推定無罪
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推定無罪(すいていむざい)は「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という立証責任の考え方に基づいた近代刑事法の基本原則である。狭義では刑事裁判における裁判官の自由心証主義に対する内在的な拘束原理としての意味のみで用いられる。無罪推定の原則とも言う。
この制度は刑事訴訟における当事者の面を表している。これを、裁判官側から表現した言葉が「疑わしきは罰せず」であり、2つの言葉は表裏一体をなしている。「疑わしきは被告人の利益に」の表現から利益原則と言われることもある。
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[編集] 根拠
日本では刑法、刑事訴訟法に明文規定はないが、適正手続(due process of law)一般を保障する条文と解釈される日本国憲法第31条の
- 「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
に推定無罪の原則が含まれると解釈されている。
また、自由権規約に明文化されており、これを日本は批准しているため、憲法の下位もしくは法律と同程度の効力によって日本国内に効力がある原則である。
理論的根拠としては、被疑者・被告人は訴訟の当事者である、という刑事訴訟の当事者主義の原則を貫いた場合、被疑者・被告人は訴訟のやり方を失敗したために刑罰を受ける、という事態になりかねない。そこで、刑罰権を行使する検察側が犯罪事実を立証しなければならないとする結果、被告人は無罪と推定される、ということによる。 また、日本で現在採用されている弾劾主義のもとにおいては、実際に犯罪を犯したかどうかを判断する手続が刑事裁判手続であるため、当事者である被疑者・被告人には無罪の推定が働くことになる。
[編集] 歴史
[編集] 制度化の歴史
と規定されたのに始まり、現在では自由権規約、ヨーロッパ人権規約など各種の国際規約で明文化され、近代刑事訴訟の大原則となっている。
[編集] 制度・名称の一般化
この言葉は、スコット・トゥロー原作ステュアート・カンタベリー監督アメリカ映画『推定無罪』(1990年)で有名になった。日本では1994年に発生した松本サリン事件で長野県警の強制捜査を受けた河野義行(現・長野県公安委員)がマスコミによって「殺人鬼・変質者」と書き立てられたが、後にオウム真理教の犯行であったことが判明し、推定無罪の原則の重要性が再認識された(ただし推定無罪の原則は捜査機関や報道機関を直接規律する論理ではないことに注意が必要)。
[編集] 報道・一般国民の感覚と無罪推定
推定無罪の原則は捜査機関や報道機関を直接拘束する論理ではないが(ただし自由権規約は私人間効力があるという説はある)、しかし報道の影響力からすれば、報道機関は被疑者・被告人には推定無罪の原則が働くことに十分留意する必要がある。
しかし、マスコミや一般国民の感覚において、実際には被疑者・被告人の無罪推定は有名無実化し、逮捕・起訴されたものは有罪、すなわち「逮捕(すること)=有罪(にすること)」であるとの誤認識が定着している(特に、キー局・全国紙を主とした”マスコミ”による全国への報道に伴う影響力が極めて重大である)。
そのため、法的には無罪であるにもかかわらず、マスコミによる名誉毀損報道や周囲の人間による差別を受け、直接的な人権侵害を受ける例がある。他にも
- 職を失う(被疑者としての実名が世間に報道されれば、大手企業が即座にチェックし、就職させないようにすることがある。よしんば無罪が確定しても、一度解雇した元・被疑者を復職させなければならないという義務はないので、特に中堅以上の企業へ就職するのは事実上不可能となる)
- 転居を余儀なくされる
- また一家が離散する
などの例が多発している。近年では松本サリン事件の冤罪報道が顕著な例である。
[編集] 無罪推定報道の有名無実化の原因
日本で無罪推定の有名無実化していることについては、いくつかの原因があげられる。
- 罪名や動機にかかわらず、逮捕した被疑者の実名や住所、年齢、職業を全て報道すること(少年や精神異常者である場合は除く)。
- 捜査機関の逮捕・起訴に対する慎重な姿勢があるとされること。(いわゆる「精密司法」)
- 上記の事情からくる有罪率の高さ(「無罪」も参照のこと)。
- マスメディアによる犯人視報道
- 大衆意識のレベルでの捜査機関と裁判官の役割分担についての認識が未分化
- 犯罪を取り上げた映画・テレビドラマ・小説の影響(あらかじめ犯人が設定されていないと物語が成り立たない)
などがある。その中でも特に「1.」の「被疑者の実名報道」が有名無実化する最大の原因だいう見方が強いが、(成人を含めた)被疑者全員の実名報道を一切禁止するとしても、有名無実化はなくならないであろう、という見方もある。
すなわち、日本の刑事司法手続では、警察が逮捕するまでに捜査を綿密に行い、十分な嫌疑があるまでは逮捕しないことが多い。その結果、犯罪の嫌疑がないとして不起訴処分がなされる率は諸外国に比して少ない。また、検察官に送検されても、検察は有罪判決をほぼ確実に得られる程度の証拠がそろわない限り、起訴を控える。その結果、起訴された場合には、約99%の被告人が有罪判決を受ける傾向がある[1]。
これらの事態を客観的に見ると、「○○△△容疑者を逮捕」の報道がなされた被疑者には、ほぼ確実に「○○△△」へ有罪判決がなされたとの報道がなされることになる。すると、いきおい国民は「逮捕=犯罪者」と思い込むことになる。
また、マスコミはこのような事情を考慮せず、むしろ捜査機関の発表に迎合して報道を行う(特に被疑者の殆ど全員を実名で報道している)。「メディア・パニッシュメント」と揶揄されるマスメディアの犯人視報道である。無罪判決を匿名で報道しても既に手遅れである。
以上から、日本では無罪の推定が有名無実化してしまっているのである。
なお、刑事訴訟法に同じ英米法を採用する国でも、米国などでは日本とは違い、一般に逮捕の要件は非常に緩やかで、また誤認逮捕も相当多数に上る。そのため、裁判により有罪の判決を受けるまでは、マスメディアにより逮捕が報道されたとしても日本と比較して社会的影響が相当程度小さい。
だが、犯罪捜査が慎重かつ正確であることはむしろ日本の警察の捜査レベルの高さを裏付けることにもなっており、結果的には「容疑者=真犯人」であるほうが望ましい。
[編集] 報道における推定無罪の有名無実化
マスコミにおいては、一般名詞の「容疑者」を積極的に「犯人」の意味で使用する場合がある。例えば、「容疑者は銃をもったまま逃走中」「容疑者からと見られる電話」といった記事がなされることもある。このような用法は明らかに誤用である。
また、「男を逮捕」「女を逮捕」というように成人の被疑者に対して「男」「女」の呼称で報道したり、ブルーカラー・失業者の被疑者に対して「配管工の男を逮捕」「無職男を逮捕」で報道したり[2]するような差別的な表現も見られ、犯人視報道による人権侵害が後を絶たない。
被疑者が連行される場面を放送することも犯人の印象を植え付けやすい。
一部の新聞では被害者の写真は丸、被疑者の写真は四角という区別がされているが、これは活版印刷時代に写真を間違えないために区別した名残だと言われている。
[編集] マスコミによる容疑者・被告の使用例
被疑者・容疑者の呼称は原則として逮捕された被疑者にしか用いられていないが、時としてマスメディア(特にキー局)は、被疑者の身分、自社との関係(主にキー局の利益)などから恣意的な使用をすることがある。例えば、
- SMAPの稲垣吾郎が2001年8月に駐車違反を巡る道路交通法違反と公務執行妨害罪、傷害罪の容疑で逮捕された時、新聞は「稲垣容疑者」と報道したが、キー局(特にフジテレビ)は「稲垣メンバー」と報道し、「容疑者=犯罪者」と認識させないような恣意的な報道を行った。[3]。稲垣の所属事務所であるジャニーズ事務所への配慮、またはキー局による恣意的な報道で国を非難し、大物に対する特別扱いである、と指摘されている。
- 2004年11月にはタレントの島田紳助が所属プロダクションである吉本興業のマネージャーの首を殴って頸椎に捻挫を負わせたとして傷害容疑で書類送検されたが、「島田容疑者」と報道するマスメディアもあれば、稲垣吾郎の時と同じく吉本興業への配慮からか「島田紳助氏」「タレント・島田紳助さん」に加え「島田紳助司会者」「島田紳助所属タレント」にように、通常あり得ない呼称を用いて報道するマスメディアもあり、島田の出演する番組(芸恋リアルなど)やCM(中央出版など)は現在もなお放送され続けている。
- 何かしらの罪を犯したの芸能人がいわゆる大物であり、大物を失って番組の視聴率が取れなくなるのを恐れるあまり、「○○容疑者(被告)」と呼称せず、「○○氏」「○○タレント」などと呼称することで一種の特別扱いにするのはマスコミの姿勢として絶対にあってはならない、とする批判が強い(逆に、田代まさしの逮捕時には一貫して「田代政容疑者(被告)」と呼称し、特別扱いする様子はなかったため、罪を犯した芸能人に対する扱い方に著しい不公平さが見られる)。
- 国会議員が被疑者となった場合は、逮捕・起訴されても「○○議員」「××前議員」と呼び続けることもある(逆に徹底して「△△容疑者」としか呼ばない場合も多い。)。
- 2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされるオサマ・ビンラディンは同事件の被疑者で国際指名手配されているにもかかわらず「ビンラディン氏」と敬称付きで報道されてきたが、読売新聞はいち早く「ビンラディン」と呼び捨てで報道し、2004年10月29日にビンラディンがビデオで同事件への関与を認めると、マスメディアは一斉に「ビンラディン容疑者」に変更した。
- NHKなど一部メディアでは役職を持っている(または持っていた)被疑者・被告人に関しては、最初に「会社社長の●●容疑者」と呼び、その後「●●社長(元社長)」といった感じで役職の呼称を多くし、容疑者という呼称をできるだけ少なくしようと配慮されているが、無職や専業主婦、平社員の容疑者の場合は従来通りで、全く配慮が見られない。
[編集] 現行犯逮捕における扱い
日本の法制度上、逮捕を執行した者が被疑者の犯罪事実を現認している事が多い現行犯逮捕に於いてもまた、推定無罪が適用されるため、「○○の疑いで現行犯逮捕」と、一見すると矛盾しているかに見える表現を使用するマスコミが多い。この点について読者・視聴者に疑問を抱かせないことを重視し「○○で現行犯逮捕」「○○の現行犯で逮捕」などと表現する社もあるが現在は一部に留まる。
[編集] 脚注
- ↑ もっとも、逮捕された者の約半数には起訴猶予処分がなされているのであるが、報道されるような重大事件においては、起訴猶予処分がなされる事はまず無いために、逮捕が報道された者のほとんどは起訴され、有罪判決を受けることになる。
- ↑ ホワイトカラーの被疑者は「会社員の男」と具体的な職種は報道されないことがほとんどである。
- ↑ 逮捕直後こそ「稲垣容疑者」だったが、不起訴処分で釈放された後「稲垣メンバー」と急速に使われるようになった。