山田学
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山田 学(やまだ まなぶ、1969年5月18日 - )は、日本の総合格闘家、プロレスラー。栃木県出身。
硬式空手を経験後、修斗に入門。サラリーマン生活の傍ら、自主トレーニングを中心に栃木から週に一度ジムへ通い、1990年にプロデビュー。川口健次、本間聡と共にライトヘビー級戦線の立役者だった。王座には手が届かなかったものの、桜田直樹や修斗初の外国人選手との試合では勝利を収め、修斗を代表する選手として活躍。
1994年にパンクラス移籍。同年はマット・ヒュームなどの強豪を連破し、年末の初代王者決定トーナメントではフランク・シャムロック、鈴木みのるを下して決勝進出。ケン・シャムロックに判定負けを喫するものの、見事準優勝に輝いた。陽性のキャラクターから、「親分」と呼ばれて人気を集めた。翌1995年も船木誠勝に完勝を収めるなど勢いが続いたが、9月にキックボクシングルールで行われたモーリス・スミス戦で腕を骨折。長期欠場に。
以後は負傷に悩まされ、レベルが上がった外国人選手を相手に勝ち星を上げることも減って行くようになる。2000年1月、近藤有己戦を最後に引退。
2003年東京都豊島区巣鴨で整体院ビープラスを開設、現在は豊島区大塚に移転して引き続き経営する傍ら、地元・栃木で総合格闘技の指導を行っている。