神町駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
神町駅(じんまちえき)は、山形県東根市神町中央1丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)山形線(奥羽本線)の駅である。現在東根市にある駅の中でこの駅のみ、奥羽本線の山形駅-楯岡駅(現在の村山駅)の開通時に存在していた。
目次 |
[編集] 駅構造
山形新幹線の新庄延伸工事が開始されるまでは、単式・島式混合2面3線で単式ホーム側に駅舎のある構造を持っていたが、工事が始まってからは単式ホーム1面1線を残してすべて撤去されてしまい列車の行き違いすら出来ない駅となってしまった。
戦前は海軍の神町海軍航空隊基地の最寄り駅として栄え、戦後も現在の神町駐屯地に米軍キャンプがあった時キャンプ内へ当駅から約3kmの専用線があったうえ(現在でも神町-乱川間の約1kmの線路脇が広いのはその名残である)この駅にはRTO(連合軍鉄道運輸司令部事務所)が置かれたほどで大変重要な役目を果たしてきたが、ついにホーム一本線路一本という非常に単純な構造にまでなってしまったのである。現在も駅脇には広大な空き地が広がっていてかつての構内の広さを偲ばせるし駅舎は非常に立派で、これもかつての栄華を思い起こさせてくれる。
駅舎は上に述べたようにとても立派で、かつていかにこの駅が重視されていたかをはっきりと示してくれている。現在使われている駅への入口は駅舎に向かって右端にあるがこれよりも立派な正面玄関が駅舎の中ほどに使われずして残っている。じつはこの玄関こそRTO事務所への入口で、占領下の面影を今に残す貴重な遺産となっているのである。この駅舎は木造2階建てで天井は広く待合所中心部には大きな柱が立っており、駅舎内には出札口・簡易自動券売機のほかいまだに小荷物扱いの受付窓口が残っている(もちろん現在は小荷物の扱いはない)。外壁の二階部分には大きく「JIMMACHI STATION」と表示がなされていてそれも特徴的で、これも占領時の雰囲気を我々に伝えてくれている。
1996年から2004年まで駅構内にJRバス東北山形営業所が設置された。これは閉鎖となった小国営業所から移転してきたもので、第一に山形県内に於けるJRバスの貸切免許を維持するため、そして第二に山奥の小国町より営業施策上有利で鉄道用地が空いているため、当駅構内が移転先として選ばれた。後に山形営業所は山形新幹線新庄延長工事や左沢線寒河江駅構内改良工事に伴う列車運休の代行バスを担うこととなり、その基地としてこの駅も重要な役割を果たした。
当駅は2006年3月まで直営駅であったがみどりの窓口の設置はなく、土曜・日曜の営業時間はとても短かかった。現在無人駅である。但し周辺住宅地との距離が近く、神町駐屯地や工業団地を控えており乗降客が比較的多いため、神町タクシーの客待ちがある。
[編集] 駅周辺
駅の西側に陸上自衛隊神町駐屯地、国道13号を隔ててすぐ向こうには山形空港もある。ただし、駅は東側しか入り口になく、一方の山形空港は入り口がある西側以外はぐるりとフェンスに囲まれているため、直線距離は短いものの、実距離は異様なほど長い。
[編集] 駅周辺の主な学校
- 東根市立神町中学校
[編集] 利用状況
- 2003年度の利用者数は、1日平均362人。
- 2004年度の利用者数は、1日平均360人。
[編集] 歴史
この駅は奥羽本線の山形駅から今の村山駅まで開通するのと同時に開業した。当時は山形と今の村山の間に天童駅とこの駅しかなく、それもこの駅の重要視されていたことを証明していよう。現在東根市の玄関口ともいえる立場にあるさくらんぼ東根駅やさくらんぼ東根駅ができるまで同市の代表駅であった東根駅よりも古く東根市で最も歴史のある駅となっている。
- 1901年(明治34年)8月23日 - 奥羽本線山形~楯岡間開通と共に開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
- 1996年(平成8年)4月15日 - JRバス東北山形営業所が当駅の構内に設置される。
- 2004年(平成16年)4月1日 - JRバス東北山形営業所が山形駅前に移転する(現在廃止)。
- 2006年(平成18年)4月 - 無人化。
[編集] 隣の駅
[編集] 参考文献
- 山田 亮「もうひとつの東北の「白象」 神町駅」
- 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2001年12月号 No.710 p106~p107
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 泉屋旅館 - 神町周辺情報リンク有り。