犬鳴峠
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
犬鳴峠(いぬなきとうげ)は、福岡県宮若市、久山町の境を跨ぐ峠である。
目次 |
[編集] 地理・交通
久山町の東端部および宮若市の西端部にあたり、峠の北側に犬鳴山(583.7m)がある。糟屋郡と旧鞍手郡を分かつ山地を越える峠の一つで、福岡市と直方市を結ぶ県道21号線が通る。同道路はヘアピンカーブが連続し、狭いトンネルをくぐる交通の難所であったが、1975年に新犬鳴トンネルが開通したため、それまでに比べると通行は楽になった。それでも、冬季は降雪の影響で通行止めになることもある。
福岡市と北九州市の中間に位置するため、交通量は非常に多く、大型トラックやダンプカーなども多数通行している。旧道も引き続き残されたが、旧道のトンネルは現在では両側とも閉鎖されている。
公共交通機関としては、宮若市・久山町を経由して福岡市と直方市を結ぶジェイアール九州バスの路線が犬鳴峠を越えて運行されており、新犬鳴トンネルの両端出口付近に停留所が設けられている。停留所名は宮若市側が「犬鳴口」、久山町側が「白木橋」である。
犬鳴山を挟んで峠と反対側に山陽新幹線が通っているが、峠近くの区域はすべてトンネル(福岡トンネル)内になっている。
峠の約2km北東、宮若市側では1970年から犬鳴ダムの建設が進められ、1994年に完成した(完成当時は若宮町)。ダム湖は「司書の湖」という愛称がつけられている。
[編集] 心霊スポットとしての犬鳴峠
犬鳴峠周辺は心霊スポットとしても全国的に有名である。特に、旧道犬鳴トンネルには幽霊が出ると言う噂が後を絶たない。新道トンネルでも幽霊の噂がある。閉鎖されている道路は道幅が狭く、一部では崖崩れなどで通行が非常に危険である上、無断で立ち入った場合、法律・条例等で処罰の対象となる為に決して興味本位で行くべきではない。また峠では不法投棄が横行したり、暴走族の溜まり場となったりするなどの問題が発生したことから、旧道トンネルは閉鎖された。しかし、興味本位で訪れる者が後を絶たない。
このほか、犬鳴ダムでも幽霊の噂は後を絶たない。
[編集] 犬鳴村と呼ばれる地域について
※以下は伝聞または雑誌などでたびたび紹介される内容であり、事実無根であるとの見方もある。
犬鳴峠の界隈、現在犬鳴ダムとなっている区画の奥底にかつて犬鳴村という、何らかの事情で一般社会から隔絶された人々が居住し、他地域との交流が全くなく、外部からの立ち入りが困難な集落があったとされている(一説には、街から疎外された人間が住む集落、いわゆる被差別部落であったとされている)。そこでは現在でも家屋が廃墟となって残っている、あるいは現在でも居住者がおり、外部から人が入ると鎌などを持って襲いかかってくるとの噂がある。また、村の入口には「ここから先日本国憲法通用しません」と書かれた立て札があるという噂もある。戦前には冷やかしや物珍しさに訪れる人間が少なくなく、住民が脅しの為に「足を踏み入れるべからず。この先、大日本帝国憲法は通用せず」という看板を集落の入口に立てたものとされている。
以上は都市伝説の類ともいわれる。他の場所に実在した犬鳴村については後述する。
[編集] 実在する犬鳴村について
現在の宮若市の西端部にあたる区域に、かつて犬鳴村を名乗る村が実在した。鞍手郡に属したが、1889年4月1日に町村制度が施行されるにあたり、周辺の4村と合併して吉川村を発足させ、犬鳴村は吉川村の一集落となった。その後市町村合併が進められ、1955年3月1日の合併で若宮町に含まれ、2006年2月11日の合併では「宮若市犬鳴」となった。
かつてはたたら製鉄や林業などを主産業としていたが、産業を取り巻く事情の変化により廃れた。また集落の中心地は犬鳴ダムの建設により、湖底に沈んだ。しかし、沈まなかった地域では現在でも居住者がいる。
この村については、先述の心霊スポットとされる「犬鳴村と呼ばれる地域」と混同されることがあるが、全く別である。住民の迷惑となるため興味本位で訪れて騒ぐべきではない。
[編集] 犬鳴峠における事件・事故など
1988年に工員(当時20歳)がリンチされ、火をつけられて殺される事件が起きた。また2000年には犬鳴ダムで死体遺棄事件が発生した事もある。この他にも犬鳴峠周辺は昔から交通事故も多く発生している。
[編集] 関連リンク
- 心霊スポット
- 福岡県道21号福岡直方線
- キャッツ・アイ(作中に「犬鳴署」という架空の警察署が登場する。原作者が福岡県出身であり、犬鳴峠から名前をとった。ただし、作中では「いぬなりしょ」と読まれている。)
カテゴリ: 日本の地理関連のスタブ項目 | 日本の峠 | 福岡県 | 宗像地方