魚道
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魚道(ぎょどう)は、魚の遡行が妨げられる箇所で、遡行を助けるために川に設ける工作物である。通常はダム、堰、床止めなどの施設に付属して設ける。階段式、アイスハーバー式、潜孔式、バーチカルスロット式、デニール式、エレベーター式など多数の方式がある。
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[編集] 目的
川の魚の中には、一生の間に川の上流と下流・海を行き来する(回遊する)ものがある。そうした魚はダムや堰で遡上が妨げられると、川に棲めなくなる。魚道はそのような事態を防ぐために設けられる。歴史的には、サケ・マス・アユのような漁業資源を保つために作られたのが始まりである。
近年では生態系保全の観点から、あらゆる魚と水生生物が対象に含められる傾向にある。
川に棲む生き物は、大きな回遊をしない場合でも成長にともなう小規模の生活圏移動を行っている。特に、最近になって、通常の生活域は常時水のある河川や水路であるが、繁殖が行われるのは水田やヨシ原のように、かんがい(灌漑)時あるいは増水時に一時的に水没する水域である魚が多いことが判明してきた。それによって、近年のほ場整備に伴う用廃分離で、今日の日本の水田では水路部分と水田部分の魚類の行き来が阻害されていることが、メダカやドジョウ、ナマズ、絶滅危惧種のアユモドキといった魚類の減少の原因であることが広く知られるようになってきている。
また、洪水で流されたあとに復帰のための遡行ができなければ、生活圏の後退が起こりかねない。そのため、堰などで遮断された地点から上流の生態系は貧弱になる傾向がある。
今日の日本の河川は経済目的のダムや、防災用の砂防ダムによって非常に細かく分断されており、先述のように一時的水域と恒常的水域の間も分断が強まっている。こうした状況下で漁業資源の保全のみならず、生態系の保全をも達成するために、サケ・マスのような大型で力が強い魚だけでなく、小さな魚やエビ、カニといった無脊椎動物まで対象にする魚道が構想され、施工されている。そうした中には、水路や河川と水田を結ぶ水田魚道と呼ばれるもの、海から遡上するエビやカニの幼体が這い上がれるように、底面に人工芝などの足場を張ったものなども考案されるようになった。
[編集] 分類
魚道の形式は数多く、それぞれ長短がある。多数の形式をいくつかのカテゴリーにまとめる大分類が提唱されているが、人によって分類法は異なる。
[編集] プール式魚道
水を溜めたプールを一列に段々と連ねたもの。上のプールから溢れた水は、壁を越えて下のプールに流れ込む。水がプールの壁を越える箇所を越流部という。水の流れは越流部で急だが、プールに入ると減速する。魚は越流部で力を使うが、疲れたらプールの中で休憩できる。階段式魚道はこうしたプールを並べたもっとも単純で古くからある魚道である。アイスハーバー式魚道は、隣り合うプールの真ん中に高い壁を設け、両脇または片脇で水が越流するようにしたものである。壁の後ろを安全な休息場として確保し、乱流を防ぐことを狙っている。階段式、アイスハーバー式魚道には、流れの安定ともう一つの副次的な遡上経路にすることをねらって壁に潜孔を開けることがある。潜孔のほうを主にしたのが潜孔式魚道である。バーチカルスロット式魚道は、両脇または片脇で壁に縦長の隙間(スロット)を空けたものである。魚はプールの壁を乗り越えるのではなく、隙間を泳いで次のプールに進む。
[編集] ストリーム式魚道
傾斜をつけた水路を設け、魚にこの流れを一気に上らせるもの。単なる傾斜水路では途中で流れが加速して急流になるため、阻流板をはさんで流れを妨げ、流速を落とす。いくつかの派生型を持つデニール式魚道がその典型である。デニール式は、凹字型の板を斜めに水路に差しこんで作る独特の形状をした魚道で、水面付近が激流になるが、底の流れが緩い。勾配を急にすることができるので、小型化が可能である。阻流板式魚道という分類法をとり、バーチカルスロット式魚道をここに含めることもある。
[編集] 多自然型魚道
近自然型魚道ともいい、自然の川を模してあらゆる水生生物が通れるように配慮したもの。粗石付き斜路式魚道、多自然型迂回水路などがある。遡行を妨げないための人工構造物という魚道のもともとの概念を離れ、多自然型川づくりを魚道に持ち込んだものと言える。条件しだいで自然の川と見まがう水路ができるが、自然に任せればうまくいくというものではなく、細かく配慮した設計と施工が必要になる。人工的な魚道よりも場所を多くとる。
[編集] その他
オペレーション式魚道としては、エレベーターやこう門(閘門)を用いた魚道がある。
変わったものではウナギの幼魚のためにブラシを並べたウナギ用魚道がある。
[編集] 付属設備
以上のような基本構造に関わる形式のほかに、様々に工夫した設備がある。
水路の中にゲートをはさみ、川の流況の変化に応じて流量を調節するものがあり、フラップゲート、スライドゲートがある。もっと大がかりに、水路そのものを動かして勾配を変化させる可動式魚道もある。
魚道の中には、脇に別の水路を作って呼び水とするものがある。遡上しようとする魚は水が流れてくる方向に泳ごうとするので、水の流れが強いところを感知して集まってくる。魚道の流量が少なく、魚に感知させるに足りないときに、脇の別の水路から水を流して呼び水とする。集まってきた魚は呼び水水路には入れないが、そばにある魚道を容易に探り当てて進入する。同じ目的で、斜路式魚道の入口側を扇形に開いたものがある。入り口の幅を広げて魚が入りやすくするものである。なお、魚道の入口とは魚が入る口を指し、水の流れからいうと出口にあたる。
既存の魚道に併設して、水路にロープを掛け渡しておくと、そこをカニが遡上できる。バーチカルスロット式などで床に小石を入れると、底生魚や無脊椎動物の遡上の助けになる。
ダムなどに設置される大型の魚道には、魚の遡上の様子を訪問者が眺めるための窓が設けられることがある。
[編集] 参考文献
- ドイツ水資源・農業土木協会(DVWK)『魚の遡上設備とその設計・施行・機能監視 多自然型魚道マニュアル』、財団法人リバーフロント整備センター・翻訳・編集、中村俊六・監修、山海堂、1998年。ISBN 4-381-01151-1
- 中村俊六『魚道のはなし』、山海堂、1995年。ISBN 4-381-02127-4
- 和田吉弘『魚道見聞録 言いたい放題』、山海堂、2003年。ISBN 4-381-01599-1