出産難民
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出産難民(しゅっさんなんみん)、お産難民 (おさんなんみん) は、産科医や小児科医の減少に伴い顕在化した、病院出産を希望しながらも希望する地域に適当な出産施設がない、あるいは施設はあっても分娩予約が一杯で受け付けてもらえない妊婦の境遇を、行き場を失った難民になぞらえた言葉である。
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[編集] 経緯
[編集] 安全な出産の確立
近代までの日本では、出産は産婆(現助産師)を呼んで自宅で行うものであった。難産になると母子ともに命を落とすことも珍しくなく、産婦・新生児の周産期死亡率は高かった(1950年は、46.6)。
地域に出産を取り扱う産院ができると、出産時や出産後のリスク回避のため、産院に入院して出産する妊婦が増えていった。産婦人科や小児科の医師による高度な周産期医療により、日本の周産期死亡率は激減し世界最低にまでなった(2001年は、3.6)。
[編集] 産科医の負担
しかし、この安全な出産は産科医の労働基準法を度外視した努力に依存するものであった。計画分娩と異なり自然分娩は時を選ばない。妊婦が陣痛発来すれば、産科医は外出中でも真夜中でも対応しなければならない。
日本産科婦人科学会が2006年にまとめた「全国周産期医療データベースに関する実態調査の結果報告」([1]) によると、分娩施設等の実数、施設当たり産科医の平均数は日本全国で以下の通りであった。これは厚生労働省の調査を元にした推計(下記括弧内)を下回る結果で、産婦人科を標榜していても、分娩を扱わない場合が多くなったことを反映していると思われる。
実数は以下の通り。出生数は年間111万程度(2004年は1110721)なので、年間で一施設当たり約330件であり、産科医一人当り約140件の出生を担当していることになる。
- 分娩を取り扱う施設の数 - 3320 (5000以上)
- 分娩に関与する常勤医(大学の医員を含む) - 7985名 (11000以上)
産科医の充足度という点から見ると、
- 大学病院、有床診療所を含む1施設あたりの常勤医数の平均 - 2.45名
- 常勤医が4名以下の病院 - 78.4%
- 常勤医の平均が2以下の県 - 青森、岩手、福島、岐阜、滋賀、愛媛、佐賀、大分
この中で山形、福島、石川、高知、熊本の各県では30%以上の病院が常勤医が一人しかいない一人医師体制であった。医師が一人しかいなければ24時間オンコールの当直を毎日続ける必要があることになる。
また周産期死亡率の低下はお産が危険なものであるという認識を薄れさせた。産後死・死産・未熟児・障害児など出産に問題があった場合、やむをえない症例であっても「医療ミス」として医師の責任が問われるような風潮が広がることになり、産科医に対する医療訴訟がたびたび起されるようになった。
しかし労働条件の厳しさ、訴訟リスクの高さに見合うほど報酬が他科に比べて特に高い、というわけでもない。
[編集] 福島事件
頻発する医療訴訟は産科医の逮捕にまで至った。2006年2月18日、福島県立大野病院産婦人科のK医師が逮捕抑留された。この事件は2004年12月17日に起きた、帝王切開中の出血による患者の死亡に関して、業務上過失致死罪および、異状死の届出義務違反(医師法違反)の疑いがあるとする刑事事件である。K医師は一人医師体制の下で通常通りの帝王切開に臨んだが、癒着胎盤のために結果として輸血が追い付かず患者が死亡した。予測が不可能な合併症、一人医師という困難な状況下で2年前に発生した(医療ミスでない)事故に対して逮捕が行われたことは産科医を動揺させた。日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会から「座視することができない」旨のコメントが表明され、各地の地方支部からもK医師逮捕に対する抗議が表明された。
[編集] 産科の状況
劣悪な労働条件と不合理な医療訴訟により、医学生に「産科は訴訟リスクが高い」「労働環境が劣悪」「世界最高レベルの医療を提供しても逮捕される可能性がある」などの認識が生まれ、産科医を志す人材が減少した。 またかつては体力的にきつい産科は男性向きだと考えられていたが、男性産婦人科医を嫌う患者も多いことから、また出産にあたって男子医学生の立ち会いが嫌われるため、男性が産科医を目指さなくなる風潮が生まれた。さらに、産婦人科医が分娩を扱わず婦人科のみに転向したり、他科に転向する例が増え始めた。ただでさえ2004年度から始まった臨床研修必修化により大学病院の医局が関連病院に派遣していた研修医を引き上げた時期であり、関連病院の産婦人科が分娩受け入れ困難になるという事態も起こった。産科医数そのものも減少に転じ、産科を標榜し分娩を取り扱う病院が全国的に減少することとなった。
そのため地域によっては「自宅から最も近い産科まで数時間の通院時間を要する」「公立病院での出産が抽選になった」「分娩予約が予定日の6ヶ月前」などという事態がみられ、だれもが産科医の管理下で医学的に安全な分娩をすることは困難な状況になりつつある。特に地方では問題が顕在化しつつあり、新聞などでもこれらの状況にある妊婦を「出産難民」として取り上げ報道するようになった。
これらの地方では、分娩施設の集約化、産科医の地方への誘致、助産師の活用などを試みてはいるものの、医師の不足、劣悪な労働条件、訴訟問題の悪循環が改善しない限り出産難民問題の決め手にはならず、今後団塊世代の医師が引退するため、少子化の進展により出産数自体も減少しつつあるがそれを上回るペースで産科医が減少を続けており、日本の産科医療体制は充実しているとは言い難い。
[編集] 助産師と看護師
また保健師助産師看護法(保助看法)により助産行為は医師または助産師のみが行うこととされているが、助産師も決して多いわけではない。2006年8月24日、横浜市にある「堀病院」は看護師が内診などの助産行為を行ったとして警察に摘発された。
[編集] 海外での状況
産科医療体制の崩壊は日本に限った話ではなく、例えばアメリカ合衆国では、産科医では収入の半分が損害賠償保険の掛金(カリフォルニアでは年間約17万ドル)として消えることも珍しくなく、産科医を目指す者が大幅に減少し、産科医を辞める医師が増加した結果、州によってはほぼ産科医が存在しない州も出てきている。
また、アメリカ合衆国では、この他、人工妊娠中絶を行っている産科医は中絶反対運動を行っている者に殺害されるリスクもある。
[編集] 他科での動向
産科と同様に厳しい労働条件と訴訟に悩まされる科でも、類似の問題が発生しつつある。例えば小児救急、脳外科である。特に新生児に何らかの異常があった場合、小児救急の処置が欠かせないが、新生児からの子供の医療を司る小児科医も産婦人科医同様、減少が進んでいる。
[編集] 関連する言葉
[編集] 防衛医療
防衛医療:訴訟をできるだけ避けるために、医療側の対応として、以前は不必要とされていた検査を含めできるだけ網羅的に検査を行う、めったに起きない最悪の転帰を含めて承諾しないと治療しない等の変化が見られるようになった。また、リスクの高い患者を引き受けない動きもでてきた。この結果たらい回しの増加と医療費の高騰、放射線被曝の増加(CTを用いた場合など)等が招かれることになる。
[編集] 関連報道
- 産科医が超勤手当1億円と設備改善を要求 奈良県立病院 2006年10月22日 朝日新聞 [2]
- 奈良県警が業務上過失致死容疑で捜査へ 妊婦死亡問題 2006年10月18日 朝日新聞 [3]
- 奈良の妊婦が死亡 18病院が転送拒否 2006年10月17日 朝日新聞 (奈良県大淀町立大淀病院)[4] [5]
- 違法助産、横浜市が検査で気づかず(2006年8月25日)読売新聞[6]
- 無資格助産:59年の開業当初から違法指示 堀病院長(2006年8月24日)毎日新聞 [7]
- 「産科」看板に偽り?「出産扱わぬ」35% 産科婦人科学会調査 (2006年6月15日)読売新聞[8]
- 連載【どうする?私たちのお産】 読売新聞
- 妊婦死亡、医師を書類送検 大和高田市立病院(2006/06/06)朝日新聞・関西[13]
- 県内の産科、10年で3割減( 2006/06/01)神戸新聞[14]
- 赤ちゃん、どこで産めば 減る産婦人科医、増える「出産難民」(2006.05.26)朝日新聞・西部朝刊
- 全国138病院が分娩休止 出産の場急減(2006/05/14) 朝日新聞[15]
- 地域の病院が分娩から撤退 産婦人科医10年で8%減(2006/05/05)朝日新聞[16]
- (お産が危ない!)消える産婦人科、増える「出産難民」(2006/05/05)朝日新聞大阪版
- [解説]産科医減少 対策は (2006年5月4日)読売新聞[17]
- 産婦人科医、2年で8%減 非常勤への異動など影響か(2006/04/24)朝日新聞[18]
- 産婦人科医が不在、分娩できず 島根・隠岐諸島(2006/04/04)(朝日新聞)
- 産科「消滅」の非常事態 どこで産んだらいいの?(2006.04.03) AERA
- 県立足柄上病院:医師確保も…お産、抽選か先着順 新体制、月10件が限度(2006.03.08)毎日新聞・神奈川版(Gsearchでは"出産難民"初出)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
福島事件関連リンク
- 日本産婦人科医会による、産科医逮捕事件への声明
- 「福島県の県立病院の医師起訴についての声明」10MAR2006 - 2006年3月10日。
- 「県立大野病院事件に対する考え」 - 2006年5月17日。起訴状の問題点と、防衛医療への懸念を表明している。
- 産科医不当逮捕事件