春風亭柳好
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春風亭 柳好(しゅんぷうてい りゅうこう)は落語の名跡。当代は7代目。
[編集] 5代目
5代目春風亭 柳好(1887年4月24日 - 1956年3月14日)は江戸噺家(落語家)。本名 松本 亀太郎。東京都台東区出身。
1912年、2代目談州楼燕枝に入門し燕吉を名乗る。その後燕雀、錦枝を経て1917年柳好で真打ちに昇進。東京演芸会社から落語睦会に移籍。8代目文楽、6代目柳橋(当時小柳枝)、2代目小文治と並び「睦の四天王」と呼ばれた。その後、日本芸術協会(現在の落語芸術協会)に所属。
花が咲いたかのように艶やかかつ華のある高座で、「唄い調子」と言われる流麗な口調が独特。多くのファンを獲得した。今日でも落語愛好家の間で「柳好」と言えば決まって「3代目」の事を指すほどである。(実際は5代目だが、自ら「3代目」と名乗ったためか、一般に3代目柳好として認識される。)
得意ネタは「野ざらし」、「がまの油」、「鰻の幇間」、「電車風景」、「二十四孝」、「立ち切り」など。高座へ上がると客席から決まって「野ざらし」や「がまの油」を求める掛け声がかけられたという。晩年は向島の芸者屋の若旦那となっていた。1956年、TBSラジオで「穴どろ」を収録後(録音が現存する)、上野鈴本演芸場の楽屋で急逝。享年69。
弟子に6代目春風亭柳好などがいる。
[編集] 6代目
6代目春風亭 柳好(1921年1月5日 - 1992年7月7日)は、落語芸術協会に所属した落語家。本名 小川 清。神奈川県横浜市出身。
1950年8月、29歳の時6代目柳好に入門して笑好を名乗る。1953年10月二つ目昇進。師匠の没後、6代目柳橋門下に移り、1958年9月真打昇進。フジテレビ「お笑いタッグマッチ」の回答者で売れる。ゆっくりとした口調で穏やかな高座を務めた。 「落語をやらせていただきます」とボソリと断りを入れてから落語に入る。
得意ネタはお見立て、こんにゃく問答など。
居住地から「川崎(の師匠)」と呼ばれた。プロ野球大洋ホエールズ(現在の横浜ベイスターズ)のファンでもあった。健康を害し、1989年芸術協会を脱退して治療に専念したが、1992年死去。享年71。
弟子に9代目春風亭小柳枝などがいる。
[編集] 7代目
7代目春風亭 柳好(1967年7月13日 - )は、落語芸術協会に所属する落語家。本名 平山 哉(ひらやま はじめ)。神奈川県川崎市出身。
1986年12月、5代目春風亭柳昇に入門。柳八を名乗る。1991年2月二つ目昇進。2000年真打昇進と共に、7代目柳好を襲名。先代を彷彿させるほのぼのとした高座を務める。母校の東京農業大学の特別講師も務める。
得意ネタは井戸の茶碗、やかんなど。
なお、二つ目時代、TBSテレビ「平成名物テレビ・ヨタロー」にレギュラー出演していた(チーム名「芸協ルネッサンス」)。
現在もBS日テレの「BS笑点」に不定期出演している。