ジャワハルラール・ネルー
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パンディト・ジャワ-ハルラール・ネルー(ネール)(जवाहरलाल नेहरू(Pandit Jawaharlal Nehru),1889年11月14日 - 1964年5月27日)はインドの首相。独立運動の指導者・社会主義者・著述家。
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[編集] プロフィール
[編集] 独立運動
富裕なバラモン階級の家柄に生まれ、第二次世界大戦以前よりインド国民会議の一員としてマハートマー・ガーンディーやスバース・チャンドラ・ボースなどとともにイギリスからの独立運動を指導する。
[編集] 初代首相
1947年のインドとパキスタンの分離独立後、インドの初代首相となると、自ら社会主義者である事を宣言し、経済面でマルクス主義的な社会主義経済開発政策を打ち出し、多くの印僑を生んだ。国際的には事実上は反米親ソである非同盟・中立の外交を推進した。1954年、中華人民共和国の周恩来と会談を行い、領土主権の尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和共存の五つからなる「平和五原則」を掲げた。
[編集] 家族
インドの第3代首相(首相代行を2度務めたGulzari Lal Nandaを数えると第5代首相)となるインディラ・ガンジーはネルーの一人娘。
[編集] 日本にインドゾウを寄贈
戦前上野動物園には3頭のインドゾウが飼育されていたが、空襲の際に逃げ出し暴れるのを恐れた行政側により殺処分(実際には餓死)され(この際の顛末は戦後童話になった『かわいそうなぞう』に詳しい)、日本で生きたゾウを見る事が出来るのは名古屋の東山動物園だけであった。「東京でゾウが見たい」と云う子供達の声は時の行政を動かし、各国にゾウの寄贈を打診する。ネルーは「日本の子供達にゾウを見せてあげたい」と1頭のゾウを上野動物園に寄贈する事を申し出る。このゾウには『インディラ』(ネルーの愛娘と同じ名前であり、彼が愛したインドの国の名そのもの)と名付けられ、1949年9月に上野動物園に到着、1983年に死亡するまで上野動物園のシンボルとして子供達に愛された。
[編集] 著述家
なお、その歴史観については公正を欠くという批判もあるが、秀でた著述家でもあり有名な歴史書「父が子に語る世界歴史」1939年「自伝」などがある。