詰将棋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
詰将棋(つめしょうぎ)は、将棋のルールを用いたパズルである。
目次 |
[編集] 概説
ある駒の配置された将棋の局面から王手の連続で相手の玉を詰めるのを目的とする作品。
通常の指し将棋(詰将棋と区別する上でこう呼称する)と目的が同じであるため、実戦的な詰将棋は指し将棋の終盤力の養成に大いに役立つ。
一般的な常識や価値観と異なる、捨て駒や、不利に思われる不成、効きの少ない限定打、などの意表をついた手筋や構想があり、それらを解く、もしくは創作することが楽しみとなる。
本来は指し将棋の実戦において終盤力を磨くための練習問題という位置づけであったと思われるが、現在では独立した一つの分野となっている。
数手から10数手程度の手数が比較的短く、平易なものが新聞紙上やテレビ、将棋専門誌などに紹介される一方、より難解で手数の長い作品を取り扱う書籍や専門雑誌も存在している。代表的な専門雑誌としては「詰将棋パラダイス」「近代将棋」がある。それぞれ「看寿賞」「塚田賞」を設け、優れていると判断された作品に賞を贈っている。
代表的な詰将棋作家に黒川一郎、七條兼三、駒場和男、岡田敏、田中至、上田吉一、若島正、森長宏明、添川公司、橋本孝治などがいる。また、将棋プロ棋士の塚田正夫、二上達也、内藤國雄、伊藤果、谷川浩司らも多数の作品を発表している。
チェスにも同様のパズルが存在し、プロブレムと呼ばれる。ただし、チェックは連続しなくてよい。
[編集] ルール
詰める側を攻め方とよび、詰められる側を玉方とよぶ。
- 攻め方が先手である
- 攻め方は王手の連続で相手の玉を詰めなければならない
- 攻め方は最短手順で玉を詰めなければならない
- 最短手順でない詰め手順がある場合、「余詰」と見なされる
- 玉方は最長手順を選び逃げなければならない
- 玉方は盤上の駒と攻め方の持ち駒以外の駒(無論、攻め方の王将は除く)を使ってよい
- 攻め方は持ち駒と、王手をしながら取った駒を使ってよい
- 玉方は逃げ手順で同手数の2つの手順がある場合、攻め方に駒を与えない方を正解とする
- 玉方の取られるだけで全く意味の無い合い駒は無駄合いといって手数のうちには入らない。
- その他、駒の動かし方等のルールは指し将棋に準じる(打ち歩詰め、千日手は失敗となる)
問題作成上の制限として次のようなものがある。
- 最良の手順が一つに定まる
- 作意手順以外の詰め手順がある場合、「余詰」として不完全作と扱われることがある
- 最終的に攻め手の持ち駒が残らない
- 盤上に無駄な駒を配置しない
[編集] 歴史
詰将棋は江戸時代の初期に誕生したとされる。これより古い例では、遊戯史研究家の増川宏一が、『新撰遊学往来』の各種遊戯の記述に含まれている「作物」という表現を詰将棋とみなす説を挙げており、これが事実であれば15世紀には詰将棋があったことになる。
現存する最古の詰将棋は慶長年間(1596-1615)に出版された初代大橋宗桂(1555-1634)の『象戯造物』(俗称『象戯力草』)である。これは将棋の終盤の考え方を教えるものであり、現在の詰将棋のように最短手順ではなかったり、終局時に攻め方の持ち駒が余る問題もあった。
宗桂以来、名人襲位時に幕府に詰将棋の作品を献上することがならわしとなり、詰将棋は大きく発展していった。三代伊藤宗看によって享保十九年(1734年)に江戸幕府に献上された『将棋作物』(俗称『将棋無双』『詰むや詰まざるや』)と、宗看の弟でもある伊藤看寿によって宝暦五年(1755年)に献上された『将棋図式』(俗称『将棋図巧』)とが、江戸時代における詰将棋の最高峰といわれている。伊藤宗看は詰将棋のルールを確立した。伊藤看寿の名は、現代詰将棋の傑作に与えられる「看寿賞」に残っている。
九世名人大橋宗英以降、詰将棋の献上は行われなくなり、詰将棋の発展は一時停滞した。復活するのは昭和に入り、「将棋月報」が詰将棋を掲載するようになってからである。以降、詰将棋は指し将棋とは独自の発展をし、現在に至るまで極めて高度な作品や芸術的な作品がいくつも発表されている。現在(2006年時点)の最長手数の詰将棋は橋本孝治作の「ミクロコスモス」(『詰将棋パラダイス』1986年6月号発表、後に改良)の1525手詰である。
[編集] 看寿賞・塚田賞
いずれも、詰将棋の作品として優れているものに、毎年与えられる賞である。
[編集] 看寿賞
全日本詰将棋連盟が制定した賞で、「詰将棋パラダイス」誌で発表される。第1回の発表は1950年だったが、その後中断があり、第2回の発表は1961年となっている。第2回以降は、毎年受賞作を発表している。詰将棋に与えられる賞の中でもっとも価値のある賞である。短編(17手以下)、中編(19~49手)、長編(51手以上)の各部門で表彰し、その他曲詰などに対して特別賞を設定している。
江戸時代の棋士で詰将棋作家としても第一人者であった伊藤看寿の名にちなんで制定されている。
プロの棋士の受賞もあり、1983年に浦野真彦が短編賞、1995年に浦野真彦、1997年に谷川浩司、1998年に内藤國雄がそれぞれ特別賞を受賞している。浦野真彦は2004年度から同賞の選考委員も務めている。
女性では、2001年に女流棋士の高橋和が短編部門で受賞している。
[編集] 塚田賞
「近代将棋」誌が制定した賞で、同誌で発表される。塚田正夫実力制第二代名人の名にちなんで設けられた。塚田自身も、病没する1978年まで選考にあたっていた。2005年現在、短篇(20手未満)・中篇(40手未満)・長篇(41手以上)の各部門で、年1回選考を行っている。
[編集] 詰将棋の用語
上述の通り、詰将棋は指し将棋と独自の発展を遂げているため、詰将棋特有の用語も多数生まれている。
[編集] 詰将棋のバリエーション
- 曲詰・あぶりだし
- 駒の配置で文字や図形を描いた詰将棋。初期状態の配置が文字や図形を描いているものを盤面曲詰、詰め上がり状態でそうなっているものをあぶりだしという。また、詰め手順の途中でも文字や図形が描かれるものもある。初期状態と詰め上がりの両方で文字や図形を描くものを、とくに立体曲詰と呼ぶことがある。
- 双玉詰将棋
- 攻め方の玉も配置した詰将棋。玉方から王手をかけられたときは、王手を回避しながら詰め手順を継続しなければならない。第二次大戦後の創作と考えられていた時期もあったが、月刊誌「将棋世界」の創刊号(1937年10月号)に双玉の詰将棋が発表されており、いつから作られたのかはっきりしたことはわかっていない。
- 大道詰将棋(大道棋)
- もともとの意味は、露店などで懸賞と引き替えに客に解かせていた詰将棋。客から見て一見簡単に解けるようで、玉方の意外な応手で難しく作成されており、解くには有段者クラスの実力が要求されるという。転じて、このように作られた詰将棋を総じて大道詰将棋と呼ぶ。双玉問題も多い。作者は大半が不明である。露店などで解かせていたものは熱心なファンなどが記録し、出題されていた3000題ほどのうち、現在では500題近くが残っている。多くは大正時代頃の創作であると考えられているが、まれに大橋宗桂作の「香歩問題」や、高浜禎作の「やりぶすま」などなどのように江戸や明治の将棋棋士が創作した問題も出題されていた。
- 大道詰将棋の発祥は大正末で、記録に残る創始者は野田圭甫であり、自分が創作した鬼殺し定跡解説前の客引きとして始めたが、後には詰将棋の方が主となったという。なお、升田幸三は家出後、大道詰将棋を解いて賞金を稼ぐことで一時期生活していたと自ら語っている。
- 現在では露店での大道詰将棋はバザーなどで出しているものを除きほとんど行われていない。大道詰将棋の作品そのものは現在でも作られている。
- 煙詰
- 初期状態で盤面に攻め方の玉将を除く39枚の駒を配置し、詰め上がり状態で最少(3枚)となる詰将棋。伊藤看寿の『将棋図巧』第九十九番のものが最初のものである。
- 詰め上がり時に玉の位置が盤面周辺ではない場合は、最小枚数が4枚になる。当初は異論もあったが現在では煙詰として認知されている。
[編集] 最初の配置による分類
- 裸玉
- 初期状態で盤面に玉将1枚だけ配置されている詰将棋。伊藤看寿の『将棋図巧』第九十八番のものが最初のものである。
- 無仕掛け
- 初期状態で盤面に攻め方の駒が全くない詰将棋。
- 無防備図式
- 初期状態で盤面に玉方の駒が玉だけしかない詰将棋。
- 単騎図式
- 初期状態で攻め方の駒が一枚だけしかない詰将棋。盤面にある場合と持ち駒の場合に大別され、持ち駒の場合は必然的に無仕掛けと複合する。
- 一色図式
- 初期状態の盤面に、玉将のほかは同じ種類の駒だけが配置されているもの。その種類の駒は最大数配置し、持ち駒に残さない(玉方と攻め方のどちらに配置してもよい)。玉将と飛車2枚を使った一色図式を「飛車一色図式」のように、駒の種類をつけて呼ぶ。
- 七色図式
- 初期状態で玉将のほかは飛車・角行・金将・銀将・桂馬・香車・歩兵の七種の駒が一枚ずつ使用されている詰将棋。盤面のみに使用されている場合と持ち駒も含めた場合に大別される。また、盤面で七種が一枚ずつ使用されていれば持ち駒は問わない場合もある。成駒は竜王・竜馬・と金のみ可とされている。
- 飛角図式(大駒図式)
- 初期状態で盤面に玉将・飛車(竜王)・角行(竜馬)だけが配置されている詰将棋。
- 小駒図式
- 飛車・角行が盤面にも持ち駒にも含まれない詰将棋。
- 貧乏図式
- 金将・銀将が盤面・持ち駒に含まれない詰将棋。「金銀がない」ことの連想からこの呼び名がついた。金将・銀将以外の小駒の成駒は金将と同じ動きをするが、これらも省いた物を特に「清貧図式」という。
- 握り詰め
- 駒箱から適当な駒を選び、選んだ駒で盤面と攻め方の持ち駒を構成して作る詰将棋。
- 豆腐図式
- 初期状態で盤面に玉将・歩兵・と金だけが配置されている詰将棋。と金の「と」と歩兵の「歩」の語呂から「豆腐図式」と命名された。
- 鶯図式
- 初期状態で盤面に玉将・桂馬・香車・歩兵(成駒を含む)だけが配置された詰将棋。「歩歩桂香」が「ホーホケキョ」と読めるところから命名された。
[編集] 詰上がりによる分類
- 雪隠詰
- 詰め上がりの玉将の位置が将棋盤の隅(1一・9一・1九・9九)になる詰将棋。「雪隠」(せっちん)とは便所のことで、家の隅にあることからこの名が付いた。
- 都詰
- 詰め上がりの玉将の位置が将棋盤の中央(5五)になる詰将棋。
- すかし詰
- 玉から離れた位置にある飛車(竜王)・角行(竜馬)・香車で詰ませる詰将棋。合駒が効かない状態であることが前提。
[編集] フェアリー詰将棋
ルールを変更したり、駒の種類を追加したり(チェスや中将棋などの駒を使用する)した詰将棋。例を挙げると以下のようなものがある。安南詰め・対面詰めなどは指し将棋から詰将棋に移植された変則ルールである。
- 協力詰め(ばか詰め)
- 玉方がわざと最短手数で詰むような手順を選ぶ。右図は通常の詰将棋としては詰まないが、玉方が詰むような応手を選ぶことで▲5三歩△5一玉▲5二金と詰むようになる。
- 自殺詰め
- 攻め方にも玉を配置し(双玉問題)、攻め方の玉を詰める。攻め方は王手を連続させ、最終的に自玉が詰むようにならなければならない。協力詰めと同時に用いられることが多い。自玉をステイルメイトの状態にする問題も制作されている。
- 安南詰め
- 同じ側の駒が2枚縦に連なっているとき、上の駒の効きが下の駒の効きに変化する。逆に下の駒の効きが上の駒の効きに変化する変則ルールを「安北詰め」という。
- 対面詰め
- 相手の駒と向かい合った(2枚縦に連なった)とき、互いに駒の効きが入れ替わる。背中合わせになったときに駒の効きが入れ替わる「背面詰め」もある。
[編集] 趣向
詰将棋、とくに100手を超えるような長手数のものには、以下のような詰将棋特有のテクニックが盛り込まれている。これらのテクニックのことを趣向と呼ぶ。
- 竜追い
- 竜王で玉を追いかける手順。『寿』(伊藤看寿作)を始めとする多くの長手数作品に使用されている。
- 持ち駒変換
- 空き王手などを利用し合駒などを取ることによって、持ち駒を変える手順。
- 連取り・はがし
- 盤上にある玉方の駒を開き王手などを利用して消していく手順。すでに並んでいる物を順に取っていく物を連取り、取るために駒を一定の場所に呼び出すものをはがしという。後者は、呼び出すための駒を手に入れるために持ち駒変換と併用されることが多い。
- 知恵の輪
- 和算家の久留島喜内(久留島義太)の考案による物で、一連の千日手含みの手順を繰り返し、その手順の中で少しずつ盤面を変化させ収束にいたるというものである。久留島による「金知恵の輪」「銀知恵の輪」の他、最長手数の詰将棋である「ミクロコスモス」などにも使用されている。
- 龍鋸・馬鋸
- 竜王・竜馬を(鋸の歯の様に)ジグザグに動かしていく手順。馬を縦横に1枡ずつ動かしていく馬鋸の作品が多い。
- 駒位置変換
- 盤上の駒を取り、玉方に取らせて別の場所に打たせる。この一連の手順により、盤上の駒が(通常なら動けない位置に)移動する。
- 中合い
- 王手に対する合駒を、玉将から離れたところに打つこと。ただ取られるだけの中合いは「無駄合い」として手数に含めないが、中合いをすることによって詰みから逃れる作品も多い。
[編集] その他
- 作意
- 作者が意図した手順のこと。詰将棋の代表的な正解手順とされる。変化同手数などのキズがある場合、作意手順以外にも正解手順となりうる手順があるため、作意手順だけが正解手順ではない。
- 偽作意
- 作意手順と思わせて実は詰まない手順(後述の紛れに含まれる)。
- 紛れ
- 詰みそうに思えて詰まない手順。当然ながら、紛れが多いほど難解な詰将棋となる。
- 不完全作
- 詰まない詰将棋。または後述の余詰などのため、複数の詰め手順が存在する詰将棋。
- キズ
- 変化同手数などで完全な正解手順が定まらないもの。不完全作ほど評価は低くならない。
- 変化
- 玉方の応手によって、作意手順以外に詰め手順が発生する場合、変化と呼ぶ。作意手順と同じかより長い変化手順がある場合、キズまたは不完全作と見なされる。
- 余詰
- 攻め方の応手によって、作意手順以外に発生する詰め手順(作意より長いか短いかは問わない)。最終手以外に余詰がある詰将棋は不完全作と見なされる。
- 最終手余詰
- 最終手(残り1手で詰む状態)で複数の1手詰の手順があったり、3手以上で詰む詰め手順が別にあること。普通の余詰と異なり、不完全作とはならないが、程度によってはキズと見なされることもある。
- 変化長手数(変長)
- 変化手順のうち、作意手順より長くなるもの。通常は不完全作と見なされるが、作意より2手だけ長く攻め方の持ち駒が余る場合は、例外的に不完全作とはしない。
- 変化同手数(変同)
- 変化手順のうち、作意手順と同手数のもの。駒余りの場合は許容範囲であるが、持ち駒が余らない場合はキズと見なされる。ただし成・不成の選択や非限定は変同に含まないこともある。
- 変化別詰(変別)
- 作意手順より短く詰むか駒余りになる変化手順があるときに、その変化手順の途中の攻め方の指し手で分岐する別の詰め手順があり、その手順が作意手順より長く詰むか同手数で持ち駒が余らない手順であること。変別手順は通常は正解手順にはならない。また、変化別詰があっても余詰と異なり許容範囲と見なされるが、程度によってはキズと見なされることもある。
- 非限定
- 走り駒(飛車・角行・香車)の打つ位置や合駒の種類、最終手などが1つに定まらない(どちら/どれでもよい)場合。キズの一種として扱われることもある。
- 香先香歩・飛先飛香・飛先飛歩
- 持ち駒に2種類の駒がある場合、利きの多い駒を持ち駒に残しそうでない駒を先に使うのが一般的である。これを逆の順番で使わせることを目的とした物を「○先○△」という。
- 香歩問題・金問題・銀問題
- いずれも大道棋における一般的な問題である。大道棋の問題にはいくつかの問題群があり、各問題群には初期配置がよく似た問題が多く存在する。これらの問題群の多くは最初の持ち駒で分類され、上記のような呼ばれ方をする。
- 打歩問題
- 出題図、または途中の段階で歩兵を打つと打ち歩詰めになる問題。攻め方の打ち歩詰めを回避する手や、玉方の打ち歩詰めに誘致する手が妙手となることが多い。打ち歩詰め#詰将棋における打ち歩詰めも参照。
[編集] 参考文献
- 門脇芳雄編 『続詰むや詰まざるや』(平凡社)ISBN 4582803350
- 詰将棋パラダイス編 『看寿賞作品集』(毎日コミュニケーションズ)ISBN 4839902321
- 森雞二、宮崎国夫『大道詰将棋の正体』(木本書店)ISBN 4-905689-66-X
[編集] 外部リンク
- 全詰連ホームページ 全日本詰将棋連盟のページ
- 詰将棋パラダイス 詰将棋の専門雑誌
- 詰将棋博物館 古典詰将棋の鑑賞
- 将棋タウン 詰将棋専門学校
カテゴリ: 詰将棋 | 将棋 | パズル | ゲーム関連のスタブ記事