Privacy Policy Cookie Policy Terms and Conditions エーリヒ・ハルトマン - Wikipedia

エーリヒ・ハルトマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エーリヒ・アルフレート・ハルトマンErich Alfred "Bubi" Hartmann, 1922年4月19日 - 1993年9月20日)は第二次世界大戦で敵機352機を撃墜するという空前絶後の記録を上げたドイツ空軍エース・パイロット。第二次世界大戦での最終階級は少佐。ダイヤモンド剣付柏葉騎士鉄十字章受章。

ドイツ南部のヴュルテンベルク州に医者の息子として生まれる。1940年に空軍に志願し、教育訓練を終えると、1942年10月に東部戦線の第52戦闘航空団(JG52)へ配属され、以後、敗戦までほとんどの期間をこの部隊で過ごした。童顔のため“ブービ”(坊や)という渾名を付けられた彼は、格闘戦を避ける一撃離脱戦法で撃墜スコアを重ね、1944年8月25日に前人未踏の300機撃墜を達成した。乗機メッサーシュミットBf109Gの機首に黒いチューリップを描いていたため、ソ連空軍から「黒い悪魔」と恐れられた。

目次

[編集] 戦術家のエース・パイロット

ハルトマンの撃墜数は、単なる一パイロットの域にとどまらず、他のドイツ空軍のエース・パイロットたちと一線を画した「戦術性を備えた空中戦闘法」の功績として深く考察できるのではないだろうか。彼の存在は「最も撃墜数が多かったエース・パイロット」という文言では収まらない。それはなぜかというと、彼の戦歴には第三帝国の戦況を超越した活躍と戦績が認められるからである。

独ソ戦の初期、撃墜数100機以上は当たり前、一流と呼ばれるには150機からというドイツ空軍では、先達のエース・パイロットの多くが、高性能のメッサーシュミットBf109に乗って、旧式で性能的に比較にならないソ連空軍機を片っ端から撃ち落としていた。つまり、戦闘機性能の絶対的優位な期間に撃墜数を大きく伸ばしたという経緯があった。それに対して、ハルトマンが実戦部隊に配属された頃には、ソ連も新鋭機を続々と投入するまでに戦況を盛り返しており、戦闘機の性能上の優位はより小さく、もしかすれば下回っている状況であった。それでもソ連機に敗れることなく「黒い悪魔」と恐れられ、前人未到の300機を超える撃墜数を記録したからなのである。

次に注目する点は、ソ連空軍の質と量(特に量)が充実し、巻き返しを図ってきた1942年末からわずか2年半で、20歳を過ぎたばかりの若年パイロットが352機撃墜という不滅の記録を達成したことである。ハルトマンがソ連空軍から「黒い悪魔」と恐れられる地位まで登り詰め得たのは何か特別な理由があるのだろうか?

[編集] ハルトマンの戦闘機パイロットとしての素質

一般に戦闘機を含む全ての航空機パイロットは飛行時間が長くなるにつれ、操縦技術の練度が上がるのが一般的傾向である。ハルトマンの戦闘機搭乗員としての素質を検討してみると、彼は教育期間中に標的射撃訓練で50発中24発を命中させるという優れた技量を見せ、さらには規則違反のアクロバット飛行もやってのけていたのだった。その後、ハルトマンは東部戦線に送られ、第52戦闘航空団(JG52)に配属されるが、そこで彼の素質は出撃と帰還を繰り返すこと(生き延びること)、そして撃墜数が増えること(戦績を残す)という具体的な記録として示され、見事に開花していったのである。

[編集] 散々な初出撃

第52戦闘航空団の新人ハルトマンは、まずベテラン・パイロットのロスマンの2番機に組み入れられた。初出撃は、1942年10月14日。その際に空中戦も経験するのだが、いざ戦闘が始まるとハルトマンはパニック状態に陥って僚機ロスマンを見失ってしまう。やがてロスマンがハルトマンをサポートするために接近してきたが、彼はそれを敵機の攻撃と誤認し、燃料切れになるまで僚機から必死に逃げ回り続けるという失態を演じてしまった。ハルトマンも初めての実戦では緊張し、興奮し、そして空中戦の命懸けのテンションに自制する力を失ってしまったのである。後に偉大な撃墜王になったからといって、最初から何かしらの天才的技能を見せて戦果を挙げる、などという絵空事は決して起こらなかったのである。

[編集] 初の撃墜と空中戦闘法の研究

配属から一ヶ月ほど経った1942年11月5日、ハルトマン初めての撃墜の時が到来する。最初の撃墜機種は「空のコンクリート・トーチカ」と呼ばれたソ連の対地攻撃機のシュトゥルモヴィークだった。

この日、スクランブルで迎撃に上がり4機編隊のどん尻で索敵していたハルトマンは、編隊の中で真先に敵機を発見し、編隊をリードすることになった。ハルトマンはシュトゥルモヴィークの後ろを取るが、相手はあだ名の通り頑丈な機体で、単純に後ろから機銃掃射を浴びせても弾が弾かれてしまう難敵であった。 敵機を前になかなか致命傷を与えられなかったハルトマンは、かつて「シュトゥルモヴィーク・キラー」のグリスラフスキーに教えられた「シュトゥルモヴィークの弱点は機首下面のオイル・クーラー」であることを思い出す。そこで、敵機の下方に潜り込み、オイル・クーラー部分をピン・ポイントで撃ち抜いて撃墜した。ところが呆れたことにハルトマンは、この堕ちていく敵機の様相に見とれてしまい、その破片を自分の機体に浴びて墜落してしまった。

数日後、ハルトマンは病気になり、入院することになった。この間に彼は効率的で自分にふさわしい戦闘法を研究する。やがて病気は治り、実戦に復帰して以降、多くのベテラン・パイロットの2番機を務めながら実戦経験を積み重ね、操縦技術・状況判断・戦闘飛行中の精神のコントロールなど、空で生き残るために必須の技量を磨き上げていった。

[編集] 一撃離脱戦闘法の力

絶え間なく襲来するソ連軍相手に繰り返される出撃の中で、ハルトマンは自分の戦闘法に結論を見出した。 「まず敵機の存在を素早く発見し、奇襲するために敵に悟られぬように可能な限り接近する、メッサーシュミットBf109に搭載された機関銃・砲で至近距離から機銃掃射を喰らわせる、そして最高速で離脱する」、すなわち一撃離脱戦闘法が具現化したのである。

また空中戦に対する解釈として、ハルトマンは単機による空中戦(ドッグ・ファイト)を不要なものとして極力回避し、敵機に確実に弾を当てることを重視した。さらにこの戦闘法をより洗練させるために、索敵して発見した敵機編隊(主に低空侵入してくるソ連空軍地上攻撃機隊と上空で攻撃機の護衛をする戦闘機の混合部隊)に気付かれずに接近する方法(雲や逆光を利用する)、どれだけ自機と敵機の高度差を取るか、どのようなタイミングでダイブを仕掛けて攻撃を加えるのが最大戦果を生むか、その後に編隊指揮者になってからは、どうすれば僚機の損失を抑えられるかといった戦術の問題点を洗い出しながら、様々なシチュエーションによる攻撃方法と不確定要素への対策を検討し、一撃離脱戦闘法の有効性を確信したのである。

彼はこの戦闘法に徹したことで、ドイツ敗北までの1405回の出撃で一度も負傷しなかった。また、ハルトマンは射撃技術に秀でており、無駄に弾を使うことなく1回の出撃で他のパイロットよりも多くの敵機を撃墜することが可能だった。

[編集] 一撃離脱戦闘法を大編隊で運用する

ハルトマンは自分が編隊を指揮する立場になると、僚機(部下)を大切にし、一撃離脱戦闘法を集団戦闘にも応用した。具体的には、編隊を2分割し、第1隊が攻撃を加えている時に、残っている第2隊は上空に待機し援護役に回る。そして第1隊が敵機集団への奇襲を終え上空に戻ってきたら、第2隊が攻撃を仕掛けるといったものだった。2つの編隊を交互に攻撃させることで効果的に敵機集団を撃破したのである。

戦果が大きいことからハルトマンが中隊長を務めた第9中隊は「カラヤ中隊」、あるいは「エキスパート中隊」とも呼ばれ、一撃離脱戦闘法が集団的に運用された時の戦果と帰還率の高さが、周囲から認められていた。

後になって、撃墜数が300の大台を超え、さらにその数を増していくハルトマンは1945年1月(3月とも)にターボ・ジェット・エンジンを搭載したMe262への転換訓練を受け、同機で編制されたエリート部隊第44戦闘団への転属を打診されたが、これを拒絶、まもなく第52戦闘航空団第III飛行隊第9中隊長へと戻ってしまった。一説には、部隊長のアドルフ・ガーランド中将以下そうそうたるメンバーがそろっている第44戦闘団で、格上のパイロットの僚機扱いされる事を嫌ったのだという。後に彼は、この時転属を受け入れていれば、ソ連に10年以上もの間抑留され、辛酸をなめる事はなかったかもしれない、と後悔混じりに回想している。

原隊に復帰した時点で、編隊指揮の優秀さを認められたハルトマンは1945年2月に第52戦闘航空団の第I飛行隊長を拝命した。この時、彼はまだ22歳だった。

[編集] ハルトマン敵機撃墜譜

  • 1942年10月:東部戦線、第52戦闘航空団に配属される。
  • 1942年10月14日:初出撃。
  • 1942年11月5日:初めて敵機を撃墜する。
  • 1943年 3月24日:5機撃墜、功2級鉄十字章を授与される。
  • 1943年 4月26日:8機撃墜、編隊長になる資格を得る。
  • 1943年 8月3日:撃墜数が50機に達する。この頃に第III飛行隊第9中隊長に任命される。コール・サインは「カラヤ・アイン(黒の1番機)」。機首に黒いチューリップ模様をペインティングするようになる。
  • 1943年 9~10月:ハルトマンはソ連空軍から南部の「黒い悪魔」と呼ばれるようになり、やがて「カラヤ・アイン」と同一人物であることがソ連空軍に認識された。
  • 1943年10月29日:撃墜数が100機に達する。騎士鉄十字章を受章。
  • 1943年12月13日:撃墜数が150機に達する。
  • 1944年 3月:撃墜数が200機を超え、柏葉付騎士鉄十字章を授与される。
  • 1944年 5月:東部戦線崩壊の余波を受け、第52戦闘航空団はクリミアから撤収。
  • 1944年 6月:第52戦闘航空団はルーマニアの油田防衛の任に就く。
  • 1944年 6月:撃墜数が250機に達する。
  • 1944年 8月23日:撃墜数が290機に達する。
  • 1944年 8月24日:第1回目の出撃で6機撃墜。同日、2回目の出撃で撃墜数が300機に達する。
  • 1944年 8月25日:ヒトラーよりダイヤモンド騎士鉄十字章を授与される。
  • 1945年 1月:ターボ・ジェット・エンジンを搭載した戦闘機Me262で構成される第44戦闘団に配属されるものの、1ヶ月で第52戦闘航空団に復帰する。
  • 1945年 2月:第52戦闘航空団の第I飛行隊長を拝命(22歳)。
  • 1945年 5月8日:1405回目の最後の出撃。この時もソ連機に奇襲をかけ1機撃墜。煙に紛れて離脱。一方、誰に撃墜されたのかわからなかったソ連機編隊はたまたま近くを飛行していたアメリカ軍機編隊に攻撃を仕掛け、米ソの同士討ちを演じたという。ハルトマンの最終撃墜数は352機で終戦を迎える。

[編集] 部下思いのエース・パイロットの心情

ハルトマンの戦闘法-「深追いをしない一撃離脱戦闘法」-による空中戦は、地味だが堅実で大きな戦果を挙げた。その中で特にハルトマンの撃墜数が多かった理由として考えられるのは、

  1. 視力の良さが遭遇空中戦で先手を取る鍵となり有利な戦闘ポジションを先取りできたこと
  2. 射撃術が極めて優れていたから無駄撃ちすることがなかったこと
  3. ソ連の戦術が空陸共に戦力を大量投入する数的優位によって事を決しようという人海戦術だったので、たとえ相手が新鋭機の大編隊であっても、編隊による一撃離脱戦闘法は迎撃の戦術として効果的であったこと。何しろ出撃すれば、さほど操縦技量の高くない敵機がいくらでも飛んでいるのだから端から順に撃ち落としていけば良かった。
  4. 何よりも無理をしない一撃離脱戦闘法は自分の機体が被弾するリスクを最小限に抑えることができたこと

等である。

戦況が膠着状態からソ連の反攻が本格化していく頃にハルトマンは戦線に出た。制空権の維持も難しく、地上部隊の援護も十分に行えない戦況下で新人パイロットが一撃離脱戦闘法に「勝って帰還する方法」を見出したことは彼の戦闘機搭乗員としての素質が非凡であったことを説明してくれる。 自分に適切な戦闘法を会得した結果、ハルトマンは戦況如何にかかわらず、襲来する敵機は皆撃墜してやる、と構えることができ、戦況が悪くなるにつれ撃墜数が飛躍的に急増する逆行した戦歴を残すことになった(対応するソ連側の戦術の無能さも彼の戦果を後押ししてくれたかも知れない)。同時に機体の能力を最大限に生かす戦闘法を編隊の戦術へと引き上げた実行力と洞察力は、ハルトマンが航空戦闘指揮官として十二分な才能を持っていることを証明している。

それに対して、戦闘中に僚機のことなど顧みないドッグ・ファイティング型のエース・パイロットの撃墜数は、エース・パイロット個々人の戦績であって編隊を生かす戦術にはなり得ないものである。戦後になってハルトマン自身が「僚機を失った者は戦術的に負けている」ことを教訓として指摘している。ハルトマン自身、妻への手紙で自分の驚異的な撃墜数よりも、一度も僚機を失わなかったことの方を誇りに思っていると語っている。

[編集] 評価

ハルトマンの撃墜数352機という数字は、東部戦線におけるソ連軍との交戦で記録されたドイツ第三帝国の戦果の一部でしかないが、「一撃離脱戦闘法」の戦術が最も効果的に使われた証拠であり、また当然、ハルトマン個人の記録としては決して他の及ぶことのない永久不変のスコアである。もっとも、これ以外にも重要なポイントが見受けられる。ハルトマンは1405回出撃して一度も負傷したことがないという実績を残したほどの空中戦の技量を持っていたことを忘れてはならない。

ハルトマンの名は、同じドイツ空軍の対地攻撃術の礎を築いたハンス・ウルリッヒ・ルーデル武装親衛隊最高のティーガーの戦車長だったミヒャエル・ヴィットマンとともに記憶に留めたいエースの一人である。

[編集] 戦後

敗戦後はアメリカ軍に投降したハルトマンだったが、ソ連に引き渡され、戦争犯罪人としてで10年半抑留され強制労働に従事させられた。1955年に釈放されて西ドイツ帰国後、西ドイツ空軍に入隊してジェット戦闘機の教官等を務め(アメリカ空軍の訓練のため、招かれてアメリカへ訪れたこともある)、1970年大佐で現役を退いた(退役時に少将に名誉進級)。

[編集] 文献

  • Raymond F.Toiliver / Trever J.Constable (著)、志摩隆(訳)、『メッサーシュミットの星;ドイツ空軍の撃墜王(原題:The blond knight of Germany)』、リーダース・ダイジェスト社、1973年
  • Raymond F.Toiliver / Trever J.Constable(著)、手島尚(訳)、『鉄十字のエースたち』、朝日ソノラマ、1984年、ISBN 4-257-17049-2
  • Motorbuch-Verlag(編)、 Der Jagdflieger Erich Hartmann; Die Geschichte des erfolgreichsten Jagdfliegers der Welt, 1978, ISBN 3-87943-514-6
  • Raymond F.Toiliver / Trever J.Constable(著)、井上寿郎(訳)、『不屈の鉄十字エース(原題:The blond knight of Germany)』、朝日ソノラマ、1986年、 ISBN 4-257-17075-1
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