前橋市
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前橋市 (まえばしし) は、関東地方の北西部、群馬県の中南部にある都市で、同県の県庁所在地である。旧勢多郡。
目次 |
[編集] 概要
古くは厩橋(うまやばし、まやばし)と呼ばれた。明治時代には製糸業で栄えた都市の一つ。戦後は工場誘致を積極的に行い、同時に区画整理を推進した。2001年4月1日に、国から特例市に指定されており、2009年度の中核市への移行を目指す。
ニュースなどでは、「まえばし」の「え」の部分にアクセントを置いた読み方をされるが、地元では「え」を弱く発音して、さらっと発音するのが普通である。
[編集] 地理
関東平野の北西端、赤城山南麓に位置する。市内には利根川が流れる。伏流水による水質の良さで知られ、中心部で供給される水道水は、その地下水である。又、全国の都道府県庁所在地では海から最も遠い。
[編集] 気候
内陸性気候を呈する。年間の平均気温は13~14度だが寒暖の差が烈しい。冬は北西の冷たい季節風が激しく吹くが、湿気は群馬県と新潟県・長野県に跨る山岳部の北東側に降雪してしまうため乾燥している。この地方では冬の北西からの季節風を「上州のからっ風」と呼ぶが、この乾燥した強い季節風の影響で晴天が多い。夏は内陸部に位置するため地表が温まりやすく、熊谷(埼玉県北部)などと並び、関東地方の中では特に暑さが烈しい。2001年7月24日に気象庁管区での最高気温の記録としては第5位となる40.0℃を記録した。(のちに2004年に千葉県市原市で40.2度を観測した)更に、この高温のため雷が多い事でも有名である。
[編集] 市勢
- 面積:241.22km²
- 人口:324,588人
- 男性:158,734人
- 女性:165,854人
- 世帯数:127,369世帯
- 人口密度:1,345.61人/km²
(2006年5月31日現在)
[編集] 隣接する自治体
[編集] 歴史
[編集] 町村制施行当時の町村
[編集] 市制移行後の周辺町村との合併
- 1892(明治25)年 - 市制に移行し前橋市が誕生
- 1901(明治34)年 - 勢多郡上川淵村の一部を編入
- 1951(昭和26)年 - 勢多郡桂萱(かいがや)村三俣地区の一部を編入
- 1954(昭和29)年 - 勢多郡上川淵村、下川淵村、芳賀村、桂萱村、南橘村、群馬郡元総社村、東(あずま)村、総社町を編入
- 1955(昭和30)年 - 群馬郡清里村、新高尾村の一部、勢多郡木瀬村の一部を編入
- 1957(昭和32)年 - 勢多郡城南村の一部を編入
- 1960(昭和35)年 - 佐波郡玉村町の一部、勢多郡城南村の一部を編入
- 1967(昭和42)年 - 勢多郡城南村を編入
- 2004(平成16)年 - 勢多郡大胡町、宮城村、粕川村を編入
[編集] 高崎市との対立関係
前橋市と南西に隣接する高崎市は、いわば対立関係にある。「行政の中心は前橋、交通や商業の中心は高崎」などと呼ばれる。これは、さいたま市における旧浦和市と旧大宮市、日本平山麓における旧静岡市と旧清水市、岡山都市圏における岡山市と倉敷市の対立関係に似ているところもある。
前橋は歴史が古く県庁が置かれており、日本銀行の支店、国の出先機関や大手金融機関、県民会館に代表される県の施設や医療施設などが集中している。
一方、高崎の歴史は江戸時代以降であり、藩域の大きさでも前橋を上回ることはなかった。一例を挙げれば、現在は高崎名物とされる「縁起だるま」で知られている少林山達磨寺は、前橋藩を守護する寺院であった。ただ、前橋藩主松平氏が一時居城を飛び地の川越に移したこと、鉄道草創期に利根川を渡る鉄道橋を架けられず、ターミナル駅の前橋設置を断念せざるを得なかったことなどから、代替駅が置かれた高崎は商都として発展した。ターミナル駅の設置に伴い、電電、国鉄、専売の三公社が拠点を構えたことなどから、高崎は前橋に匹敵する都市の立場を確立することになる。
特に新幹線駅が置かれて以降、高崎は経済面で飛躍的に発達。結果、高崎は大宮や千葉、川崎などと同様のベッドタウン化が進み、前橋を超える人口増加と新設住宅着工戸数を示している。高崎は商業主義、政治主義ともいわれるが、前橋には無い三つの公立美術館、群馬交響楽団を擁し、高崎映画祭も開催するなど文化面でも前橋と競い合っている。
これらの競合・対立関係は、以下に挙げる明治初期の県庁誘致合戦がその原因の一つである。
現在の群馬県が成立した当時、県庁は高崎に置かれていた。しかし、高崎城が、当時の兵部省の管轄に入ったため、市内に散在する手狭な仮庁舎に各部署が分散配置された。当時、生糸の輸出で財を成していた前橋では、生糸商人と後の初代市長・下村善太郎により、県庁を前橋城跡に誘致する事を明治政府に提案し、各部署が分散配置されている事に不便を感じた明治政府はこの案を了承し、県庁は前橋に移転した。
高崎市民は、明治政府に県庁の奪還を幾度も訴えるが、いずれも却下されている。これにより、発展の基盤を奪われた高崎市民は、前橋に対する感情を悪化させた。高崎に県庁が置かれた期間はごくわずかに過ぎないものの、この経緯が前橋に対するわだかまりとして残り、現在でも高崎は前橋に対して対抗意識を抱いている。県庁が置かれ萩原朔太郎ら多くの文人を輩出している前橋が「文化都市」と呼ばれるのに対し、高崎は「商業都市」と呼ばれている。
いわゆる「平成の大合併」では、両市とも市域が拡大し、いずれも人口が30万人を突破している。高崎市による2006年10月1日の榛名町合併で、高崎の人口は前橋市を約二万人上回ることになった。ただし、高崎市は純山村である旧倉渕村などを市域に含めているため、人口密度では前橋市の方が上回っている。
[編集] 行政
[編集] 市長
現市長は高木政夫 (たかぎ まさお)である。前群馬県議会議長で、2004年2月15日に行われた市長選挙により選出された。
前任は、萩原弥惣治(はぎわら やそうじ)で、2期・8年間、前橋市長を務めた。彼は、市東部の城南地区(旧・勢多郡城南村。1967年に前橋市に編入)の出身で保守系として知られ、彼の東部の農業地域偏重の姿勢には批判も強く、3期目を目指し2004年2月の市長選挙に出馬するも、初出馬となった高木政夫に敗れた。前橋市長選挙に於ける現職市長の落選は、これが市政初の出来事であった。
2004年2月15日の市長選挙の結果は次の通りである。
- 当日の有権者数: 225,986人
- 投票率: 48.83%
- 高木 政夫 56,232票
- 萩原 弥惣治 44,406票
- 生方 秀男 8,334票
[編集] 前橋広域圏における「平成の大合併」の経緯
この地域の合併協議は最終的な決着まで紆余曲折があった。
まず、前橋広域圏(前橋市・大胡町・宮城村・粕川村・富士見村)の首長が2001年夏に新潟県で会合(いわゆる「弥彦会談」)を行い、「合併特例法期限内に熟度の高まった所から順次合併」という方針で、動き出した。
弥彦会談では、実質的には4町村が「前橋市に編入」で大筋合意となっていた。しかし、富士見村と粕川村は議会から待ったがかかる形となり、2002年に任意合併協議会が開催された時、参加したのは前橋市・大胡町・宮城村であった。4ヶ月後、議会の了承を取り付けた粕川村も任意合併協に加わる。
富士見村は当時の関口村長が議会の圧力もあり自立を表明。しかし住民は反発し村長はリコールで失職する。リコールによって「前橋市との合併」という意思が示されたものの、その後就任した星野村長は当初「中立」というスタンスをとった。そして住民投票を行ったところ結果は合併賛成が63%となり、前橋市との1市1村で法定合併協議会を設置する。
この間にも、前橋・大胡・宮城・粕川の合併協議会は順調に進み、2003年秋に合併調印。そして2004年12月5日に合併。前橋・富士見の合併協議も2004年夏に「2005年5月1日合併」で一度は決着し、調印となった。
しかし、その後富士見村議会が合併に反対。2度出された合併議案を共に否決し、星野村長は「自立」表明することになる。そして合併協議会は解散、合併調印も取り消された。
この地域の合併に伴って前橋広域圏行政が消滅することとなった。そうなると取り残された富士見村は消防など一部行政の前橋市への事務委託しなくてはならず、合併解消に際して県の仲裁で何とかこれを取りつけた。現在富士見村民は、前橋市営斎場利用料や市立工科大学入学料をはじめとする優遇措置を廃止され、以前よりも不便になっている。
この合併によって以下の支所が設置された。
- 大胡支所(旧大胡町役場)
- 前橋市堀越町1115番地
- 電話番号 : 027-283-1111
- 宮城支所(旧宮城村役場)
- 前橋市鼻毛石町1426番地3
- 電話番号 : 027-283-2131
- 粕川支所(旧粕川村役場)
- 前橋市粕川町西田面216番地1
- 電話番号 : 027-285-4111
[編集] 住所表記
- 前橋地域は変更なし。
- 大胡地域と宮城地域は前橋市の後に大字名(町)が付く。
- 例1:勢多郡大胡町大字茂木→前橋市茂木町
- 例2:勢多郡宮城村大字柏倉→前橋市柏倉町
- 旧大胡町の金丸だけは前橋市の金丸町と名称が重複してしまうため、「東金丸町」となった。
- 粕川地域は前橋市の後に「粕川町」と付き、その後に大字名が付く。
- 例:勢多郡粕川村大字女渕→前橋市粕川町女渕
[編集] 議会
市議会は自民党を中心とする、保守系が多数派であるが、群馬県の県議会、主要都市議会の例に漏れず、福田系と中曽根系の派閥に分裂、対立している。
[編集] 司法
[編集] 裁判所
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 経済
年間商品販売額(万円) %は県内に占める割合
(2004年度商業統計調査、いづれも調査当時の市部)
製造品出荷額(2004年)は太田市のほぼ1/2の額であり、大泉町に次いで県内第3位である。。
年間商品販売額(万円)(2004年)
- 204,945,840 (群馬県全体の33.9%=県内第1位)
売場面積(m2) (2004年)
- 424,789 (群馬県全体の15.4%=県内第1位)
製造品出荷額(百万円)(2004年)
- 653,635 (群馬県全体の8.6%=県内第3位)
[編集] 工業
市内各所に合計十七ヶ所の工業団地を造成。(カッコ内は主な進出企業)
- 前橋一号工業団地(日新電機、ヤクルト、新進)
- 前橋二号工業団地(日本ビクター、ナカヨ通信機)
- 前橋三号工業団地(トステム)
- 東前橋工業団地(通称「木工団地」)
- 芳賀東部工業団地(すかいらーく)
- 朝倉工業団地(サンヨー食品本社工場)
- 荒砥工業団地(プラス)
この他に、市内を代表する大工場として、JR前橋駅南東にダイハツ車体本社・工場があったが、2004年11月をもって大分県中津市に移転、閉鎖されている。 「サッポロ一番」でおなじみのサンヨー食品は前橋で創業し、現在は朝倉町に本社工場を構える。登記上の本社は東京都港区に置かれている。
2005年8月現在分譲を行っている工業団地は以下の通り。(市工業課)
[編集] 農業
前橋市の2003年農業産出額は県内一位で、168億6千万円であった。これに2004年の3町村編入により、旧大胡・粕川・宮城の各町村の産出額を加え300億円となる。この額は、県内二位で高原キャベツなどで有名な嬬恋村の106億3千万円を大きく引き離す、圧倒的な数である。更に、全国市町村単位でも第六位である。
市内の農地は、大正時代から耕地整理を行い、効率的な生産を可能にしている。又、前橋の農業産出額を全国六位に押し上げているのには、畜産業が盛んなことが大きな要因となっている。
[編集] 商業
中心市街地は商業の衰退が著しく、高崎駅周辺や伊勢崎市郊外における商業集積の進展とは対照的である。前橋にとって、中心市街地の再活性化は目下最重要課題である。その中、年間商品販売額および小売業販売面積(2004年)は県内第1位であった。
以前の前橋では、千代田町二丁目~五丁目に位置する中心商店街が商業の中心であった。しかし、現在では多くの例に漏れず商店街の衰退が激しく、昼間でもシャッターが下りる店が目立つ。
- 以前、中心商店街には長崎屋、十字屋、丸井(丸井跡は、現在スズラン前橋店新館)、前三百貨店(三越提携)、ニチイ、LIVIN(旧前橋西武※西友母体)、LIVIN別館のWALKなど大型店舗があったが、移転及び撤退した。
- ニチイは千代田町の店舗を一旦閉店させた後、中心商店街から1.2km北に位置する国領町のグンゼ工場跡地にサティとして移転オープンさせた。また、ダイエーも六供町と国領町のシルクプラザ内に2店舗あったが、ダイエーは完全撤退した。(※ダイエーの撤退は、イトーヨーカドーやサティとの競合やダイエー自体の業績悪化によるものである)
1990年代頃から、前橋駅前に出店したイトーヨーカドーやサティなどの大型店舗、郊外のロードサイドに展開された専門店等に客を奪われた中心商店街は、ライフスタイルの変化や自動車保有率全国1位という車社会、市の中心駅である前橋駅と離れた立地、駐車場の不足などの要因が絡み、衰退が激しくなる。旧日本銀行前橋支店跡地の八番街開発の停滞や商店の後継問題なども絡み、全国有数の「シャッター商店街」としてマスコミに取り上げらることも多くなった。
2006年1月29日には、閉店したLIVINの別館で単体として残っていたWALKが閉店。現在中心商店街に残る大型店舗は、地場百貨店のスズラン百貨店のみとなる。なお、閉店したWALKの中には市内に唯一残る映画館(テアトル前橋西友)があったため、一時的とはいえ全国唯一の「映画館のない県庁所在地」という不名誉も背負う事となった。(ちなみに現在、映画館のない県庁所在地は前橋と徳島市の2箇所)
- 2000年代以降も中心商店街外周や郊外には、ショッピングセンターが相次いで出店。中心商店街から東に2.5kmの上泉町にベイシアが念願だった前橋への大型店進出を果たし、地場スーパーのフレッセイは、駒形町と若宮町、荒牧町に中規模のショッピングセンターを開いている。いずれの店舗も大型の無料駐車場を備えており、このことが中心商店街の衰退を一層加速させた一因になっている。
- 前橋駅南東の文京町に位置するダイハツ車体工場跡地には、ユニーがスーパー「アピタ」や9スクリーンを擁するシネマコンプレックス「ユナイテッド・シネマ」、大型書店「紀伊國屋書店」などを核店舗とした同社最大の大型ショッピングセンター「けやきウォーク前橋」を2007年3月に開店させる予定である。
これらの結果、2007年春に東西南北を大型SCに囲まれてしまう中心商店街は、立体駐車場整備などによる遅きに失した行政の動きも効果が全く出ず、衰退どころか崩壊の危機に瀕していると言っても過言ではない。
- 最近まで、イオングループが北関東自動車道前橋南IC南側の農地に超大型ショッピングセンターを建設する計画があった。この土地はかつてカルフールが出店を計画していた場所であり、それよりも広い敷地(約25ha)で、全国最大規模のショッピングセンターとなる予定だった。しかし、関係各署との調整が難航したうえに、大型店の郊外出店を規制する「まちづくり三法」改正により出店が難しくなったほか、北関東自動車道を挟んで北側にベイシア本部が近接していたが為に、地元でイオン側への土地提供を渋る地主も現れ(一部ではイオン予定地の中央部分をベイシア側が「出店妨害の為に押さえた」という憶測まで流れていた)、結局出店を断念した。
- ちなみに、バブル時代にはセゾングループがベイシア本社の北側、亀里町・横手町にまたがる農地を開発し、西武百貨店・パルコを核店舗としたショッピングセンターを建設する計画があった。無論、バブル崩壊により計画倒れになっている。
家電量販店最大手にまで成長したヤマダ電機は前橋で創業、現在も日吉町に本社を構える。その東西にはテックランド前橋本店、PC&マルチメディア館前橋本店の大型店舗を擁する。
- ヤマダ電機は、会社の急拡大に伴い横浜市のみなとみらい地区に本社機能の一部を移し大型店鋪を併設する計画だったが、周辺道路の渋滞を懸念した横浜市側から、土地売却を断られた。その後、前橋より交通の便がよい高崎に本社全体を移転することが決まり、2007年度中にJR高崎駅東口に新本社が完成予定である。
- ヤマダ電機が前橋を去る一方、ベイシアは前橋に本部を移転した。前橋南インターに近い亀里町に、ベイシア本体とセーブオンなどグループ企業十社の本社が、創業地の伊勢崎から2006年1月に移転し、業務を開始している。
[編集] 主な学校
[編集] 高等専門学校
[編集] 大学・短期大学
[編集] 高等学校
- 群馬県立
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[編集] 中等教育学校
[編集] 中学校
- 前橋市立第一中学校
- 前橋市立第二中学校
- 前橋市立第三中学校
- 前橋市立第四中学校
- 前橋市立第五中学校
- 前橋市立第六中学校
- 前橋市立第七中学校
- 前橋市立春日中学校
- 前橋市立広瀬中学校
- 前橋市立桂萱中学校
- 前橋市立芳賀中学校
- 前橋市立元総社中学校
- 前橋市立東中学校
- 前橋市立箱田中学校
- 前橋市立南橘中学校
- 前橋市立鎌倉中学校
- 前橋市立木瀬中学校
- 前橋市立荒砥中学校
- 前橋市立大胡中学校
- 前橋市立宮城中学校
- 前橋市立粕川中学校
- 群馬大学教育学部附属中学校
- 共愛学園中学校
[編集] 施設
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[編集] 交通
[編集] 道路
- 高速道路
- 国道
- 国道17号
- (市街地のみ「竪町通り」と呼ばれる)
- バイパス部(建設中、一部開通)を「上武国道」と称する
- 国道50号
- 国道353号
- 国道291号(始点が本町(国道17号・国道50号交点)で、沼田市までは国道17号との重複区間)
- 県道(主要地方道)
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- 主な市道
[編集] 鉄道
東日本旅客鉄道(JR東日本)
[編集] メディア
- NHK前橋放送局
- 群馬テレビ
- FM群馬
- 上毛新聞社
- 群馬経済新聞社
- フジテレビ前橋支局
- 日本テレビ報道前橋支局
- テレビ朝日前橋支局
- 読売新聞社前橋支局
- 毎日新聞社前橋支局
- 朝日新聞社前橋支局
- 日本経済新聞社前橋支局
- 産経新聞社前橋支局
- 東京新聞社前橋支局
[編集] 観光
[編集] 観光地
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[編集] 祭
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[編集] 名物・特産物
[編集] 前橋市出身の有名人
- 萩原朔太郎 - 詩人
- 萩原恭次郎 - 詩人
- 井上武士 - 作曲家
- 南城一夫 - 画家
- 富山和子 - 環境問題評論家
- 佐田玄一郎 - 衆議院議員
- 糸井重里 - コピーライター
- 小栗康平 - 映画監督
- 清水崇 - 映画監督
- 三遊亭小圓遊、落語家
- 横澤彪 - 元テレビプロデューサー、現吉本興業相談役
- 生方恵一 - 元NHKアナウンサー、現フリーアナウンサー
- 下境秀幸 - NHKアナウンサー[1]
- 渡邉卓哉 - フジテレビアナウンサー[2]
- 増田和也 - テレビ東京アナウンサー[3]
- 古澤徹、声優
- NIGO - ファッションデザイナー
- 太田哲也 - レーシングドライバー・モータージャーナリスト
- 小島伸幸 - サッカー選手
- 横澤由貴 - 柔道家
- 吉江豊 - プロレスラー
- グラン浜田 - プロレスラー
[編集] その他
[編集] 外部リンク
- 日本の都道府県庁所在地
-
北海道: 札幌市 東北: 青森市 | 盛岡市 | 仙台市 | 秋田市 | 山形市 | 福島市 関東: 水戸市 | 宇都宮市 | 前橋市 | さいたま市 | 千葉市 | 東京特別区(新宿区) | 横浜市 甲信越: 甲府市 | 長野市 | 新潟市 北陸: 富山市 | 金沢市 | 福井市 東海: 岐阜市 | 静岡市 | 名古屋市 | 津市 関西: 大津市 | 京都市 | 大阪市 | 神戸市 | 奈良市 | 和歌山市 中国: 鳥取市 | 松江市 | 岡山市 | 広島市 | 山口市 四国: 徳島市 | 高松市 | 松山市 | 高知市 九州/沖縄: 福岡市 | 佐賀市 | 長崎市 | 熊本市 | 大分市 | 宮崎市 | 鹿児島市 | 那覇市