新人類
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新人類(しんじんるい)とは、「新・人類」の意と「新人の類」の意を持ち、それまでの世代とは違った価値観等を持つ世代を指す。
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[編集] 起源
1984年、マーケティング情報誌の『アクロス』(パルコ刊)が最初に提唱している。
また、ジャーナリスト筑紫哲也が雑誌『朝日ジャーナル』編集長を務めていた時(1984年~1987年)、10-20代の若者たちとの対談を通じて、彼らの気分・思想・哲学・時代の気分を探ろう、表し出そうと試みた企画があったが、対談の内容やそこで使われた「新人類」という言葉にインパクトがあったため広まるようになる。1986年には新語・流行語大賞に選ばれた。
以下に、新人類という言葉に後から込められた解釈を記す。
[編集] 言葉「新人類」へ後に込められた意味
新しい感性や価値観をもつ1980年代前半に成人した若者たちのことを指す。オタク第1世代と重なる。
成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとる。現実から逃避してフィクションに埋没するオタクとは対極にあるとみなされた。オタクが仮想現実と現実を峻別して人生の目的として仮想現実世界を選択することに対し、新人類は情報化社会によって現実世界のほうが仮想現実化し、現実社会で生きるとは情報化された現実を情報処理することであると唱え、それをさまざまな哲学的命題よって理論づけようとした。
音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。
しかし、評論家の竹熊健太郎は、オタクと新人類は同一のものであり、「同じ人格類型のバリエーション」であると唱えている。
オタクも新人類も情報の受け手である消費者を絶対視し、全ての情報は消費者の解釈と位置づけがその意味を決めるのであって、情報の送り手が込めた価値観やメッセージ(作家性)を軽視ないし無視した。新人類は主に哲学や思想・アイドルを語り、それを「知と戯れる」と称したが、、実際のところ芸能雑誌やテレビ画面を通じて提供される情報で構築されるアイドルという虚構に萌えるのと、最初からアニメという情報によって構成される戦闘美少女に萌えるオタクは、ほとんど変わるところがない。
しかし、エリート消費者としての新人類という概念は1980年代のバブル経済が破綻したことによって生の現実にさらされて下火になり、オタク概念は1990年代に技術的に破綻しながらもその作家性によって大ヒットした「新世紀エヴァンゲリオン」によって作り手のメッセージを無視できなくなり、単なる趣味人としての類型に後退した。
世代を特徴づける共有体験として、受験勉強とテレビ番組や漫画・アニメ、ロック音楽といったサブカルチャー体験を持つのが特徴。旧人類と位置づけられる、戦中・戦後派の戦争や、団塊の世代の全共闘運動など社会を激変させ、個人の価値観や意思とは関係なくその中に巻き込んで運命を変えるような強い共通体験に対して、新人類世代にはそのような共通体験が存在しない。
旧人類から見て、新人類世代の持つ価値観は、著しく異なって見えた。
同時代に、「構造と力」「逃走論」で有名な浅田彰(当時、京都大学人文科学研究所助手)などが居た。
[編集] 「新人類の旗手たち」と呼ばれた著名人
[編集] 関連事項
[編集] 関連書籍
- 『若者たちの神々』1~4(筑紫哲也編、朝日新聞社、1984年~1985年) - 1984年から1985年の若者たちの“神々(20-40代)”50人との対談集。
- 『若者たちの大神』(筑紫哲也編、朝日新聞社、1987年) - 1986年から1987年の若者たちの“大神(50代以上)”22人との対談集。
- 『新人類図鑑』1・2(筑紫哲也著、朝日新聞社、1986年) - 対談時10-20代の若者34人との対談集。
- 『元気印の女たち』(筑紫哲也編著、すずさわ書店、1987年) - 39人の活躍する女性たちとの対談集。