東條内閣
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東條内閣(とうじょうないかく)は1941年(昭和16年)10月18日に第40代内閣総理大臣東條英機によって組閣された内閣である。
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[編集] 概要
高邁な理想を持って組閣を行っては、軍部の横槍などで嫌気が差し、すぐに内閣を投げ出す近衛文麿であったが、第3次近衛内閣に至ってはわずか3ヶ月で瓦解した。近衛も東條も、時局収拾のため皇族内閣の成立を望み、東久邇宮陸軍大将を候補に挙げた。現役の軍人であり、軍部への言い訳も立つということである。しかし、木戸幸一内府が「皇族の指導によって政治・軍事指導が行われたとして、万が一にも失政があった場合、国民の恨みが皇族に向くのは好ましくない」と反対したため重臣会議に諮られ、結局は「強硬論を主張する東條こそ、逆説的に軍部を抑えられる」という木戸の意見が通り、東條が組閣することになった。なお、この際東條は陸軍大将に昇進している、
首相・陸相・内相を兼ねて絶大な権力を持つ形で始まった内閣であったが(内相の地位は翼賛選挙を行うにあたり、生え抜きの内務官僚湯沢三千男に譲る)、戦局は不利の一途を辿り、軍部への指導力を高めるために行った陸相と参謀総長の兼任もさしたる実効力はなく却って批判を増すばかりであった。
最終的には重臣と高松宮海軍大佐らを中心とした皇族グループ(重臣の近衛は皇族ではないが摂家の筆頭であり、立場的には皇族に準じる)による倒閣工作が水面下で進行し、マリアナ沖海戦と、それに伴うサイパンの陥落の敗北の責任を取る形で辞職した。
在任 : 1941年10月18日~1944年7月22日 ※総辞職は7月18日。小磯内閣が成立するまでの間、職務を執行。
[編集] 閣僚
- 東條英機(軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 東郷茂德(貴族院所属:無所属倶楽部・元官僚:外務省)
- 1941年10月18日~1942年9月1日
- 東條英機(首相兼任・軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1942年9月1日~1942年9月17日
- 谷正之(官僚:外務省)
- 1942年9月17日~1943年4月20日
- 重光葵(官僚:外務省)
- 1943年4月20日~1944年7月22日
- 東條英機(首相兼任・軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1941年10月18日~1942年2月17日
- 湯澤三千男(官僚:内務省)
- 1942年2月17日~1943年4月20日
- 安藤紀三郎(予備役陸軍中将[陸士11期])
- 1943年4月20日~1944年7月22日
- 東條英機(首相兼任・軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 岩村通世(官僚:司法省)
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 橋田邦彦(東京帝大医学部教授)(第3次近衞内閣から留任)
- 1941年10月18日~1943年4月20日
- 東條英機(首相兼任・軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1943年4月20日~1943年4月23日
- 子爵岡部長景(貴族院所属:研究会・元官僚:外務省)
- 1943年4月23日~1944年7月22日
- 農林大臣 - 1943年11月1日廃止
- 商工大臣 - 1943年11月1日廃止
- 農商大臣 - 農林省と商工省を統合し、1943年11月1日設置
- 山崎達之輔(衆議院:翼賛政治会)
- 1943年11月1日~1944年2月19日
- 内田信也(衆議院:翼賛政治会→貴族院)
- 1944年2月19日~1944年7月22日
- 軍需大臣 - 1943年11月1日設置
- 東條英機(首相兼任・軍人:陸軍大将[陸士17期])
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 逓信大臣 - 1943年11月1日廃止
- 鉄道大臣 - 1943年11月1日廃止
- 寺島健(逓信相兼任・予備役海軍中将[海兵31期])
- 1941年10月18日~1941年12月2日
- 八田嘉明(逓信相兼任・貴族院所属:研究会)
- 1941年12月2日~1943年11月1日
- 運輸通信大臣 - 逓信省と鉄道省を統合し、1943年11月1日設置
- 拓務大臣 - 業務を内務省に一本化し、1943年11月1日廃止
- 東郷茂德(外相兼任・貴族院所属:無所属倶楽部・元官僚:外務省)
- 1941年10月18日~1941年12月2日
- 井野碩哉(農林相兼任・官僚:農林省)
- 1941年12月2日~1943年11月1日
- 大東亜大臣 - 1943年11月1日設置
- 青木一男(貴族院所属:研究会)
- 1943年11月1日~1944年7月22日
- 小泉親彦(予備役陸軍軍医中将)(第3次近衞内閣から留任)
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 鈴木貞一(予備役陸軍中将[陸士22期])(第3次近衞内閣から留任)
- 1941年10月18日~1943年10月8日
- 岸信介(官僚:商工省・元満州国産業部次長)- 商工相から転じる
- 1943年10月8日~1944年7月22日
- 国務大臣
- 安藤紀三郎(予備役陸軍中将[陸士11期])- 内相に転じる
- 1942年6月9日~1943年4月20日
- 大麻唯男(衆議院:翼賛政治会)
- 1943年4月20日~1944年7月22日
- 国務大臣
- 青木一男(貴族院所属:研究会) - 大東亜相に転じる
- 1942年9月17日~1942年11月1日
- 後藤文夫(衆議院:翼賛政治会→貴族院所属:研究会・元官僚:内務省)
- 1943年5月26日~1944年7月22日
- 国務大臣
- 星野直樹(貴族院所属:研究会)
- 1941年10月18日~1944年7月22日
- 森山鋭一(官僚:内務省)
- 1941年10月18日~1944年7月22日
[編集] 政務次官
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[編集] 外部リンク
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