しおかぜ (列車)
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しおかぜとは、JR四国が岡山駅~伊予西条駅・松山駅・宇和島駅間を宇野線・本四備讃線・予讃線・内子駅・内子線経由で運行するエル特急。
[編集] 運行概況
東海道・山陽新幹線に接続して、岡山~香川県西讃地方~愛媛県の各都市を結ぶJR四国の主力列車である。
1990年に2000系の量産車が予讃線に投入された頃から岡山から宇和島までの全区間を結ぶ直通列車は宇和島駅発が朝の上り3本のみと宇和島駅着が夜の下り2本のみとなり偏った状態だった。 予讃線の電化完成当初も、岡山から宇和島までの全区間を結ぶ直通列車は宇和島駅発が朝の上りと宇和島駅着が夜の下り各1本のみ残されたが、松山駅で2000系同士の乗り換えが1日1回発生していること(=直通可能なのに分断していること)が問題視され、その後2往復に増発された。
本列車は土讃線の特急「南風」同様岡山駅での新幹線接続列車の役割をも担っている。しかし近年は飛行機や高速バスに押されている感があり、その意義は薄れつつある。京阪神方面に至っては同じJR四国バス・西日本JRバスが運行する高速バスと客の奪い合い状態が続いている。
2004年12月、岡山駅または児島駅と内子駅方面を行き来する際に、松山駅で8000系「しおかぜ」と2000系「宇和海」を乗り継いでも出発駅から岡山駅までの特急料金で可とする特例がようやく制定された。(目的地が岡山でなく高松の場合は、同じJR四国管内完結のため、この特例はかなり前から存在していた)詳しくはこちらを参照。なお、多度津以西の特急列車は高松駅~伊予西条駅間運転の1往復を除き、すべて松山運転所配置の車両で運転されている。ただし、2000系の編成中には高松、高知の車両が代わりに連結されていることがある。
運転区間の殆どが単線区間で列車の増発が困難であることから、伊予西条駅~岡山駅間の「しおかぜ2号」と岡山駅~松山駅間の「しおかぜ29号」の1往復を除いて宇多津駅~松山駅・宇和島駅(上り1本のみ)の間で「いしづち」を併結する。但し、多客期は一部列車を除いて「いしづち」を分離して全編成が岡山駅へ直通する。また、団体客が乗車する場合も同様で、時刻表に載らない場合が多い。逆に、瀬戸大橋が強風で通行止めの場合は、全列車全編成とも高松駅発着となる。
運用上の特徴として、松山行き(5両編成)では「いしづち」が先に宇多津駅に入るため、「しおかぜ」が手前で信号待ちをすることが多い。「しおかぜ」編成が3両編成の場合と宇和島まで行く場合、「しおかぜ」の後ろに「いしづち」が連結される。
- 停車駅
- 岡山駅 - 児島駅 - 宇多津駅 - 丸亀駅 - 多度津駅 - (詫間駅) - (高瀬駅) - 観音寺駅 - 川之江駅 - 伊予三島駅 - 新居浜駅 - 伊予西条駅 - 壬生川駅 - 今治駅 - (伊予北条駅) - 松山駅 - (市坪駅:※) - (伊予市駅:22号のみ通過) - (伊予中山駅:10号のみ停車) - 内子駅 - 伊予大洲駅 - 八幡浜駅 - 卯之町駅 - 宇和島駅
- 使用車両・編成
- 伊予西条駅、松山駅、八幡浜駅を境に需要が変わるため、原則として、松山駅~宇和島駅を4両とし、岡山駅~松山駅は5両が基本となっている。なお前述のとおり一部列車を除き宇多津駅~松山駅(上り1本のみ宇和島駅)間は高松駅発着の「いしづち」を併結している。
- 8000系電車
- 2000系気動車(アンパンマン列車)
- 振り子装置の仕組み上、高松や高知の車両と先頭車の向きをそろえる必要があることから、運転開始時のままの編成順序である。松山駅では、岡山や高松から戻ってきた「宇和島行き」7両のうちの後ろ3両を切り離し、宇和島から来た4両の前につなぐことにより、必要最小限の稼働数に抑えてある。1号車には、16席の指定席の内装までもアンパンマン列車仕様化された車両が検査時を除いて充てられている。
- ※愛媛県南予地区で朝通勤通学時間帯の走行になる10号のみ、宇和島から5両で岡山まで運転。宇和島-宇多津は前2両に「いしづち」編成を連結(先に宇和島に到着した4両に、次の「宇和海」25号で来たアンパンマン列車3両を並べ替えて増結して、4+1+2の7両編成に仕立てる)。
- 多客時には、これらの原則を崩して松山以西も5または8両で運転している。この場合は「しおかぜ」優先であり、「いしづち」編成も「しおかぜ」として運転されるので「いしづち」の併結は無い。(高松方面は、多度津~宇多津間で代走列車に乗り換えとなる。)
なお、南予地方から高松直通の需要が全くないわけではないが、解決するには線増と各駅の有効長延伸しかなく、JR他社と比較して規模が小さく資金難のJR四国では不可能である。
[編集] 沿革
- 1965年から1968年まで、新大阪駅~広島駅間を運行する特急列車の名称で「しおかぜ」の名称が使用される。山陽本線優等列車沿革の項目を参照。
- 1972年、急行列車「いよ」を格上げする形で「しおかぜ」3往復運行開始。「南風」と共に、四国初の特急列車設定。当時、運転曲線が急行列車と殆ど同一だったので、途中停車駅を新居浜駅、今治駅、松山駅、伊予大洲駅か八幡浜駅(千鳥停車)に絞り、高松駅~宇和島駅間を4時間35分の運転であった。
- 1977年 「しおかぜ」1往復増発し、4往復に。
- 1986年、キハ185系が登場し、急行列車「いよ」「うわじま」を格上げする形で「しおかぜ」を9往復増発し、13往復に。
- 1988年4月、瀬戸大橋線開業に伴い岡山駅発着に変更し、5往復となる。
- 1989年7月、宇野線妹尾駅構内複線化に伴う増発で3往復増になり、8往復に。キハ185系使用列車1往復が多度津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転を開始。
- 1990年11月、振り子気動車(2000系気動車)を8往復中6往復で使用開始。「いしづち」との連結運転中止。
- 1992年7月、8000系電車試作車が登場し、臨時列車で岡山駅~新居浜駅間2往復運転開始。
- 1993年3月、予讃線新居浜駅~今治駅電化完成に伴い、松山駅発着列車の大半を電車化。1往復増発され10往復に。また、多度津駅~松山駅間で「いしづち」との連結運転が3往復できる。2000系気動車「しおかぜ」は岡山駅~宇和島駅間1往復、岡山駅~松山駅間1往復に。全列車児島駅停車になる。
- 1994年12月、下り1本が増発となり下り11本、上り10本に。多度津駅~松山駅間での「いしづち」との連結運転が下り4本、上り3本になる。
- 1997年11月、3往復増発され下り12本、上り11本に。2000系気動車「しおかぜ」2往復も含めて多度津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転する列車は下り10本、上り9本に増える。
- 1998年3月、岡山方面の所要時間短縮のため8000系電車の編成ごと向きを逆に変えた。多度津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転する列車は下り13本、上り12本に増える。
- 1998年10月、平日のみ運転の「しおかぜ82号」が伊予西条駅~岡山駅間に上り1本増発され、14往復に。
- 1999年3月、平日のみ運転の「しおかぜ82号」が毎日運転となり、「しおかぜ2号」となる。
- 2000年3月、1往復増発され15往復に。多度津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転する列車は下り14本、上り13本に増える。
- 2002年3月 「いしづち」との連結を行う駅を多度津駅から宇多津駅に変更。
- 2003年10月、宇多津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転する列車が下り15本、上り14本に増える。2000系の「しおかぜ」に松山で併結となる上り1本の「いしづち」を平日のみ宇和島始発に変更した。
- 2005年3月、「しおかぜ29号」が全区間単独運転となり、宇多津駅~松山駅間で「いしづち」と連結運転する列車が14往復になる。これまで平日のみの運転だった宇和島始発の上り1本の「いしづち」(2000系「しおかぜ」と併結)が毎日運転になる。
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