御殿場駅
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御殿場駅(ごてんばえき)は、静岡県御殿場市にある東海旅客鉄道(JR東海)御殿場線の駅である。
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[編集] 駅構造
2面3線のホームを持つ橋上駅である。戦前、1番ホームは、軍隊専用ホームだった。
- 富士山口
- 駅の表玄関で路線バス乗り場、公衆便所、御殿場市の駅前サービスセンター、送迎用停車場、駐車場、無料駐輪場がある。
- 箱根乙女口
- 小田急箱根高速バス乗り場、御殿場プレミアムアウトレットシャトルバス乗り場、公衆便所、駐車場、無料駐輪場がある。
[編集] 駅周辺
- 浅間神社
- 静岡県立御殿場南高等学校
[編集] 歴史
1889年2月1日に開業。元々御殿場は富士山登山の拠点として栄え、駅が設置される事が決まるやいなや旅館や商店などが駅前に立ち並び、登山客が汽車でくるようになる事に備えたといわれている。しかし駅が開業する当日の午前3時未明、町で大火事が発生してしまい1000軒が焼ける被害が出て、その結果華やかに行われるはずの開業式は質素なものにせざる得なかったという。なお奇しくも同時開業した静岡駅周辺でも、同じ日に火災が発生して1100軒が焼けている。
そんなハプニングの中でスタートした御殿場駅であるが、予想通り登山客によって駅や町は潤うようになり、1898年には駅前から山梨県境に近い須走村(現小山町、後に県境の籠坂峠まで延伸)まで「御殿場馬車鉄道」という馬車鉄道が発着するようになった。
なお更なる登山客の確保を見込み、中央本線の起点にするよう請願書を同町では出した事があるが、これは実らず起点は八王子となった。
その後も栄えていた御殿場であるが、1934年12月に丹那トンネルが開通して東海道本線のルートが熱海経由に変わる事になったのは、大きな衝撃となった。幹線の中間駅からローカル線の一駅になってしまうのは、町の衰退につながりかねなかったからである。町ではせめてもということで、旧線の方につける名前を「箱根支線」・「箱根線」・「函北線」・「富士山線」などさまざまな候補があった中、「御殿場線」にするよう請願書を提出し、結局これが採用されることになった。
1955年、小田急電鉄により特急「あさぎり」号の原型となる準急列車「銀嶺」・「芙蓉」の運行が新宿駅と当駅とを結ぶ形で始まった。以来、1991年に沼津駅へ運行区間を延伸するまでの長期に渡りこの駅を終着駅とする形で運行され、現在でも停車駅として重要な位置にある。
かつては車扱貨物の取り扱い等をしていたが、2006年4月1日に貨物取り扱いは廃止された。ただしそれ以前から貨物列車の運行はしていなかった。
[編集] 駅弁
- 鯛めし
[編集] 隣の駅
[編集] その他
ここ御殿場駅は、御殿場線において最も標高が高い位置の近くに存在しており、蒸気機関車の時代は沼津駅・山北駅の両方向から来る列車が急勾配区間を登るために御殿場駅まで補機を連結して運転していた。また、丹那トンネル開業前の東海道本線時代に運転されていた特急列車・急行列車などの場合は、ここで走行中に補機の切り離しを行っていた。
御殿場線ではこの辺りから裾野駅の間で富士山が最も近接して見えるため、丹那トンネル開通前は東海道本線における風景の名所とされたこともあった。1900年5月に大和田建樹によって作成発表された『鉄道唱歌』第1集東海道編では、以下のように歌われた。
- 14.はるかにみえし富士の嶺は はや我そばに来りたり 雪の冠雲の帯 いつもけだかき姿にて
- 15.ここぞ御殿場夏ならば われも登山をこころみん 高さは一万数千尺 十三州もただ一目