Privacy Policy Cookie Policy Terms and Conditions エジプト第15王朝 - Wikipedia

エジプト第15王朝

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エジプト第15王朝紀元前1663年頃 - 紀元前1555年頃)は第2中間期時代の古代エジプト王朝。いわゆるヒクソス(ヘカ・カスウト「異国の支配者達」の意)と呼ばれる異民族によって立てられた王朝である。通常「ヒクソス」、「ヒクソス政権」などといった場合には第15王朝を指すが、第15王朝を「大ヒクソス」、第16王朝を「小ヒクソス」というように呼ぶ場合もある。この王朝に対する後世のエジプト人の記録は敵意に満ちており、圧制を敷いてエジプト人を苦しめたとされているが、考古学的な調査はこのエジプト人の記録が酷く誇張されたものであることを明らかにしている。少なくても第15王朝の支配領域に居住したエジプト人達が「異民族支配」を強く意識したのかどうかはかなり疑わしい。ヒクソスと呼ばれた人々は建物の建築様式やいくつかの新しい兵器を導入した事などを除けば、エジプトの伝統的な文化をほとんど引き継いでいたからである。第15王朝はやがて異民族の追放を掲げたテーベ(古代エジプト語:ネウト 現在のルクソール[1])の政権(第17第18王朝)によって放逐された。

目次

[編集] 歴史

第15王朝の起源はヒクソスの起源に関する問題でもあるが、ここではヒクソス自体の起源問題には触れず、ヒクソスの政権奪取に関する問題について記述する。

ヒクソスの起源問題についてはヒクソスの項目を参照

[編集] ヒクソス政権の成立

マネト[2]の記録によればヒクソスと呼ばれる人々はトゥティマイオスと呼ばれる王の時代にエジプトにやってきてメンフィスを占領し、「暴力を持ってエジプトを奪った」とされている。このトゥティマイオスは恐らく他の史料に登場するドゥディメス1世の事であると考えられる[3]ナイル川三角州地方東部を制圧したヒクソスの王サイテス(もしくはサリティス)はアヴァリス市(現在のテル・アル=ダバア遺跡[4])を建設し、そこを拠点にエジプトを支配したと言う。

彼らがエジプトを支配下に置いた自体は現在概ね紀元前17世紀半ばに比定されているが、ヒクソス時代初期の記録は乏しい。また、ヒクソスがエジプトに複合弓、戦車、新型のなどを導入したという見解は広く受けられている[5]が、考古学的な調査結果はこうした軍事的に優勢な異民族が大挙侵入してエジプトを占領したと言う見解を必ずしも支持しない。

ナイル川三角州地方におけるアジア人の移住は第1中間期から中王国時代には既に始まっており、第15王朝が成立するよりも前に、高い地位と権力を持つアジア系の人物が登場していた。またヒクソスによって建設されたという記録の残るアヴァリス市は、既に第12王朝時代には存在していたことが確認されている[6]

アヴァリス市の調査結果はアジア系の集団が権力を握る過程を考える上で重要である。アヴァリス市で発見された中王国時代初期(第12王朝時代)の居住区は、センウセルト2世のピラミッド建設労働者達の都市カフン(ヘテプ・センウセルト)の居住区と構造が酷似しており、極めてエジプト的な都市であった。この居住区は第12王朝2代目のセンウセルト1世時代には放棄されており、第12王朝後期頃に南西に新しい居住区が形成された。この新しい居住区は旧来の居住区と異なり、住居の配置・構造が北シリアのそれと類似していることが明らかとなっており、シリア・パレスチナ地方の文化的影響を受けているのは確実である。

この住居跡に付随する墓地からはシリア・パレスチナ地方の武器が発見されており、この都市に多数のアジア系外国人傭兵が居住していたことがわかる。第12王朝末期頃の墓地からは現物の2倍の大きさを持つ人間の石製坐像が発見されているが、その独特の髪型と黄色く塗装された皮膚の表現などから、この像はアジア系の高官を表現したものであると考えられる。第13王朝時代には墓の前にロバを埋葬するシリア、メソポタミア地方と共通の習慣があったことが確認されるようになり、シリア地方のバアル神が崇拝されていた痕跡も残されている。

このバアル神はエジプトのセト神と関連付けられ、第14王朝時代にはセト神がアヴァリスの主神となった。このセト神はヒクソスが崇拝した神であり、何らかの関連があるのは確実であると思われる。この時代には恐らくアジア系と見られる王も登場している。

このようにヒクソス(異国の支配者達)はエジプトの内部で勢力を拡大したアジア系の人々と関連性が強いと考えられ、エジプトの行政機構などは第15王朝によって引き継がれたと考えられる。少なくても強大な異民族の集団が外部から侵入しエジプト国家を粉砕したと言う見解は今日あまり強くは支持されていない。

[編集] 第15王朝の支配

マネトのはヒクソスの支配を6人の王による合計284年間としている。一方トリノ王名表では6人の王、108年間とされている。マネトの記録した統治期間は明らかに過大であり、現代の学者にはトリノ王名表の記録が採用されている。ヒクソスに関する歴史史料はかなり限られており、個々の王の業績は明らかではない。

第15王朝はメンフィスまでを占領した後、アヴァリスを拠点にパレスチナからナイル川デルタ東部までの地域を直轄支配下に置いてエジプトを支配した。パレスチナ地方における拠点はシャルヘン(現在のテル・ファラ)であった。行政機構は中王国時代に形成された官僚組織を引き継いだと考えられ、エジプト人官僚が多く実務に携わっていた。他の地方に対しては諸侯を封じる一種の「封建体制」を敷いた。これら従属的な諸政権には貢納の義務を負わせて宗主権を行使したが強力な支配体制を敷いた痕跡は見当たらない。マネトによって別の王朝とされている第16王朝は多数の小首長達をまとめたものである。テーベに成立していた第17王朝もまたヒクソスの権威を一時的には承認していたと考えられる。これに関する証拠として、第15王朝の王キヤンが第17王朝の首都テーベ近郊のゲベレインに神殿を建設していることがあげられる。ヒクソスの歴代王、特に後半の王達の名前を記したスカラベ等の記念遺物がヌビア地方などからも発見されている。キヤン王は手広く交易活動を行っており、彼に関連した遺物はミュケナイクレタ島)やアナトリア半島メソポタミアからも発見されている。

[編集] 第17王朝との戦い

やがてテーベの第17王朝が力をつけてくると、彼らは異民族支配の打破を大義名分として第15王朝を攻撃した。第15王朝と第17王朝の戦いは長期間に渡ったが、初期の戦いの様子は詳らかではない。と言うのも初期の戦いに関する記録が数世紀後に書かれた説話しかなく、しかもこの説話が断片的にしか今日に伝わらないためである。第19王朝時代に記録された説話の1つ『アポフィスとセケンエンラーの争い』によれば、第17王朝が戦いを開始したのはセケンエンラー(前1574頃)の時代であったという。第15王朝の王アペピ(アポフィス)が、テーベのアメン神殿の聖なる池で飼われていたカバの鳴き声がうるさく、安眠ができないので殺すように要求してきたことが戦いの発端であるとされる。このような理不尽な命令を受けてもセケンエンラーは当初アペピの使者を親しく迎え入れ、二心なきこと誓ったが、やがて第15王朝に対する朝貢を取りやめて戦争を開始するに到った。これはヒクソスの支配がいかに理不尽なものであったのかを強調した物語で史実とは見なし難いが、セケンエンラーが第15王朝対する戦いを行っていたことは確かめられている。

第15王朝と第17王朝の戦いは長く激しいものであった。少なくても当初第15王朝は第17王朝に対して勝利を収め、セケンエンラー2世を戦死させ、第17王朝の攻撃を一時頓挫させることに成功した。しかし第17王朝側ではセケンエンラー2世の子カーメス(前1573頃 - 前1570頃)が即位し、彼は再び戦端を開いた。第15王朝はクシュ(ヌビア北部)と同盟を結んで対抗しようとしたが失敗に終わり、カーメスによって大幅に領土を奪われた[7]。カーメスが早世したため、第17王朝ではその弟イアフメス1世[8](前1570頃 - 前1546)が即位してなおも第15王朝に対する戦いを続けた。第15王朝の首都アヴァリスは断続的な包囲を受けて陥落し、第15王朝はエジプトの支配を失った。これによって第15王朝のエジプト支配は終焉を向かえたのである。第15王朝の残存勢力はパレスチナ側領土の拠点シャルヘンに引いたが、イアフメス1世は第15王朝の完全撃破を企図してパレスチナ遠征を敢行し、シャルヘンでの3年間にも渡る包囲戦の結果第15王朝は完全に滅亡し、ヒクソスの時代は終わりを告げた。その時期は紀元前16世紀半ば頃であった。

[編集] 歴代王

第15王朝の王はマネト、トリノ王名表の記録では6人であるが、トリノ王名表は損傷が激しく判読困難な状態である。まずマネトの記録では第15王朝の歴代王は以下の通りである。なお、マネトの記した『エジプト誌』そのものは散逸して現存しない文献である。このため他の書物で引用された部分などから内容が復元されているが、、第15王朝の歴代王について記した部分の引用では文献によって王名に異動がある。以下の一覧のうち2つの名前が記されているものは左側がアフリカヌスの引用における王名、右側はヨセフスの引用における王名である。

  • サイテス/サリティス
  • ブノン
  • パクナシ/アパクナシ
  • スターン/イアンナス
  • アフォフィス/アポフィス
  • アルクレス/アシス(ケルトス)

次に示すのは同時代の遺物や他の史料に登場する王名であるが、王統の復元には問題が多い。特にアペピ(アポフィス)と言う誕生名(ラーの子名)を持つ王が複数の王なのか、それとも第11王朝のメンチュヘテプ2世がホルス名を次々と変更したように、同一の「アペピ王」が次々と即位名を変えていったものであるのか判然としない。

これらの王名の中でもヤコブヘルやキアンなど明らかに西セム系の要素を持った王名はヒクソスの起源などを考える上では重要である。また彼らの即位名が太陽神ラーを構成要素に含む伝統的なエジプトの即位名を踏襲したものであることは注目に値する。王名は原則として「即位名(上下エジプト王名)・誕生名(ラーの子名)」の順番で記す。

  • マーイブラー・シェシ(シャレク)
  • メルウセルラー・ヤコブヘル
  • セウセルエンラー・キアン
  • アケンエンラー・アペピ
  • アウセルラー・アペピ
  • ネブケシュラー・アペピ
  • アセフラー・カムディ

[編集]

  1. マネトの記録ではディオスポリスマグナと呼ばれている。これはゼウスの大都市の意であり、この都市がネウト・アメンアメンの都市)と呼ばれたことに対応したものである。この都市は古くはヌエと呼ばれ、旧約聖書ではと呼ばれている。ヌエとは大都市の意である。新王国時代にはワス、ワセト、ウェセ(権杖)とも呼ばれた。
  2. 紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。
  3. 参考文献『考古学から見た古代オリエント史』、及び「ヒュクソスのエジプト支配」『西洋古代史論集1』を参照。
  4. アヴァリス市の位置については長く論争が行われていた。かつてはフランスのピエール・モンテらによって唱えられたタニス遺跡がアヴァリスであるという説が長く有力であった。何よりもタニスがナイル川三角州地方で最大の遺跡の1つであったためである。しかし1970年代のオーストラリアのマンフレド・ビータクらの発掘調査の結果、テル・アル=ダバアがアヴァリスの遺跡であることが確実なものとなった。詳細はアヴァリスを参照
  5. ヒクソスによるエジプトへの戦車導入についてはこれに疑問を唱える学者もいる。セーテルベルクは、ヒクソス時代の墳墓に馬が埋葬されている例が全く見られない事や、徒歩で猟を行う猟師の図像表現が見られる事(このような表現は馬を十分に活用する文化圏ではあまり見られない)などを指摘し、ヒクソスが戦車戦術などの新兵器、戦術を駆使してエジプトを支配したという見解に疑義を呈する。彼はこのような戦術は、ヒクソスがエジプトを支配するようになった後、第17王朝との戦いのために新しく導入したものであるとし、その導入時期はむしろヒクソス支配の最末期の時期であったとしている。詳細は参考文献「ヒュクソスのエジプト支配」『西洋古代史論集1』を参照
  6. 実際の起源はさらに第11王朝時代まで遡ると考えられている。(参考文献『世界の考古学4 エジプトの考古学』による)
  7. カーメス王との戦いに関する流れは、カーメス王の戦勝記念碑の記録に基づいてなされるが、戦勝記念碑という文書の性質上、中立性を著しく欠くものである点には注意が必要である。
  8. イアフメス1世はマネトによって第18王朝の王とされている。イアフメス1世は明らかに第17王朝のセケンエンラー2世の息子でありカーメスの弟であるが、にも関わらず新王朝の初代王とされるのは、彼がエジプトを再統一した王であるとともに、古代エジプト史上最高の繁栄の時代である新王国の創始者として重視したためであると言われている。詳細はエジプト第18王朝を参照。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • T.セーヴェ=セーテルベルク著、富村伝訳、「ヒュクソスのエジプト支配」『西洋古代史論集1』東京大学出版会1973年
  • ジャック・フィネガン著、三笠宮崇仁訳『考古学から見た古代オリエント史』岩波書店1983年
  • 高橋正男『年表 古代オリエント史』時事通信社1993年
  • 近藤二郎『世界の考古学4 エジプトの考古学』同成社、1997年
  • 大貫良夫他『世界の歴史1 人類の起源と古代オリエント』中央公論新社1998年
  • ピーター・クレイトン著、吉村作治監修、藤沢邦子訳、『ファラオ歴代誌』創元社1999年
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