対潜ミサイル
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対潜ミサイル(たいせん - )は水中の潜水艦を攻撃する兵器である対潜水艦兵器(または対潜兵器。Anti-Submarine Weapon、ASW)の一つ。
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[編集] 概要
対潜ミサイルは水上艦や潜水艦から発射され、空中を動力飛行して水中の潜水艦を攻撃する。目標近辺でしか使用できない魚雷や爆雷と異なり、遠距離から潜水艦を攻撃する事が可能である。1950年代には核弾頭の搭載によって自らの攻撃から安全を図れる距離を保つ必要性が生じた事、およびソナーの発達によって探知距離が第一収束帯(およそ30~35海里、約55km)にまで拡大したため、魚雷の航走距離(こうそうきょり)をはるかに越える距離で目標を探知できるようになったことから、遠距離の目標へ迅速に到達できる対潜攻撃兵器が求められた結果として対潜ミサイルが開発された。また魚雷のみで攻撃する場合に比べ、目標への到達時間が短縮される結果、魚雷の駛走距離(しそうきょり)を短くして燃料に余裕を持たせることができ、また目標が逃走したりカウンターメージャーを施す余裕を与えずに攻撃する事が可能となる。特に魚雷は探知と回避または欺瞞が容易であるため、潜水艦が手を出せない空中を飛翔させる事には大きな利点がある。しかしながら対潜水艦戦闘に最も有効な兵器は、自身が可変深度ソナーであり水中での武器プラットフォームとなる味方の攻撃型潜水艦であり、こと動力に原子力を用いた原子力潜水艦に搭載された場合には大きな威力を発揮する。しかし、搭載対潜ヘリや陸上基地所属の対潜哨戒機の支援を受けられる水上艦はともかく、排水量の限られた比較的小型の通常動力潜水艦の場合は搭載するソナーの探知距離と射程距離のバランスが取れなかったり、原子力潜水艦でも発射後は水中、空中の双方で隠密性が破られるなどの問題もある。冷戦の終結以後は目標とすべき潜水艦という艦種の建造、技術的発展、ならびに活動が低調であることから、対潜ミサイルの開発事例はあまり多くは無い。
対潜「ミサイル」と呼称されるが、実際には無誘導のロケット弾である場合が多い。弾頭が自前の誘導装置を持つ場合がある、また製造元/採用先がその様に呼称する、対潜ロケット爆雷を対潜ロケットと呼称するため混同のないように、などの理由からミサイルの呼称が用いられる事も多い。資料などでもミサイル/ロケットの区別が明確では無く、混用が見られる。
なお、対潜兵器の略称であるASWと対潜水艦戦闘 (Anti-Submaribe Warfare、ASW) の略称、および対水上艦戦闘 (Anti-Surface unit Warfare、ASW、またはASuW) の略称は、みな同じ綴りであるため使用される文脈に注意して判断する必要がある。通常、ASWといえば対潜水艦戦闘(対潜戦)を指す。
[編集] 運用
対潜ミサイルは弾頭と目標近辺まで弾頭を運ぶ運搬体からなる。動力としては固体ロケットエンジンが多く採用されている。潜水艦の移動速度は飛翔体に比べて遅いため、運搬体自体の誘導は行われない事が多いが、射程が長い場合、慣性誘導装置などで進路の補正を行う兵器もある。弾頭は誘導魚雷、または核爆雷である。
ミサイルは探知された潜水艦のおおよその方向に発射され、目標近辺で弾頭を切り離す。弾頭はパラシュートなどで減速されて着水し、そのまま水中に沈降する。弾頭が核爆雷の場合、調定深度で核爆発して目標を破壊する。弾頭が誘導魚雷の場合、着水後に魚雷がアクティブになり、自分のシーカーで目標を探知、追跡して命中し、目標を破壊する。
発射プラットフォームによって潜水艦発射対潜水艦ミサイル (Underwater to Underwater Missile ; UUM) と、水上艦発射対潜水艦ミサイル (Surface or Ship to Underwater Missile ; SUM) とに分けられる。
[編集] 一覧
主な対潜ミサイルは以下の通り。
[編集] アメリカ製
[編集] ASROC
RUR-5 ASROC はアメリカが1961年に開発したSUMである。ASROCとは Anti-Submarine ROCket の意。マッチ箱を思わせる四角い箱型(Match Box、またはPepper Box)のMk.112八連装ランチャーに装備され、大型艦では自動装填装置による再装填も可能となっている。Mk.112は四列二段、上下二本づつ四つに分割されておりそれぞれ独自に俯仰可能である。またMk.10やMk.26などの艦対空ミサイルランチャーからも発射が可能である。
ミサイルは安定翼を持つ円筒形をしており、旋回・俯仰が可能なランチャーによって目標の大まかな方向へ発射され、固体燃料ロケットによって最大10kmまで音速で飛行し、設定された飛行時間が過ぎると弾頭を切り離す。着水後、弾頭が核爆雷であれば指定深度で爆発し、対潜誘導魚雷であればシーカーで目標の追跡を始める。核爆雷には威力1ktのW-44核弾頭が使用されていた。ASROC用の核弾頭は1990年代に全て退役している。対潜魚雷としてはMk.44/Mk.46が使用された。Mk.44は直径324mmの電池魚雷で、34kgの炸薬を弾頭とする雷速30ノットで航走距離5.5kmのアクティブ音響誘導魚雷である。Mk.46は直径324mmの斜盤機関魚雷で、44kgの炸薬を弾頭とする雷速40ノットで航走距離11kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。
ASROCは米海軍から友好国へ供与され、14カ国で使用されている。特に海上自衛隊では1966年就役の「やまぐも」以来護衛艦の対潜兵器として重用し、2,000トン以下の小型艦にもアスロックランチャーを装備しているほか、ランチャーとミサイルをライセンス生産して74式アスロックSUM発射機として装備している。弾頭は米国製Mk.46対潜魚雷のほか自国製の73式(G-9B)や90式(GRX-4)対潜魚雷を搭載して配備している。
[編集] VL-ASROC
RUM-139 VL-ASROC はアメリカが1993年から配備を始めたSUMで、RUR-5 ASROC の後継機種である。アナログ時代の兵器であるASROCを最新のイージスシステムに組み込むために射撃管制をデジタル化してMk.116火器管制装置と統合し、Mk.41VLSからの垂直発射を可能とした物である。Mk.41VLSには弾体をMk.15キャニスターに収めたまま搭載する。名称のVL-ASROCとは、垂直発射ASROC (Vertical Launch ASROC) の略。しばしば「VLA」と略称される。
垂直発射の場合はランチャーの様に目標方向へ向けて発射できないので、発射されたASROCは自分で方向を変えなければならない。このための慣性誘導装置と可動ノズルによる推力ベクトル制御機構が組み込まれた結果、分類がRUR(ロケット)からRUM(ミサイル)ヘ変更されている。弾頭は、Mk.46/Mk.50対潜魚雷が使用される。Mk.50バラクーダ対潜魚雷は直径324mmのタービン機関魚雷で、雷速70ノットで航走距離16kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。
[編集] SUBROC
1965年から部隊配備が開始された核弾頭潜水艦発射対潜ミサイル。1990年代まで運用された。詳細は、サブロック (ミサイル)を参照。
[編集] 旧ソ連/ロシア製
[編集] RPK-1
RPK-1 ヴィフリ (Vikhr) (FRAS-1 SUW-N-1) は、旧ソ連が1968年に開発したSUMである。陸軍の無誘導大型ロケット弾 R-65/70 Luna-M (FROG-7) を改造し弾頭に核爆雷(威力5kt)か450mm対潜魚雷を搭載したもので、発射される82R型ミサイルの射程は24kmだった。
[編集] RPK-3/4/5
SS-N-14 Silex は旧ソ連が1968年に開発したSUM/UUMである。SS-N-14と識別された対潜ミサイルシステムには、RPK-3 メテル (Metal)、RPK-4 Musson、RPK-5 Rastrub の三種類のシステムがあり、さらにそれぞれのシステムで60RU、70RU、80RU、85RUの四種類のミサイルが使用される。ミサイルは有翼の飛行機型で胴体に爆雷/魚雷を吊り下げて四連装チューブランチャーから発射され、固体ロケットで亜音速飛行する。射程は最大45km、誘導は司令更新付きオートパイロットである。60RUは弾頭として威力5ktの核爆雷を、70RUは対潜魚雷を、80RUは対潜魚雷と共に対艦用赤外線ホーミングシーカーと、150kgの半徹甲弾頭を搭載する。85RUは80RUの輸出型を指す。
対潜魚雷はパッシブ・アクティブ併用の音響誘導電気魚雷である AT-2UM (E53-72)、VTT-1 (E45-75)、UMGT-1M (E40-79) が使用される。AT-2UMは直径533mmの電池魚雷で、80kgの炸薬を弾頭とする雷速40ノットで航走距離10kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。VTT-1は直径450mmの電池魚雷で、90kgの炸薬を弾頭とする雷速38ノットで航走距離8kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。UMGT-1Mは直径406mmの電池魚雷で、60kgの炸薬を弾頭とする雷速40ノットで航走距離15kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。
[編集] RPK-2
RPK-2 ヴィユーガ (Vyuga) (SS-N-15 Startfish) は、旧ソ連が1969年に開発したSUM/UUMである。 ミサイルは単純な円筒形で533mm魚雷発射管から発射され、固体ロケットで亜音速飛行する。射程は最大45km。弾頭は核爆雷で威力は20ktとも200ktともいわれる。アメリカではRPK-2はSUBROCのコピーであるとされている。旧ソ連海軍の原潜には核弾頭バージョンのみが配備されたが、40型魚雷を装備する輸出向け通常弾頭バージョンがある。
[編集] RPK-6/7
SS-N-16 Stallion は旧ソ連が開発し1981年に配備したSUM/UUMである。SS-N-16と識別された対潜ミサイルシステムには、RPK-6ヴォドパド (Vodopod) と、RPK-7 ウェテル (Veder) の二種類のシステムがある。両者の違いは発射に使用される魚雷発射管にあり、RPK-6は533mm魚雷発射管が、RPK-7は650mm魚雷発射管が使用される。したがって両者の違いは直径の違いとなり、これが射程距離の差となる。ロケットが水中で点火されるため、発射深度が浅ければ射程が延びる。RPK-6の射程は50~60km、RPK-7は100~120kmにも達する。
ミサイルは単純な円筒形で魚雷発射管から発射されて固体ロケットで飛行し、目標付近に到達したら弾頭を分離・投下する。飛行中は慣性誘導装置によって進路が維持される。弾頭は威力20ktとも200ktともいわれる核爆雷、または直径406mmのUMGT-1対潜魚雷である。
[編集] RPK-8
RPK-8 Zapad は、RBU-6000として知られる対潜ロケット爆雷(ソ連流ではジェット爆雷)の12連装発射装置において90Rミサイルを使用するSUMシステムの名称である。90Rは誘導装置を持つ固体ロケット推進のミサイルで、弾頭は19kgの高性能炸薬、射程は4.3km、水中の誘導はパッシブによる音響誘導とされる。なお一説によれば本システムの主任務は魚雷の迎撃であり、対潜攻撃は副次的な任務であるという。
[編集] RPK-9
RPK-9 Medvedka (SS-N-29) はロシアが1990年代に開発した小型艦艇用SUMで、浅海での使用が可能である。四連装チューブ・コンテナから発射されるが、VLS化も可能とされる。ミサイルは安定翼を持つ無誘導のロケットと400mm小型誘導魚雷から成り、射程は20kmとされる。
[編集] 米露以外の開発
[編集] Ikara
Ikara(アイカラ)はオーストラリアが1965年に開発したSUMである。「アイカラ」はアボリジニの言葉で「棒を投げる」の意。ミサイルは有翼の飛行機型で胴体下に魚雷を吊り下げ、固体ロケットで加速・上昇した後、滑空に入り、目標へ指令誘導される。射程は最大で24km。弾頭は米国製のMk.42、またはMk.46を使用する。アイカラはすでに退役している。
[編集] Malafon
Malafon(マラフォン)はフランスが1964年に開発したSUMである。ミサイルは有翼の飛行機型で胴体に魚雷を吊り下げて固体ロケットで最大13kmまで飛行し、飛行中に司令誘導される。弾頭は自国製のL4対潜魚雷である。L4は直径533mmの電池魚雷で、150kgの炸薬を搭載しており、雷速30ノットで航走距離5kmのアクティブ音響誘導魚雷である。マラフォンはすでに退役している。
[編集] Milas
Milas(ミラス)はフランスのマトラ社とイタリアのオットー・ブレダ社が1987年に共同開発したSUMで、ロケットとしてオトマートMk.2対艦ミサイルが使用されており、データリンク更新付き慣性誘導で固体燃料ロケットとターボジェットエンジンによって飛行し、射程は55kmである。弾頭は仏伊共同開発のMU90インパクト対潜魚雷である。
MU90は直径324mmの電池魚雷で、59kgの炸薬を搭載しており、雷速50ノットで航走距離12kmのパッシブ・アクティブ併用の音響誘導魚雷である。また弾頭は英国のスティングレイ魚雷や米国のMk.46に換装する事も可能である。