バンリュー
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バンリュー(Banlieue)はフランス語で「郊外」という意味である。フランスで「郊外(バンリュー)」が問題になる場合は、パリなど大都市郊外の、移民が多い貧しい公営住宅地帯を指す場合が多い。
文字通りの意味はBan(禁止された)Lieue(マイル・もしくはリーグ)で、かつて商業を行う城壁都市を取り巻くように設置された、認可された商取引以外が禁止されていた地域のことである。また立ち入り禁止の区域という意味であったとも、布告(バン)の声が届く範囲の1リーグという意味であったとも、諸説ある。
フランスでは英米と違い、ジョルジュ・オスマン男爵による19世紀のパリ大改造の影響もあって、通常、大都市の都心部やかつての城壁の中に当たる街区が最もグレードの高い住宅地で、郊外はどちらかといえば家賃の低い区域である。郊外には高級住宅地もあれば貧しい地域もあるが、パリ西部のイヴリーヌ県のヴェルサイユ、ル・ヴェジネ(Le Vésinet)、オー=ド=セーヌ県のヌイイ=シュル=セーヌ(Neuilly-sur-Seine)などは裕福な郊外で、一方、北東部のセーヌ=サン=ドニ県、とりわけクリシー=ス=ボワ(Clichy-sous-Bois)は貧困な郊外である。
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[編集] 「移民の多い公営住宅地帯」
1970年代から1980年代ごろから、「バンリュー(郊外)」という言葉は、パリなどの大都市のはずれにある、旧植民地からの移民(アルジェリアやモロッコからのアラブ人、サハラ以南からの黒人)が主に住む低所得世帯用公営住宅団地を婉曲に指して使うことが多くなった。(注:こうしたフランス語の用法はフランスに限られ、カナダのケベック州やアフリカのフランス語圏では使われない)
フランスは第二次世界大戦からの復興過程で多くの移民を旧植民地から受け入れ、1960年代以降、パリ東部をはじめ全国の大都市のバンリューに、移民労働者に安価かつ良質な住宅を大量に提供するために団地群が建設された。しかしこれらの団地は画一的な設計で住民同士のつながりは弱く、都心部からは隔離されたような位置にあり、急速に荒廃が進んだ。石油ショックによって移民を必要とした好景気は終わり、1980年代以降、フランスの若い世代全体に新規の求職がない状態が続き、とりわけ人種の違う移民2、3世の若者は求職で合格をもらうことが困難で失業率が増加した。非行化が進む移民2、3世の少年達によって軽犯罪が増加した結果、バンリューの団地はフランス社会から貧困で危険な地域だと見られるようになった。またバンリューの少年達は各地で増加する軽犯罪や落書き、野蛮な振る舞いの主要因とみなされるようになった。こうした犯罪増加と移民への危険視をうけて、ジャン=マリー・ルペン率いる極右政党「国民戦線」は、法律や刑罰の厳格な執行や、移民の制限という綱領をかかげ、1990年代初頭にかけて躍進した。1990年代からバンリュー問題は社会問題となり、特にバンリューの若者の荒廃したありようを描いた映画『憎しみ』(1995年)はフランス社会に衝撃を与えた。
バンリューを現代英語に訳すとすれば、「ゲットー」になるだろう。より踏み込んで言うなら、フランスのバンリューは、高い犯罪率、ドラッグの取引、そしてラップ・ミュージックの流行などアメリカの「ブラック・ゲットー(黒人スラム)」に似ている。移民2、3世の若者たちはフランス語を話すフランス人で祖先の国に対する思い入れはないが、一方でフランス社会からも受け入れられず失業などに苦しみ、社会への怒りが増幅している。
2005年10月27日には、パリの北東部のバンリュー、クリシー=ス=ボワで数百人の青少年と官憲による大規模な衝突や暴動が発生した。2005年パリ郊外暴動事件は、同地の変電所で警官から隠れようとした二人のティーンエイジャーが感電死したことをきっかけに発生し、11月以降フランス全土に広がって政府を危機に陥れた。
[編集] 「赤いバンリュー」
『Banlieues rouges』(赤いバンリュー、赤い郊外)とは、伝統的にフランス共産党が強く、市長職やその他選挙で選ばれる役職を独占するパリの郊外のことである。パリ南東のイヴリー=シュル=セーヌ(Ivry-sur-Seine)や南西のシャティヨン(Châtillon)などが共産党の牙城として知られている。こうした地域では『ユーリイ・ガガーリン通り』など、いくつかの通りが共産圏の人物にちなんで名づけられている事がある。
[編集] フランス文化・スポーツにおけるバンリュー
バンリューは多くのミュージシャンやスポーツ選手などの生まれ故郷でもある。1998年のFIFAワールドカップで活躍し優勝したフランス代表チームは、マルセイユのバンリュー(ラ・カステラン地区の団地)出身のジネディーヌ・ジダンをはじめ、パリのバンリュー出身のティエリ・アンリ、ニコラ・アネルカ、ナント出身の主将マルセル・デサイーなど多民族からなり、「フランスの多民族の共存の象徴」と賞賛された。
近年のフランス映画では、荒廃したバンリューを舞台にした社会派映画・アクション映画なども多い。
- 『憎しみ』(La Haine、監督・脚本:マチュー・カソヴィッツ、主演:ヴァンサン・カッセル、1995年、セザール賞作品賞)
- 『アルティメット』(BANLIEUE 13、監督:ピエール・モレル、脚本・製作:リュック・ベッソン、2004年、『バンリュー13』の題で映画祭にて上映)
- 『(仮題)サイドステップ』(L' Esquive、監督:アブデラティフ・ケシシュ、2004年、セザール賞作品賞)