五式中戦車
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五式中戦車 | |
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性能諸元 | |
全長 | |
車体長 | 7.30 m |
全幅 | 3.05 m |
全高 | 3.10 m |
重量 | 37.0 t |
懸架方式 | 平衡式連動懸架装置 |
速度 | 45 km/h |
速度 | 不明(整地) |
不明(不整地) | |
行動距離 | 250 km |
主砲 | 五式75mm戦車砲I型×1 |
副武装 | 一式37mm戦車砲×1 九七式7.7mm車載重機関銃×2 |
装甲 | (砲塔) 前面75mm 側面35〜50mm 後面50mm 上面20mm (車体) 前面75mm 側面25〜50mm 後面50mm 上面20mm 下面12mm |
エンジン | ハ9-2乙 川崎九八式800馬力発動機 水冷V型12気筒ガソリン 550馬力 |
乗員 | 6名 |
五式中戦車 チリは、大日本帝国陸軍が開発していた中戦車である。四式中戦車の開発と同時期である。
[編集] 概要
武装として、砲塔には五式75mm戦車砲(初速850m/s)、車体前面左には一式37mm戦車砲と九七式7.7mm車載機関銃を備えている。
また、後に攻撃力強化のため九九式8cm高射砲(口径88mm、日中戦争で捕獲されたドイツ製の艦載/沿岸砲のコピーであり、有名な8.8cmFlak18や36/37とは全くの別物)を搭載する案があったという説もあるが、この説を裏付ける公式な開発計画や設計資料が存在せず、現在では否定されている。どうやら本車の巨大な砲塔を見た米軍将兵の「88mmでも積めるだろう」という推測に過ぎないものが誤解されて流布したものとおもわれる。また九九式8cm高射砲が戦車砲とするには重量過大であるということも否定される理由である。
主砲は支那で鹵獲したスウェーデン製ボフォース高射砲を、日本でコピーした四式75mm高射砲を基本に、戦車砲に転用した物である。発射速度向上の為、半自動装填装置を備えていた。ただ本砲は基本の四式高射砲からしてその生産数が非常に少なく、戦車向けに多数を供給するのは極めて困難であった。現物がわずかしかないので、五式中戦車用の砲を半自動装填装置を外して、四式中戦車や三式中戦車に取り付けて使いまわしで試験していたというエピソードがあるぐらいである。そのため終戦時の五式中戦車は主砲を装備していない状態だった。
半自動装填装置と多数の銃砲弾を搭載するために、砲塔がそれまでの日本戦車に比べ巨大化し、砲塔内での作業を円滑に行うため日本戦車としては初めてバスケット(砲塔基部からぶら下げられる籠のこと)が装備された。これにより、バスケット内の戦車兵は砲塔の回転に合わせて自ら移動する必要が無くなり負担が減るはずだった。このように本車は日本戦車としては初の数々の新機軸を搭載した、実験的要素の強い戦車であった。
本車のユニークな特徴として、副砲として車体前面左側に固定式(限定可動式)に据え付けられた一式37mm戦車砲があげられる。 この装備の目的は、
- 1、主砲の75mm砲弾の節約の為。歩兵制圧目的なら37mmで充分。
- 2、主砲弾の装填中、砲撃の間隙を埋めるため。装填作業は37mmの砲が速い。
という理由があるが、根本的な理由は、「せっかく車体が大きいのに武装を多く積まなくてはもったいない」という、貧乏根性があったためだとおもわれる。また開戦前の一時期、世界的に流行した多砲塔戦車の発想が抜け切れなかったということもあるだろう。日本も開戦前に試製九一式重戦車、九五式重戦車多砲塔重戦車を試作している。また、戦中には試製100t戦車、試製120t超重戦車オイという多砲塔超重戦車も試作している。五式中戦車という、戦前なら重戦車に分類される大型戦車の開発にあたっては、これらの試作戦車の影響を受けたとみるべきだろう。五式中戦車はこれら試作重戦車の後継なのである。
もし五式中戦車が実戦で使用されることがあったならば、この車体前面防御上の弱点であり、補給も頻雑になり、中途半端な攻撃力の37mm砲は戦訓から、いずれ除かれたとおもわれる。
車体形状は一式中戦車に似ており、全面的に溶接を採用している。砲塔形状は三式中戦車に似ている。四式中戦車の砲塔が鋳造部品を溶接した物なのに対し、五式中戦車は砲塔も鋼板溶接箱組みである。車体は日本戦車としては破格の大きさであり、ドイツのティーガーII並である。直線的な単純面構成の組み合わせであり、従来の日本戦車に比べ生産性も高かったと推察される。
ただ全体に避弾経始にも少しは配慮しているとはいえ、ドイツの5号戦車、ティーガーII、アメリカのシャーマン、ソ連のT-34などのように、車体前面が一枚板の傾斜装甲で構成されていないので、それらに比べ防御面でやや不利であった。
サスペンションは水平コイル・スプリングを使用した日本戦車伝統の平衡式連動懸架装置を片側に2組設置していた。転輪は片側8個。2個づつ組みになっていた。技術的には古いが信頼性は高く、37t程度の車体を支えるには充分であった。
またエンジンは大馬力空冷ディーゼルエンジンを開発出来なかったため、航空機用としては旧式化して余剰となっていた、ハ9-2乙 川崎九八式800馬力発動機(水冷V型12気筒)を550馬力にデチューンして流用している。本エンジンはドイツBMW製航空ガソリンエンジンのコピーである。このような航空機用ガソリンエンジンを戦車用に転用する例は、アメリカ、イギリスではよく行なわれていた。日本でもこれに倣えば早期から軽量・大馬力・省スペースの戦車用エンジンが確保できたのだが、空冷ディーゼルに固執したために、五式中戦車まで実現しなかったのは惜しまれるところである。
本車は車体と砲塔がほぼ完成した状態で終戦となった。本車に興味を示した米軍により未完成の車体は接収されたがその後は行方不明となっている。
一説には、船で米国へ輸送中に台風に遭い、甲板から海に投棄されたとも、朝鮮戦争が勃発した際、鉄不足に陥ったためスクラップにされ利用されてしまったとも言われている。
本車の派生型には、チリII型という、エンジンを加給器付き500馬力空冷ディーゼルエンジン(未完成)に改めた計画もあった。
他に五式中戦車の車体を流用した砲戦車ホリと呼ばれる10.5cm砲装備、戦闘室前面装甲厚125mm、側面25mmの重装甲、全備重量40トンの固定戦闘室形式の車輌開発計画が存在したが、計画が遅れたためにモックアップに留まった。本車計画案にはホリIとホリIIがある。ホリIはドイツのフェルディナント/エレファント重駆逐戦車に似た形状であり、ホリIIは同じくヤークトティーガー重駆逐戦車に似ている。
総括として、日本戦車は四式と五式中戦車をもってようやくM4シャーマン、T-34/76、4号戦車などの列強の中戦車に性能が追いついたものの、連合軍のT-34/85、IS-2だけでなく、間もなく登場する新型重戦車であるM26パーシング、IS-3などにはとても抗し得るものではなかった。もし仮に四式、五式が量産され、日本本土決戦で使用されても、制空権も無く、生産数も少ないだろうこともあって苦戦は免れなかったであろう。史実ではなんら戦局に寄与する事も無く開発途中で終戦を迎えた。
しかし五式が四式より少しだけ車体長が長く、重い事を除けば、両車はほとんど同じ車体規模と装甲厚、主武装を持つ車輌であり、大戦末期の生産力が落ち込んだ状況でこのような似た性能の車輌を両方とも量産することはかなり不合理なことであり疑問が残る。
一説には量産の本命は四式中戦車であり、五式中戦車は大型戦車の技術検証用の試作車輌であって、量産の予定は最初から無かったか取りやめになったとのことである。ただ戦争末期まで実験用車輌としての試作は続けられた。ホリ車に関しては量産を前提に開発は続けられたとのことである。これは開発中の十糎半戦車砲を搭載する重装甲砲戦車の車台に適当な物が、五式中戦車の車台しかなかったためであろう。
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