福岡ドーム
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福岡ドーム (福岡Yahoo! JAPANドーム) |
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Fukuoka Dome, Fukuoka Yahoo! Japan Dome | |
施設統計 | |
所在地 | 福岡県福岡市中央区地行浜 二丁目2番2号 |
開場 | 1993年4月2日 |
所有者 | ホークスタウン(ただし興行権は 福岡ソフトバンクホークスマーケティングが所有) |
グラウンド | 人工芝 |
照明 | 照明灯 - 528灯 照度 - バッテリー間:2500ルクス、 内外野:2000ルクス |
設計者 | 竹中工務店、前田建設工業 共同企業体 |
建設者 | 竹中工務店、前田建設工業 共同企業体 |
使用チーム、大会 | |
福岡ソフトバンクホークス (開場~現在) | |
収容能力 | |
35,695人 | |
規模 | |
両翼 - 100 m (約328.1 ft) 中堅 - 122 m (約400.3 ft) 屋根の高さ - 83.96 m (約275.5 ft) |
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フェンスの高さ | |
5.84 m (約19.2 ft) |
福岡ドーム(ふくおかドーム)は、日本の福岡県福岡市中央区地行浜二丁目のホークスタウンにある開閉式屋根を持つ多目的ドーム球場。日本全国にある6つのドーム球場で一番南に位置する。パシフィック・リーグ・福岡ソフトバンクホークスの本拠地となっている。また、セントラル・リーグ・読売ジャイアンツが、毎年オープン戦で1試合(対ホークス)、公式戦で2~3試合ほど主催試合をおこなう。
2005年より、ホークスを所有するソフトバンクの子会社にあたるヤフー・ジャパンが命名権を取得し「福岡Yahoo! JAPANドーム(ヤフードーム)」となった。
目次 |
[編集] 概要
福岡市中央区地行浜二丁目、博多湾の目の前にある。1993年3月に、アジア太平洋博覧会(よかトピア)会場跡地に完成した多目的ドーム。日本で2番目のドーム球場であり、日本初の開閉式ドーム球場である。野球以外のイベント時に内野の前列スタンドを外野側に移動して使用出来る構造のため、広い外野グラウンドと約6mの高さになる外野フェンスを持ち、「ホームランの出にくい球場」「日本のグリーン・モンスター」と言われている。
屋根は3枚のパネルから成り、このうち2枚が左右に120度旋回移動することにより、約20分で開閉する(全開時の開口率は60%)。屋根部分の総重量は約12,000t。1回の稼動コストは100万円規模に及ぶため、開閉はホークスやジャイアンツがホームゲームで勝利した場合のパフォーマンス、あるいは試合前の練習などの時に限られる。また、オープン当初は天候に合わせて晴れの時は開いた状態で試合をするはずだったが、「構造上反射角の違いが選手のプレーに支障をきたす」とクレームがついたことや、近くに病院(国立病院機構九州医療センター)があり騒音が問題となるため、開いた状態での試合は現在行われていない。KinKi Kidsがコンサートを行なう際、「自分達でお金を払うから、(演出の一環として)公演中に屋根を開けて欲しい」と要望したが、騒音問題を理由に実現しなかった。
15番ゲートは、2000年10月13日に肺癌のため31歳で死去した藤井将雄(1995年~2000年、福岡ダイエーホークスに在籍)が生前背番号15をつけていたことから「藤井ゲート」と呼ばれ、藤井を記念するプレートが掲げられている。これは球団の親会社がダイエーからソフトバンクに変わった今でも続いている。
2000年には、ホークスはリーグ優勝し、日本シリーズへ戦いを進めるも、その日程にこのドームを日本脳外科学会に貸し出す予定を組んでいたため(契約は3年前に締結)シリーズ日程の一部変更を余儀なくされるなど運営の失態を露呈した(この件により、ホークスは多額の罰金を支払う羽目になった)。この際、学会側の好意により3日間使用予定だったのが2日間に短縮された。
2002年よりバックネットフェンス広告が回転式になり、複数社の広告が出せるようになった。それ以前にも神宮球場やナゴヤドームにこの回転式広告はあったが、神宮はブリヂストン、ナゴヤドームはトヨタ自動車1社用の広告である為、複数社用の回転式広告は日本初。それまでローソンや三洋信販、アサヒビールの広告を縦に並べていたものが、現在では回転式によりイニング毎に出すことが出来る。2005年現在の主なフェンス広告スポンサーは、アサヒビール、チケットぴあ、三洋信販、タマホーム、ヨドバシカメラなど。
2003年、ダイエー本体の経営悪化から、ドームと付随するホテル(通称ホークスタウン)を米国の投資会社コロニー・キャピタルに売却した。
2004年12月24日、ダイエーが産業再生機構の支援要請を決めたことにより、ホークスはダイエーからソフトバンクに経営権が譲渡されたが、これまでダイエー時代は観客動員数が「年間300万人」(ドームの収容人員:48,000人)と公称されていたものが、実際の収容人員は4万人に満たないことがソフトバンク側により指摘された(当時35,157人)。2005年シーズンからは、入場者数はより実数に近い形で公表されている。
2005年1月28日に行われたダイエーからソフトバンクへの球団株式譲渡と同時に、ソフトバンクの子会社であるヤフーが命名権を取得、新名称は「福岡Yahoo! JAPANドーム」となった。契約期間は5年で契約金は25億円。契約金には球場の広告看板や冠協賛大会の開催なども含まれる。
場内放送はホークスの選手を試合前と先発選手の第一打席、及び交代投手、選手の登場時にフルネーム、並びに出身地をコールする(福岡ダイエー時代より続いている)。
[編集] 九州最大規模のコンサート会場としての利用
福岡ドームはプロ野球だけでなく、九州最大規模のコンサート会場としても数多く利用されている。一流アーティストのを象徴するイベントとして広く知られている「5大ドームツアー」の開催地の一つでもある。
福岡ドームで最初に行われたコンサートは、井上陽水・武田鉄矢・財津和夫・甲斐よしひろらによる「ドリームライブ in 福岡ドーム」(1993年4月10日)。
こけら落としとしてマイケル・ジャクソンの2日間公演に始まり、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、イーグルス、ビリー・ジョエル、エアロスミス、クイーンなど欧米のスーパースターが大規模コンサートを行なっている。また日本のアーティストでは、B'z、DREAMS COME TRUE、GLAY、globe、安室奈美恵、KinKi Kids、MISIA、Mr.Children、SMAP、サザンオールスターズ、L'Arc-en-Cielなどが公演を行っている。
また地元福岡出身のCHAGE and ASKAが2000年のカウントダウンコンサートを行うなど、国内アーティストの使用も多い。
1995年公開の映画「ガメラ 大怪獣空中決戦」(監督:金子修介)では、物語の進行にまつわる重要な舞台に設定されて登場。このドームの売りものである開閉式屋根が題材に取り上げられた。
[編集] 幻のツインドーム
当初はホテルを間に挟んでスポーツドームとアミューズメントドーム(屋内型遊園地)を併設するツインドーム構想が計画されていた。それゆえ運営会社である株式会社ホークスタウンの当初の社名も「株式会社ツインドームシティ」だった。しかし当時の親会社だったダイエーの経営環境悪化からそれが思うように進まず、結局アミューズメントドームの建設は見送りとなり、その後ホークスタウンといわれる総合商業施設が整備されるようになった。
[編集] フィールドシート計画
- 2005年にホークスの球団取締役に就任した江戸川大学助教授の小林至(元千葉ロッテマリーンズ投手で、数少ない東京大学卒業のプロ野球選手経験者)は、2005年2月に宮崎で行われたキャンプの席上で2006年度をメドにフィールドシートやVIPシートの建設を中心とした座席の増設計画を明らかにした。
- スタンドの収容人員(野球開催時)は当初の公称値で48,000人とされたが、実際のところはそれよりも13,000人分少ない35,157人(当時)しか収容できない(前述)。そこで、一塁側と三塁側のファウルゾーンを中心にそれぞれ200席分(計400席)のフィールドシートを設けるなど計1万席の増設を2006年度末工事完了予定で企画した。またこれに合わせてスタンドコンコースにミニバスケットボールコートやミニパットゴルフ場を建設することも目指している。
- 2006年度末に1万席を増設するプランの一環として、2005年オフに532席のフィールドシートを設置。2月24日の2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表壮行試合で初お目見えした。命名権はコカ・コーラウエストジャパンに売却し、コカコーラフィールドシートと名称が付けられている。より選手に近い位置で観戦できると歓迎する声がある反面、これにより極端にファウルグラウンドが狭まり、打者有利となってしまったという批判もある(ただし、アメリカではネオ・クラシック様式の球場に建て替えられる際にはより近くで野球を見せるためにファウルグラウンドは狭く造られる傾向にあるため、その流れに沿ったものともいえる)。なお、このフィールドシートは野球以外のイベント時には撤去できる構造となっている。
- 2006年のホークス主催試合ではフィールドシートには4種類の席種(コカコーラシートSS/コカコーラシートS/コカコーラシートA/コカコーラシートB)が設定されており、最安値のB席はバックネット裏(SS指定席)と同料金、SS/S/Aの各席ではさらに高額なチケット料金が設定されている。上位クラスの座席では、座席一つあたりの占有面積が大きいことや革張りの座席を使用していることが要因と考えられる。しかしフィールドシートはいずれの席種も座席数が少なく、チケット発売と同時に売切れてしまうことがほとんどで、購入が非常に困難な状態である。
- フィールドシート・エリアへの入り口はネットで仕切られており、チケットを持っていない人は入れないようになっている。また、打球が飛んでくると非常に危険であるため、ヘルメットとグラブが無料で貸し出されフィールドシート・エリア内では着用が義務付けられている(ただし、必ずしも着用義務が守られているとはいえない)。同様の理由から、フィールドシート・エリアには売り子は立ち入らない。
[編集] スーパーボックス
福岡ドームは、「スーパーボックス」(バルコニーシート付ルーム)191室の特別観覧室を右翼席、左翼席、および内野席の上部にフィールドを取り囲むように設けている。「スーパーボックス」はホテルの部屋のように落ちついた個室でプライバシーを保ちながら自由に野球観戦ができることで、主に法人利用向けに定評がある(※基本的に年間契約のため、価格帯は900万円~1900万円[年間])。入口もスーパーボックス専用のものが用意されている。ただし、コンサートなど、野球以外のイベントでは開放されない。
[編集] ○○シリーズ
地元福岡のイベントに合わせ、『どんたくシリーズ』『山笠シリーズ』と銘打った連戦が行われる(この両シリーズは西鉄ライオンズがあった時代から行われている)。本拠地開幕シリーズは『アサヒスーパードライスペシャル』として行われ、毎年夏に行われる『伊藤園おーいお茶スペシャル』では、お茶の色にちなんだ緑色のジェット風船が配られる。かつて博多どんたくの時期に新日本プロレスが「レスリングどんたく in 福岡ドーム」と称する興行を開催したこともある。
[編集] 暖手の広場
球場の周りは遊歩道となっており、シーホークホテルと連絡するデッキには「暖手(だんて)の広場」と呼ばれる場所がある。ここには、文化・スポーツ・芸術・学術など各分野で活躍した著名人の立体手形を再現したブロンズ製のモニュメントがそれぞれの直筆サインを記したプレートとともに展示されている。ホークスの選手、王監督の手形はもちろんの事、マイケル・ジャクソンやポール・マッカートニーなど世界的に著名な人物の手形もあり、総勢200体以上が展示されていて自由に"握手"できるようになっている。
[編集] スコアボード
スコアボードは「ホークスビジョン」の右側3分の1、すなわちフィールドでいえばセンターから右中間よりの位置に表示される。
オープン時から2005年まではスコアボードとホークスビジョンは別で、スコアボードはオレンジ色の単色表示だった。2005年オフにホークスビジョンとスコアボードを一体型とし、東京ドームと同等の1024階調(10億7000万色以上)かつ、国内球場設備唯一のハイビジョン(720P)対応で高精密な表現が可能な新「ホークスビジョン」への取り替え工事が行われた。これにより、9.984 m×52.992 mの、国内球場で最大、屋内施設として世界最大級、ハイビジョン対応スクリーンとしても世界最大の新ビジョンが完成。2005年まで使用されていたものよりはるかに多彩な表示ができるようになった。ただし、スコアボード部分はチームロゴや広告以外はオレンジ色しか使用しておらず、2005年までのスコアボードの雰囲気を残したような表示方式になっている。
スコア表示は基本的に9回までだが、延長戦が行われた場合は全部を消去するのではなく、延長戦が開かれたイニング分だけ左にスライドしていく形になる(例えば延長10回の場合、1回のスコアだけ消去され、2回~10回のスコアが表示される)。
なお、2006年シーズンからのホークスビジョンは松下電器製のアストロビジョンであるが、2005年シーズンまではソニー製のジャンボトロンであった。
[編集] 賞制度
福岡ドームで行われるプロ野球公式戦では、看板等に打球を当てると賞品が進呈される。主なものは下記の通り。
- 外野フェンスの右翼ポール際にある福岡銀行の広告には、グラブを持った同行のマスコットキャラクターが描かれている。このグラブの箇所にダイレクトで打球が当たると、同行から賞金100万円が進呈される(後にマスコット全体、さらにマスコットを囲む楕円部分に拡大)。これまで、この制度で賞金を獲得したのは2004年8月1日の北海道日本ハムファイターズ戦で楕円部分に当てた柴原洋(福岡ダイエーホークス)と、2006年3月26日の辻俊哉(千葉ロッテマリーンズ)の2名だけである。
- 打球が天井に当たり、骨組みなどに引っかかって落下してこなかった際、記録は二塁打となり、賞金として現金500万円が渡される。2006年現在、達成されていない。
- その他、外野スタンド上方にあるパネル看板に当たった場合は、スポンサーから賞金・賞品が進呈される(アサヒビールの看板に当てると缶ビール10年分、3650本が贈呈されることになっているが、未だに当てた選手はいない)。
[編集] 球史に残る試合
- 1993年4月17日 福岡ドーム初のプロ野球公式戦で、近鉄バファローズの大黒柱野茂英雄が、ダイエーのエース村田勝喜と投げ合い1-0の完封勝利
- 1993年4月18日 ラルフ・ブライアント(近鉄)が若田部健一(ダイエー)から福岡ドーム公式戦第1号本塁打
- 1994年5月18日 槙原寛己(巨人)の完全試合(対広島戦)
- 1999年9月25日 ダイエー初のリーグ優勝(対日本ハム戦)
- 1999年9月30日 山本和範(近鉄)引退試合
- 2000年10月7日 ダイエーリーグ2連覇(対オリックス戦)
- 2000年10月27日 高橋尚成(巨人)が日本シリーズ史上初の新人投手初登板初完封勝利
- 2002年10月6日 秋山幸二引退試合(対ロッテ戦)
- 2003年10月27日 ダイエー2度目の日本一達成(対阪神戦)
- 2004年10月11日 西武がパ・リーグプレーオフ第2ステージでダイエーを3勝2敗で破り、レギュラーシーズン2位から優勝
- 2005年5月19日の交流戦読売ジャイアンツ-ソフトバンクホークスで、ジャイアンツの二岡智宏の打球を右翼手の出口雄大が蹴ってしまいランニングホームランになる珍事
- 2005年10月17日 ロッテがパ・リーグプレーオフ第2ステージでソフトバンクを3勝2敗で破り、レギュラーシーズン2位から優勝
- 2006年4月15日 日本ハムが3投手の継投によるノーヒットノーラン(参考記録)を達成(延長戦での継投によるノーヒットノーランはプロ野球史上初)
[編集] 過去に開催したその他のイベント
- ユニバーシアード夏季大会(1995年、開閉会式が行われた)
- ねんりんピックふくおか2005(2005年、総合開会式が行われた)
[編集] 施設データ
- 所在地:福岡県福岡市中央区地行浜二丁目2番2号
- オープン:1993年4月2日
- 収容人数:48,000人(消防法上の実数定員は36,509人、プロ野球開催時は35,695人、コンサート開催時は30,000人)
- 建築面積:69,130 m²
- 延床面積:176,000 m²
- 最高高さ:83.96 m(地上7階)
- 屋根の開閉時間:20分
[編集] フィールドデータ
- 両翼:100 m、中堅:122 m
- 外野フェンスの高さ:5.84 m
- 面積:1万3500 m²
- 照明灯:528灯
- 内・外野とも人工芝
[編集] 交通機関
- 地下鉄:福岡市地下鉄空港線 唐人町駅から徒歩15分
- バス:西鉄バス 博多駅交通センターから約20分、西鉄天神バスセンターから約15分 ヤフードーム前または国立医療センター下車
- ※プロ野球試合やコンサートなどの開催日には、イベント開始前と終了後に北九州(高速バス:門司、小倉、黒崎地区)・久留米(高速バス:久留米、八女、佐賀地区)・筑豊(特急バス:飯塚、田川)・博多駅・天神と福岡Yahoo!JAPANドームを結ぶ直行臨時バスが運行される。ただし、野球のナイトゲーム開催時のドーム発臨時バスは、試合展開に関係なく22時30分発が最終便となる。
[編集] 隣接地区
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
前本拠地: 平和台野球場 1989 ~ 1992 |
福岡ソフトバンクホークスの本拠地 1993 ~ 現在 |
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