磁気浮上式鉄道
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磁気浮上式鉄道(じきふじょうしきてつどう)とは、磁力の反発・吸引力により浮上する移動車両の総称である。推進にはリニアモーターを用いることが一般的であるため、リニアモーターカー(和製英語)と呼ばれることも多いが、厳密には不正確な表現である。磁気浮上式鉄道は、英語でMagnetic Levitationを略してマグレブ (Maglev) とも表現される。
2006年現在、実用化または具体的な開発が行われているものは、ジェイアール式マグレブ(以下JRマグレブ)、HSST、トランスラピッドの3方式である。世界初の実用運転は、1984年に開業したイギリスのバーミンガム空港と鉄道駅を結ぶバーミンガムピープルムーバであるが、現在は中止している。高速度型の世界初の営業運転は、2003年に開業した上海と上海空港のアクセスに使われている上海トランスラピッドである。
目次 |
[編集] 磁気浮上鉄道の特徴
磁気浮上鉄道の特徴として、浮上および推進を非接触で行うことができる点に尽きる。
[編集] 非接触推進による特徴
- ダイレクトドライブ
- 車輪のような伝達部分を必要としない。特に鉄道では車輪とレールの摩擦係数が比較的低く、特に加速および制動時、斜面の登坂に対する性能には限界があった。しかし、磁気浮上式の場合はエネルギ効率の向上や加速・制動性能の大幅な向上が期待できる。
- モータ構成の自由度が上がる
- 高速や低速の交通システムやコストに応じたモータタイプの選択ができる。
[編集] 非接触浮上による特徴
- 騒音や振動の低減
- 完全非接触の構成が取れれば、騒音の原因となるのは空気抵抗のみとなる
- 保守の手間が大幅に低減
すなわち、以下の利点に集約される。
- 高速性
- 低環境負荷(低騒音、省エネルギー)
[編集] 磁気浮上鉄道の技術
磁気浮上に必要な要素技術として、力の働く方向に浮上・案内・駆動の3種類に分類できる。
[編集] 磁気浮上の種類
磁石またはコイルの設置方法により、以下の三種類がある。
- 反発浮上方式
- 側面浮上方式
- 吸引方式
反発浮上および側面浮上式は、設置する磁石またはコイルの位置関係で自然に浮上量が決定する。吸引式は吸引力の働いている間のギャップが減ると浮上力が増す関係にあるため、浮上量を一定に保つために電磁石などで吸引力を制御する必要がある。
また電磁気的作用により以下の分類方法も考えられる。
- 永久磁石、電磁石同士の吸引・反発を利用して浮上
- 移動する磁石と、コイル内で発生する電磁誘導作用に発生する起磁力による吸引・反発を利用して浮上
- 磁石と鉄との間に働く吸引力を利用して浮上
実用的な磁気浮上鉄道を考えた場合、磁石同士の吸引または反発を利用する浮上方法は、軌道と車両の両方に磁石を設置することはコストおよび保守の面でかなり難しい。従って、技術・経済的に採用可能なものは以下の2つとなる。
- 電磁誘導浮上支持方式 (EDS,ElectroDynamic Suspension System)
- 車両側に電磁石を設置、軌道側に閉ループのコイルを並べる。車両が軌道上を走行すると、コイルに電磁誘導作用で電流が流れ、これにより磁界が発生する。結果、車両の電磁石と軌道のコイルの間に車体を支持する力が発生する方式。軌道側のコイルは軌道面に置けば、反発浮上式の構成となる。また側面において、側面浮上式の構成も可能である。
- 利点としては車両の浮上量を設計で任意に取ることができ、結果として後述の電磁吸引支持方式より大きな浮上量が得られる。欠点としては、静止または低速走行時に十分な浮上力が得られないため車輪等で支持する必要があることと、車両側に超強力な電磁石が必要となる点が挙げられる。
- 電磁吸引支持方式 (EMS,ElectroMagnetic Suspension System)
- 車両側に吸引用の浮上電磁石を持つ。また軌道側に車両を引き付けるための鉄レール等を使うことができ、軌道側のコストが安く済む利点がある。また、停止時、低速時でも浮上可能である。しかし、磁石による吸引は磁界が一定の場合、ギャップが小さくなるほど吸引力は大きくなる関係にある。浮上中は、レールと車体とのギャップを常に計測し、浮上電磁石の磁力を制御する必要がある。
- またギャップ長が制御できれば永久磁石を使用できる(この方法はM-Bahnで実用化された)。
[編集] 案内の種類
一般の鉄道の場合、レールと車輪の物理的接触により車両に対してレールの方向に案内する力が生じる。磁気浮上式鉄道の場合、非接触による軌道案内が必要になるが、磁気浮上で使用されるシステムをそのまま案内に使っている場合が多い。
[編集] 駆動の種類
非接触のままで推進力を得る手段としては、浮上用磁石と推進用磁石とで兼用ができるリニアモータによる駆動が一般的である。ロケットやジェットエンジン等を用いることも出来るが、実際の営業運転を考えた場合、騒音の面で現実的な解ではない。
[編集] リニアモータの種類
リニアモータは、回転型のモータを直線に展開したものと考えてよい。一次(電機子)側と二次(界磁)側に並進力を得ることが出来るモータである。リニアモータには回転モータと同種の方式を取ることができる。しかし、磁気浮上鉄道の利点である非接触を行うためには、無整流子構造の交流モータが有利である。すなわち磁気浮上鉄道で採用されている構成はリニア同期モータかリニア誘導モータのどちらかとなる。
[編集] リニア同期モータ(リニアシンクロナスモータ、LSM)
車両側と軌道側両方に電磁コイルを置き、どちら側かの電磁コイルで進行方向に対して吸引・反発力が得られるように磁界の向きを切り替えることで推進力を得る。磁界を切り替える制御を行うコイルを一次側と呼ぶが、これを車上側に置くか軌道側に置くかで方法が分かれる。すなわち、前者を車上一次方式、後者を地上一次方式とよぶ。
リニア同期モータ式の磁気浮上鉄道では、地上一次式とすると車両側に推進に関わる制御装置を持つ必要が無く、車両側コイルを磁気浮上と共用とすることもできる。車両小型化に関しては地上一次側の採用にメリットが大きい。しかし、同期モータの場合は車上一次方式・地上一次方式のどちらの場合でも軌道側にコイルを設置する必要があり、軌道建設の初期費用が膨らむ欠点がある。
[編集] リニア誘導モータ(リニアインダクションモータ、LIM)
誘導モータは、一次側にコイルを持つが、二次側は単に導体板を置いたものである。磁界中にある導体板内に発生するうず電流から磁界に反発する力が発生し、これが推進力となる。二次側にかご形や巻き線型も使用可能である。構造は同期モータに比べて単純であるが、エネルギ効率が劣る。
誘導モータにも車上一次、地上一次方式の両構成が可能であるが、軌道に導体板となるレールを敷設するだけで済む車上一次式が一般的である。また、レールと一次コイルの配置方法として、レールの片面のみにコイルを配置する片側式とレールの両面に配置する両側式がある。
[編集] 磁気浮上鉄道の要素技術分類
ここでは研究開発が行われたことのある磁気浮上鉄道を要素技術別で分類する。大分類としては、リニアモータ駆動の方法と磁気浮上力を得る方法に分けることができる。以下の表を参照のこと。
磁気浮上式鉄道 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
磁気浮上方式
リニアモータ方式
|
電磁吸引方式 | 電磁誘導方式 | ||||||
支持・案内分離式 | 支持・案内兼用式 | |||||||
地上一次リニア同期モータ | トランスラピッド (TR-05~、独) M-Bahn (旧西独) |
JR式マグレブ (日) EET (旧西独) |
||||||
車上一次リニア誘導モータ | COMET(旧西独) EML (日) |
HSST(日) バーミンガムピープルムーバ (英) トランスラピッド (TR-02、旧西独) |
||||||
推進方式未定 (※) | インダクトラック (米) |
※リニアモータも可能
[編集] 推進抵抗
磁気浮上であるため、車体と軌道等との接触はないため、これらの動摩擦力は働かないが、以下の2つが推進時の抵抗として働く。
[編集] 空気抵抗
特に高速移動を前提とする場合には、大きな問題となる。このため車両デザインには空力的に洗練されたものが要求される。
[編集] 磁気抵抗
磁界中を移動する導体には電磁誘導により磁界に抗する力が発生するが、これが抵抗となる。磁気浮上鉄道では空気抵抗に比べて桁違いに小さいが、強力な電磁石を用いて高速に移動する場合は無視できない。通常の鉄橋梁や鉄筋コンクリートの使用は磁気抵抗発生の原因となりうるため、低磁性や非磁性の材料の使用が必要となる場合がある。
[編集] 磁気浮上鉄道と他の交通機関との比較
1人当りの輸送に係るエネルギー消費で比較した場合、磁気浮上式鉄道はガソリン自動車の約1/2、航空機の約1/3である。また高速移動可能であるにも関わらず騒音や振動は比較的少ない。
高速輸送を考えた場合、磁気浮上式鉄道との競合は航空機となる。航空機と比べ前述のエネルギー効率を始め、運用コストや利便性では有利である。また乗用車と比較しても環境負荷や移動時間の正確性などで有利である。磁気浮上式鉄道の導入の一番のボトルネックは軌道の建設など初期投資が莫大であることが挙げられる。
[編集] 「夢の未来鉄道」の破綻
しかし、磁気浮上式鉄道を一番に否定しているのは、現状の鉄輪式(電動機または内燃機関駆動)の鉄道との比較である。
鉄輪式鉄道の1人辺りのエネルギー消費率は、電動機またはディーゼルエンジンを用いた日本国内で一般的なものでガソリン自動車の1/10~1/30程度と言われており、磁気浮上式鉄道は時間以外のほとんどの点で劣っている。
高速輸送の軌道の総てが動力装置となり、しかもこれらが直接風雨にさらされるため、整備維持のコストも鉄輪式の高速鉄道より高くなる。
加えて現在、日本の新幹線や在来線では信号システムの高度化により過密運転を行っており、これらは磁気浮上鉄道には応用が難しいことから、単一の列車の到達速度は上げられても、(現状の東海道新幹線のような)過密輸送の解消にはつながらないという指摘もある。
近年、コストパフォーマンスや、二酸化炭素排出削減の手段として、高効率の鉄道輸送が見直されつつあるが、現在の鉄道を磁気浮上鉄道に置き換えることは、これに反する。
以上の理由から、ほとんどの先進国では、現在、在来鉄道に代わる輸送手段としての、一般営業路線への投入は具体的に計画されていない。日本では長らく、中央新幹線が候補として挙げられていたが、運営会社はJR東日本、JR東海とも引き受けを渋っている状況にあり、本計画も鉄輪式の新幹線に変更される可能性が高い。
[編集] 磁気浮上鉄道の歴史
[編集] 浮上鉄道のアイデア
浮上式の交通機関のアイデアは古くからある。大部分は航空機へとつながるアイデアであるが、19世紀頃には、気球で浮かんで走る鉄道や水流に乗って走る輸送機関がイメージ図として現れた。実際、1870年頃のフランスパリで行われた博覧会では、水を軌道から吹き上げて車両を浮かばせてその上を走る列車が運転されたようである。
第二次世界大戦後、航空機や自動車の技術が発達すると鉄道に関しても高速化に関する研究が各国で始まる。鉄道の高速化に際し、鉄レールと鉄輪の組み合わせがボトルネックになると考えられていた。そこで、車両そのものを浮上させて高速化を図ろうというアイデアが提案されるようになる。具体的には、エア浮上と磁気浮上の2種類が考えられた。
[編集] エア浮上式鉄道
1959年、ホバークラフトが発明されると同じ原理でエアクッションを用いた鉄道の高速化研究が活発化する。フランスのルイス・デュソン(Louis Duthion)らによりAerotrainが、軍の資金提供を受けてオルレアン近くで18.5kmの実験線を作り開発が始まる。1965年には空気浮上とジェットエンジン推進で345km/hを記録。1974年に80人乗りのプロトタイプ車両で428km/hの世界記録を樹立した。フランス内でいくつかの実用化の提案がなされたが、騒音に加え、オイルショックによる影響を受けてプロジェクトは中止となる。
アメリカでは、運輸省が中心となりエアクッション浮上でリニア誘導モータ推進の試験車両TLRVが開発される。これは車両にガスタービンを搭載し、1973年に480km/hまで達成した。また同様のシステムは、イギリスのホバートレイン、フランスのアエロトレイン・サバービアン(Aerotrain Suburbian)、イタリアのパレルモ航空研究所でも行われていた。しかしオイルショックにより各国ともより効率の良いシステムの研究へ切り替えが迫られた。
一方でホバー式のエア浮上ではなく、航空機と同じように翼により浮力を得る浮上鉄道の研究も行われている(エアロトレインなど)。
[編集] 磁気浮上鉄道の基礎開発
一方、磁気浮上による車両浮上のアイデアも古くからあり、1914年に、イギリスのエミール・バチェレット(Emile Bachelet)が世界初の電磁誘導反発式の磁気浮上リニアモータのモデル実験を行っている。また、ドイツではトランスラピッドの源流ともなる電磁吸引式浮上がヘルマン・ケンペル(Hermann Kemper)により1922年に開発がはじまり、1934年にケンペルは磁気浮上鉄道の基本特許をドイツで取得した。
磁気浮上鉄道の研究が本格化したのは1960年代に入ってからで、各国で研究が始まった。特に旧西ドイツは国家的支援を受けて、メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社(MBB)が1966年から本格的に研究を始め、1971年、Prinzipfahrzeug(車上一次リニア誘導モータ)が90km/hの記録をつくる。また、1975年にCometが14mmの電磁吸引浮上で水蒸気ロケット推進ながら401.3km/hの記録をマーク。またHSSTの技術導入元のクラウス=マッファイ社が中心となったトランスラッピッド・プロジェクトのTR-02号機が1971年に164km/hをマーク。またシーメンス社を中心として超電導による電磁誘導式浮上のEET-01を1974年に280mの円形軌道で230km/hまで走行確認が行われた。
日本では、1963年から鉄道総合技術研究所を中心に研究が始まり、1972年に国鉄が日本の鉄道100周年を記念してML100による試験走行を公開。また日本航空がクラウス=マッファイ社の技術を導入してHSSTの開発プロジェクトを立ち上げ、1975年から開発を開始。また当時の運輸省は独自に通勤用の磁気浮上式鉄道(EML)プロジェクトを立ち上げ、1976年に実験を行っている。
アメリカでは、1970年代に磁気浮上の研究が行われていたがその後低調となり、ローマグ社(Romag)から開発を引き継いだボーイング社で1980年代中までは行われていたようである。
[編集] 磁気浮上鉄道の実用化開発
イギリスではホバートレイン計画が中止後、イギリス国鉄や大学で磁気浮上鉄道の研究が行われていた。イギリス国鉄は市場調査の結果、低速の市内交通に磁気浮上鉄道の可能性があるとし、小型低速タイプの研究を行っていた。この成果はバーミンガム空港と鉄道駅を結ぶバーミンガムピープルムーバとして1984年に世界初の実用化を果たした(1995年運行停止)。
西ドイツでは、それまでバラバラに行われていた磁気浮上式鉄道のプロジェクトの一本化をはかり、トランスラピッドを中心とした高速輸送向けの技術開発へと集約される。一方で1973年に開発のはじまったM-Bahnが1989年からベルリン市内で運用を開始する(1992年に廃止)。
1980年、日本のジェイアール式マグレブは宮崎実験線をU字型軌道に改良。有人走行車両MLU001を導入。1987年には有人走行で400.8km/hを達成する。1979年12月12日、初めて500km/hを超える504km/hを記録する。1990年には、実用化実験のための山梨実験線の工事が始まる。
1972年に、西ドイツのハンブルグで開催された国際交通博覧会でTR-05による一般試乗が行われる。1983年にはエムスランド実験線(20.3km)が完成。TR-06による走行試験が始まる。1988年にはTR-06で412.6km/hを達成。1993年にはTR-07で435km/hを達成する。
1989年には、HSSTが横浜博覧会において営業運転免許を取得して日本初の営業運転を実施。
1997年から日本のジェイアール式マグレブが山梨の実験線で実用化を目指した開発へと移行。1999年に有人で552km/hを記録。
2000年6月に上海浦東国際空港のアクセス鉄道としてトランスラピッドの採用が決定。2003年12月に磁気浮上式鉄道(高速タイプ)としては世界初の営業運転を始める。営業運転時の最高速度は430km/h。
2003年は、中国四川省成都郊外にも青山磁気浮上線420mが完成、観光客向けに営業運転開始。
2005年、HSSTが愛知高速交通東部丘陵線として営業運転を開始した。
中国ではトランスラピッドとは別に、2005年5月、大連で「中華06号」という400km/hで走行可能な車両を開発した。また、2005年9月には成都飛機公司がCM1型車両、愛称「ドルフィン(海豚)」の開発を開始、最高速度500km/hで、2006年7月に上海で試運転することを目指している。ドイツではトランスラピッドの技術を中国が盗んだとの疑惑が濃厚とされている。
[編集] 参考文献
- 『磁気浮上鉄道の技術』- 正田英介ら、オーム社