土樽駅
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土樽駅(つちたるえき)は、新潟県南魚沼郡湯沢町土樽にある東日本旅客鉄道(JR東日本)上越線の駅である。
東京側から望むと、清水トンネルを出てすぐの位置にある。
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[編集] 駅構造
- 丘陵地の東斜面に位置する地上駅。無人駅となっている。
- ホームは上下の通過本線を挟んで、相対式2面2線。両ホームは跨線橋で連絡している。
- 駅舎(東側)に面するのは水上方面のホーム。
- 反対側の長岡方面のホームは、そのまま土樽スキー場のゲレンデに通じていたが、スキー場は閉鎖された。
- 駅舎は待合室の機能のみ。
[編集] 駅周辺
土樽の名前を持つが、旧土樽村の中心部は現在の越後中里駅付近に当たり、駅周辺に人家はほとんどない。上り線ホームの横を関越自動車道が通っており、当駅の東に土樽パーキングエリアが置かれている。
かつては下りホームから徒歩3分の所に土樽スキー場があり、駅を通らないと到達できないスキー場として一部のスキーファンの間では知られていた。
[編集] 歴史
かつて上越線の敷設工事が行われた際は、この付近の難所(清水トンネル、松川ループ線)に備え、現在の土樽駅がある近くまで湯沢から延長約16kmの軽便鉄道線が敷設されていた。また川端康成の『雪国』でもこの駅は、トンネルを出た後はじめに汽車が停車する「信号場」として登場する。実際に作品の書かれた1935年~1937年当時は信号場であったが、冬季にはスキー客の利用を見込んで仮乗降場扱いで客扱いをしていたといわれる。
- 1931年(昭和6年)9月1日 - 上越線・水上~越後湯沢間が開通し全通した際、信号場として新設。
- 1941年(昭和16年)1月10日 - 信号場から駅に昇格。
- 1964年(昭和39年)9月30日 - 土樽~越後中里間が複線化。
- 1967年(昭和42年)9月28日 - 新清水トンネルが開通し、湯檜曽~土樽間が複線化。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄の分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。