虚辞
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虚辞(きょじ) とは、文の中に用いられる、それ自体は意味のない語の総称。
それがある方が文法的に正しい構文になるもの(文法的虚辞)と、文法的には不要であるが話者の気持ちを表現するなどの目的で用いられるもの(修辞的虚辞)に分けることができる。次のような例がある。
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[編集] 文法的虚辞
[編集] 非人称主語
英語の "It rains." の"It"は特に意味を持たないが、英語では動詞は少なくとも主語を持たねばならないと考えられているため、動詞の主語に当たる位置(項位置)に三人称単数の代名詞 It を入れることになっている。ドイツ語やフランス語でも同じように非人称動詞の主語を明示する。
言語によってはこの他にも似た言い方がある。例えばフランス語"Il y a ~"、ドイツ語"Es gibt ~(4 格)"(いずれも「~がある」の意味:文字通りには「それが(そこに)~を持っている」)など。
スペイン語やイタリア語では主語を省略するのが普通なので、このような虚辞の主語は現れない(ただし動詞はやはり三人称単数の形を取る)。
[編集] 目的語のit
以上に似たものとしては、他動詞の目的語をitにした慣用句"get it"、"take it"、"have it"(口語的なものが多い)などがある。
日本語でこれに似たものとして、目的語を「物」として行為または行為者を名詞化した「物書き」「物言い」「物思い」などの言い方がある。
[編集] "it~that"構文、"it~to"構文
このほかに、"it~that"構文、"it~to"構文でthat節、to不定詞を代理(ダミー)する it も虚辞と呼ぶことがある。英語では長い主語は好まれないので、it を主語の代理として文頭に立て、その内容を動詞の後に示す(右方移動)。
[編集] 代動詞do
英語の特徴として、疑問文と否定文で、それ自体は意味のない助動詞(代動詞)の do が動詞の代わりに現れる現象があり、この場合の do も虚辞ということができる。
[編集] There
"There is ~"などの構文では、there は「そこに」という具体的意味を失って、存在文を示す文頭の標識となっている(これは主語の右方移動に伴い項位置に現れた虚辞[主語にはなりえないが]とも解釈される)。上記フランス語"Il y a ~"の y も同じ。
[編集] 修辞的虚辞
[編集] 虚辞のne
フランス語の否定辞 ne は、次のように、否定の必要がないはずの位置に現れることがあり(ne がなくてもよい)、これを虚辞のneという。これは論理的な否定ではなく、否定的な思いを表現するためと説明される。接続詞 que のあとに用いることが多い。なお普通の否定文では、ne に呼応して動詞の後に pas が現れる(接周辞ne~pas)が、虚辞の ne ではそのようなことはない。
- 比較で「そんな程度ではない」という気持ちを示す: Il est plus rigide que vous (ne) pensez. 「彼はあなたが思うよりも頑固だ」
- 接続法で「もしかしたら」という気持ちを示す: J'ai peur qu'elle (ne) pleuve. 「彼女が泣かないか心配だ」
日本語で、「ではないかと思う」(基本的には「だろうと思う」と同じ意味だが、積極的でないことを示す)という言い方もこれに似ている。
このほか、意味のない語を付け加える修辞技法を虚辞ということもある。