空力ブレーキ
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アポロ15号の司令船: 再突入の加熱と応力に耐えるため独特の形状となっている。機体下面には熱遮蔽処理が施されている。
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エアロブレーキングの例: 火星探査機マーズ・リコネッサンス・オービターが火星上空で軌道を変更しているところ(想像図)
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空力ブレーキ(くうりきブレーキ)とは、空気力学的な力(空気抵抗)を利用する制動方法。空気抵抗は流れに対する物体の投影面積に比例すると共に、速度の二乗に比例するため、高速で動く物体のスピードを効率よく落とすために使われる。
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[編集] 宇宙機
宇宙開発分野では、エアロブレーキング (aerobraking, aerodynamic braking)・大気制動・空気制動などと、方法としての名称で知られる。
惑星探査機や再突入カプセルでは惑星の大気を抗力として用いることで、惑星との相対速度の差を減らす。空力ブレーキの歴史は宇宙開発の歴史と同じぐらい古く、地球周回軌道の軌道速度を相殺して再突入するために利用されてきた。空力ブレーキは、衝撃加熱によって宇宙機の運動エネルギーを機体のすぐ前方の大気の熱エネルギーへと変換するため、効率がよい。空力ブレーキを惑星再突入時に利用するには、機体を空気力学的に最適な形状に加工しなければならず、減速による強力な加速度も耐えなければならない。更には十分な熱遮蔽も必要となる。例えば、写真にあるアポロ計画の指令船のような形状である。火星・金星・木星への再突入にも空力ブレーキが利用されてきた。この方式には危険も伴い、スペースシャトルのコロンビアは、主翼前縁部の破損が原因となって大気圏再突入時に機体が分解し、乗組員全員が死亡した。
空力ブレーキには再突入以外の用途もある。相対速度を0に落とすのではなく、宇宙機の速度を変えるために用いることがある。例えばマーズ・グローバル・サーベイヤーは太陽電池パネルを翼のように広げて火星大気上層部の希薄な大気を通過し遠地点高度を何度も下げた。この手法では宇宙機にかかる熱や圧力が少ないため、アポロの指令船のような形状ではなく、写真にあるマーズ・リコネッサンス・オービターのような複雑な形状でも問題が起きない。
空力ブレーキはハードSFにも登場する。例えばアーサー・C・クラークの小説『2010年 宇宙の旅』では、ロシアと中国の宇宙船が木星の衛星に到達するために、木星大気を使って減速するシーンが描かれている。
[編集] 航空機
航空機では、エアブレーキ (air brake) あるいはスピードブレーキ (speed brake) という装置(動翼 + アクチュエータ)の名称として知られ、減速・降下時や着陸後の減速に使われる。
旅客機やグライダーが主翼上面に装備するエアブレーキは特にスポイラー(spoilers, 空気の流れをスポイルする(乱す)もの)と呼ばれる。着陸進入時に降下角を調整するなど、飛行中に使用されるスポイラーはフライトスポイラー (flight spoilers) と呼ばれることがある。左右どちらかの翼上のスポイラーのみを使いロール軸の制御のエルロンを補助/代替することもある。着陸後に使用するときは一般に左右のスポイラー全てを展開し、これはグラウンドスポイラー(ground spoilers, グランドスポイラーとも)と呼ばれることがある。
![MiG-23のエアブレーキ](../../../upload/shared/thumb/f/f6/MiG-23_afterburner_exhaust_airbrakes.jpg/200px-MiG-23_afterburner_exhaust_airbrakes.jpg)
戦闘機などの軍用機ではスポイラーとはあまり呼ばれず、エアブレーキかスピードブレーキと呼ばれることが多い。戦闘機は速度を低下させる場合にエンジン出力を絞ってスピードを抑制してしまうと、再度加速をする時にエンジンの出力を上げても素早い加速が行えず戦闘時に不利になる為、戦闘時などはエンジン出力を下げないままこのブレーキが使用される。また第二次世界大戦頃によく見られた急降下爆撃機の場合などは、急降下時に飛行禁止速度の超過を防止するために使用される。この類のものはダイブブレーキと呼ばれることがある。軍用機のエアブレーキは、運動性能への影響などの要素を考慮して設置されるため、機種によって装備位置は異なる。スポイラーのような翼上面のものの他、バッカニアやF-86のように後部胴体側面に装備するものがいくつかある。F-15では、胴体上面中央にあり、エアブレーキの発生させる乱れた気流が後部に位置する2枚の垂直尾翼にあたらないように設計されている。カナードがグラウンドスポイラー的な役割をするJAS39の例もある。
![着陸後にドラッグシュートを展開するスペースシャトル ディスカバリー 垂直尾翼後縁の空力ブレーキも展開している](../../../upload/shared/thumb/9/93/NASA_Space_Shuttle_Discovery_STS-92.jpg/200px-NASA_Space_Shuttle_Discovery_STS-92.jpg)
また航空機には上記のような飛行中に使用するこうしたエアブレーキとは別に、機体後部にドラッグシュートと呼ばれる一種のパラシュートを格納しておき、着地後にこれを展開し減速に利用するものがあるが、これも空力ブレーキの一種である。F-2など一部の戦闘機やスペースシャトルなどが使用しているが、大半のものはドラッグシュートなしでの着陸も可能で、使用しなかったとしても制動距離が若干伸びる程度である。オービタは確実に停止するため常に使用するが、戦闘機では使用しないことも普通である。またオービタもはじめの頃はドラッグシュートが搭載されていなかったため、エアブレーキとホイール(タイヤ)のブレーキによる着陸を行っていた。ドラッグシュートを装備しているのは制動距離を短くする目的以外に、雨天や凍結時など路面の摩擦係数が小さい場合に備えてといった面もある。
[編集] 鉄道
鉄道車両では、旅客や貨物を載せて営業する車両での採用はなく、高速度で走行する試験車両でのみ採用例があり、屋根上に抵抗板を出すかたちである。
JR東日本の新幹線高速試験車両E954形・E955形に通称「ネコミミ」と呼ばれる三角形の抵抗板が装備されている。同装備の使用時は騒音を発生させることが懸念され、緊急時のみの使用が想定されている。また、鉄道総合技術研究所とJR東海が山梨実験線で試験を続けているリニアモーターカー(マグレブ)のMLX01試験車両にも抵抗板が装備されている。
[編集] オートバイ
オートバイのレースでも、空力ブレーキは使われる。オートバイそのものには空力ブレーキという部品はついていないが、操縦者の体を走行風にさらす事で生じる空気抵抗をブレーキとして使うもので、動作が容易であり一般的なテクニックである。
空力ブレーキとして使われるのは、主として上体(頭・胸・腕)と膝である。急制動をかける際に、上体を起こし膝を開いて空気抵抗を増す。また、カーブを曲がる際に、カーブの内側の膝だけを開くことで左右の空気抵抗に故意に差を付け、それを旋回力として利用するということも行われる。