国土交通省 | |
三峰川 | - | - | 高遠ダム | 30.9 | 2,310 | 重力式 | 長野県 | |
小渋川 | - | - | 小渋ダム | 105.0 | 58,000 | アーチ式 | 国土交通省 | 再開発中 |
小渋川 | - | - | 生田ダム | - | - | 重力式 | 中部電力 | 小堰堤 |
片桐松川 | - | - | 片桐ダム | 59.2 | 1,840 | 重力式 | 長野県 | |
松川 | - | - | 松川ダム | 84.3 | 7,850 | 重力式 | 長野県 | 再開発中 |
和知野川 | 売木川 | 岩倉川 | 岩倉ダム | 25.0 | 435 | 重力式 | 中部電力 | |
大千瀬川 | 大入川 | - | 新豊根ダム | 116.5 | 53,500 | アーチ式 | 国土交通省 電源開発 |
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水窪川 | 戸中川 | - | 水窪ダム | 105.0 | 30,000 | ロックフィル | 電源開発 | |
気田川 | - | - | 気田ダム | - | - | 重力式 | 中部電力 | 小堰堤 |
(注):黄色欄は建設中・再開発中もしくは計画中のダム(2006年現在)。
[編集] 外部リンク
- 天竜川上流河川事務所 (国土交通省中部地方整備局)
- 浜松河川国道事務所 (国土交通省中部地方整備局)
- 天竜川ゆめるーと