ヴィルヘルム・グストロフ号

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ヴィルヘルム・グストロフ号はナチ党が工場労働者・農民・会社員の一般勤労者に安価な海外旅行を提供するために建造した客船である。第二次世界大戦中は病院船や潜水艦訓練学校のホテル船として利用された。1945年1月30日に潜水艦訓練学校のあるゴーテンハーフェン（現ポーランドのグディニャ）の港から東プロイセンの避難民や傷病兵を乗せて出航した後にソ連海軍の潜水艦に撃沈された。犠牲者数の多さから史上最大の海難事故の一つに数えられる。

目次 1 ヴィルヘルム・グストロフ号の建造と変遷 2 ヴィルヘルム・グストロフ号の沈没 3 論争 4 参考資料 5 関連項目 6 外部リンク

[編集] ヴィルヘルム・グストロフ号の建造と変遷

同船はナチ党のロベルト・ライの率いるドイツ労働戦線の下部組織である歓喜力行団 (en) の一等船客・二等船客の区分のない客船としてハンブルクのブローム・ウント・フォス造船会社において総工費2,500万ライヒスマルクをかけて建造された。新造時の排水量は25,484t。勤労者の余暇組織の歓喜力行団の所有する13隻のうちの一隻で、地中海クルーズやノルウェイのフィヨルド・クルーズを提供した。

船名は、スイスにおける国家社会主義ドイツ労働者党の指導者で、1936年2月4日にユダヤ系クロアチア人の医学生ダヴィッド・フランクフルターに射殺されたヴィルヘルム・グストロフ （Wilhelm Gustloff）に由来する。本来、アドルフ・ヒトラーと命名することが予定されていたが、ヒトラーの希望によりヴィルヘルム・グストロフに変更された。ユダヤ人に殺害された最初のナチ党員をプロパガンダに利用した。（→ヴィルヘルム・グストロフ暗殺事件）

• 1937年5月5日：　未亡人ヘトヴィック・グストロフ出席の下に進水
• 1938年-1939年夏：　大西洋岸、地中海クルーズ、ノルウェー・フィヨルド・クルーズ
• 1939年春：　スペイン内乱のフランコ軍勝利に大きく寄与したドイツ義勇軍コンドル軍団(en)を帰国させるためにスペインのビーゴ港に派遣される
• 1939年秋：　第二次世界大戦が始まったため母港で病院船に改装
• 1940年：　バルト海沿岸のゴーテンハーフェン（現ポーランドのグディニャ）に回航、Uボート訓練学校要員のホテル船として繋留
• 1945年1月30日：　ゴーテンハーフェンからシュテッティン、キールに向けて出航、ソビエト潜水艦S13号により魚雷攻撃を受け沈没。

[編集] ヴィルヘルム・グストロフ号の沈没

ソ連軍の猛攻にさらされる兵士や民間人200万人をドイツ西部へ海路脱出させるというカール・デーニッツの空前の海上避難作戦の一環で、客船や貨物船、軍艦などあらゆる種類の船が動員された。ゴーテンハーフェンに繋留されていたグストロフ号も、1945年1月30日に避難民を収容して出航した。

公式記録には、918人の第2潜水艦訓練部隊の海軍軍人、173人の乗組員、373人の海軍女性補助部隊 (de) 、162人の負傷兵、4,424人の難民、計6,050人が乗船していたとされているが、乗組員の一人であったハインツ・シェーン (Heinz Schön) が戦後調査したところに拠ると当時乗客は10,582人、うち8,956人が難民で殆どが女性・子どもだったと言うことが判明している。船は2,000人弱の乗客を想定して建造されていたが、レクリエーションのための共用空間の多い豪華クルーズ船だったため、そこに多くの乗客たちを押し込めることができた。ただし救命用具は1万人を越える乗客に対し、人数の50%にも満たない数であった。

グストロフ号は1945年1月30日早朝、ゴーテンハーフェンを、同じく難民を満載した客船ハンザ号、2隻の魚雷艇とともに出航した。ハンザ号と魚雷艇1隻はトラブルが起こり航海を続けられなくなったため、グストロフ号は魚雷艇レーヴェ号1隻だけを護衛に航海を続けた。船は民間人3人、軍人1人の4人の船長有資格者を乗せていたが、彼らは潜水艦攻撃から身を守る航路について合意できなかった。海軍少佐ヴィルヘルム・ツァーン（Wilhelm Zahn）は海岸に近い浅い海を点灯せずに進むよう助言したが、最年長（67歳）のフリードリッヒ・ペーターゼン（Friedrich Petersen）は乗船者で満杯であることを理由に深い海を通ることに決めた。彼は無線通信から機雷敷設艦が護衛に来ると聞き、暗い中で衝突を避けるために船の赤と緑の航海灯を点灯することを決めた。このためグストロフ号は夜の闇の中、敵からも見つけやすい状態になった。

グストロフ号はまもなく、ソ連潜水艦S13に発見され、ポンメルン地方沿岸の 30km 沖合、グロッセンドルフ（Grossendorf、現ポーランドのヴワディスワヴォヴォ Władysławowo）とレバ（Leba、現ポーランドのウェバ Łeba）の中間地点で攻撃を受け、午後9時過ぎ、3発の魚雷が命中した。その後パニックが起こり、多くの難民が救命ボートや救命ジャケットに殺到した。救命用具のいくつかはパニックの結果失われた。この時期のバルト海の水温は通常摂氏 4℃ だが、この日はとりわけ寒さの厳しい日で、水温はマイナス 10℃ からマイナス 16℃ にまで下がり、海上には氷が漂っていた。

魚雷攻撃の70分後、グストロフ号は沈没し、多くの人々が凍る海に投げ出された。生存者は1,216人（ドイツ語版では1,252人）であった。魚雷艇レーヴェ号は472人を救出し、沈没直後に駆けつけた魚雷艇 T36 が564人を救出した。掃海艇 M341 は37人を、潜水艦補給船 TS II は98人を、貨物船ゲッティンゲンは28人を救出した。翌31日朝、難民輸送中の貨物船ゴーテンラント号は9人を海から救い上げ、訓練魚雷回収艇 TF 19 は7人を、監視船 Vp 1703 は1人を救出した。ドイツ海軍は救出のため現場海上へ可能な限りすべての船舶を向かわせた。

死者の多くは魚雷の攻撃で直接死んだか、海に溺れて死んだ。ある証言者によれば、一発目の魚雷攻撃の1分後、船の通路は乗客の悲鳴や興奮で一杯となった。船内のスイミングプールだった場所に乗っていた別の生存者 は、両手首を切った女性を見た。ほかの人々は甲板や階段で押し潰され、たくさんの人が暗く凍ったバルト海に飛び込んだ。多くの生存者は、海に浮かんでいた子供たちは大人にしがみつき、女性は赤ん坊を守ろうとしているのを見たが、次々に押し寄せる波が彼らをばらばらに飲み込み、多くの人はそのまま姿が見えなくなったという。

沈没事故で9,343人（ほとんどが一般市民で、半分以上が子供）が亡くなり、犠牲者数では海事史上最悪の海難事故として記録されている。なお、2月10日には客船「シュトイベン号」が、4月16日には客船「ゴヤ号」がそれぞれソ連潜水艦の雷撃を受けて沈没し、難民などに大勢の犠牲者(シュトイベン号では4,500人・ゴヤ号では6,666人)を出している。1945年4月はじめまでに、ドイツ海軍は東プロイセンからドイツ西部への250万人の軍民を避難させることに成功したが、その過程で33,000人の難民や軍人が亡くなった。

ヴィルヘルム・グストロフ号はポンメルン地方（現ポーランド領ポモージェ）の沖 30km、北緯55度07分、東経17度41分の海底 45m に眠っている。

[編集] 論争

避難民を乗せた船舶が数多く連合国側・枢軸国側によって沈められたが、ヴィルヘルム・グストロフ号はその中でも犠牲者数が最大のものであった。これが戦争犯罪に当たるかについては今もなお議論がある。難民船であるグストロフ号を沈めたのは犯罪以外の何者でもないという意見がある一方、この船は軍の施設として利用され、海軍の潜水艦要員も乗せていたので軍の船舶であり、攻撃対象としては犯罪にならないという見方もある。

ソ連海軍の潜水艦S13の艦長だったアレクサンドル・マリネスコ（Alexander Marinesko）はヴィルヘルム・グストロフ号の後、シュトイベン号も沈め、ソ連潜水艦長としては沈めた船のトン数が最大という戦果を挙げた。しかし撃沈規模による報告書を上官たちは信用することを拒み、さらに彼の沈めた船が正しい攻撃対象であったかについて論争があったため、「英雄としてふさわしくない」として、ソビエト連邦英雄の称号は与えられず、赤旗勲章だけが贈られた。彼は45年9月には潜水艦長を解任されその後予備役に回された。

[編集] 参考資料

文献

• Christopher Dobson（著）、ノンフィクション、『死のバルト海；グストロフ号の撃沈』、早川書房、1981年
• ギュンター・グラス（著）、小説、池内紀（訳）、『蟹の横歩き；ヴィルヘルム・グストロフ号事件』、集英社、2003年、ISBN 4-08-773383-1
• ハインツ・シェーン（著）、 Hitlers Traumschiffe, Die "Kraft durch Freude-Flotte" 1934-1939, Arndt-Verlag, 2001, ISBN 3-88-741031-9

映画

• 『グストロフ号の悲劇』（独映画、フランク・ヴィスバー監督、1959年、原題：Nacht fiel über Gotenhafen）

DVD

• 『グストロフ号の悲劇』（独映画、フランク・ヴィスバー監督、1959年、原題：Nacht fiel über Gotenhafen）復刻版、株式会社ケンメディア

[編集] 関連項目

• Alexander Marinesko 英語版：ソ連潜水艦 S13号 の艦長

[編集] 外部リンク

• A Memorial to the Wilhelm Gustloff
• www.wilhelmgustloff.com
• The Greatest Marine Disaster in History... and why you probably never heard of it.
• Shipwreck Expedition May 2003, led by Mike Boring
• [1] Allied view of the things
• Maritimequest Wilhelm Gustloff Photo Gallery