疑似科学
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疑似科学(ぎじかがく)は英語Pseudoscienceの訳語である。学問、学説、理論、知識、研究等のうち、その主唱者や研究者が科学であると主張したり科学であるように見せかけたりしていながら、科学の要件として広く認められている条件(科学的方法)を十分に満たしていないものを言う(例えば、科学的方法をとっていないため科学雑誌への論文投稿が認められない、そのため査読も経ていないものなど)。これらが、科学であるかのように社会に誤解されるならば、そのことが問題であると言われる。「科学ではない」ということをはっきりさせるために、ニセ科学(にせかがく)あるいはエセ科学(えせかがく)という語を用いる人も居る。
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[編集] 類似の概念
類似の概念で、科学的方法を採用するが未だ至らないもの、至っているが社会全般に科学であると認められていないものをプロトサイエンス(未科学、異端の科学)という。
迷信やオカルトも類似の概念であるが、それが科学であると誤解されるような要因を持ち合わせない。
[編集] 疑似科学の傾向
アメリカ合衆国の心理学者テレンス・ハインズは著書『ハインズ博士「超科学」をきる』(ISBN 4759802754)で疑似科学の傾向を以下のようにまとめた。
- 反証不可能性
- 検証への消極的態度
- 立証責任の転嫁
[編集] 反証不可能性
ここでいう反証不可能性とは、科学哲学者カール・ポパーが科学の基本条件として挙げた「反証可能性 (falsifiability)」の反意語である。通常の科学理論では、もしそれが間違っているならば、そのことを示す証拠が見つかる筈である。科学は、「仮説-実証」の両輪で進められる(→科学的方法参照)。すなわち、「反証」事実がでてくれば、元の理論を修正するのが科学の営為であり、「反証できること」がいかに科学にとって大事であるかをポパーの言葉は示している。これに反して、疑似科学は反証ができない、もしくはできない構造にしている。
例えば、相対性理論から導かれる有名な結論として、「いかなる質量も真空中の光速を超えて運動することはない」というものがある。そのため、ある物体を超光速まで加速してみせること、あるいは加速した結果を示すことができれば相対性理論は否定される。これが反証可能性であり、これによって相対性理論は科学理論であるといえる。
これに対し、例えば降霊会を開いて霊を呼び出す実験が失敗したとする。科学の方法に於いてはこの失敗によって、少なくとも今回用いた方法(条件)によって霊を呼び出せるという仮説が否定されたと考える。ところが、一部の心霊学者はこれを「霊の実在を疑う者がいたための失敗」等と考える。このような主張(考え方)を認めると、いかなる事実が示されようとも此の方法で霊を呼び出せるという仮説を否定することはできない。即ち、反証不可能なのである。
また、疑似科学に属する主張では、データの取り上げ方が恣意的である、想定された結論に矛盾するデータを無視する、などといったものがしばしば見られる。
[編集] 疑似科学者の傾向
アメリカ合衆国の懐疑論者マーティン・ガードナーはその著書『奇妙な論理〈1〉』ISBN 4150502722(原題 Fads and Fallacies in the Name of Science)において、疑似科学者の傾向として以下の5項目が上げられるとしている。
- 自分を天才だと考えている。
- 仲間たちを例外なく無知な大馬鹿者と考えている。
- 自分は不当にも迫害され差別されていると考えている。
- もっとも偉大な科学者や、もっとも確立されている理論に攻撃の的を絞りたいという強迫観念がある。
- 複雑な専門用語を使って書く傾向がよく見られ、多くの場合、自分が勝手に創った用語や表現を駆使している。
[編集] 疑似科学批判の信頼性
疑似科学の主張には明らかに馬鹿げていると見えるものもままあるため、非科学的・非論理的な「批判」が行われてしまうことがある。誤った「批判」は、科学的思考の妨げであるだけでなく、巧妙な外見を持った疑似科学を『現代科学という暴君に弾圧される殉教者』のように見せ、科学的であるかのように誤認させる可能性がある。
このような問題のある「批判」としてまず挙げられるものとして、『明らかに誤っている』『あり得ない』という態度での、検証・論証を抜きにした頭ごなしの否定論がある。こういった否定論は、地動説や大陸移動説のように当初は認められなかった学説が定説となった科学史上の事例によって容易に反駁され、その否定された疑似科学の主張があたかもそのような不遇の学説であるかのように語られるという、否定論者の意に反した結果になりがちである。
これほど単純ではないが同様の問題を持つ「批判」が、対象となる疑似科学の主張や論理を十分理解せずに思い込みで行われる「批判」である。この種の論では検証や論証が行われるのだが、実はそれらが的外れなものになってしまうことがある。その場合、批判される側は『批判者は無知・傲慢にとらわれている』『彼らは愚かだから分からない』と反駁することができ、やはり批判が逆効果となる可能性がある。
- 例えば『魔女はホウキで空を飛ぶ』という主張があるとする。ここで『空を飛ぶには揚力や浮力を発生させるか、上向きの推進力が必要である。ホウキには推進装置もないし、気球のように軽くもない』と指摘することはできる。しかし、この主張が『ホウキは魔女の魔法によって飛ぶ』『魔法は科学の制約に関係ない』というものであれば、前述の指摘は余り意味を持たない。前提として置かれている「魔法」について検証しなければならないのである。なお、この「魔法」についての否定的な検証がそもそも論理的に不可能であれば、これは先の節で触れられている反証不可能性の問題により、少なくとも科学ではないと言える。
なお、少なくない疑似科学批判者や懐疑論者により、大槻義彦の超常現象に対する言動がこのような安易な「批判」であるとの指摘がなされている。
[編集] 擬似科学と「正しい」科学の境界線
また、20世紀初頭の哲学界において、何か擬似科学で何が「正しい」科学であるかの境界線を巡る議論があった。これを境界設定問題という。この問題について詳細な探求を行った代表的なグループがウィーン学団である。ウィーン学団は、論理実証主義を用いて既存の科学を検証した。その結果、「あらゆる理論の中には、必ず未実証の部分が含まれている」ため、存在する全ての科学は「最終的には疑似科学と区別ができない」という結論に達した。
故に、現代の自然科学では、少なくても人間によって合理性が認められる理論を「今のところ正しい(正しい可能性が高い)」と仮定し、それ以外の理論を「正しくない(正しい可能性が低い)」とする考え方が一般化した(参照:「悪魔の証明」)。もし、それ以上厳密に真実性を追及すると、クオリアといった哲学的にも未解決な問題を含む難問化してしまうためである。
但し、定理や原理といった一般に広く真実とされている事柄を前提条件とし、その理論が扱う問題の範囲を限定することで理論の「正しさ」を保証することは可能である(但し、前提の正しさを疑う場合は、その限りではない)。もっとも、宗教上の理由や学会の意向、その他の政治的な理由で「正しさ」が決定されることも現実には少なくない。
[編集] 疑似科学と分野
疑似科学を用いる者には法的には悪意の者(自分で説いている説明が科学的でないことを承知の上で非科学的な説明をして相手に何らかの不利益を与えようとしている者)もいれば善意の者(自らも信じており、それが非科学的とは思っていない者)もいる。
疑似科学は悪徳商法の分野と非常に親和性が高く、商品等を消費者に売りお金を得んがために用いられることがしばしばある。
金融商品の販売の現場においては、金融工学としては間違っている説明をあたかも金融工学的あるいは科学的であるかのように見せかけ、説明されたほうもそれが科学的と信じていることがある。
ねずみ講や連鎖販売取引(MLM)の分野において、数式や図式を用いてミクロ経済学を装い事実と異なる説明が行われる場合があり、説明されたほうも自分は科学的で合理的な行動をとっていると思っている場合がある。
工業製品の販売に疑似科学が用いられることがある。節電器、マイナスイオンなどを参照。
疑似科学は、偽医療の分野に親和性が高く、療法の根拠として使われることがある。
[編集] 文科系の学問における疑似科学
疑似科学は上で挙げたような「怪しい」分野のみならず、大学で研究されている「れっきとした」学問の中にもはびこっている事がたびたび指摘されており、哲学者や文芸評論家、文芸理論家などが自分の説を権威づけるために(専門家から見れば)デタラメな科学的知識を並べたてているのが散見される。
代表的な例はソーカル事件である。文科系の人々(主にポスト・モダンな哲学者達)がデタラメな科学知識を並べたてる事に業を煮やした物理学者のソーカルは、あえてデタラメな科学知識を使った哲学論文を書き上げて、権威ある哲学雑誌に送りつけ、しかもそれが載録されてしまったのである。
その後ソーカルは、『「知」の欺瞞』という本を書き、ジャック・ラカンを始めとした権威ある哲学者達の科学的知識のデタラメぶりを暴露した。
また精神分析学も「れっきとした」学問としてみなされる一方で、ポパーなどの科学哲学者はこれを疑似科学として断じた。
[編集] しばしば疑似科学とみなされるもの
- 超心理学
- 超能力
- UFO
- 血液サラサラ
- 皮膚呼吸(人間と皮膚呼吸)
- 血液型性格分類
- 波動 (オカルト)
- 気功
- 風水
- ピラミッドパワー
- 永久機関
- ポールシフト
- フォトンベルト
- タキオン
- トルマリンの効用
- マイナスイオン(空気のビタミン)
- 酸性食品とアルカリ性食品
- 活性水素
- 超軽水
- 高濃度酸素水(酸素入り水)
- にがり健康法
- 優生学
- サイ科学
- 宏観異常現象
- 脳科学の理解と適用に関する問題として指摘が行われているもの
- 精神分析学
- 催眠療法
- 古代宇宙飛行士説(宇宙人考古学とも。衛星写真から遺跡を探査したりする「宇宙考古学」とは異なるので注意)
- バイオリズム
- ホメオパシー
- カイロプラクティック(脊椎矯正療法)
- 創造論(創造科学)
- 社会進化論
- 偽言語比較論
- 産み分け
- 胎教
- 姓名判断
[編集] 英語版の疑似科学例より
- Applied kinesiology - アプライド・キネシオロジー(応用運動科学)
- cryptozoology - 未確認動物学
- crystal power - 水晶パワー
- engrams - エングラム(記憶痕跡)
- facilitated communication - ファシリテイテッド・コミュニケーション(→関連:奇跡の詩人)
- homeopathy - ホメオパシー(同種療法、同毒療法、同病療法)
- Kirlian photography - キルリアン写真(放電写真撮影)
- magnet therapy - 磁気治療
- orgone energy - オルゴンエネルギー
- perpetual motion machines - 永久機関
- photoreading - フォトリーディング
- phrenology - 骨相学
- polygraph - ポリグラフ(嘘発見器)
- racially prejudiced psychometrics, as in The Bell Curve by Herrnstein and Murray - 人種的偏見を抱いている精神測定、Herrnsteinとマレーによる正規曲線の中でのように
- recovered memory - 回復記憶:カウンセリングなどにより、(実際にあったとはかぎらない)子供の頃の性的虐待などの記憶を「思い出す」こと。
- Remote viewing - 遠隔視(千里眼)
- stress studies - ストレス研究
- Transcendental Meditation - トランセンデンタル・メディテーション(TM。超越瞑想)
[編集] 関連項目
類義語
- プロトサイエンス (病的科学)
疑似科学批判
関連理論
考察対象
他
[編集] 関連書
- 『わたしたちはなぜ科学にだまされるのか ―インチキ!ブードゥー・サイエンス』ロバート・L. パーク 栗木さつき 訳 ISBN 4072289213
- 『疑似科学と科学の哲学』伊勢田哲治 名古屋大学出版会 ISBN 4-8158-0453-2
[編集] 外部リンク
[編集] 日本語サイト
- 疑似科学批評
- 疑似科学ってなに?
- 進化論と創造論 科学と疑似科学の違い
- 進化研究と社会:擬似科学/トンデモ
- 疑似科学バッシング
- 謎の疑似科学世界
- 超常ウォッチャーズ (非公式サイト)
- 懐疑論者の祈り
- 偽物科学なぜ人はそれでも信じるか?
- 「ニセ科学」入門
- 異端科学を楽しむ
- 色物科学者研究編(谷甲州黙認FC・青年人外協力隊)
[編集] 英文サイト
- The Skeptic's Dictionary( 日本語訳版(web.archive))
- sci.skeptic FAQ
- Skeptical Inquirer (主要記事の検索付き全文公開)
- The Seven Warning Signs of Bogus Science
[編集] リンク集
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人物 | カール・ポパー - トーマス・クーン - ネルソン・グッドマン | |
分野 | 物理学の哲学 - 時空の哲学 | |
言葉 | モデル - デュエム-クワイン・テーゼ - 検証と反証の非対称性-悪魔の証明 - オッカムの剃刀 - アドホックな仮説 | |
因果律 | 因果律 - 先後関係と因果関係 - 決定論 | |
関連項目 | 論理学の哲学 - 認識論 | |
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