韓信
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韓 信（かん しん ？ - 紀元前196年）は、中国秦末から前漢初期にかけての武将。劉邦の元で数々の戦いに勝利し、劉邦の覇権を決定付けた。張良・蕭何と共に劉邦配下三傑とされる。中国のみならず世界軍事史上の名将として名高く、同様に悲運の将軍として知られる。
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[編集] 生涯
[編集] 淮陰の股くぐり
淮陰[1]の出身。貧乏で品行も悪かったために職に着けず、商売も出来なかったので人に食わせてもらう毎日を過ごしていた。その中の一人の老女に対して「必ず厚く御礼をする」と言ったが、老女は「あんたが可哀想だからしてあげただけのこと。御礼なんて望んでいない」と本気にしなかった。こんな有様だったので、淮陰で韓信を軽蔑しないものはいなかった。
淮陰でのある日のこと、町の少年に「お前は背が高く、いつも剣を帯びているが、実際には臆病者に違いない。その剣で俺を刺してみろ。出来ないならば俺の股をくぐれ」と挑発された。韓信は黙って股をくぐり、周囲の者は韓信を大いに笑った。この逸話を韓信の股くぐりという。またこれにより「股夫（こふ）」というあだ名も付いた。
大いに笑われた韓信であったが、「恥は一時、志は一生。ここでこいつを切り殺しても何の得もなく、それどころか仇持ちになってしまうだけだ」と冷静に判断していたのである。
秦の始皇帝の没後、陳勝、呉広の挙兵（陳勝・呉広の乱）を機に、大規模な動乱が始まると、紀元前209年に韓信は項梁次いでその甥の項羽に仕え郎中となり、項羽に対して度々進言するも用いられることはなかった。
[編集] 劉邦配下として
紀元前206年、秦の滅亡後、韓信は項羽の下から離れ、漢中に左遷された漢王劉邦の元へと移るが、連敖（接待係）というつまらぬ役しかもらえなかった。
何かの罪で仲間13名と共に斬刑に処刑されそうになった。ところがたまたま劉邦の重臣の夏侯嬰がいたので、「漢王は天下に大業を成すことを望まれないのか。どうして壮士を殺すような真似をするのだ。」と訴え、夏侯嬰も韓信を面白く思い、韓信を劉邦に推薦した。
劉邦は夏侯嬰から話を聞いてとりあえず韓信を治粟都尉[2]としたが、韓信に対してさほど興味は示さなかった。何とか自らの才能を認めて欲しい韓信は漢軍の兵站の責任者である蕭何と何度も語り合い、蕭何も韓信を異才と認め、劉邦に何度も推薦するも劉邦は受け付けなかった。
この頃の漢軍では辺境の漢中に居ることを嫌がって将軍や兵士の逃亡が相次いでいた。そんな中韓信が逃亡し、蕭何は劉邦になんら報告せずにこれを慌てて追いかけて行った。劉邦はこれを蕭何まで逃亡したと誤解し、蕭何が韓信を連れて帰ったところで強く詰問した。
蕭何は逃げたのではなく、韓信を連れ戻しに言っていたと説明するが、劉邦は「他の将軍が逃げたときは別に追わなかったではないか」と蕭何の言を疑ったが、蕭何は「そのような将軍はいくらでも手に入ります。韓信のような人物は国士無双[3]です。もし陛下がこの漢中にずっと留まるつもりならば韓信は必要ありませんが、陛下が漢中を出て天下を争おうと考えるのならば韓信がいなくてはなりません」と述べた。これに対して劉邦も韓信を一躍、大将軍の地位にまで引き上げた。大将軍は兵権を統括する役であり、異例の大抜擢である。
韓信はこの待遇に応え、劉邦に対して漢中の北の関中を手に入れる策を述べた。即ち項羽の強さは弱めやすいものである（婦人の仁、匹夫の勇～本人は情があり勇敢だが部下を重んじず恩賞を与えない）。劉邦は項羽の逆を行えば天下を手に入れられる。関中の三秦の王は20万の兵士を見殺しにした元将軍達であり、人心はついておらず逆に劉邦の人気があるため、関中はたやすく落ちる。という策である。 劉邦はこれを聞き大いに喜び、諸将もこの大抜擢に納得した。
韓信はまず厳しい軍律を作り、違反したものは厳しく罰し、その一方で訓練を重ねた。 こうして漢兵を精兵とさせた。
劉邦はこの年の八月に関中攻略に出兵し、その兵を率いることを韓信に任せる。 この侵攻の際も韓信は用意周到さと奇策を駆使し、あっという間に平定したため、項羽はもとより三秦の他の王すら援軍を送る暇が無かった。 こうして劉邦は関中に入り、そこを本拠地とする。
その頃、各地で項羽の政策に反発する諸侯による反乱が相次ぎ、項羽自身がその対応（特に斉）に手を煩わされていた。紀元前205年、その隙を突いて、劉邦は諸侯との連合軍・56万人を率いて親征し、項羽の本拠地・彭城を陥落させる。しかし、斉から引き返して来た項羽に大敗し、命からがら榮陽に逃走する（彭城の戦い）。 韓信は項羽の強さと軍律もない連合軍の弱さを知っていたため、この危険を察していたのだが、兵を指揮できなかったため何も出来なかった。
[編集] 躍進
韓信は劉邦とは途中で離れ、兵をまとめて追撃してきた楚軍を迎撃し、劉邦の撤退を助けた。常勝不敗だった項羽にとっては、これが初めての敗戦である。
以降、韓信は劉邦とは離れて別働軍を率い、諸国の平定に向かう。まず魏に於いて漢側に付いていた魏豹が楚へ下ったので劉邦は韓信に左丞相の位を授けて討伐に出す。
この戦いで魏軍は河の渡しの拠点を強力に防御していた。韓信はこれに対しておとりの船を並べて、渡る振りをしておいて敵軍の兵力を引き付けておき、その間に上流に回り込んで兵を渡らせ魏の首都・安邑[4]を攻撃し、魏軍が慌てて引き返したところを討って魏豹を虜にした。
更に北へと進み、代を占領し、趙へと進軍した。この戦いで韓信は「背水の陣」という独創的な戦術を採り、20万と号した趙軍を打ち破る（井陘の戦い）。続いて、趙の将軍であった李左車の進言を入れて燕の臧荼に対して、使者を送って降伏させた。紀元前204年、鎮撫のために張耳を趙王として建てるように劉邦に申し出てこれを認められる。
この間にも劉邦は項羽に対して不利な戦いを強いられ、韓信は兵力不足の漢軍に対して幾度も兵を送っていた。それでもまた劉邦は楚の包囲から逃げ出し、韓信たちがいた修武[5]まで来て、韓信たちが寝ている所に忍び込んで韓信の指揮権を奪ってしまい、韓信に斉を平定するように言いつけた。
ところが劉邦は韓信を派遣したあとに気が変わり、儒者の酈食其を派遣して斉と和議を結んだ。紀元前203年、韓信が斉に攻め込もうとした時に既に斉が降ったと聞いたので、軍を止めようとした。
しかし韓信の軍中にいた弁士蒯通は「漢王からの命令で進軍してきたのであり、未だ中止命令は出ていないのでこのまま斉に攻め込むべきです。酈食其は舌だけで斉を降してしまいました。このままでは将軍の功績が一介の儒者の功績に劣る（斉は70余城有り、韓信の落とした城50余城より多い）ことになってしまいます。」と延べ、韓信もこの勧めにしたがってそのまま斉に侵攻した。備えのなかった斉の城は次々と破れ、怒った斉王の田広は酈食其を煮殺して逃亡した。
斉は楚に対して救援を求め、楚はこれに将軍竜且と20万の軍勢を派遣する。竜且は持久戦に持ち込むことを進言されたが、竜且は以前の韓信を知っていたので韓信を侮り決戦を選んだ。韓信も竜且が勇猛であるため決戦を選ぶだろうと読み、戦場の真ん中に広いが浅い河が流れている場所でこれを迎えた。実は韓信は決戦の前夜に河の上流に砂袋を落とし込み、河の流れを塞き止めさせていたのである。韓信は負けた振りをして竜且をおびき出し、楚軍が河を渡ろうとした所で堰を崩した。怒涛の水流に竜且の20万の軍勢は散り散りとなり、竜且は捕虜になって斬刑に処された。
斉を平定した韓信は、劉邦に対して斉の鎮撫のために斉の仮王となりたいと申し出た。劉邦は自分が苦しい時に何を言い出すかと怒りかけたが、張良と陳平に諌められ、一転「仮王などとは言わずに、真の王となれ」と許可した。
斉王となった韓信に項羽も恐れを感じ始め、武渉というものを派遣した。武渉は韓信に楚に味方するよう、少なくとも劉邦は信頼ならない人物であるため、あなたにとっても従わない方が良いと説いた。韓信は項羽に冷遇されていたことをうらみに思い、劉邦に大抜擢され斉王に封じたことを恩義に思っていたため、これを即座に断る。この後に蒯通から「天下の要衝である斉の王となった今、漢、楚と天下を三分し、両者の争いに天下が疲れた頃に貴方が出てこれを纏めれば天下は付いてくる」と進言される。韓信もこの誘いには大いに悩んだが、最後はこれを断った。蒯通は後難を恐れて狂人の振りをして出奔した。
[編集] 良狗煮らる
その頃、楚漢の戦いは広武山にてにらみ合いになっており、疲れ果てた両軍は一旦和睦してそれぞれの故郷に帰ることにした。しかし、劉邦は、この講和を破棄し、撤退中の楚軍に襲い掛かった。これに伴い韓信にもこれに加わるように要請が来るが、韓信はこれに参加しなかったために劉邦は敗れる。張良の進言により、韓信に対して戦後の斉王の位を約束した。
韓信は30万の軍勢を率いて参戦。これを見て諸侯も続々と参戦する。漢軍は垓下に楚軍を追い詰め、垓下を脱出した項羽は烏江で自決し、5年に及んだ楚漢戦争はようやく終結した（垓下の戦い）。
紀元前202年、項羽の死が確認されると、劉邦は韓信を斉王から楚王へと移した。
故郷の淮陰に凱旋してきた韓信はかつて飯を恵んでくれた老女に大金を与え、かつて自分を侮辱した少年を探し出して中尉[6]の位につけた。その際に「あの時に、この者を殺すのは容易かったが、それで名が挙がるわけでもない。我慢して股くぐりをしたから今の地位にまで登ることが出来たのだ」と自慢した。
だが、ここが韓信の絶頂期であり、これから転落の坂を一気に転げ落ちることとなるのである。紀元前201年、楚の将軍・鐘離昧を匿ったことで劉邦の不快を買い、また韓信の異例の大出世に嫉妬したものが「韓信に謀反の疑いあり」と讒言したため、これを弁明するために自害した鐘離昧の首を持参し謁見したところを捕縛された。韓信は「狡兎死して良狗煮られ、高鳥尽きて良弓蔵され、敵国敗れて謀臣亡ぶ。天下が定まったので私もまた煮られるのか」と言い、劉邦は謀反の疑いについては置いて、韓信を淮陰侯に格下げすることで治めた。候には兵権がないため、劉邦は韓信が兵を持てないようにしたのである。
韓信はそれ以降、長安の屋敷でうつうつと過ごした。 ある時、舞陽侯の樊噲の所に立ち寄った際に、韓信の尊敬者である樊噲は礼儀正しく韓信を大王、自らを臣と呼んで最大限の敬いを見せたが、韓信は「生きながらえて樊噲などと同格になっている」と自嘲した。
劉邦はよく韓信と諸将の品定めをしていた。劉邦が韓信に「わしはどれくらいの将であろうか」と聞いた所、韓信は「陛下はせいぜい十万の兵の将です。」と答えた。劉邦は「ではお前はどうなんだ」と聞き返したところ、「多ければ多いほど良い」と韓信は答えた。劉邦は笑って「ではどうしてお前がわしの虜になったのだ」と言ったが、韓信は「陛下は兵を率いることが出来なくても将に対して将であることができます。これは天授のものであって、人力のものではありません」と答えた。
歳月は流れ、陳豨が鉅鹿太守に任命され、陳豨も韓信の尊敬者だったため、出立にあたり長安の韓信の屋敷に挨拶にやってきた。韓信は陳豨に、あまりの冷遇に最早私が天下を取るといい、劉邦の信頼が篤い陳豨が反すれば劉邦は必ず激怒し自ら親征するため長安は空になる。しかし鉅鹿は精兵の居る要衝であるため容易には落ちない。そしてその隙に私が長安を掌握する。反乱の頻発に現れているように天下には不満が渦巻いているので諸国も付くだろう、と謀反を煽った。紀元前196年の春、果たして陳豨は鉅鹿で反乱を起こした。信頼する陳豨の造反に激怒した劉邦は、韓信の目論見通りに鉅鹿鎮圧のために親征し都を留守にした。韓信はこれを狙い、囚人を解放して、彼等を配下として長安で反乱を起こし、呂后と皇太子の盈を監禁し政権を奪おうと謀った。だが、韓信に恨みを持つ下僕がこの話を呂后に密告したために発覚し、呂后に相談された相国の蕭何による狡猾な招待に誘き出されて、間もなく捕えられた。謀反の実行直前であり慎重さも長けていた韓信だったが、自分を大いに買って引きとめ大将軍に推挙した蕭何だけは信用していたため、誘いに乗ってしまったのである。そして、彼は長安城中の未央宮内にて処刑された。韓信の刑死後、彼の一族全員も処刑された。人々は「韓信は、蕭何によって世に出、蕭何によりその生涯を閉じた」と噂した。
韓信は死ぬ間際に「蒯通の勧めに従わなかったことが心残りだ」と言い残した。親征から帰ってきた劉邦は最初は韓信が死んだことに悲しんだものの韓信の最後の言葉を聞いて激怒し、蒯通を捕らえて殺そうとした。しかし蒯通が堂々と抗弁したために命は助けた。
[編集] 脚注
[編集] 韓信を扱った作品
韓信の生涯を扱ったものとして、『淮陰侯韓信（邦題：項羽と劉邦 背水の陣）』がある。
