災害派遣
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災害派遣(さいがいはけん)とは、地震や水害等の大規模な天変地異など災害によって、救助活動や予防活動などの対応限界を超えた地域に自衛隊の部隊等を派遣し、救援活動を行なうことである。
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[編集] 概要
災害派遣は災害により地域の保有する能力では十分な対応が出来ないときに行なわれるもので自衛隊法第83条に定めらている自衛隊の(従たる)任務である。任務の位置づけは治安出動や海上警備行動と同列の地位にあるが、活動内容がもっぱら人命財産の保護であることから、ほとんど行なわれない治安出動や海上警備行動と異なりすでに32,000回以上の出動実績がある。
災害派遣により出動した自衛隊の部隊等が行なう活動は、行方不明者の捜索、堤防や道路の応急復旧、負傷者の治療、人員・物資の輸送、空中消火などであるが、これに限定されるものではなく、状況に応じて必要なあらゆる活動(例 伝染病に感染した家畜の処分、仮設入浴所の開設、音楽隊の慰問演奏、火山観測など)をおこなう。原則として火器は使用しないが、ほかに手段がない場合は火器を使用することもある。
自衛隊が災害派遣において発揮する最大の特性は他組織の支援が無くても任務を遂行できる自己完結性である。このため警察や消防などと異なり初動準備には時間がかかるため被災から一定時間経過後の物資輸送や生活支援、応急復旧工事などにより力を発揮すると考えられている。しかし、自衛隊に対する期待の主要なものはインフラの破壊された被災地へヘリコプター等による空輸能力を活用した早期展開による人命救助活動であり、基本的には遠隔地から派遣されるため困難がともなうが期待にこたえるためヘリコプターや初動要員の24時間待機などの努力が行なわれている。
[編集] 災害派遣の様態
[編集] 災害派遣の種類
- 通常の災害派遣 (自衛隊法第83条2項本文)
- 災害発生により発生した被害については、まず自治体(消防・警察などを含む)が対応することとなるが、十分な対応が困難な場合、(市町村の要求をうけた)都道府県知事等からの要請に基づいて自衛隊の部隊等が派遣される。
- 自主派遣 (自衛隊法第83条2項但し書き)
- 緊急に人命救助が必要な場合で都道府県知事等と連絡が取れない場合や災害発生時に関係機関への情報提供を行なう場合など一定の要件を満たす場合は要請がなくても部隊が派遣されることがあり、このような場合は「自主派遣」と呼ばれる。自主派遣された場合でも、後日都道府県知事等からの要請を受ける場合が多く、完全に「自主派遣」とされることはまれである。
- 近傍派遣 (自衛隊法第83条3項)
- また、部隊や自衛隊の施設の近傍で災害が発生している場合に部隊等の長が部隊を派遣することがあり「近傍派遣」よばれる。この活動は近所づきあいの範囲とされ都道府県知事等の要請は必要としない。
- 地震防災派遣 (自衛隊法第83条の2)
- 地震に関する警戒宣言が出された際に地震災害警戒本部長の要請により部隊等が派遣されるもので、昭和53年の大規模地震対策特別措置法の制定に関連して追加された。この条文での派遣実績はない。
- 原子力災害派遣 (自衛隊法第83条の3)
- 原子力緊急事態宣言が出された際、原子力災害対策本部長の要請により部隊等が派遣されるもので、東海村JCO臨界事故を受けて平成11年制定された原子力災害特別措置法に関連して追加された。この条文での派遣実績はない。
なお、有事における災害派遣の扱いは不透明であったが、平成16年国民保護法の成立に伴い国民保護等派遣(自衛隊法第77条の4)として分離された。また、冷戦終結後の1990年代以降は、国境を超えて医療・航空部隊等が派遣されているが、これは自衛隊法第100条の6に規定されている「国際緊急援助隊」であり、別のものである。
[編集] 通常の災害派遣を命ずることができる者
自衛隊法上のその他の任務においては、首相や防衛庁長官などの指示命令が必要とされ、非常に行動が制限されている自衛隊であるが、災害派遣は災害時の秩序維持において便利で、武器の使用については治安出動とは異なること[1]から、災害派遣の要請は都道府県知事のほか官僚たる海上保安庁長官や管区海上保安本部長、空港事務署長などが行なうことが認められている。また、災害派遣の命令は駐屯地司令など2佐程度の自衛官でも行なうことが出来る非常に緩やかなものである(近傍派遣では曹士でも可能とされている。)。
災害派遣を命ずることができる者は、防衛庁長官のほかに次の者がいる[2]。
- 方面総監
- 師団長
- 旅団長
- 駐屯地司令の職にある部隊等の長
- 自衛艦隊司令官
- 護衛艦隊司令官
- 航空集団司令官
- 護衛隊群司令
- 航空群司令
- 地方総監
- 基地隊司令
- 航空隊司令(航空群司令部、教育航空群司令部及び地方総監部の所在地に所在する航空隊の長を除く。)
- 教育航空集団司令官
- 教育航空群司令
- 練習艦隊司令官
- 掃海隊群司令
- 海上自衛隊補給本部長
- 航空総隊司令官
- 航空支援集団司令官
- 航空教育集団司令官
- 航空方面隊司令官
- 航空混成団司令
- 航空自衛隊補給本部長
- 基地司令の職にある部隊等の長(航空総隊司令部、航空教育集団司令部、航空方面隊司令部、航空混成団司令部又は航空自衛隊補給本部の所在する基地の基地司令の職にある部隊等の長を除く。)
[編集] 近傍災害派遣を命ずることができる者
近傍災害派遣を命ずることができる部隊等の長は、指定部隊等の長のほか、団、連隊、群、大隊、独立中隊及びこれらに準ずる部隊の長並びに学校、分校、病院、補給処及び補給処支処(出張所を含む。)の長とする。
ただし、部隊等が駐屯地の近傍において教育・訓練等に従事している場合又は演習場の廠舎若しくは野外に宿営している場合、その近傍に救援を要する火災、その他の災害が発生したときは、当該部隊等の指揮官は、救援に当たることができる。
[編集] 急患空輸
急患空輸は災害派遣の中でもっとも頻繁に実施される活動で、平成17年度は892件中609件と約2/3、例年総件数の2/3~3/4がこの種の活動に充てられている。件数の大半が五島列島、南西諸島から九州や沖縄本島、奄美大島など医療機関が整った地域への空輸である。参考 西部方面隊
災害派遣は自衛隊法上「天災地変その他の災害に際して」行なわれるものとされているが、厳密には災害にはあたらない通常の疾病での派遣も数多く行なわれている。特定個人への支援ととられかねないこの種の活動を自衛隊では、公の機関(地方自治体)が提供すべきサービス(医療機関または輸送手段)が整備されていないという社会的欠陥の是正を公の要請により行なうという考え方で実施している。
[編集] 災害派遣を命ぜられた自衛官の権限
災害派遣部隊の指揮官は警察官や海上保安官、自治体職員がその場にいない場合に限り、災害派遣活動を円滑に進めるため強制的に避難させたり、工作物を除去するなど警察官などの権限の一部を行使し、自治体職員が取るべき応急措置の一部を行なうことが出来る。ただし、近傍派遣により派遣された場合は含まれない。
同一地域で救援活動に当たる各機関との関係は並列・対等であり、災害対策本部での調整を受けて役割を分担して行なう。また、個々の現場では地域住民やボランティアと協同で活動を行なうこともある。
[編集] 統制
阪神・淡路大震災までの一時期、都道府県知事等の要請がなければ絶対に災害派遣できないという考え方が主流となっており、緊急を要する場合は訓練名目での派遣や近傍派遣の名目で行なわれたこともあったが、阪神・淡路大震災での反省点を踏まえ、現在では「自主派遣」に関する基準が明確化されており、法制定の趣旨に沿った活動が行なわれている。
災害派遣は事態やむを得ない場合に行なわれるもので、「緊急性」「公共性」「非代替性」を総合的に判断して派遣の可否が判断される。平成18年豪雪に伴う災害派遣のように関係者の間で判断が分かれる場合、政府首脳による政治的判断により災害派遣の実施が決定されることもある。長野県ホームページ 飯山市への自衛隊災害派遣について
[編集] 使用器材
基本的には防衛の目的で整備された器材を使用する。主要なものは航空機、土木機械、舟艇、ツルハシやスコップであるが、火山近傍への進出のため装甲車や戦車を使用したこともある。護衛艦は海難救助や輸送、大規模災害時の災害派遣部隊の基地代わりとして有効に活用される。阪神・淡路大震災時にこれらの装備では十分な活動が行なえず、緊急調達や自衛隊員個人が保有する道具により対応せざる得なかったことから、初めて災害派遣専用の「人命救助セット」が導入され、全国の駐屯地等に配備されている。
[編集] 費用の負担
災害派遣は自衛隊が任務として行なう公共の秩序の維持のための活動であるから、土木工事等の受託(自衛隊法第100条・隊員の給与を含めて請求)とは異なり基本的に要請者や過失または犯罪行為によって被害を発生させたものに対して費用を請求することはない。ただし、災害派遣を行なうに当たって特別に要した費用(たとえば部隊が駐屯するために借り上げた施設の使用料、被災者に提供した食料など)は要請者が負担することとされ、細部は都道府県等と協議の上決定される。また、災害派遣のために使用される車両は高速道路を無料で通行することが出来る。
なお、油濁損害賠償保障法では「損害の原因となる事実が生じた後にその損害を防止し、又は軽減するために執られる相当の措置に要する費用」を船舶の所有者が賠償する義務を定めていることからこのような場合は災害派遣に要した経費を請求する。たとえばナホトカ号重油流出事故の場合、防衛庁は海上保安庁などと共同で船主や保険会社を相手に訴訟をおこない、防衛庁分として約6.6億円を請求している。(平成14年8月30日に和解により支払いが確定)国土交通省_ナホトカ号油流出事故における油濁損害賠償等請求事件に係る訴訟の和解について
[編集] 自衛隊が派遣された災害の例
警察予備隊による初めての災害派遣は、1951年(昭和26年)10月14日から15日にかけて九州地方に上陸した「ルース台風」後の救助活動である。これは警察予備隊の第11連隊(当時)の隊員2700人が吉田茂総理(当時)の命令により、同20日から26日にかけて山口県玖珂郡広瀬町(後の錦町→岩国市)に派遣され、救助活動を行なった。
- 伊勢湾台風 1959年
- 38豪雪 1963年
- 新潟地震 1964年
- 第十雄洋丸の事故 1974年(火災が発生したタンカーを護衛艦の砲雷撃により沈没処分)
- 宮城県沖地震 1978年
- 長野県西部地震 1984年
- 日本航空123便墜落事故 1985年
- 三原山の噴火 1986年
- 雲仙普賢岳の噴火 1991年~1995年(最長期間 延べ1658日)
- 阪神淡路大震災1995年(最大規模 延べ225万人派遣)
- 地下鉄サリン事件 1995年
- えひめ丸事件 2001年 (ハワイ沖で捜索活動)
- 十勝沖地震 2003年(被害状況の偵察、行方不明者の捜索、出光興産北海道製油所火災における化学消火剤の緊急空輸)
- 新潟県中越地震 2004年
- 平成18年豪雪 2006年
- 平成18年7月豪雨 2006年
[編集] 注釈
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 知らざれる「自衛隊災害医療」白浜龍興 著 悠飛社 (2004/06)
[編集] 外部リンク
- 防衛庁防災業務計画
- 自衛隊の災害派遣に関する訓令(昭和55年6月30日防衛庁訓令第28号)
- 陸上自衛隊の災害派遣に関する達(昭和55年7月17日陸上自衛隊達第63-2号)
- 全国災害救助犬協会
- 千葉県災害救助犬協会
- 自衛隊の災害派遣について知ることのできるページ(個人)
- 学術の動向2005年6月号「大規模災害時の自衛隊の役割」