森徹
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森 徹(もり とおる、1935年11月3日 - )は、昭和中期から後期(1950年代後半-1960年代)のプロ野球選手。ポジションは外野手。旧満州出身。
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[編集] 来歴・人物
旧満州の生まれ。戦後北海道函館市に引き上げ、その後東京に移った。早稲田大学高等学院から早大に進み、ホームランバッターとして神宮を沸かせる。1958年中日ドラゴンズに入団。新人ながら23本塁打を放つが、新人王は長嶋茂雄(巨人)に奪われる。翌年4番を打ち、31本塁打、87打点の成績でセ・リーグの本塁打王と打点王の2冠を獲得。リーグを代表するホームランバッターとして、押しも押されもせぬ存在となる。濃人渉監督との確執から1962年大洋に放出された。移籍後は故障もあって思うような成績を残せず、1966年東京に移り、1968年に現役を引退。
その後は旅行代理店の経営に携わっていたが、1969年カイザー田中(元阪神監督)の誘いにより、「グローバルリーグ」という国際的な野球リーグへの参加を表明。日本チーム「ハポン・デ・トキオ」(東京ドラゴンズ)の監督兼選手となり、ベネズエラで転戦を続けたが、資金難もあってグローバルリーグは頓挫、半年後には帰国を余儀なくされた。現在は社団法人・全国野球振興会の役員を務める傍ら、プロ野球マスターズリーグ・名古屋80D'sersの選手としても活躍中。なお、プロレスラー・力道山は母の友人で、義兄弟の間柄であった。
[編集] 通算成績
- 1177試合 3868打数 971安打 189本塁打 585打点 56盗塁 31犠飛 256四死球 568三振 432得点 打率.251
[編集] タイトル・表彰
- 本塁打王1回(1959年)、打点王1回(1959年)、ベストナイン3回(セ・リーグ 外野手 1958 - 1960年)