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産児制限

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

産児制限 (さんじせいげん) とは、人為的に受胎、妊娠出産を制限することである。産児制限の手段としては、不妊手術ないしは断種、性交段階での避妊、妊娠後の人工妊娠中絶がある。出産直後の嬰児殺(間引き)も同様の目的で行われた。

目次

[編集] 産児制限の必要性

社会の生産性の限界(食料不足等)、家庭の貧困、母体や胎児における医学的な理由が挙げられる。また、人口が急激に増加する国(例えば、第二次世界大戦敗戦直後の日本ブラジルインド中華人民共和国)では政策的に行なわれる例もある。「一人っ子の勧め」といったものがそれである。

自然状態でも妊娠はある程度コントロールされている、例えば母体の栄養状態が悪化すると排卵は抑制される。妊娠中は排卵しない。乳房を吸わせて授乳している間も排卵しにくい(無月経、母乳栄養参照)が、それだけでは不足する場面が多い。性科学に述べられているように、生殖以外に性行動を行うのはヒトの重要な特徴の一つである。性生活を十分楽しみ、同時に妊娠出産に計画性を持たせたい場合、産児制限が必要となる。殊にかつての多産多死(子供がたくさん生まれ、幼いうちに沢山死ぬ)から少産少死(出生率と乳幼児の死亡率が同時に減少する)に移行した先進国においては避妊法が広く普及している。

[編集] 日本における産児制限の歴史

日本では間引き及び堕胎(人工妊娠中絶)が暗然と行われてきたが、明治新政府は両者を法律で禁じた(堕胎罪参照)。また産児制限にも冷淡であり、特に当時は富国強兵政策の一環として「産めよ殖やせよ」政策を取っていたため、『ウーマン・リベル』を発刊したアメリカ合衆国マーガレット・サンガーが1922年に初来日した際にも、産児制限に言及しないよう日本政府が条件を付けたほどである。

1937年には産児制限が「国体維持に反する可能性がある」として警察が石本(加藤)シヅエを連行、その隙に産児制限相談所を家宅捜索しカルテ等を持ち出した。その結果産児制限相談所は閉鎖に追い込まれた。もっとも、避妊を公然と普及させることには洋の東西を問わず抵抗が強く、サンガーにも1914年に合衆国においてコムストック法(猥褻郵便物禁止法)で起訴され、1916年に産児制限診療所を開設した所逮捕され懲役刑に処された経験がある。

一方、日本陸軍は各国軍と同様、慰安所を利用する兵士に突撃一番と称するコンドームを支給し性病の流行と慰安婦の妊娠を予防した。

戦後になるとGHQの指導下で厚生省が一転して「産むな殖やすな」運動を提唱。GHQの統治が終了した後もこの政策は維持された。戦争の終結と復員にともない出産が急増したが、ただでさえ立ち後れていた日本の経済基盤は戦争で破壊されており生活基盤も同様に破壊されていた。厚生省からの指導以外にも、焼け跡生活を成り立たせるための産児制限に対する国民側からの需要が大きかったのである。そのため、人工妊娠中絶が激増し1952年には年間約80万を数えるようになり、中絶大国日本は国際的にも注目されることになった。そこで人工妊娠中絶を減らすための避妊の普及がもとめられ、同年、受胎調節普及実施要領を厚生省が発表した。1954年にはサンガーが再来日。近代的な避妊法が国民の間に普及し始めた。ピークの1955年には年間117万件(この数字は1990年代半ばの年間出生数に匹敵し、近年の出生数を上回る)を超えていた人工妊娠中絶はその後減少し続け、1985年には約55万件と半数以下になった。

日本における受胎調節(避妊、家族計画)年譜

  • 1869年(明治2年) - 堕胎禁止令発布。
  • 1880年 - 堕胎罪制定。
  • 1907年 - 現行刑法の堕胎罪制定。
  • 1909年 - 国産コンドーム発売。
  • 1922年 - マーガレット・サンガー来日。各地に産児調節研究会発足。
  • 1924年 - 荻野久作、「人類黄体の研究」学説発表。
  • 1931年 - 荻野久作、上記研究を応用した受胎調節法を発表。いわゆるオギノ式避妊法のおこり。
  • 1932年 - 太田リング発明(1930年のグレーフェンベルグ・リング発明をうけ)。
  • 1934年 - ラテックス製コンドーム開発。
  • 1936年 - 避妊リング(IUD)、有害避妊器具に(厚生省の許可は1974年)。
  • 1937年 - 母子保健法制定。産児調節運動弾圧。
  • 1938年 - 内務省警保局「婦人雑誌に対する取り締まり方針」。
  • 1941年 - 厚生省「人口政策要綱」。
  • 1946年 - GHQ、産児制限を求める。総選挙で加藤シヅエら当選。厚生省人口政策委員会「産むな殖やすな」運動。
  • 1948年 - エーザイ、「サンプール」(殺精子剤。女性用避妊薬)発売。優生保護法成立。
  • 1952年 - 厚生省「受胎調節普及実施要領発表」。マーガレット・サンガー再来日。
  • 1954年 - 日本家族計画連盟発足(サンガーの指導による)。人口問題審議会、家族計画の推進を進言。
  • 1955年 - 女性用経口避妊薬(ピル)の臨床試験開始。後に市販される。
  • 1967年 - ピル禁止。
  • 1969年 - 人口問題審議会中間答申、出生力を回復させることが必要だとする。
  • 1970年 - いわゆるウーマンリブの街頭活動開始(合法的な人工妊娠中絶の維持と、ピル解禁を求めていた)。中ピ連参照。
  • 1974年 - 避妊リング解禁。
  • 1975年 - 日本家族計画連盟会長加藤シヅエ、勲一等瑞宝章
  • 1984年 - 厚生省、人工流産剤「プレグラディン」世界初認可。
  • 1986年 - 低用量ピル治験開始。
  • 1988年 - 加藤シヅエ、日本人初の国連人口賞。
  • 1992年 - 厚生省中央薬事審議会、ピル解禁見送り。エイズ感染を加速することにつながりかねないとして。
  • 1996年 - 優生保護法から母体保護法に。
  • 1997年 - 「マイルーラ」(殺精子剤。フィルム型女性用避妊薬)に環境ホルモン問題(2001年に製造中止)。
  • 1999年 - 低用量ピル、銅付加IUD(申請は1977年)、女性用コンドーム(開発は1984年)認可。


[編集] 産児制限と人権

出産は女性の特権であると同時に、長期間にわたる肉体的・精神的な負担ともなり、時には命の危険すら伴う(出産難民参照)。出産を巡る男女の差はかように大きく、例えば合法な産児制限が行われなかった時代には、闇堕胎や見よう見まねの自己堕胎が行われ、この際命を失うのは胎児の他は女性に限られたのである。

このように「子供を産まない権利」あるいはいつどのように出産するかを女性自身が決定する権利」は女性の人権に深く関わる。ところが、胎児を人と見なした場合の胎児の人権も関係してくるため、問題は複雑になる。産児制限は身売り、口減らし、間引き、生活に行詰った結果の母子心中によって失われる子供の命を減少させる効果がある一方、避妊法の中でも受精卵の着床を防ぐ技術(IUD、モーニングアフターピル)や胎児を殺す技術(人工妊娠中絶、減胎手術)に対しては厳しい批判がある。人工妊娠中絶やモーニングアフターピルは強姦被害にあった女性の救済策としても用いられ、減胎手術は母体と他の胎児を救うため行われるため、尚更問題が複雑化する。女性の権利と胎児の権利の内で、前者に重きをおく立場をプロ・チョイス、後者に重きをおく立場をプロ・ライフと呼ぶ。

[編集] 産児制限の主体

日本の厚生省は夫婦が主体的に行う産児制限(特に避妊)を家族計画と呼んだ。ここでは家庭内での男女の権利が両者共確立していることが重要であり、家庭内で女性を抑圧する構造があれば家族計画の主体性は空文と化す。例えば、夫がコンドームの利用を拒否したり、一定期間の禁欲を必要とする避妊法を拒否したりする場合である。

女性が主体となって行える避妊法にはIUD、不妊手術、女性用コンドーム、経口避妊薬があるが、年譜から見て取れるように、日本の厚生省は女性が主体になる避妊法、特に経口避妊薬に関して頑な態度を取り続けた。これらにはAIDSを含む性病を予防する効果がないことが理由としてあげられている。

前記のように日本では国民の側に産児制限への需要があったが、国によっては、政府の意思で産児制限を行う場合がある(一人っ子政策等)。更に特定の集団/個人に対して強制的に産児制限が実行されることがある。優生学を背景にした断種がそれである。ナチのひきおこした悲劇は有名であるが、日本でも優生保護法に基づき精神障害者、ハンセン病患者に断種を施した例が多数知られている。ハンセン病断種を参照されたい。

[編集] 産児制限とフェミニズム

産児制限はフェミニズムとの関連が強い。前述の通り戦前の日本では女性の権利が抑圧されるのと平行して産児制限に対する風当たりが強かった。平塚らいてうらの堕胎論争、青鞜発禁事件、産児制限関係者の連行などがそれを物語っている。

日本の刑法では、堕胎(人工妊娠中絶)は基本的には犯罪であって、特定の場合に限り犯罪としないという立場をとっている。これが本質的な点で女性の権利を奪っていると主張する女性団体がある。例えば、堕胎によって体と心が傷つくのは女性であるのに、堕胎罪が問うのは女性の責任のみで、父親側の責任は一切問われないのはおかしいという主張である。そのような団体の例、SOSHIRENは堕胎罪そのものをなくすことを主張している。

[編集] 産児制限と女性の身体性

近代産業社会が男女問わず人間の身体性を低く評価することで成立していることは夙に議論されてきた。これを論じているのは社会学者とは限らず、題名が話題となった『オニババ化する女たち』(2004年、ISBN 4334032664)の中で、疫学研究者である三砂ちづるは女性の身体性の喪失を嘆いている。同書の中で三砂は、性関係における質の高さ(性科学参照)及びそこから帰結される妊娠と出産は女性にとって特に重要であるとし、その中でも出産経験の重要性をJICAの事業等で自身が経験した様々な例を元に指摘している。日本では若年者の性行為や出産に対する社会の扱いが極めて冷たく、若い親に対するサポート(例えば、子育て後に高等教育やキャリアの蓄積が可能であるようにすること)に欠けていること、性教育と称してもっぱら「セックスさせない」「出産させない」教育が行われていること、身体性に関する親世代から子世代への「知恵」の継承が失われていることに疑問を投げかけている。

[編集] 産児制限と宗教

キリスト教、特にカトリック教会では生命尊重の立場から伝統的に人工妊娠中絶に反対する立場をとってきたが、この問題についてはカトリック教会内でもいまだに賛否両論がある。

カトリック教会内の保守層は、人工的な手段による避妊を否定している。ただしオギノ式は自然な産児制限として認められていた。1991年に篠田達明が荻野久作の業績を扱った著作に『法王庁の避妊法』というタイトルをつけ、同名で舞台化もされたことからオギノ式が「法王庁の避妊法」という呼び名とセットにされることがある。ただ、カトリック教会が「自然産児制限」を認めているだけでオギノ式理論を特定して認めているというわけではない。

[編集] 関連項目

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