熊野灘
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熊野灘(くまのなだ)は、北西太平洋のうち、日本の本州南部紀伊半島の和歌山県・三重県に跨がる熊野地方南方に広がる部分の呼び名。古くから航行の難所。
沿岸の主な市町村に串本町、那智勝浦町、太地町、新宮市、紀宝町、御浜町、熊野市、尾鷲市、紀北町があり、熊野川が注いでいる。沿岸の郷土料理にめはりずし、秋刀魚寿司、なれずしがあり、またダイダラボッチ伝承の一つが伝わる。歴史的には古式捕鯨の行われていた地域の一つで、太地町には捕鯨基地がある。
この海域ではしばしば黒潮蛇行が発生する。
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[編集] 地形
尾鷲市以北はリアス式海岸、熊野市から新宮市までは礫からなる直線的な海岸(七里御浜海岸・三輪崎海岸)を持つ。さらに那智勝浦町以南には奇岩が見られる。串本町の橋杭岩や、那智勝浦町の紀の松島などがそれにあたる。熊野市にも一部奇岩が見られる(たとえば鬼ヶ城・獅子岩など)。
沖合いは水深2000m程度で平坦になっている。
[編集] 漁業
太地町は捕鯨の町として知られる。捕鯨問題によって大規模な捕鯨が禁じられている現在も調査捕鯨の船舶が寄航する。また町内にはくじらの博物館があるほか、鯨料理を出す飲食店が多い。
那智勝浦町は西日本を代表するマグロ水揚げ基地であり、本マグロをはじめ様々なマグロが水揚げ・取引されている。また、「まぐろ祭り」も開催されている。
サンマ漁も行われている。しかし三陸沖から泳いできたサンマは脂がほとんどのっていないため、おもに寿司や刺身用となる。
[編集] 地震・津波
熊野灘は1944年の東南海地震をはじめ、およそ150年周期で繰り返し発生しているプレート境界地震の震源域にあたる。沿岸では過去何度も津波の被害に見舞われている。
紀伊長島町など多くの自治体で津波から避難するためのタワーなどを建設している。また、電柱などに、過去の津波高を示し注意を喚起している。津波からの避難訓練も頻繁に行われている。
熊野灘では地震や地殻変動の監視もさかんである。海上保安庁、名古屋大学、東北大学が同海域で定期的に地殻変動の観測を行っている。また、文部科学省が海底地震計ケーブルの設置を決定したほか、海洋研究開発機構も地震計ネットワークを敷設する計画がある。さらに掘削船ちきゅうも2007年以降、同海域で掘削調査を行う予定である。
[編集] 関連項目
- 灘
- リアス式海岸
- エルトゥールル号遭難事件
- ノルマントン号事件
- 九鬼氏-航行の難所やリアス式海岸を利用して活躍した水軍
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